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旅立ち

 「では、改めて本題に入りましょうか。セレナさん、単刀直入に申し上げます。私と一緒に、王立魔導学園に来ませんか?」

 思いもよらないヴィランからの提案に、セレナは思わず目を丸くする。

 「魔導学園って魔導士の学校のことだよね?しかも王立って」

 「はい。正式名称は“グーラン王立魔導学園”。魔導大国グーランが、国に仕える騎士を志す民や王国ギルドに所属する魔導士を育成するために設立された施設です。私はそこから、あなたをスカウトするために来ました」

 「待って、待って。あまりにも予想外のことで、何が何やら。まぁ、私に白羽の矢が立ったのは、あなたが私と同じ“獣亜人”だからってことは理解できる。でもまず、その学園に獣亜人であるあなたの席があることに驚きなんだけど」

 『そもそも、嬢ちゃんはなぜセレナのことを知っているんだ?』

 『そこでセレナに何をさせようっていうの?』

 ヴィランは、興奮するセレナたちに落ち着くように制する。恐らくヴィランにとって、セレナたちの反応は予想の範疇だったのだろう。妙に慣れた様子で、冷静に立ち回っていた。

 「色々聞きたいことがおありなのはわかりますが、ちゃんと順を追って説明いたしますのでご安心を。まずは、なぜ獣亜人である私が学園のスカウトという大役を担っているかという点についてですが、それは私の母が、学園におけるある学部の責任者という立場である。というところからご理解いただけないでしょうか」

 「あぁ。納得」

 「では改めて、まずは事の始まりから説明させていただきますね」

 きっかけはヴィランの母親だという。ヴィランの母親であるヒリスは、グーラン王立魔導学園にある王宮騎士学部魔導科の卒業生。学園を卒業した後は、王宮騎士の魔導部隊に所属。一時期は部隊長に任命されるなど、実績とともに華々しい活躍をしていた。国民からも慕われ、ヒリスはグーラン王国誰もが認める魔導士として、一躍有名となった。

 それから数年後、結婚そして出産を期に魔導部隊を惜しまれながら引退。だが、これまでの功績を称えられ、産休後には学園の魔導学部講師として席を設けられる約束をし、一時はその道を退いた。

 しかし、その後出産で誕生したのが“獣亜人”であるヴィランであると、誰も知る由もなかった。出産後、ヒリスの子が獣亜人である噂は国中に広まり、多くの国民をはじめ、国までもがヴィランの誕生を素直に祝福してはくれなかった。ただ2人、両親を除いて。

 ヴィランの両親は誕生したヴィランを、決して獣亜人としては見ず、特別な力を持ったごく普通の人間として接し、ヴィランを愛しい我が子として決して見捨てなかった。もちろん、共に誕生した鳥型のククも同じように我が子として愛した。そしてヒリスは立ち上がった。将来、ヴィランが普通の人間として暮らせるよう、世界の常識を変えるために。

 まずヴィランの両親は、国へと赴き、獣亜人を魔導士や騎士と同様、国の保有する戦力の1つとしてもらえるよう打診した。当然国は拒否したが、長期間に及び国に通い詰めた両親の根気と強い決意、我が子に対する愛情の深さに押され、国を挙げての会議が開かれるまでに話は進む。何よりそれは、王国直属の魔導士として、これまで国のために大きく貢献したヒリスの存在も大きかった。

 だが、その会議はいつまでたっても平行線。痺れを切らした両親は、国が保有する学園に獣亜人専門の新たな学部の設立を提案。獣亜人の力を教育機関の1つとして迎えることで、獣亜人の存在が害悪なものではないと証明できると提案したのだ。

 ヒリスの提案は、国のお偉い方にとっては目の上のたん瘤であったが、ヒリスのこれまでの実績と貢献が、最終的に彼らの首を縦に振らせざるを得なかった。

 「こうして1年前。私の母は、新たな学部を設立するとともに、約束されていた魔導士学部の椅子を蹴り、その学部の創設者兼責任者となりました。その後母は、新たに設立された学部を“聖獣奏者学部”と名付けました」

 「聖獣奏者・・・」

 「これまで世界に浸透していた“獣亜人”と同義語と考えてください。母が私たちの存在が世界に認められることを願い、敬意をこめて、獣と共に生まれた私たちのような存在を“聖獣奏者”、その獣を“聖獣”と名付けてくれたのです。これが世界に浸透した時、私たちは晴れてこの世界の一員となるのです」

 「すごい・・・」

 セレナは感動していた。これまで人々に拒絶されてきた自分が、世界に認められるなんて今まで夢にも思わなかった。だが、感動するセレナをよそに、傍で聞いていたジイロンに1つの疑問が生まれた。

 『ちょっと待たれよ、ヴィラン殿。そんな学部があるなら、当事者であるセレナが知っていてもおかしくないはずじゃ。それにこの大きな町でさえ“聖獣”という言葉は浸透すらしていない』

 『さっきあなたは、“これが世界に浸透した時”って言ってたね。それが浸透していないということは・・・』

 ヴィランは両目を瞑りながら大きく頷く。

 「はい、さすがはセレナさんの家族ですね。切れ者揃いです。正確に言えば、現在の聖獣奏者学部は設立の前段階です。なので、浸透までには至っていません。現段階では、学部を設立するために決定的に足りないもの、課題が数多くあるのです」

 その課題の1つが、教育機関として、教材の資料が圧倒的に少ないことだ。学部を設立する以上、当然教育機関として他の学部同様、専門知識が備わった人間と生徒に教えるための教材が必要になる。

 しかし、聖獣奏者についての研究が始まったのが、この学部が立ち上がってから。つまり1年前。世界広しといえど、これまで聖獣奏者について研究に携わった研究者はほとんどおらず、いわばグーラン王立魔導学園が世界初の国が認めた研究機関となる。

 「この1年間、私をはじめとした何人かの聖獣奏者の協力によって、聖獣奏者の基本的な特徴と実態、戦闘における基礎は何とか把握できました。しかし、聖獣奏者学部を正式な形で設立するには、今の研究資料ではまだ足りないのが現実です」

 「それじゃあ、私をスカウトしに来たっていうのは・・・」

 ヴィランはやや恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうにしながら答える。

 「はい。セレナさんには生徒としてではなく、数少ない当事者として、教育機関の資料の制作・・・つまり、聖獣奏者学部における教科書制作を手伝ってもらいたいのです」

 そのヴィランの誘いに、アイにはいち早く、ある不安要素が浮かび上がる。

 『ちょっと待って。それって、セレナを研究材料にするってこと?』

 『えっ・・・セレナが痛い思いをするかもしれないってこと?そんなのダメ!』

 ヴィランは慌ててアイたちの反論を否定する。

 「安心してください。決して研究器具で拘束されたり、怪しい装置に入れられたりするなんてことは絶対にありません。そんなこと、私の母が絶対にさせません。ただ、普段通りの生活の中や聖獣奏者としての戦闘経験を積む中で、聖獣奏者の特徴を仲間内で記録していくだけです。その仲間・・・いえ、私たちの友達となってほしいのです」

 セレナたちはほっと胸をなでおろす。思えば、ヴィランも当事者だ。そんな彼女が、研究施設などに同業者を巻き込むとは思えない。それに気づいたアイたちは、自分たちの言動に少し反省しているようだった。

 ヴィランは、自身がここに来た目的をすべて伝え終わると、大きく深呼吸をする。そして改めて背筋を伸ばし、セレナに向けて深々と頭を下げる。

 「母は、私の現状と将来のことまで考えて、立ち上がってくれました。その想いに私も応えたい。力を貸してください。これはセレナさんの今を変えるためのものでもあるのです。図々しいのは承知の上で、どうか、お願いします」

 ヴィランの必死な気持ちは、セレナにしっかり伝わり、セレナの出す答えはもう決まっていた。だがどうしても、今のヴィランについて1つ聞いておきたいことがセレナにはあった。

 「1つ聞いてもいい?」

 「はい、なんでしょう?」

 「あなたは今、楽しい?」

 何を聞かれるかと内心焦っていたヴィランだったが、セレナが今何を求めているのか、その核心が分かる質問に、ヴィランは満面の笑みで答える。

 「はい!とっても!」

 それがセレナにとって、一番欲しかった答え。元々持っていたセレナの答えが、さらに確実なものへとなる。

 セレナは、まっすぐ手を差し出す。

 「私たちを、あなたの居場所に連れて行ってほしい。どのみち、この町にはもう、私たちの居場所なんてないもの」

 皮肉交じりのお願いではあったが、ヴィランはそれはそれでセレナらしい、心地いい答えだった。ヴィランはセレナの差し出された手を、強く握り返す。

 「歓迎します。セレナさん、そして皆さん。少し早いですが、ようこそ、グーラン王立魔導学園へ」

 「よろしくお願いします」

 これから始まるであろう、新たな暮らしにセレナは胸の高鳴りを隠しきれないでいた。

 そんなセレナの様子を、家族たちは微笑ましい様子で見ていた。

 『久しぶりに見たな、セレナのあんな自然な笑顔。この出会いが、セレナにとって華々しい未来に繋がりますように』


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