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新しいことばかり

 「うわー・・・すごい」

 セレナは鉄道の車窓から眺める外の景色に釘付けだった。

 「うふふふ」

 「何笑っているの?」

 むきになるセレナだったが、それでもまだ微笑ましく笑うヴィランに、セレナはやや恥ずかしそうに顔を赤らめていた。ヴィランにとって、その様子もまた、まるで妹の面倒を見ているような愛おしい感覚がしてならなかった。

 「ごめんなさい。でもそうですよね。あの4体を連れた状態で鉄道になんて乗れるわけもないですし、セレナさんにとっては何もかもが新鮮ですもんね」

 セレナにとって鉄道に乗ることは憧れだった。だが、ヴィランの言う通り、これまでのセレナにとって鉄道に乗れないことは当たり前で完結していた。決して4体の存在を錘に感じたことは微塵もなかったが、それでもできそうでできないことにやるせなさを感じずにはいられなかったのは事実。

 だが、ヴィランとの出会いがきっかけに大きく世界が変わった。鉄道に乗るという些細な変化もまた、セレナにとっては大きな変化だ。

 鉄道という初めての旅の中で、アイたちやヴィランと楽しいひと時を過ごしながら、時間はあっという間に過ぎていく。昨日までの毎日の時間の流れが、まるで嘘のように。

 グーラン王国に到着してなお、セレナの興奮は冷めきれていない。セレナの辞書には、もう退屈なんて言葉は消えてしまっていた。

 「まずはどこに向かうの?」

 「学園の寮に向かいます」

 グーラン王立魔導学園の各学部にはそれぞれ専用の寮が存在する。学園に通う生徒は、国内にある実家から直接通う生徒ばかりがほとんどだが、止む無く遠方から通う生徒のために国が設置している。

 「でも、聖獣奏者学部って最近できたばかりなんでしょ?もう寮が存在するんだ」

 「聖獣奏者学部の寮は、母が最優先で建設依頼したのです。聖獣奏者学部は訳ありの生徒が多いですからね」

 「訳あり?」

 「それは生徒それぞれですから、ここではちょっと」

 ヴィランの表情が少し暗くなった。セレナはその先に踏み込もうとしたが、これ以上は野暮と考え、出した足を黙って下げ、質問を変える。

 「そういえば、聖獣奏者学部の現生徒数は5人なんだよね?そのうちの何人が寮に住んでるの?」

 「5人全員ですよ」

 「全員ってことはヴィランも住んでるの?」

 「はい。聖獣奏者学部の現在の主な活動は、聖獣奏者の理を見つけることですから。他の聖獣奏者の方と一緒に生活した方が、互いを観察するうえでも都合がいいんです。それに、お友達との仲も深めたいですしね」

 「なるほど」

 するとここでセレナがあることに気付く。

 「えっ、ちょっと待って。それじゃあ、もう早速その人たちに会いに行くってこと?」

 「はい、そうですが?」

 「そうですがって、いやまだ心の準備が・・・」

 セレナのモジモジする姿に、ヴィランはそれが何を意味しているのか最初は分からなかったが、セレナの聞かされていた過去を思い返すとむしろ当然だと感じた。

 「そうでしたね。セレナさんはこれまで同年代はおろか、人と関わるのでさえ避けてきたことばかり。そりゃ突然同年代の、しかも同じ境遇の仲間と会うなんて緊張するのは当たり前ですね」

 ヴィランは云々と納得する。

 「わかります。1年前の私もそうでした。でも大丈夫です。皆さん全員・・・ではないですけど、気楽に話せる人ばかりです。それに私と初めて会った時も、セレナさん気楽に話せていたじゃないですか」

 「いや、あの時はヴィランが危険人物だと疑って、警戒して強がっていただけだし」

 「正直ですね・・・」

 それでもなお、心の準備が整わないセレナだったが、思わぬところからセレナに喝が入る。

 『もう!いつまでもうじうじしないの!セレナらしくもない』

 『そうだぜ。こういう時は勢いに任せてやれば、ある程度はうまくいくもんだ』

 「えぇー、あんたたちそっち側なの!?」

 生まれて初めて、アイたちがセレナの味方でなくなった瞬間だった。裏切られたとまではいかないが、セレナにとって初めて孤独を感じた瞬間だった。

 ちなみに、このアイたちの声は、外にいるヴィランにも聞こえていた。

 『で、でも僕はセレナの気持ちわかるよ。初めて会うのは、怖いもんね』

 「コロン・・・!」

 『コロンよ。ここで味方になっては、セレナを甘やかすだけじゃ。時には愛する者でも、心を鬼にして、尻を叩く勇気が必要なんじゃ』

 『そ、そうか・・・うん、わかった。セレナ、やっぱり頑張るべき・・・だと思うよ』

 「コロンー・・・」

 味方ではあるが、味方でない。最後の支えを失い、思わぬ孤独に叩き落されたセレナは、ある作戦を思いつく。それはあまりにその場凌ぎで、傍から見ればただの惨めな悪あがきだった。

 「私、ちょっとあの町に用事を思い出したから一旦戻ろうかなー」

 この場から逃げようと、元来た道を戻ろうとするセレナ。するとその道を塞ぐように、ウルルがセレナの前に立ちふさがる。

 「へ?」

 『逃がさねーぜ』

 「逃げていないっていうか、なんで当たり前のように私の体から勝手に出てきてんのよ!あんたら出入り自由か!」

 『やってみたらできるもんだな』

 「やってみるんじゃない!勝手に出てくるんじゃない!ていうか、その姿のまま公衆の前で普通に喋るんじゃなーい!!!」

 喋る獣と、それと当然のように会話する人間の図。周囲から怪奇の目で見られるが、さすがにこの状況は慣れているセレナ。周囲の反応に惑わされることなく、自分を保ち続けるその様は流石と、感心するヴィランだった。

 『とにかく、当たって砕けろだ!ジイロン、俺の体にセレナを括り付けろ』

 『よし来た!』

 セレナの体から、自分の意志で出てきた蛇型聖獣ジイロン。その長い体をセレナとウルルが束ねるように巻き付ける。

 「ちょ、ちょっと!!!」

 『よし、行くぞ!ヴィラン、寮とやらの方角はどっちだ?』

 ヴィラン聞かれるがまま、無言で寮の方角を指さす。ウルルはセレナを背に乗せたまま、その方角に向けて走り出す。

 「わかった、ちゃんと自分で行くから!降ろして!!!」

 騒ぐセレナを、呆然と見送るヴィラン。その表情には乾いた笑いと、先行きの不安を感じる複雑な感情が読み取れる。

 「やっぱりあなたたち、いろんな意味で埒外ですよ。あなた方を常識の一部として教材にすべきか、少し悩みどころですね」

 数分後。ウルルの背中に乗せられたままセレナたちがたどり着いたのは、町外れにある大きなお屋敷のような建物だ。中央に1戸建ての建物と左右にそれぞれ1棟ずつ。合計3つの建物によって構成されている。

 精神的に疲労したセレナの息は切れ、膝に手を当てて少しずつ息を整えていく。ウルルとジイロンは到着するとすぐに、聖獣帰還術でセレナの体内へと還った。

 「はぁ、はぁ。まったく、相変わらず強引なんだから。ていうか、還る時も私の許可は必要ないんかい」

 そこに少し遅れて到着するヴィラン。ウルルの速度に少し遅れただけでもすごいのに、息も僅かにしか切れていない。見かけによらないヴィランの体力に、セレナは素直に感心する。

 「意外にも体力があるんだね」

 「これでも鍛えていますから。でももうじき、セレナさんも他人ごとではなくなりますよ」

 不穏な発言が気になりつつも、セレナは目の前に立つ寮の方に目を向ける。セレナにとっては意外だった。外観は奇麗。大きさも道中で見かけた他の寮と差分ない。むしろ5人で使っているというには、大きすぎるぐらいだ。恐らく先のことを見据えての大きさだろうが、それでも意外なことには変わらなかった。

 「聖獣奏者学部の寮だから、少しお粗末なものじゃないかと危惧していたけど、いい意味で裏切ってくれて安心したよ」

 「これも母のおかげです。未来の私たちが世界から認められる存在になることを見据えて、他の寮と変わらない造りにしてくれました。元魔導士部隊隊長としての経歴を存分に生かした結果です」

 「権力フル活用だね・・・」

 目の前で見せつけられる親ばかぶりに呆れ返るセレナ。だが、そのお零れにあやかっている身としては文句を言えるはずもない。

 ヴィランは寮の玄関口と思われる、中央にある1戸建ての門に手をかけ、中へと入る。セレナもヴィランに続いた。

 中に入ってすぐ、玄関はホテルの待合室のような造りになっていた。おそらくここで、寮に住む生徒たちによる交流が行われるのだろう。

 思わず建物の内装に目を奪われるセレナ。そんなセレナを現実に引き戻すかのごとく、ヴィランが奥にいるであろうある人物に届くように、声を張り上げる。

 「カナさーん!今帰りましたー!」

 その呼びかけに応えるように、奥の方から1人の女性が出てきた。

 「お帰り、ヴィラン。そしてあんたが新入りのセレナだね。ようこそ、グーラン王立魔導学園聖獣奏者学部寮、通称“聖獣寮”へ。私はここの寮母をやっているカナリアだ。カナさんって気楽に呼んどくれ」

 カナリアは歓迎とばかりに手を差し出す。その表情は表裏を感じさせないほど安心感のある笑顔で、セレナはほっと胸をなでおろし、差し出された手を取る。

 「セ、セレナです。家族共々、よろしくお願いします」

 「ああ、こちらこそよろしくね」

 2人が固い握手を交わした後、カナリアは興味本位で体を乗り出しながらセレナにあるお願いをする。

 「それで?その家族とやらを一足早く私に見せてくれないかい?」

 「えっ、えーっと・・・」

 セレナは思わず助けを求めるかのようにヴィランの方に横眼を向ける。ヴィランは戸惑うセレナに優しく微笑む。

 「カナさんは、聖獣における数少ない理解者の1人なんです。私たち聖獣奏者のことも決して邪険に扱わず、聖獣ともまるで動物を愛でるように接してくださいます。その姿勢から、この寮母に抜擢されたのです。安心して大丈夫ですよ」

 「じゃ、じゃあ・・・」

 セレナは、ヴィランがそこまで言うならと、アイたちを一斉に召喚した。カナリアは、セレナの家族たちに興味津々に目を輝かせていた。

 しばらくの時間、カナリアとアイたちは多くの話をしていた。これまでのセレナの暮らしや、数々の困難をどのようにして乗り越えてきたのかなど。時折、セレナがアイたちの発言を制したりしながら、その都度笑いが起こったり、セレナにとって久しぶりに賑やかな時間を過ごしていた。

 「色々教えてくれて嬉しかったよ。それしても聞いていた通り、面白い子たちだね。すべてにおいて新しいことばかりだ」

 「それってどういう・・・」

 「それはこの後、自分の目で確かめてみることだ。自分たちがどれだけ特別なのか。これから同じ釜の飯を食う、あんたの新しい仲間との出会いの中でね」

 「は、はい・・・」

 カナリアはそういうと、セレナがこれから暮らす部屋の鍵を渡し、奥の部屋へと戻る。それからヴィランに部屋の場所を案内してもらうことになり、セレナたちは中央にある1戸建てから右側にある棟へと移動した。

 「ここがセレナさんのお部屋です。そして、私のお部屋はこのお隣。何かわからないことがあれば遠慮なく訪ねてくださいね」

 「ありがとう。そうさせてもらうよ」

 「では私は顔合わせの準備のため、他の生徒を呼んできます。顔合わせの場所は、本館2階にある談話室で行いますので、しばらくしたら来てください」

 「本館って、カナさんがいたあの大きなお屋敷みたいな建物のこと?」

 「ええ、そうです。建物についても後でちゃんと説明しますね。では、後程」

 ヴィランは部屋を後にした。

 部屋の前でヴィランと別れたセレナは、さっそく部屋の中へと入る。部屋は2階の角部屋だった。部屋に入ると、そこにはベッドと、勉強に使うと思われる机、クローゼットがそれぞれ2つずつ置いてある。

 「各家具が2つずつか。2人1組の相部屋を想定してあるのかな」

 家具をよく見てみると、1つは新品同様の家具。もう1つは、誰かが既に使った形跡の、生活感満載の家具だった。

 「ってことは、この部屋で一緒に過ごす同居人はもう決まっているってことだよね。いい人だったらいいけど・・・だけど・・・」

 既に使われているベッドの上には部屋着と思われる服が乱雑に放置されており、シーツはぐちゃぐちゃ。机には物が散乱している。

 「うまくやっていけるかな?」

 同居人の生活基準の低さにやや不安を感じつつ、どのような人なのか楽しみに感じてさえいるセレナ。ヴィランのいう談話室に行く前に少し休憩しようと、ベッドに横になった次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開く。

 「セーレーナーーー!!!」

 「ぎゃああああ!!!」


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