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【IOF_102.log】箱入り娘は恋をする

 お疲れさまです。

 駐オヤシーマ王国日本国大使館三等書記官兼ねて警視庁異世界警察署会計係主事小路結です。

 勤務中異常なし。


 ずいぶんと箱の中で寝た。

 真っ暗なのでよく寝られる。

 だけど、やっぱりあちこちが痛い。

 さて、この先、私はどうなるんだろう?


 まあ、順当に行って殺されるんだろう。


 いずれ誰でも寿命で死ぬんだ。それが私の場合、異世界だったわけだ。

 短かったけど、最後はエキサイティングな生き方ができたから満足だ。

 みんなが憧れてやまない異世界を体験できたんだ。

 できれば、生まれ変わってもこの記憶を持ったままがいいな。

 創作が捗る。

 創作というよりドキュメンタリーだ。

 リリヤさんのおじいさん、よろしく。

「残念ながらお主は冥魂府に来る魂のリストに入っておらん」

 あ、じゃあ死なないんだ。

 ん? これは幻聴?

「そういうことにしておこうかの」

 そういうことにする。

「コウジさまーっ!」

 おや、この声は?!

 一夜を共にしたロットルさんでは?


 ちょっと待って。

 ここでロットルさんに助けられたら、惚れるって宣言してたんだけど……


 箱の蓋ががたがたと動く。

「コウジ様!」

 頭に被せられた麻袋の目から漏れるわずかな光とともにロットルさんの声が降り注ぐ。

 福音とはこのことか。

 箱が横に転がされ、中から引きずり出される。ちょっと痛い。

 頭の麻袋と手足の拘束が取り除かれる。

 何時間ぶりの自由だろうか。自由っていい。

「ありがとう。ロットルさん」

「僕も、訳が分からないままここに連れてこられて、訳が分からないまま見張りをしていた男の人たちがばったばったと倒れていったので倉庫に入れました」

 そう、それは訳が分からなかっただろうな。

「僕がカネスキー伯爵の噂をコウジ様に教えなかったら、こんなことにならなかったんじゃないかと思うといても立ってもいられず……」


 助けたのは、責任感だけ?

「責任感だけでは……ない……です。コウジ様がいなくなってしまったら……と思う気持ちの方が……」

「なら、ユイと呼んで。フルスに助けられたら惚れるって決めてたから」

 私は、フルスの頭を抱きかかえ、唇を重ねた。


 自分でも信じられないほど大胆な行動に出たことに驚いている。

「ユ……ユイ……」

 顔を真っ赤にしたフルスが絞り出すように私の名を呼ぶ。

 いい光景だ。萌える。


 人を好きになる瞬間なんて、こんなものなのかもしれない。

 実にあっさりしている。


 誘拐事件は、倉庫で見張りをしていた犯人全員が王宮騎士団の手により逮捕された。逮捕された犯人は、全員カネスキー伯爵の私兵だった。

 私が監禁されていた場所は、前にフルスが王宮から荷物を運び入れたカネスキーの隠し倉庫だった。そこから、王宮からの横流し品が大量にみつかり押収された。それと、横流しと税金の横領に関する帳面も見つかり、一連の事件へのカネスキーの関与が裏付けられた。

 カネスキーは、公金横領、物資横流し、誘拐の罪で王国初の公開裁判にかけられた。

 今回の裁判では、原告である国と被告人のどちらも代理人として役人が出廷した。しかし、いずれ弁護士制度を発足させ、被告人側の弁護は役人ではなく弁護士が行うようになる。

 そして、裁くのは国王ではない。裁判官に任ぜられた専門の役人が行った。こちらも、いずれ役人の手を離れ、裁判官という職が設けられる予定だ。

 結局、公金横領と物資横流しは国家反逆罪として有罪。私の誘拐も国際問題に連なる重罪として有罪となり、本来であれば斬首となるところ、これまでの功績を考慮して終身投獄、爵位剝奪、領地没収、横領額相当の罰金(賠償)となった。

 私はといえば、フルスと交際することになったのだが、いかんせん遠距離恋愛になる。

 そう簡単に会うことも叶わない。

 ちょっと残念と思っていた矢先に朗報。

 今回のような横領の背景が単式簿記による不明瞭な会計にあるという反省から、王国に複式簿記を導入することになり、私がフルスにその指導を行うことになったのだ。

 そのため、私はしばらく署を離れ、王宮の使用人宿舎に寝泊まりしながらフルスに複式簿記の知識と実務を叩きこむことを許された。覚悟しろ。私は厳しいぞ。まあ、側にいられて嬉しいのだけど……

 きっと王様か署長の粋な計らいだろう。感謝。

「わたくしの差し金でしてよ」

 ローレル様でしたか。

 カネスキーが抜けた王宮の財務担当は混乱を極めた。

 それまで財務を一手に独占していた責任者がある日突然いなくなったのだ。

 これも契機ということで、フルスとともに財務担当の役人も交えて複式簿記講座を開いた。

 私は皆の前で、厚い革装丁の帳簿をそっと机に置いた。

 こちらには、こんな本はない。みんな驚いている。

 これは、まだ1字も書かれていない、新調した総勘定元帳

 これからこの国の財政や経済を大きく変えていく魔法の帳面だ。


「これが複式簿記を行うための『総勘定元帳』。今日用意したのは、まだ白紙のもの。まずは仕組みだけを説明します」


 私は分厚いページを開いた。

 中央に縦線が引かれ、左と右でページが分かれている。

「この線をはさんで左を借方(かりかた)、右を貸方(かしかた)といいます。難しい言葉に聞こえるけど、ここでは『来た金』と『出た金』と考えればいい」

 全員が首をかしげる。

 今はそれでいい。

 私は小袋から銀貨を1枚取り出し、左側にそっと置いた。

「例えば、収税役人がこの銀貨を王都の税として受け取ったとします。そのとき、この左側、つまり借方に『税収』と記します」

 次に同じ銀貨を右へ移し、指で示す。

「そして、この銀貨は王国の金庫に入ります。それを、右側、つまり貸方に『金庫』と行き先を記すわけです。一つの出来事に、必ず左右二つの記録が生まれます」

 私はページをめくり、別の行に空白を指した。

「もし誰かがこの銀貨を途中で抜き取れば、右に記す『金庫』の数字だけが減ります。その瞬間、左右の釣り合いが崩れ、どこで歪んだかが一目で分かる」

 フルスたちは白紙のページを見つめ、やがてゆっくり頷いた。

 フルスが小声で『左右が釣り合う天秤のようなものか』とつぶやく。

 やるな、フルス。

「この元帳を各役所で運用すれば、上司は報告を受けるだけで、不正があれば数字の不一致としてすぐに察知できます。それは、国王陛下の統治の証ともなります」

 まだ何も書かれていないはずのページが、未来の記録で満たされていくように見えた。


 ああ、まだやり残していた仕事があった。

「フルス、ちょっと王様と宰相のところに行くよ」

 私は、ビビるフルスの背中を押して王宮の中を進む。

「失礼します。日本国の小路です」

 王様の執務室のドアをノックして名乗りを上げる。

「コウジ様か、入ってくれ」

 王様の明るい声が返ってきた。

 財務が健全化すると、人も明るくなるものだ。

 お金の流れは血液だ。

「いま、複式簿記の指導を行っています。このロットルさんが今のところ一番理解が進んでいます」

 とりあえず恋人を強く推すことを忘れない。

「おお、そうか。それは心強いな」


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