表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/105

【IOF_99.log】帳簿点検

 お疲れさまです。

 駐オヤシーマ王国日本国大使館三等書記官兼ねて警視庁異世界警察署会計係主事小路結です。

 勤務中異常なし。


 王様の執務室を出てカネスキーの後を追う。

 小さい私に配慮しようという気はまったくないらしい。さっさと先を行ってしまう。

 私は小走りでカネスキーに付いていかなければならない。

 絶対嫌がらせだ。

 何度も角を曲がり階段を上り下りする。

 ここ、さっき通った廊下だ。

 わざと遠回りしてるな。

 カネスキーは太ってるから「おふおふ」言ってる。開場と同時に目当てのサークルに向けてダッシュするオタクか。私は平気だ。お前が疲れてどうするんだ。バカじゃないの?

「この部屋に帳簿などを用意した。好きに見ればいい。悪いが監視の者を1人置かせてもらう」

 自分がどこにいるか分からなくなるくらい歩かされて、ようやくかび臭い小部屋に通された。マイコプラズマとか大丈夫? ちょっと心配。

「帳簿を見る前に教えて欲しいことがある」

「なんだ、今のうちならこの私が直々に教授してやるぞ」

 ずいぶん偉そうだな。伯爵ってそんなに偉いの?

「会計はどういう記録を残している? 領地ごとの徴税はどうやって中央に集約してる?」

「そんなことも知らんで財務の調査か。ずいぶん舐められたものだ。いいだろう教えてやる。まず、この国の会計帳簿だが、三つある。『収入簿』『支出簿』『現金簿』だ」

 単式簿記か。

「次に地方の徴税の集約だったな。これは、領地ごとの徴税を王宮で集約しておる。羊皮紙は高価だからな。無駄にはできん。だから、帳簿は分冊管理で『月次まとめ』だけを王宮に提出させておる」

 予想はできたけど大雑把だな。

「分かった。ありがとう」

「ふん。まあせいぜい頑張るんだな」

 カネスキーは、監視の役人に後を任せて、さっさと姿を消した。正直、ほっとした。

「私、ユイ・コウジ。よろしく」

「コウジ様。わたくしは王宮で物資の管理をしております、倉庫長補佐のフルス・ロットルと申します。このような狭苦しい部屋に閉じ込めてしまい申し訳ありません。ここには過去10年分の帳簿を運び込んでいます」

 ロットルさんは、まだ若いお役人のようだ。だが、その若さで倉庫長の補佐役に任ぜられているあたり、実力はあるのだろう。挨拶の感じではいい人っぽい。推せる。

 挨拶もそこそこに、帳簿の点検に入る。そもそも、単式簿記だから穴だらけなのだろう。いくらでもごまかしがきく。

 まずは10年分の徴税記録を並べ、月ごとの総収入を指でなぞる。

 10年分の帳簿点検だ。それなりに時間がかかる。

 小部屋の中は蝋燭の明かりしかない。時間の感覚がなくなる。

 どれくらいの時間が経過したか分からない。

 ようやく一通り10年分の帳簿をさらい終わった。


 おかしい……


 まず最初に浮かんだ感想だ。

 収穫期に増えるはずの税収が、ここ3年だけ急に落ち込んでいる。

 気象記録も領主の報告も、凶作を示してはいない。

 次に目を移したのは納税日。


 おかしい……


 同じ商隊の印章が付いた帳票が、毎年決まった時期に遅れている。

 しかも遅延日数は必ず「七日」だ。

 偶然にしては整い過ぎていた。

 天候は平穏、街道も雪はない。

 偶発的な理由なら、遅れる日数に年ごとの揺れが出るはずだ。

 だが、遅延は毎年ぴたりと7日。

 まるで暦に刻まれた儀式のようだ。

「ロットルさん、この国の税の搬入時期はどう決まっていますか?」

「はい、毎年、収穫祭から30日以内というのが慣例です」

 なるほど。

 この国の記録は単式簿記、収入日と金額だけ。

 だからこそ、誰もこの歪みに気づかない。

 徴税後、金はどこに行く?

 7日という猶予、その間の税金は誰の手に?

 王城の倉に届くまでの空白。

 その間、資金を回せば高利貸しも投機もできる。

 商隊が勝手にやるには規模が大きすぎる。

 毎年、同じ印章、同じ遅れ。

 これは事故ではない。

 人の意思だ。計画的な資金留保、横領の匂いがしてきた。

 さらに支出簿。

 兵糧や武具の購入費は前年より増えているのに、倉庫の在庫は昨年よりも少ない。

「ロットルさん。物品の管理をしているということだけど、最近、倉庫の在庫はどう?」

「そうですね、受け入れ以上に払い出しが多く、徐々に減っている状況です」

 つまり、買った記録はあるが、実物は増えていない。

 数字同士がかみ合わない。

 複式簿記がなくとも、不一致ははっきりと目に見えた。

「コミチ様……」

 ロットルさんが辺りを気にしながら声をかけて来た。

 こんな小部屋だ。他に誰もいやしない。

 ああ、隠し部屋からの監視ということもあるのか。

 私は、かばんから再生紙を取り出して机の上に置く。

 次にボールペンで紙にさらさらとオヤシーマ語のメモを書く。オヤシーマ語もずいぶんと慣れたものだ。

「言いたいことがあれば、ここに書いて」

 ロットルさんは、紙に驚き、ボールペンに驚いていた。あとでプレゼントしよう。

 ボールペンを持ったロットルさんは、しばし思い悩んだように固まっていたが、突然、意を決したかのようにペンを走らせ始めた。

「カネスキー伯爵が公金や物資の横領をしているという噂が以前から流れています」

「証拠は?」

「確かなものはありません。ですが、以前、カネスキー伯爵の指示で、王城の倉庫から物資を郊外の倉庫まで運ばされたことがあります。通常、そのような物資の処理は行いません」

「その倉庫の場所は分かる?」

「分かります」

 私たちは、隠し部屋からの監視を警戒して、再生紙を2人の体で隠すようにしながら筆談を続けた。

 ロットルさんの顔が近い。

 割といい男だから刺激が強い。

 でも、私には署長が……

 いけないわ……


 ともあれ、これは王様に報告する必要がありそうだ。

 小部屋を出たら外が明るい。

 思ったより時間が経っていなかったのかもしれない。

 勘違いだった。

 小部屋を出たのは、翌日の朝だったのだ。

 私は、男性と密室で一夜を共にしてしまった。

 もう結婚するしかない?

 異世界で生きようと決めているので、現地の男性と結婚するのはウエルカムだ。


 ユイ・ロットルか……

 悪くない。


「おお、ロットル。ずいぶん時間がかかったではないか。どうだ、異世界人の監査とやらは。どうせ何も分からんのだろう。あとで報告に参れ」


 げっ、カネスキー。


「報告は、うまくごまかしておきます」

 ロットルさんが耳元で囁く。

 くすぐったいですって。赤面するからやめて。

 ロットルさんと別れた私は、はたと気づいた。

 私はどこにいて、このあとどこに行けばいいのだろう?

 あてもなく廊下を歩き回っていると、一人の衛兵さんを見つけた。

「あのー、王様の部屋に行きたいんですが……」

 ものすごく怪訝な顔をされた。

 いや、むしろ捕縛されそうになった。

 慌てて署長の連れであることを言うと、急に態度が軟化した。

 署長は、客間で過ごしているので、そちらに案内すると言われた。

 ありがたい。

「お帰りなさい。一晩かかったんですね。お疲れさまでした」

 ソファに座っていた署長が立ち上がって迎えてくれる。嬉しい。

「結果はどうでしたか?」

 私は、帳簿に不自然な流れがいくつか見つかり、横領の疑いがある。しかも、かなり高い権限を持っている人物の関与が考えらえることを報告した。

「税収の減少原因は横領でしたか……」

「まだ断言はできません。いかんせん単式簿記なのでお金と資産の出入りが正確に把握できません」

「そうですか。それでは、このあとタイロンさんに報告することにして、私たちからの提言としては複式簿記の導入ということでいいですか?」

 もちろん。

 複式簿記はマストです。

 徹夜作業だったので、少し眠らせてもらった。

 目覚めたのは夕方前くらい。我ながらよく寝たものだ。

 王様に簡単に報告して、その日のうちに帰ると遅くなるのでもう一泊お世話になることにした。

「署長、お風呂に入ってきます」

 夕食が済み、客間でのんびりしていると、そのまままた寝てしまいそうだった。さすがに2日続けてお風呂に入らないのは淑女としていかがなものか。

 署長に断って客間を出る。

 この時間になると王城も静かなものだ。

 廊下を歩く人の姿もない。

 お風呂は、1階にあっていつでも入れるらしい。

 3階の客間から階段を使って1階に下りる。

 廊下はしんと静まり返って私の足音だけが響いている。


「ふがっ!」


 急に横の廊下から人の手が伸びてきて、布のようなもので口をふさがれた。

「んんんっ!」

 必死に抵抗するが相手の力が強くてまったく抵抗になっていない。

 あっという間に目隠しをされ、上半身と下半身を誰かに抱え込まれた。

 そのままの状態で王城の外に出たようだ。廊下で音が反響するようなことがなくなった。

 両手足を縛られ、硬い箱のようなものに入れられて蓋を閉められた。


 ああ、誘拐ってやつだ。


 いよいよ異世界ファンタジーっぽくなってきた。

 危機的状況にもかかわらず、私は高揚感を抱いていた。

 異世界ファンタジーものであれば、こういう場合は王子様が颯爽と現れて救い出してくれるはず。そして、2人は恋に落ちるのだ。

 だが、私に王子様の知り合いはいない。


 もし、ロットルさんが助けに来てくれたら間違いなく惚れる。


 でも彼はそういう荒事が苦手そうなタイプだった。期待できない。

 そんな妄想をしているうちに、私を詰め込んだ箱は、がたごとと揺れながら動き始めた。

 馬車に乗せられているらしい。

「おい、こんな夜更けにどこに行く」

 馬車が止まった。門番にでも咎められたか。

「へい、宰相に頼まれた急ぎの荷物をオーメ領の例の神の使徒様まで届けるところです」

「む……使徒様の荷物とあらば仕方ない。通れ」

 門番さん、ザルすぎ。せめて荷物を改めるくらいしなさいよ。

 いや、本当に署まで送ってくれるならそれでもいいんだけど……


 もちろん、そんなこともなく、あちこち痛いなあと思いながら箱の中で転がっていると、馬車が止まった。

「手はずは?」

「つつがなく」

 私を詰めた箱が持ち上げられて運ばれる。あー、あちこち痛い。

「ぐぇ!」

 割と乱暴に降ろされてカエルみたいな声が出た。

 猿轡をされているから声になっていないけど。

 それにしても、さっきの「手はずは?」という男の声。なんか聞き覚えがある。

 誰だ? 王様じゃないし宰相でもない。ましてや署員の声でもない。

 やることもないから寝よう。おやすみ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ