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第8話 親との関係


 ロシュオルと交流するようになってしばらくして、レノフォードはドレスを着ることをやめた。

 「仲間」の存在を得て、男でいることへの心理的負担が軽くなったらしい。


 ロシュオルは騎士隊の訓練の合間にフランロゼ家を訪れては、シェリアータのダンスレッスンを受けていた。


「妹のレッスンはどう?」


「思った以上に厳しいが、新鮮だよ」


 レッスン後は、必ずレノフォードの部屋に顔を出している。


「厳しいの? シェリが?」


「基礎から仕込み直しだよ。俺はまっすぐ立つことすらできていないそうだ」


 シェリアータはドアのそばでメイドから盆を受け取りながら二人の会話を聞いていた。


(はぁ……今日も栄養が豊富)


 二人に向き直ったシェリアータは、その様子をうっとりと眺める。


(見てるとお肌がつやつやしちゃう)


 世李せりの時代から、自分にファンサを向けられるより、推したちが仲良くしているとテンションが上がるタイプのオタクだった。

 いわゆる推しの部屋の壁になりたいタイプだ。


 このまま眺めていたいが、それではお茶が冷めてしまう。


「お茶とお菓子はいかが?」


 シェリアータは二人の間にあるテーブルに盆を置いた。


「……お菓子?」


 ロシュオルは盆の上の可愛らしいクッキーをまじまじと見た。


 男性のお茶のお供は甘くないパンやチーズが定番で、お菓子は基本的に女性が食べる軟弱なものとされていた。


「あ……僕が好きなんだ」


 レノフォードは恥ずかしそうにもじもじしたが、ロシュオルはそうか、とうなずいて躊躇ちゅうちょなく手を伸ばした。


「俺もいただくよ」


 一枚食べたロシュオルは、もう一枚手に取り、思案顔で眺める。


「苦手なら、無理しなくていいよ」


「いや、苦手なわけではない。ただ……」


 ロシュオルはシェリアータを振り向いた。


「シェリアータ、 『シュクレサーガ』という店は、知っているか?」


「いいえ。どんなお店?」


「菓子屋なんだが……」


 何故か、ロシュオルの目が泳いだ。

 ん?とシェリアータが追尾すると、照れ隠しのように鼻の頭を擦る。


「……俺の家なんだ」


「えっ!?」


 ロシュオルの家が、お菓子屋さん!?


「祖父母の代からやっていて、 今は母が店主だ」


「そうなの!?」


 そういえば、ロシュオルは父と暮らせていないのだった。母親は実家の家業を継いで、ロシュオルを育てたということか。


「細々と続けている小さな店だが、味は悪くないと思う。菓子が好きなら、一度……」


「行く行く! 買いに行く!」


 ロシュオルの家の経済事情には無頓着だったが、もっと先に考えるべきだった。

 実家が裕福なら、あれほど必死に父の認知を求めたりはしないだろう。


 商売をやっているのなら、少しでも売上に貢献しなければ。


「ロシュのお母様にも御挨拶したいし」


「ありがとう」


 ロシュオルの笑顔が、柔らかくなった。

 基本的にクールな表情が、母親の話題になると子どもっぽくなる気がする。


「ロシュは本当に、お母様が大好きなのね」


 シェリアータがしみじみすると、面食らったロシュオルの視線が揺れてそっぽを向いた。


「……悪いかよ」


 否定しないんだ。


「いい、いい。とっても素敵!」


 シェリアータは内心全力でいいねボタンを連打した。

 マザコンを揶揄やゆする空気はこの世界にもあるが、依存することと親を好きになることを混同してはいけないと思う。


「大好きになれる親という時点で素晴らしいわ」


 それに引き換え。


 ……しまった、前世の記憶の扉が開きそう。



***



「道場を継げ!」


「嫌だ、クソ親父!」


 よみがえった記憶の中で、世李と父はやっぱりバトルしていた。


 連続で繰り出す突きをかわされ、ツインテールの髪を振り乱しながら、涙目の世李が叫ぶ。


「そんなだからお母さんに逃げられるんでしょ!」


「黙れ! お前だって捨てられたんだろうが!」


「はぁー!?」


 父は激昂した世李の拳をはね上げ、肩を締めた。


「俺はお前を必要としている!」


 娘を締め上げながら言う言葉ではない。


「違う! お父さんが必要なのは後継ぎで、わたしじゃない!」



***



 自分の思い通りにしようとする父。

 手を離したきり会いに来ない母。

 前世では、両親に絶望していた。


 それに比べれば今世の両親は愛情を持って接してくれるが、兄の扱いを思い出すとわだかまりがある。


「僕も行ってみようかな」


 兄の声で、物思いから意識を覚ます。

 レノフォードはクッキーを嬉しそうに少しずつかじっていた。


 相変わらず、お菓子を食べるお兄様は可愛い。

 ……じゃなくて、


 お兄様の意識が外へ向いた!?


「お菓子屋さんって、一度行ってみたくて」


 考えてみれば、確かにまたとない機会だ。


「そうよね! お友達の家なら、周囲に変な目で見られることもないわ」


「うん」


 なんだか、夢のようだ。

 あんなに傷ついて引きこもっていた兄が自ら何かに興味を持ち、それを叶えることができるなんて。


「案内よろしくね、ロシュ!」


 シェリアータは込み上げる涙を飲み込み、ロシュオルの手を取って上下に大きく振った。


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