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第7話 イケメンたちの邂逅


 シェリアータは、レノフォードの部屋をノックした。


「お兄様!」


 ドアを開けたレノフォードは、妹の隣に若い男の姿を認めて狼狽うろたえた。


「シェリ、どうして」


「お友達になれそうな人を連れて来たの!」


 シェリアータはロシュオルの背中に手を添え、兄の部屋へ押し込む。

 レノフォードは気圧されるように後ずさり、椅子にへたりこんだ。


 ロシュオルは戸惑いながらシェリアータを振り向いた。


「シェリアータの兄上……なのか?」


「そうよ。美人でしょ?」


「心は女ということか」


 納得しかけたロシュオルに、シェリアータは首を振った。


「いいえ、違うと思う。今は男でいるのが辛いだけ……そうよね、お兄様?」


 シェリアータはうつむく兄の前に膝をつき、その手を取った。


「ごめんね、お兄様。でも私、ロシュオルならお兄様を バカにしたりしないと思ったの」


 シェリアータはロシュオルを振り向いた。


「貴方ならお兄様を理解できる。そうでしょ?」


 それは、短い時間だがロシュオルと接したシェリアータの結論だった。


 彼は、シェリアータの実力を見抜くとそれを屈辱とも思わず教えを請うた。

 下心を感じるような振る舞いも一切ない。


 女である前に人間として扱われているような、今までにない感覚があった。


 この男性優位の世界で、何も考えずに女性に対してフラットであれるはずがない。

 それは見た目や属性で判断される世界に反発を覚え、偏見のない価値観を求めてきた当事者だからではないか。


「……そうだな」


 ロシュオルはシェリアータの考えを肯定するように、レノフォードへ穏やかな目を向けた。


「俺は女になりたいと思ったことはないが、否定され続ける辛さはわかる」


 思った通りだ。

 この人は、お兄様の痛みを知っている。


「俺は」


 ロシュオルは少し言い淀んで、続けた。


「実の父に認知してもらえないのです」


「えっ」


 レノフォードが驚いて顔を上げた。シェリアータもあまりの事情に呆然とする。


「顔も似ていない、こんな弱々しいのが 自分の息子なわけがないと」


 ロシュオルの語り口は静かだ。

 もう心を乱す境地は超えているのだろう。


「なにそれ、ひどい……」


「騎士になれば認めてくれるそうです」


 一刻も早く騎士になりたい、と言っていた姿を思い出し、シェリアータの胸は痛んだ。

 

「俺は正直、そんな父親どうでもいい。でも、母が1人で苦労することには 納得がいかない」


 ロシュオルの目に怒りが宿る。


「母のことがなければ、 俺だってとっくに心が折れてる」


 一度目を閉じて怒りを解き、ブルーの瞳がレノフォードの視線を受け止めた。


「だから、あなたを笑ったりはしません。むしろ」


 口元が柔らかくほどける。


「一人じゃないと思えたのは、 初めてかもしれない」


 レノフォードは息を呑んだ。


 自分の存在を、まるでそれが救いであるかのように喜んでくれるのは、シェリアータだけだと思っていた。


 恐れていた嘲りも、憐憫も、批判もない。

 受容が徐々に沁みて、恐怖で強ばった肩を溶かした。


 レノフォードはおずおずと立ち上がった。


「僕は、レノフォード・フランロゼ。君は?」


「ロシュオル・カヌヴィオレといいます」


「じゃあ」


 レノフォードはためらいと面映おもはゆさが混じった顔で囁いた。


「ロシュって呼んでいいかな」


 ロシュオルは眉を開き、照れ臭さを噛み殺すようにうなずいた。レノフォードの表情が安堵でほころぶ。


「僕はレノでいいよ。 口調もフランクでいいから」


「……わかった」


 シェリアータは、胸がいっぱいだった。


「ロシュ、ありがとう」


 声が震える。


「ぜひ、お兄様と、仲良く」


 込み上げるもので声が詰まる。


「シェリ?」

「シェリアータ?」


 二人の声が重なる。


 もう、駄目だった。


「並んでる、顔のいい男が……」


 ブルブルと体が震え、顔の筋肉が弛緩しかんする。


「イケメンが並んでるうぅ!!」


「「!?」」


 驚く二人を尻目に、始まってしまったシェリアータのシャウトは止まらない。


「心を通わせ、美しい微笑みを交わし、 芽生える 友・情☆」


 溢れるパッション。弾けるテンション。


「これよ、これに飢えてた! はぁーーーっ! 尊い! サイコーーー!!!」


 シェリアータは両の拳を天高く突き上げた。


「な……何だ? 君の妹は……」


「ふふ、可愛いよね」


「きゃっふぅうーーー!!」


 我を忘れてくるくる回るシェリアータを、イケメンたちが微笑ましく(?)見守っていた。



***



 リチェラー家の豪奢な応接間。


「お断りしてください」


 ルディアは祖母にそう告げると、ティーカップを置いた。


 リチェラー公爵夫人は、もどかしそうに眉をひそめ、立ち上がるルディアの姿を追う。


「これ以上いいお話はないわよ、ルディア」


「私は結婚する気はありません」


 ルディアの言葉には、かけらの迷いもなかった。


「アートデュエルで勝てば、好きにしていいというお話だったでしょう?」


「そうだけど…… 貴女には幸せになって欲しいのよ」


 孫を気遣う祖母の想いはわかるが、なぜそれで幸せになれると思うのだろう。


「失礼します」


 私の幸せは、私にしかわからない。

 それなのに、自分の定規で人の幸せを測って勝手に憐れむ人たちで世界は溢れている。


「本当に、余計なお世話」


 あの世界も、そうだった。



***



 休日の明るい繁華街の空気が、女の子たちのさえずり声を届ける。


「あれ、モデルの瑠妃るきじゃない?」


「ほんとだ、可愛いー!」


 前世のルディアは、美作瑠妃みまさか るきという名前だった。


 セミロングの黒髪に華やかな目鼻立ち、すらりとした長身。

 恵まれた容姿を周囲は放っておかず、大学時代からモデルとして活動し、それなりの知名度を得ていた。


「隣にいるの、誰だろ。彼氏?」


「よく見てよ、あれが瑠妃の彼氏なわけないじゃん! マネージャーじゃない?」


 瑠妃の隣で、恋人の藤見太一ふじみ たいちが身をすくめた。


「……僕、るきちゃんと釣り合ってないよね」


 太一は、世間で言うイケメンではなかった。

 背は瑠妃より10センチ近く低く、体型は小太り。目鼻立ちも地味で、服装も特別おしゃれではない。


「もうちょっと、痩せれば」


 瑠妃は太一の手に指を絡め、繋いで胸元へ持ち上げた。つられて太一の目線が上がる。


「太一くんはそのままがいいんだよ」


 太一は頬を染め、微笑みを浮かべて瑠妃の手を握り返した。



***



「太一くん……」


 感触を思い出すように、ルディアは手のひらを見つめた。


 大好きだった。


 素直で純粋で、震えるほどに優しくて。


 世間で言うイケメンかどうかなんて、

 私の気持ちとは全然、




 関係なかったのに。


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