ようこそ
あれから、どのくらいの時間がたったのだろうか。
暗闇をさまようセレナの前に、小さな白き光が灯るとやがて全身を包み、それがきっかけに目が覚める。
「ん?」
「あっ、起きた」
セレナが目覚めると、頭の下には今まで感じたことがないような温かさ、そして何ともいえない柔らかい感触。そして目の前には見知らぬ少女の顔。そしてなぜか、その少女に今頭を撫でられている。
「な、な、な、なにやってるんでしゅか!?あなた!?」
突然起きた名も知らない少女からの膝枕という、あまりに不可解な状況を前に、セレナは思わず飛び起きる。そんなセレナを無の表情のまま、じっと見つめる少女。セレナは、一体何が何だか状況をうまく呑み込めない。そもそもなぜ気を失っていたのかさえ思い出せない。
周囲を見渡すと、セレナが今いる空間には、セレナとその少女の他に、同年代くらいの男子が2人とヴィラン、そしてもう1人の少女がヴィランの前で正座させられていた。
「えっとー・・・」
「あっ、よかった。気が付いたのですね」
ヴィランはほっとした表情で近づいてくる。セレナは未だ状況を?み込めず、言葉すら出てこない。ヴィランはセレナに落ち着くよう促し、今に至るまでの経緯を教えてくれた。
数十分前、セレナの自室にて。
「セーレーナーーー!!!」
「ぎゃああああ!!!」
自室のベッドで横たわるセレナの前に突然現れた少女。見た感じ、セレナより少し幼いようにも見える。
「ねぇねぇ、あなたがセレナだよね?やったー、新しいお友達だ!」
「だ、誰?」
あまりに突然の出来事に困惑するセレナだったが、それでもお構いなしと少女の興奮は収まることを知らない。
「今から歓迎会やるんだ!ねっ、一緒に行こう!」
「へっ、なに?歓迎会?」
「それじゃあ、レッツゴー!」
すると突然、セレナの体が宙に浮き、有無を言わさず強引に部屋の外へと連れ出される。驚く暇さえ与えてもらえないセレナは、少女のテンションに追いつくことができず、部屋を出て間もなく意識が途絶えた。
「タス・・・けて・・・」
気を失ったセレナをよそに、少女はある部屋の扉を勢いよく開けた。部屋ではヴィランたちが、“ようこそ”と書かれた垂れ幕を壁に貼り付けている最中だった。
「ねぇねぇ、セレナ連れてきたよー!」
「連れてきた!?ちょっと待ってください、まだ準備・・・が・・・」
部屋の出入り口を振り返ったヴィランたちの目に映ったものは、なんとも無残なものだった。
「あなた・・・」
「あちゃー、やっちゃったな」
「やれやれ・・・」
ヴィランの両手に握りこぶしが出来あがり、全身が震えだす。
「なになに?みんな、どうしたの?」
その場の空気が冷たい原因が少女には分からなかった。するともう一人の少女が、浮いているセレナの方を指さす。
「その子、もう死んでるけど」
「え?」
空中に浮いたセレナは泡を吹いた状態で気を失っていた。それを見た少女は顔がどんどん青ざめて、冷や汗が止まらない。そして次の瞬間、ヴィランの怒りがついに臨界点を超える。
「なにをやっているんですかーーー!!!」
「ひええええ!!!」
そして今に至る。
ヴィランは必死にセレナに謝った。ヴィランはこの学部において、リーダー的存在なのだろう。メンバーが犯した失態に、大きく責任を感じているのだろうとセレナは悟った。
「本当にすみませんでした。ほら、あなたも謝って」
「うぅ・・・ごめんなさい・・・」
「(私が気絶している間に、しっかり絞られたんだろうな)」
少女の涙でぐちゃぐちゃになった顔を見て、セレナは思わず同情の笑みを浮かべる。もうセレナには、その少女を責める気などとっくになくなっていた。
「も、もう大丈夫だから。気にしないで」
「うぅ、お姉ちゃん優しい・・・」
少女に笑顔が戻るのを確認し、セレナも一安心する。そして周りを見渡すと、自分と年の近い5人の学生らしき人たち。
「そっか。この人たちが・・・」
「はい。聖獣奏者学部の現メンバー全員です。変な形になってしまいましたが、改めてようこそ、聖獣奏者学部へ」
周囲からセレナに、“よろしく”という言葉とともに歓迎の拍手が送られる。
「それでは1人ずつ簡単な自己紹介をしていきましょう。改めてにはなりますが、まずは私から。ヴィラン17歳。パートナーは鳥型聖獣のククです。この学部で委員長をしています。よろしくお願いします」
やっぱりリーダー的立ち位置だったかとセレナは再確認した。そして、ヴィランは委員長らしく、自己紹介の進行を始める。
「次、アイリクお願いします」
「おうよ!」
すると、アイリクと名乗る男子生徒は自身の聖獣を召喚した。その突然現れた2メートルを超える巨躯に、セレナは呆気に取られる。
「俺はアイリク、19歳だ。この学部では最年長だ。相棒は熊型聖獣ガルド。戦闘においては力技を得意としている。この学部においては切り込み隊長として頼りにしてくれ」
見るからに熱血で、筋肉質な身体。戦いにおいては積極的、いわば好戦的な性格だ。特に裏表がなく、温厚で誰でも接しやすい。メンバーの中で最も仲間意識が高い。
「僕はミチル。17歳。正直戦いはあまり好きではないんだ。だから戦闘時は、サポート兼指揮官の役割を担っている。パートナーはドラン、カメレオン型の聖獣だ」
眼鏡がトレードマークの、がり勉的見た目の青年。人とのコミュニケーションは苦手な部類に入るが、認められたいという欲が人一倍強く、秘かにヴィランの委員長の座を狙っていたりする。
カメレオン型聖獣ドランは体長30センチほど。基本的にミチルの肩に乗ることがほとんどのようだ。
「次は私ね。ミリアで12歳。パートナーはイルカ型聖獣イルッペ。これからいっぱい遊ぼうね!」
元気が取り柄の最年少。先ほどセレナを部屋から攫った張本人だ。とにかく、考えるより先に体が動いてしまう直感型で人懐っこい性格。持ち前の明るさから、誰ともすぐに仲良くでき、年上ばかりのこの学部でもその明るさは健在。むしろムードメーカの役割を担うほど、その存在感は大きい。
イルカ型の聖獣イルッペは体長2メートルぐらい。空中をまるで水中のように泳いでいる。世の理どころか、重力すら無視する何とも規格外な光景だ。
「私、サラ。16歳。相棒は猫型魔獣ミント。戦うこと好き。よろしく」
口数が少なく、普段は大人しい少女。あまり表情を変えず、ほとんどの場合“無”でいることが多い。しかし戦いになると、気持ちが高揚してしまうことがあり、そうなると普段の時とは表情も雰囲気も180度変わる。ある意味、学部では一番の要注意人物かもしれない。
猫型魔獣ミントも他の聖獣と変わらず、現実にいる猫と大きさは変わらない。セレナからすると、この5人の中で一番、聖獣と人間の組み合わせがしっくりきた。
すべての生徒の紹介を受け、目の前に召喚された様々な姿をした聖獣に目を輝かせるセレナ。だが彼らからしてもそれは同じ。セレナの聖獣が召喚されるのを、今か今かと待っている。
「じゃ、じゃあ今度は私の番だね。私はセレナ、17歳・・・」
やや緊張気味にみんなの前に立ち、自己紹介とともに、4体の聖獣を召喚する。
自己紹介を終えると、みんながみんな、興味津々にアイたちと触れ合う。かなりの盛り上がりだが、セレナにとってこの光景はかなり異様にも思えた。
「なんか、みんなはしゃぎ過ぎじゃない?」
「そりゃあ、そうだろ。こんな聖獣を見るの、初めてなんだからよ」
「うん。興味が尽きない」
「んん???」
セレナは未だに、何が彼らの好奇心をそこまで刺激しているのか分からなかった。そんなセレナを見て、ヴィランが思わず笑みをこぼす。
「な、なに?」
「いえ。ただ、セレナさんのマイペースさというか、その鈍感さも可愛いなと」
困惑が収まらないセレナをよそに、ヴィランが大きな音が出るように両手をパンと叩く。
「さ、各自自己紹介も終わったところで、歓迎会を始めましょうか。私は、カナさんを呼んできますね。そろそろ出来上がる頃でしょうから」
それからセレナの歓迎会のパーティーが開かれた。カナリアが今日のためにと用意していたご馳走が並べられ、パーティーは大いに盛り上がった。
そんな中、ご馳走を頬張るセレナにアイリクが声をかける。
「いやー、それにしても聞いていた通り、セレナは俺たちの常識をことごとくぶち壊してくるよな」
「だから、それが分からないんだって」
そこにミチルも参戦してくる。優等生らしく、眼鏡を中指でくいっと上げながら。
「やれやれ、まだ気づかないのかい?君の聖獣だけだよ。人の言葉を話せるのは」
ハッと気づかされたセレナは、他の聖獣たちと楽しそうにご馳走を食べているアイたちの方を振り返る。そしてヴィランの方に目を向けると、ヴィランは黙って頷いた。
「それに、セレナだけ4体も聖獣がいる。これも異質」
無口なサラも口に食べ物を含みながら近づいて来る。
「異質って、人を化け物みたいに。ていうか、食べ物呑み込んで喋りなよ」
「化け物じゃない。むしろ褒めてる」
「人を褒めるの下手過ぎないですか?」
「でもでも、それは才能の類かもしれないって、ヴィランが言ってたよ?」
そこにミリアも登場し、セレナを中心に世界がどんどん広がってゆく。
「それってどういうこと?」
「その辺の話は、また後日ということで。今日は歓迎会です。目一杯楽しみましょう」
歓迎会が再開し、セレナの周囲の時間はあっという間に過ぎていく。
セレナは再び辺りを見渡す。自分を肯定してくれる新しい友達と新しい聖獣、そして自分の新たな居場所。そこで初体験する楽しい時間。すべてが新鮮ですべてが新しい。これから先、これが続いてゆくと思うと、セレナは過去の自分の比較せずにはいられず、思わず目から涙がこぼれてくる。
そんなセレナの異変にいち早く気づいたのは、やはりヴィランだった。
「大丈夫ですか?何か嫌なことでも?」
セレナは涙がこぼれないように天井を見上げる。
「違う。嬉しいんだ。やっと私たちが、私たちらしくいられる場所に来られたんだと思うとさ」
それを聞いたヴィランも思わずもらい泣きする。そのセレナを遠くから見つめるアイたち。セレナの苦労を身近で一緒に感じていたからこそ、その報われた気持ちは痛いほどよくわかる。
ヴィランは、セレナに向けて右手を差し出した。
「改めてようこそ。聖獣奏者学部“聖獣寮”へ」
「こちらこそ、これからよろしく」
それからしばらく暖かい時間をメンバーと共に過ごしたのち、歓迎会はお開きとなった。カナリアは料理の片付け、残るメンバーは会場の片付けを行っていた。メンバーからはセレナは主役だからと、片づけに参加させてもらえなかった。
セレナはこの場にいると、申し訳ない気持ちが増大していくだけと感じ、素直に自室に戻ることにする。
自室に戻ったセレナは、ベッドに飛び乗り、帰り際にヴィランから言われたことを思い出す。
「セレナさん、明日からの流れですが、現在学園は長期休暇に入っています。その間に、セレナさんには、聖獣奏者の戦い方を身に付けてもらいます。明日からはその特訓ですので、今日はゆっくりお休みください」
セレナは天井を見上げる。
「聖獣奏者の戦い方を学ぶってことは、私自身も戦うってことなのかな?だとすれば、これからはアイたちの力に頼るばかりじゃないってことだ。よし、頑張ろう」
セレナのやる気に右手が反応するように、握りこぶしがつくられる。
アイたちはどうやら、すでに眠っているようだ。これまで別々の部屋で眠っていたから、この一緒に寝ている感覚もセレナにとって久しぶりな感じがして嬉しかった。
セレナは今日起きた出来事でお腹一杯に。久しぶりに来る充実感から、瞼がどんどん重くなる。だがふと、あることを思い出す。
「あれ?そういえば、この部屋にあるもう1つのぐちゃぐちゃなベッド。この部屋の同居人のだよね。あのメンバーの中で同居人の可能性は・・・まさか!」
するとまた、部屋の扉が勢いよく開く。
「セーレーナーーー!!!起きてるー?」
「・・・・・」
元気よく部屋に入ってきたミリアの姿に、セレナは天井を見つめながら乾いた笑いを浮かべる。
「どうやら、夜はまだまだ長くなりそうだ」
それからセレナが眠りについたのは、その数時間後だという。