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第6話 この世に存在しないダンス


 メリアナを先に帰した馬車が、リチェラー邸の前に戻ってきた。

 シェリアータは訓練を終えたロシュオルを伴って乗り込む。


 ロシュオルは鎧を脱ぎ体を洗って着替えたらしく、さっぱりとした姿になっていた。

 長い足を少し窮屈そうにして、シェリアータの向かいに腰かける。


 白いタートルシャツに丈の短い上着を羽織っている。鎧を着ていた時よりスリムに見えたが、体が薄い印象ではなかった。

 汚れを落とした顔は涼やかな印象が強くなった。鼻筋がすっきりと通り、サラリと癖のない前髪から深いブルーの瞳がのぞいている。


 前世で推しだった、『退魔王子』のショウトにどことなく似ている。

 ポイントは、少しツリ気味な切れ長の目だ。奥二重の幅、まなじりの鋭さ。


 ……ああ。

 お兄様以外で、目の保養ができるなんて。


 シェリアータが内心ほくほくしていると、ロシュオルが身を乗り出してきた。


「それで、俺はどうすれば強くなれるんだ」


 予告なしのズームはやめてください!!


 ニヤリとゆるむ口元を咳払いでごまかし、シェリアータは答えた。


「ダンスをやるといいと思うの」


 彼を待っている間に出した答えだ。

 体幹と俊敏さを鍛えられる上、そのままアートに流用できる。武術もダンスができれば比較的すんなり身につくはずだ。


「ダンス?」


「舞踏会で女性と踊るものとは別よ。もっと細かく激しい動きで、きっと見たことがないタイプの……」


 説明しようとしたが、難しい。


「見せた方が早いわね」


 社交ダンスはやってきたので基本の筋力に大きな不足はないと思うが、うまく踊れるだろうか。



***



 フランロゼ邸に到着すると、シェリアータは動きやすい軽装に着替え、ロシュオルを連れて中庭に出た。


「では、そこで見ていて。ブランクがあるから、うまく踊れるかわからないけど」


 タイルを敷き詰めた通路の交差点となる広場に立ち、ふーっと息を吐く。


「行きます」


 軽やかな音楽を鼻歌で再現する。

 世李せりだったあの頃、何度も何度も練習して踊った、推しの曲。自然と体が高揚する。


 かかとをタップさせてリズムを整え、


 シェリアータは動いた。



***



 レノフォードは今日も女もののドレスに身を包み、窓の外を眺めていた。


 ドレスは窮屈で動きづらく、着ていて嬉しいわけではない。


 しかし、恰幅かっぷく良く見えるようにと仕立てられたダボダボの上着を羽織ったり、腰を太く見せるベルトを巻いたりするよりはマシだった。


 この格好ならば、男らしくあることに誰も期待しない。

 期待と失望を繰り返されるくらいなら、絶望された方がいい。


『お兄様、美人すぎる! きれい、可愛い!』


 シェリアータの反応を思い出し、レノフォードはふっと口元を緩めた。

 

 いくらシェリが優しくても、こんな僕まで肯定してくれるとは思わなかった。


 どうしてあんな女神のような子が、僕の妹でいてくれるのだろう。

 どうしてこんな僕のために、我が身を張ろうとするんだろう。


 ……シェリのためにも、頑張れないか?


「うっ」


 レノフォードは吐き気を覚え、口元を押さえてうつむいた。蝕まれた心は、そう簡単に思うようにはならない。


 新鮮な空気を求めて窓を開けると、中庭にシェリアータの姿が見えた。

 続いて、若い男が目に入る。見慣れない男だ。


 二人は視界に入らない場所に消えた。

 色事に全く興味を示さなかったシェリアータが、男を連れてくるなど前代未聞だ。


 気になって、思わずバルコニーに出た。


 眼下では、シェリアータがこちらに背を向け、軽やかにステップを踏み出したところだった。

 体全体が小刻みに動き、左右に揺れ、ターンする。腕が緩急をつけながら動きを複雑に彩る。


「シェリ……」


 生まれた時から一緒にいるのに、こんな妹の姿は見たことがない。


「あの動きは……ダンス?」


 近隣国の民族舞踊にも当てはまらない、規格外の動きだ。

 レノフォードはバルコニーから身を乗り出した。



***



 シェリアータはうねるように体を揺らして高速のステップを踏み、最後のポーズを決めた。


 踊れた。


 息は乱れキレもいまいちだが、振りは最後まで覚えていた。


「どう?」


 肩で息をしながらロシュオルに向き直った。


「筋肉が細かく波打つように…… でも、芯はブレない」


 ロシュオルは先程見たものを反芻はんすうするように呟き、目を上げた。


「こんな動き、見たことがない」


「体幹を鍛えてコントロールできれば、最小限の動きで攻撃回避できる。スピードは飛躍的に上がると思うわ」


 ダンスの有用性を印象づけるべく、戦闘への応用を強調する。なるほど、とうなずいたロシュオルの動きがふいに止まった。


 ロシュオルの目線はシェリアータの頭上を通り過ぎている。

 シェリアータは振り向いてその先を確かめた。


 そこには、バルコニーで狼狽うろたえているレノフォードの姿があった。


「お兄様?」


 レノフォードは、真っ赤に染まった顔を隠すようにして室内へ姿を消した。


「ご婦人……じゃ、ないのか?」


 ロシュオルの戸惑った声を聞き、シェリアータは自分がレノフォードを兄と呼んでしまったことに気づいた。


 シェリアータはごまかさなければと一瞬慌てたが、すぐに思い直した。


「来て!」


 ロシュオルの腕を掴む。


「えっ」


 シェリアータは面食らうロシュオルの手を引いて中庭を出た。


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