出会いと転機
夜はいつも、静寂に包まれるこの町。しかし、わずかに歯車が狂ったことがきっかけで、この町もいつも通りの姿を保てなくなってしまう。
この日、大きな町中に起きたたった一軒の火事で、町中は騒々しさに満ちていた。そんな町中を、周囲の騒ぎに目もくれず、一心不乱に火事の現場へと向かう1人の少女の姿があった。
「しまった・・・まさかこんな深夜に。お願い、無事でいて」
暗闇と静寂に包まれた町中に発生した燃え盛る炎が目立たないはずもなく、家の特定にはさほど時間もかからなかった。特に迷うことなく、現場に到着した少女だったが、家の周囲にはすでに野次馬が溢れていた。
少女は火事で燃えている家を前に、あることに気付く。
「この炎、自然のものじゃない。この炎から魔力を感じる。それも、とてつもなく強大な」
炎に包まれているとはいえ、家の形状がまだ完全に近いところを見るに、おそらく出火してまだ間もない。現場の様子からそう捉えた少女は、自分がこの町に来た目的が最悪の結末になる前にと、人ごみを押しのけ、燃え盛る家の中へと突入した。
「おそらく彼女は、この力を制御できていない。でなきゃ、自分の家を丸々包むほどの炎を出す理由がない。だとすると、魔力が不自然に大きい部屋がどこかにあるはず。そこが発生源だ」
その予感は的中した。魔力を感知する能力を使うとすぐに、ある部屋から自分の位置を示すかのごとく、強大な魔力が溢れ出ていた。
「あそこか!」
部屋へと到着した少女。中には渦巻く炎の中心に立つセレナと、そのセレナの背後でブルブルと震えながら涙を流す獣が1体。そしてセレナと向かい合う男3人が、腰を抜かした状態で怯えるように震えていた。
「誰?」
セレナの顔がゆっくりと少女の方へと向く。その目は鋭く、殺意は感じないものの、近づいた瞬間に切り裂かれるイメージを少女に植え付けるほど危ないものだった。
だが少女は、なにがセレナのそのような目にしたのかの元凶を知っている。だからこそ、恐れを理由に、ここで引くわけにはいかなかった。
「ご安心を。私はその人たちの助けとして、ここに来たのではありません。セレナさん、私はあなたとお話をしたくて別の町から来たのです」
「なんで私の名前を?」
「それより、ここを脱出する方が先です。あなたから放出されたその炎は、すでにこの家を包むほど大きくなっています。このままだと、あなたは自身の力によって身を滅ぼすことになりますよ」
「私の力?」
セレナはやはりそうかと、自身の手を見つめた。そして、腰を抜かしている男たちに向けて手を伸ばす。
「セレナさん!?」
「や、やめろ!」
男たちはこれから自分たちに起こるである悲劇を予感せざるを得ず、必死に命乞いをした。だが、そんな男たちの願いも虚しく、セレナは男たちに冷たい視線を注ぎ続ける。
するとセレナは、次の瞬間、何かしらを思い止まるかのようにわずかに歯を食いしばる。そして掌に集めた魔力で創り出した火球を、男たちの背後にある壁に向けて放った。
放たれた火球は、部屋の壁を粉々に打ち砕き、外へと貫通した。
「セレナさん・・・」
「へぇー。できるかどうか賭けだったけど、意外とできるものね。でもやっぱり、初めてで狙いが定まるわけもないか」
セレナは再び、男たちを冷たい視線で見下す。手には握りこぶしができ、小刻みに震えていた。そしてセレナは大きく深呼吸し、平静を装った。
「早くいけば?私だって気が長いわけじゃないの。次にその薄汚い口を開いた瞬間、なにをするかわからないよ」
「ひっ、ひぃぃぃぃぃ」
男たちは、セレナが壊した壁から外へと脱出した。セレナはしばらく、火の海に包まれた部屋の中で立ち尽くした。
それから数時間後。セレナたちは燃え盛る家から脱出し、夕食でお世話になった食堂裏にある庭へと来ていた。もちろん、先ほど知り合った少女も一緒だ。
『ごめんね、セレナ。すぐに助けに行けなくて』
『気づけずに、すまなかったのぅ』
コロンを除く、3体の獣はセレナに申し訳なさそうにしていた。セレナは、優しく微笑みながら彼らの頭をそっと撫でる。
「いいって。気づかれないように結界が張られていたんだから、仕方ないよ」
事情をセレナから聞いた店主はセレナたちを心配し、せめてでもと人数分のお茶を差し出す。東の空には、うっすらと朝日が顔を出していた。
「すみません、こんな時間に。他に行くところがなくて」
「気にするな。この程度の早起き、俺からしたら日課だからよ。それより大変だったな。まさか、奴らがこんな強攻に出るとは。あいつら、いくら邪険にしていようとも、人として踏み入れちゃいけねぇ領域に踏み出しやがって」
セレナは、ゆっくりとお茶をすすり、心を落ち着かせる。
「それにしてもいいのかい?火事になった家をそのまま放って、お茶なんか啜って。おそらくは今頃、住むどころではなくなっているぞ?」
「いいんです。今にして思えば、あの家は私たちをこの町に留まらせる檻のような存在だった。あの家があったから、私たちはこの町から動けなかった。これでもう、毎日律義に、あいつらの怒号や罵声に付き合わなくていいと思うと清々するよ」
「セレナちゃん・・・」
「それにどうやら、私たち以外にもこの状況を喜んでいる人物がいるみたいだし」
セレナは横目で少女の方に目を移す。少女は、セレナの視線に反応するようににっこりとほほ笑む。
セレナは、正面から少女に向き合った。この出会いが、自分にとって転機のような気がしてならなかったからだ。
「私の名前を知っているということは、少なくとも、私に用があってこの町に来たということでしょ?」
「お話が早くて助かります」
「聞かせてもらおうじゃないの。あなたの目的とやらを。私を何に利用しようとしているかも含めてね」
少女はセレナに対して笑みを絶やさなかった。セレナの言葉に何かしらの違和感を覚えたが、その正体がすぐに分かったからだ。少女は本題に入る前に、1つの回り道を提案した。
「まずは、お互いの自己紹介といきましょうか。お互いに正体を知らないままですと、本音で語り合うなんて無理でしょうからね」
「そうだね・・・」
「では、僭越ながら私・・・いえ、私たちから」
セレナは、若干調子を狂わされた様子だった。相手の素性を見定めるためにわざとらしく仕掛けてみるも、少女は自分のペースを崩す様子はなかった。
少し不満そうなセレナをよそ目に、少女は魔力によって右手を光らせたのち、そこから黄色の小鳥を召喚した。
その突然の光景に、セレナは目を丸くする。
「なに、その子?」
「私はヴィラン。そして、この子はクク。ククはペットではなく、あなたたちと同じ概念の、私の家族です」
「それって・・・」
「はい。私はあなたと同じ、聖獣・・・いえ、今のあなたには“獣亜人”といった方が伝わるでしょうか」
「あなたも、私と同じ・・・獣と一緒に、この世に生誕した人だっていうの?」
「はい」
この世界ではごく稀に、数万人に1人の割合で起こる出来事だ。それは、ある力を持った人間がこの世に誕生する瞬間から起こり始める。母親の体から離れ、この世界の空気に初めて触れた瞬間、突然全身が発光する現象が発生。その現象が終わると、その赤子と一緒に、どこからともなく現れた獣が傍で寝ているという。
とある研究結果によると、獣には魔晶石反応がないことから、体内に魔晶石を持つ魔獣とは異なる存在であることは明らかとなった。それから研究が進むにつれ、赤子と共に現れたその獣からは、赤子と同じ魔力が体内に流れていることが判明。
体内で生成される魔力の性質は人によって異なり、たとえ双子であっても、同じ魔力は2つとして存在しない。このことから、赤子と共に誕生した獣は、その赤子が持つ魔力が、何らかの要因で突然変異し、生物の形となって生まれ変わったものとされている。
その奇跡とも思える不思議な現象だが、この世界・・・いや、人間にとってあまり歓迎されたものではなかった。大昔、この現象が初めて人の目に触れた時、とある人間が獣と共に生まれた人間に対し強い嫌悪感を抱き、“悪魔の申し子”などと根も葉もない噂を広めてしまった。その結果、人々は今日に至るまでその噂に踊らされ続け、今でなお獣と共に生まれた人間は、決して同じ人間とは扱わず、“獣亜人”という異名まで付けられるほど世の中から嫌われる存在となってしまった。
「私もあなたと同じ、幼いころからとても人間とは思えない扱いを受けてきました。ですので、ご安心ください。私はあなたの家族を殺そうとしたあの者たちとは違います。利用という意味ではそうかもしれませんが、あなたにとって利である話を持ってきたことは事実です」
「・・・」
「だからお願いです。そう警戒なさらないでください。私は、同じ境遇を持つあなたとまずはお友達になりたいのです」
セレナは、ヴィランと名乗る少女のまっすぐな眼差しを見て、徐々に警戒心が薄れてきた。同時に、自分がこれまで抱えてきた痛みを理解できる人間と初めて会えたことで、セレナが自ら封印してきた複雑な感情が芽生え始めてきた。
『セレナよ。この者なら信じるに値する存在だと思うぞ』
『うん・・・僕もそう思う』
「・・・わかった。話を聞く。でもその前に、私たちも自己紹介した方がいいかな」
「ええ。ぜひお願いします」
「私のことは、どうやら知っているみたいだし、自己紹介なんてやり方わからないから、家族を中心に紹介するね」
セレナにとって、生まれて初めての経験だった。他人に興味を持つということも、自分自身のことについて知ってもらいたいと思う相手に出会えたことも。セレナはやや緊張しながらも、胸を張り、誇りながら自分の家族について紹介した。そこには自然と笑みがこぼれる。
まずはアルマジロ型の獣“コロン”。恥ずかしがり屋で臆病な性格。普段はセレナの後ろに身を潜めることが多いが、いざ魔獣との戦いになると、戦えないセレナの前に立ち、セレナを守ろうとしてくれる。根性のある頑張り屋。
次に鳥型の獣“アイ”。4体の中で唯一の女の子口調。セレナと一緒に、ほかの獣たちを引っ張っていってくれるリーダー的存在。鳥型なので飛行が可能で、いつもは偵察の役割を担っている。
3体目は狼型の獣“ウルル”。4体の中では最も我が強く、譲れないことは決して譲らない、頑固な俺様口調。だが、仲間想いは人一倍強く、危険な魔獣相手には一番に挑んでくれる勇敢な切り込み隊長。戦闘面では一番頼りになる存在。
最後に蛇型の獣“ジイロン”。生まれて間もなくから、なぜか爺さん口調。セレナのことを常に見守ってくれ、心境の変化にいち早く気付いてくれる。セレナにとって頼もしい相談相手だ。戦闘力はさほどではないが、戦闘時にはサポート面で活躍してくれる。
「こんなものかな。家族共々、これからよろしく」
『よろしくね』
『よろしくな』
『よ、よろしく・・・』
『よろしく頼みます』
家族一緒に、ヴィランに向けて頭を下げる。自分に向き合ってくれているセレナたち家族に、ヴィランたちも誠意をもって頭を下げる。
「こちらこそ、皆さんよろしくお願いします」
『ピィ!』
互いに簡単な自己紹介が終わり、ようやくピリついた空気が穏やかになった。ヴィランがほっと胸をなでおろしたところで、ようやく本題に入る。
「では、改めて本題に入りましょうか。セレナさん、単刀直入に申し上げます。私と一緒に、王立魔導学園に来ませんか?」