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希望を胸に

 セレナとヴィランは2人で町中を歩いていた。頭上には、すっかり日が高く昇っている。

 「お世話になりました」

 「近くに来たら、いつでも寄ってくれな。世界から認めてもらえようが、なかろうが、ここはお前さんの居場所に間違いないからな」

 「はい!ありがとうございます!」

 セレナは、ヴィランの提案を受け入れ、グーラン王立魔導学園へ入学するべく、グーラン王国へと向かう。

 それはこの町との別れを意味するが、セレナは清々する気持ちとともに、長年自分たちの味方になってくれた数少ない知り合いとの別れに心が切なくもなる。数時間前、長年お世話になった食堂の店主との別れも例外ではない。

 「いい方々でしたね」

 「うん。本当に。みんながみんな、あんな人たちばかりだったらいいのに」

 店主と別れ、町を歩くセレナの姿に、周囲の町民はみな不思議そうな目を向けてくる。セレナにとっては新鮮だった。これまでセレナに向けられてきた、嫌悪感に満ちた目ではないものがセレナに向けられているのだから。

 「おい、いつものお供はどうした?」

 「さぁ。昨日火事があったって聞いたけど」

 「えっ、それじゃあまさか!?」

 「それにしちゃあ、やけに上機嫌じゃねえか?あいつにとっては家族だったんだろ?」

 今のセレナの周囲にはアイたちの姿はない。この町において、悪い意味で有名人だったセレナのいつもと違う光景に、周囲はありとあらゆる可能性を模索せずにはいられなかった。

 「やっぱり、別の意味で悪目立ちしているみたいですね。本人はご機嫌みたいですけど」

 「こういう言い方はよくないかもだけど、ああいう顔見るとなんだかいい気味って思っちゃう」

 「完全にひねくれちゃっていますね・・・」

 「それにしても本当に便利ね。“聖獣帰還術”っていうのは」

 数時間前。

 「それでは、グーラン王立魔導学園聖獣奏者学部への入学をお祝いして、私から1つプレゼントがあります」

 「プレゼント?」

 「はい。恐らくセレナさんが習得していないであろう聖獣奏者の固有スキルの1つ、聖獣帰還術の伝授です」

 聖獣帰還術。それは聖獣奏者学部が学園に設立されて最初に発見された聖獣奏者の固有スキル。

 聖獣とは元々、聖獣奏者の魔力が、誕生した瞬間に突然変異して獣の姿に変異したものだといわれている。つまり聖獣は、聖獣奏者自身の魔力そのものと言える。

 であるならば、聖獣奏者が、自身の魔力の塊である聖獣を、魔力を扱うように自在にコントロールできるのではないかというところに着眼点が当てられ、その予想は見事的中した。

 聖獣奏者であるヴィランが、自身の聖獣ククの体の一部に手を触れ、魔力操作を促そうとする。すると、ククの姿が本来の魔力の形へと変化し、ヴィランの体内に吸収されたのだ。そして、ヴィランが魔力をククのイメージとなるよう力を籠めると、魔力はククの姿となって再び外に排出された。

 「そっか。あの時、何もないところからククが現れたのは、そういうカラクリだったわけか」

 「聖獣が聖獣奏者の体内に本来の姿となって入り込むということは、それはすなわち魔力が本来いる場所に“還る”ということ。そう結論付けた私たちは、この術を“聖獣帰還術”と名付けました」

 それからセレナは、聖獣帰還術のコツをヴィランから教わった。恐らくこれは、聖獣奏者にとって基本的な術の1つ。セレナは何の苦労もなく、聖獣帰還術を習得した。

 『すごい!これがセレナの中なんだ。なんだかあったかい空間』

 『ほぅ・・・これはこれは』

 『セレナと1つになれて、僕嬉しい』

 体内に響き渡るアイたちの声。セレナは、その何とも言えない不思議な感覚に、いろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って、苦しそうな表情を抑えきれなかった。

 「なんだか、みんなが体の中を動き回っているような感覚が。嬉しさ半分、気持ち悪さ半分でなんか複雑な感じ。ヴィランもこんな感じだったの?」

 そのセレナの問いに、ヴィランは苦笑いを浮かべるのであった。

 「いえ・・・それはおそらく、聖獣奏者の中でもセレナさんだけしか味わえない特別な感覚だと思いますよ。だって、セレナさんは・・・」

 「ん?私が何?」

 「い、いえ、それは後程。聖獣帰還術を習得することによって得られる恩恵もあるので、学園でそれも含めてご説明します」

 セレナは思わせぶりな言い方をされ、問い詰めようとするも、今はそれどころではない。

 「ごめん・・・ちょっと、この感覚に慣れるまで少し待ってもらっていい?」

 「ええ。もちろんです。頑張ってください」

 『おい、大丈夫か?』

 「お願い、とりあえず喋らないで」

 『はい、すみません』

 ヴィランもこうなることは予想外だったみたいで、若干申し訳なさそうにセレナを見守っていた。

 「(思えば、聖獣4体分の魔力がセレナさんの体内を回っているのですよね。そりゃ、クク1体で済んだ私と感覚は違って当然。彼女のことを聞いていた時点で、その辺は考慮しておくべきでした)」

 それからセレナの聖獣4体分の魔力が体に馴染むまで、1時間以上かかった。

 そして現在。聖獣の魔力がようやくセレナの体に馴染み、セレナは歩けるまで回復した。今は、ヴィランとともにグーラン王国に向かう鉄道に乗車するため、駅に向かっている。

 「不謹慎かもしれませんが、家が燃えたおかげで、手荷物はリュックと貯金だけで済みましたね」

 「いろんな意味で1からのスタートなわけだし、この町のことは忘れる意味でも、これが一番いいと思う。もちろん、数少ない恩は忘れないけど」

 すると目の前に、昨夜、家に無断で侵入し、コロンを殺害しようとした男3人が警察に連れていかれているところを目にする。

 「あれは・・・」

 男たちはセレナと目が合うと、慌てて目を伏せた。その男たちの様子の変化に気付いた警察は、辺りを見渡し、セレナを見つけると近づいてくる。

 「君が被害者のセレナさんだね。夜に起きた火事について、君にも少し聞きたいのだがいいかな」

 拒否する理由が見つからず、セレナはヴィランの弁護を挟みながら昨夜に起きたこと警察にすべてを話した。男たちが防音結界を用いて家に侵入してきたこと。家族であるコロンが殺されそうになったこと。火事の原因が、自分の魔力の暴発であること。

 「なるほど。被疑者の言う通り、火事の原因は彼らでないようだ。ならば、火事に関しては不慮の事故として処理されるだろう。とはいえ、彼らが法の裁きにかけられることは変わりないがな」

 「意外ですね。私が被害者だと分かれば、彼らの処遇は許されるのではないかと思っていました」

 「法はすべてを平等に裁く。たとえ被害者が獣亜人であってもだ。彼らがやったことは、不法侵入と殺人未遂か動物虐待のどちらかにかけられるだろうな」

 すると警察は、再びあたりをきょろきょろと見渡す。

 「そういえば、いつも一緒にいるお供はどうした?」

 「今は・・・本当のお家に帰っています」

 セレナは自慢げに、にっこりとほほ笑む。

 何か含みのある言い方に警察官は眉を下げたが、これ以上は捜査と関係ないと判断し、男たちを連れ、警察署へと向かった。

 事情聴取を終え、心のつかえが1つ取れたセレナをよそに、ヴィランはある疑問を投げかける。

 「意外といえば、私もそうでした。あの夜、あの男たちをあなたは逃がした。確かに未遂でしたが、あの人たちはコロンを殺そうとした人たち。てっきりあなたは、あの時の火球を当てるつもりで放ったのかと」

 「見てなかった?あの時私は、初めて魔法を使ったんだよ。火球を外した結果、それでできた出口から逃げられただけ」

 「あんな大きな火球、あの距離で当てられなかったという方が無理ありますよ」

 セレナは改めて感じた。自分は?をつくのが苦手なんだと。言い逃れできないと悟ったセレナはふと空を見上げた。

 「私はあの人たちと同じことをしたくなかっただけ。復讐と言えば聞こえがいいけど、結局は私も同じことを繰り返すに過ぎない。そしてまた別の人から、きっと同じことを繰り返される。だったら私で終わりにすればいい。私は守りたいもののために戦い、そして守れた。それで完結でいいでしょ」

 セレナは足を進めた。ヴィランはそんなセレナの背中が、とても大きく見えた。そしてヴィランはその背中を走って追いかけてゆく。

 「そういえば、私も1つ聞きたいことがあるんだけど」

 「はい、なんでしょう?」

 セレナがヴィランと出会った時からふと思っていたことがあった。

 「ヴィランって、この町に来たのは私のスカウトするためなんだよね?事前に私のことも知っていたみたいだし、誰からの情報で私に会いに来たの?」

 セレナの疑問にヴィランは頭を悩ませる。セレナはその様子に対し、あることに気付く。これは誰かに口止めされているなと。

 「(まあでも、正直心当たりはあるんだよね。そもそも私と関わりのある人なんて、片手で数えれば足りるぐらいだし。ヴィランの話からすると、学園に聖獣奏者学部が設立されたのが1年前。あの人たちがいなくなった時期ともちょうど重なる)」

 結局ヴィランは、その人物について口を割ることはしなかったが、セレナの中でその人物像ははっきりとしていた。

 「(まったく、ヴィランに頼らないで自分たちで迎えに来てくれればいいのに。もしこれがサプライズのつもりなら相変わらずだな)」

 ヴィランのはぐらかしをよそに、セレナの予想は確信へと変わっていく。何の根拠もないのが事実だが、セレナは自分の直感を疑いたくはなかった。

 こうして駅への道中、話題は“学園について”へと変わってゆく。

 「今、聖獣奏者学部には何人の生徒がいるの?」

 「私を入れて5人。セレナさんで6人目になりますね。この1年で、各地からの情報で私の母を中心に集めた聖獣奏者たちです。皆さん個性的で、聖獣もいろんな種類がいて賑やかで面白いですよ」

 「へぇー、楽しみ」

 セレナはワクワクが止まらない。これからどのような人、聖獣と会えるのか。そして、彼らとともにどのような学園生活が送れるのか、想像しただけでも楽しみが止まらなかった。

 その希望と期待を胸に、駅へと到着したセレナたちはグーラン王国へと向かう鉄道へと乗り込む。


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