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毒父に育てられた私、幼女に転生したら魔王パパだったけど溺愛されて幸せです

作者: あすみねね

魔王パパの脳内再生ボイスは先日亡くなられた土師孝也さんです。

「早く酒もってこいよ!」

 わたしはお父さんから酒瓶を投げられた。女子高生のわたしと父子家庭のお父さんはお昼からお酒を飲んでいる。お酒がもうなくてイライラしていた。

 今日は土曜日だから家で勉強したかったんだけれど、これじゃ無理そう。

 2LDKしかない団地の部屋の中で思う。

「なんだその顔は! 俺が役立たずと思っているのか!」

 でも、この日は少し違った。ただ、いつもより機嫌が悪いのかと思っていたけれど、度合いがひどかった。

 お父さんがわたしを押し倒した。床に散らばっている酒瓶が転がる。お酒のきつい臭いがした。

「お前もあの女みたいに俺を捨てるのか!」

 お父さんがわたしの首に手をかけた。そのままぎゅっと締め付ける。ひゅうっと息ができなくなった。頭がぼーっとして景色がぼやける。

 わたし、なにが悪かったのかな。

 お父さんのごはんも一生懸命作ってたし、家事もちゃんとやってたし、お父さんがどれだけわたしを打っても耐えてたし、わたしのなにが悪かったのかな。

 あれ? 息がどんどんできなくなる。

 わたし、このまま死んじゃうの?

 ああ、もし生まれ変わったら今度は──優しいお父さんのもとで生まれたいな。



「──……ロット、シャーロット」

 とてつもない低い声で目が覚めた。まるで地獄の底から響くようなバリトンボイスだ。

 人の声で目が覚めるなんて初めてだ。

 わたしは瞼をゆっくりと開けた。

 暗黒の瞳と目が合った。長い黒髪が腰まで伸びている。肌が青白いけれど端正な顔をしていた。こんな綺麗な人、芸能人でも見たことがないかも。

 長いロングコートを着ている。コスプレの人?

「魔王様! シャーロット様は目を覚まされましたか?」

 もう一人、コスプレの人が部屋に入ってきた。

 この人もイケメンで茶髪に黒いスーツを着ている。でも目の色が青い。外国人?

 茶髪の人は眉を八の字にしながら、わたしに寄り添うように見つめている。 

 そういえば部屋が恐ろしく広い。私が寝ているのはお姫様ベッドのようで、布団を敷くだけだった部屋とは全然違う。狭い団地に住んでいたころとは大違い。ただ、何か違うのは全体的に薄暗く壁や床が真っ黒なところだ。

 ──ここ、どこ?

「シャーロット、ぶつけた頭は痛くないのか?」

 黒髪の人がまたしてもとんでもなく低い声でわたしに言った。

 怒っているのかな? と思ってしまう。

「どうなんだと聞いている」

 あ、やっぱり怒っているんだ。わたしは急いで頭を深々と下げた。

「ごめんなさい。わたし、ここがどこだか分からなくて……病院ですか?」

 黒髪の人は目をびっくりするくらい大きく見開いた。

 茶髪の人は青い顔をして口を両手で覆っている。

 ──え? なに? わたし、変なこと言った?

「……シャーロット様が、敬語? しかも謝っている?」

 茶髪の人が驚いたように言った。

「……っていうか、シャーロットって誰ですか? わたしの名前は……」

 と言いかけてわたしは口を噤んでしまう。

 ──あれ? わたしの名前って何だっけ? 何これ? 全然思い出せない。

 もしかしてこれって……。

「記憶喪失だな」

 黒髪の人がぼそっと低い声で呟いた。

 茶髪の人がふらりとその場に倒れそうになったけれど、何とか持ちこたえた。

「シャーロット様。私の名前は分かりますか? 魔王様の名前は?」

「全然。さっきから黒髪の人、茶髪の人って認識してます」

「ああ! なんということだ!」

 本当に次は茶髪の人が倒れそうになった。

「シャーロット様は廊下で走って遊んでいて、頭を床にぶつけられたのです! 私の名前はグレイル、魔王様の名はジェイクス・ヴァレンタイン。本当に心当たりがありませんか?」

 っていうかやっぱり外国人だったの? 

「ジェイクスさんはなんで魔王様と呼ばれているんですか?」

「私が魔王だからだ」

「へー少し痛い人?」

「まだ頭が痛いのか?」

「う、うーん、なんかこの人、会話が上手く続いてないような……」

「やはりまだ頭に何かあるようだな。治癒魔導士は?」

「もう一度、呼んできます」

 グレイルさんは急いで部屋を出て行った。

 ジェイクスさんと二人きりになってしまった。しん、と部屋に静寂が訪れる。

「……ということは、あの約束も忘れた、わけか」

 ジェイクスさんが突然、もっと低い声で呟いた。

「約束?」

「……ああ。「大きくなったらパパと結婚する」という約束だ」

「パパって誰のことですか?」

「私だ」

「は?」

 その瞬間、わたしはとあることに気付いた。

 なんだか体が異様に軽い。手足も短いし、顔も触れると小さい。

 わたしは全身を触ってみてはっとした。

「っていうか、わたし……体が小さくなっている?!」



 話を整理するとこうだ。

 ここはシュバルツァー国の魔王城らしい。魔王って実在するんだ。

 どこもかしこも薄暗くて蠟燭しか明かりがない、だだっ広いお城だ。

 高校の女子の間で流行していたアナ〇イみたいな部屋がそこらじゅうにある。わたしもアナ〇イのコスメ欲しかったけれど貧乏で買えなかったなと思い出した。

 わたしは、ジェイクス・ヴァレンタインの一人娘、シャーロット・ヴァレンタインに──転生、したらしい。わたしの高校の間で流行っていたライトノベルにそういったのがあったはず。

 わたしは自室にある全身鏡を見た。

 ピンクのひらひらのドレスに、金色のカールされた長髪、雪のように白くてもちもちしている肌。ジェイクスに似てとんでもない美形。まさに美少女だ。

 恐らくだけれど本来のシャーロットは転倒して──死亡した。

 本来のシャーロットの魂が失われ、わたしに入れ替わった理由はそうとしか考えられない。

 申し訳ない気持ちになる。

 ジェイクスたちは本来のシャーロットを愛していただろう。それがわたしなんかに入れ替わってしまったなんて。

 しかし、それを打ち明けてもまた頭がおかしいと思われるだけ。

 わたしはもう、シャーロットとして生きるしかないのだ。


 トントン、と自室の扉のノックがした。

「失礼します。グレイルです。シャーロット様、夕食の支度ができました」

 グレイルさんがにこやかに部屋に入ってきて言った。

 グレイルさんはジェイクスの第一側近らしい。

 わたしはいまだに慣れないドレスの裾を掴みながらベッドから降りる。

 広間に案内されると長すぎるといっていいダイニングテーブルがあった。真っ赤なクロスがかけられていてジェイクスさんはいわゆるお誕生日席に座っている。

 わたしは対面になって遠くにいるジェイクスさんを見つめる。

 テーブルに並べられていたのは分厚いステーキだ。こんなの高級店にありそうなステーキだ。

 というか、前世ではしばらくまともな食事をとれてなかった。

 父は勝手に色んなものをコンビニで買ってきて、わたしはもやし生活をしていた。

 こんなごちそうが生きている間に食べられるなんて。

「……どうしたシャーロット。食べないのか? お腹でも痛いのか?」

 既に食事を取り始めていたジェイクスさんが問いかけた。

 わたしは悩みながらナイフとフォークを取る。

「今日の食事が気に入りませんでしたか?」

 グレイルさんが心配そうにわたしの顔を覗き込む。

 みんな、どうしてこんなに優しいんだろう。

 わたしは震える手でステーキを口に入れた。じゅわっと肉汁が口の中で溶けて美味しい。

 美味しい、と思っていたらわたしはいつのまにか両目から涙がぼろぼろと零れていた。

「シャーロット様?! 味が悪かったですか?!」

「い、いえ、とても美味しいんです……こんな美味しいの初めて食べた……」

 わたしが子供みたいに(っていうか今は子供なんだけど)えんえんと泣いている。

 すると、ジェイクスさんが立ち上がった。

 ジェイクスさんはわたしの近くに寄ると何か渡してきた。

 ハンカチだった。

「これで涙を拭くがよい」

 ジェイクスさんは心地のいいバリトンボイスで言った。

 わたしは高級そうなハンカチに鼻水をつけながら涙を拭いた。



 夜になって眠ろうとしていた時だ。

 自室がノックもなしに開かれた。

 ジェイクスさんが入ってきた。

「……ジェイクスさん……じゃなかった、お父様。どうなされたのですか?」

「お父様? お前は一度も私をそんな風に呼んだことないだろう」

「(しまった!)え、あ、じゃあなんて呼んでいたんですか?」

「パパだ」

「パパ」

 ジェイクスさんが美しい顔であまりにも真顔で言うので吹き出しそうになるのを堪える。

 わたし、こんな綺麗な人をパパって呼ばないといけないの?

 いや、でもダメだ! わたしは本来のシャーロットの分まで生きると決めたんだ!

「じゃ、じゃあ……パパ」

「うむ」

 ジェイクスさんは納得したように言うとわたしのベッドに入ってきた。

「ジェイクスさん?! じゃなかった、パパ! なんでわたしのベッドに入ってくるの?」

「何を言っているのだ。毎夜、絵本の読み聞かせをするのが日課だっただろう?」

「絵本の読み聞かせ?!」

 そうだ。わたし、まだ幼女なんだ。

 前世のお父さんにそんなこと一度もされたことなかったけれど、愛されている家庭のお父さんってこれが普通なんだ。

 そう思うと少し寂しい思いになった。

「──むかし、むかし、あるお姫様が……」

 とジェイクスさんがキラキラした絵本を読み上げ始めたのだけれど──。

 声が良すぎる!

 声が良すぎて逆に寝れない!

 まるで朗読劇に来たようにめちゃくちゃ聞き入ってしまう!

 声が気になり過ぎて内容も頭に全く入ってこない! 

 わたしは完全に目を見開いたままベッドに仰向けになっていた。いつの間にか絵本は読み終わっていた。

「どうした? いつもは一冊で寝るのに、もう一冊読むか?」

 ジェイクスさんがわたしの頭を撫でた。

 それはもう優しい目をしているジェイクスさんだった。

 それを見て、わたしはまた泣きそうになった。

「お前はあれからよく泣くようになったな。そんなにこの日々は辛いか?」

 ジェイクスさんはわたしが涙目になっているのを見抜いたそうで、そう言ってきた。

 わたしは本来のシャーロットに申し訳なくなった。

 本来のシャーロットはこんなに愛されているのに、中身はただのわたし。それにみんな気付いていない。わたしは罪悪感でいっぱいで、ついに耐え切れなくなった。

「……ごめんなさい。騙すつもりなかったんだけれど、ごめんなさい。パパ。いえ、ジェイクスさん。わたしはシャーロットではないのです。わたしは違う世界から来た人間。魔王の娘でも何でもない」

「知っている」

「え?」

 わたしは即答したジェイクスさんに驚いた。

「シャーロットが転倒して目が覚めた際、まるでお前は別人のようになった。わたしは昔のシャーロットを愛してなかった。赤子の頃は可愛いものだったが、だんだん魔王の娘といばってわがまま放題でグレイルたち部下を困らせた悪徳だった。だが、今のお前は何かが違う。魂が入れ替わったような聖人になった。本当は絵本の読み聞かせなど、したことはない」

 ジェイクスさんはわたしをぎゅっと抱き締めた。

「わたしは今のお前のほうが好きだ」

 ジェイクスさんは甘い声で耳元で囁いた。



 わたしはどうやら転生して父親に溺愛されているようだ。

 本来のシャーロットは父親に愛されてなかったようだけれど、わたしが入れ替わったことでジェイクスさんがちゃんと愛そうと思ったらしい。

 あの夜。ジェイクスさんはそう告白してくれた。

 今日は魔王城から出てこっそり街に出る。

 黒いフードを深く被って街に遊びに行かせてくれる。

「好きなものなんでも買っていいぞ」

 ジェイクスさんが穏やかに言った。わたしは西洋のような街中をぐるぐる回っているだけでも面白かった。物は何もいらない。ジェイクスさんと外に出れただけでも十分だ。

 わたしたちが街を歩いているとわたしの前の少年が何かを落とした。

 わたしが拾うと小刀だった。

「あ、あの、落としましたよ」

 と言った先には少年は路地裏に行っていた。ジェイクスさんを振り返るが宝石店に入ってしまっていた。

 急がないと少年を見失う。わたしは走って路地裏に行った。

 路地裏には少年がいた。焦ってポケットや鞄の中を探している。

「探しているの、これでしょう?」

 わたしは少年に小刀を渡した。

 振り返った瞬間、少年の赤髪が太陽によく照らされた。

「わあ! ありがとな! これ、父ちゃんの形見なんだ。なくしたら大変だった」

 少年はわたしの手から小刀を受け取った。

 犬をイメージさせるような嬉しそうな笑顔だった。

 突風が吹いた。わたしのフードが取れた。

 しまった。顔を見られてしまう。

「……か、かわいい……」

 少年が頬を真っ赤に染めてぼーっとしていた。

「……な、なあ、君、街であんまり見かけないけれどなんて名前?」

「シャ、シャーロット……」

「俺はアイザック! 勇者アランの息子なんだぜ!」

「勇者……」

 アイザック。どこかで聞いたことある名前のような。

 それに勇者の息子?

「な、街を案内してやるよ! おいで!」

「え、ちょっと待って! わたしお父さんが一緒に……」

 アイザックはお構いなしでわたしの手を引っ張る。

 それからわたしたち二人は街を走り回った。アイザックが街で名物のスコーンをお礼におごってくれて、一緒に食べた。

 二人で喋っているとすっかり夕方になっていた。

「なあ、シャーロット。明日もまた来てくれるか?」

「……ごめんなさい。わたし、あんまり家から出られなくて……」

 アイザックが懇願するような顔でわたしを見る。

 まだ別れたくないとでも言いたげで、わたしの手を離さない。

 ジェイクスさんと別れてしまったのも気になるし、早く戻らないといけない。

 ──どうしよう……。

「シャーロット。何をしている」

 びくっと体が動いた。奥底に響くような低い声が背後からした。

 ジェイクスさんだった。

「帰るぞ。シャーロット」

「アイザック! ごめんなさい! またいつか……」

「シャーロット! そんな!」

 ジェイクスさんがわたしを抱き上げて、手を伸ばしているアイザックのもとから去る。

 ジェイクスさんは路地裏で転移魔法で魔王城に戻った。

「全く。悪い虫がついたな」

 ジェイクスさんがどこか機嫌悪い。

 しかし、わたしはある事で頭がいっぱいだった。

 ──アイザック。わたしはその名を知っている。

 小さい頃、出ていく前の母が唯一買ってくれたゲーム。

『ブレイブリーストーリー』という当時大流行したゲーム。赤髪の青年が主人公で魔王を倒すストーリーだ。アイザックは人気を得てグッズなども大量に出た。アイザックは全世界で有名になった。

 ──どうして忘れていたんだろう。

 魔王ジェイクスは、そのアイザックに倒される存在だ。

 つまり、わたしは『ブレイブルーストーリー』の破滅に至る魔王の娘に──転生したってこと?

 しかも魔王の娘ってことは、わたしも破滅ルート行きだよね?

「どうした、シャーロット。疲れたか?」

 ジェイクスさんが抱き上げた姿のまま頭を撫でてくれた。

 こんな優しい人が死なない方法と、わたしがもう一度人生を送れる方法を、探し出さなければ──。


【完】

面白かったら評価よろしくお願いいたします★

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