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第15話 父のオタバレ


 額を拭ったレノフォードの髪から汗が散る。


 荒い息をつきながらベンチに倒れ込み、シェリアータの差し出した水を受け取った。


「ふー、結構きついね」


「トレーニングメニュー、 もう少し軽くしましょうか?」


 水を煽って息を落ち着けたレノフォードは、シェリアータの提案に首を振った。


「大丈夫。こうして自分で決めた目標に向かって頑張るのって初めてで、楽しいよ」


 実際、目標を定めてからのレノフォードの奮闘ぶりはたいしたものだった。

 筋肉痛と戦いながら鬼のようなメニューをこなし、確実に体が変わってきている。


 今日もフランロゼ家の中庭で、トレーニングに精を出していた。


「エネルギー補給に、卵のタルトはどう?」


「ありがとう、いただくよ」


 二人がタルトを頬張っていると、中庭へフランロゼ伯爵が現れた。

 やけに足取りがフラフラしている。


「どうなさったんですか、お父様」


 シェリアータが声をかけると、伯爵はうつろな目で娘を見た。


「……シェリアータ、お前は可愛いな」


「は??」


 シェリアータは目を白黒させる。


「あ、ありがとうございます」


 フランロゼ伯爵はしばらくシェリアータを眺めた後、深いため息をついた。


「我が娘をもってしても、傷は癒えぬか」


 一体何があったというのだろう。


「もしや、リュシー姫のことですか?」


 レノフォードの言葉で、伯爵の顔色が変わる。図星のようだ。


 シェリアータは首を傾げた。


「リュシー姫? 王室にそんな方、いらしたかしら」


「庶民オペラの歌姫だよ」


 庶民オペラ。

 貴族が楽しむ本格的なオペラと別に、街の人たちも気軽に楽しめるオペラをそう呼ばれていた。

 話の内容も分かりやすく、街の簡素な芝居小屋で披露される。


「その歌姫が、どうかしたんですか?」


「今朝の新聞によると、喉を痛めたまま引退して、行方知れずだとか」


 青ざめた顔で黙っていた伯爵の肩がぴくりと揺れる。


「お父様は、リュシー姫をお好みのようだったから」


 伯爵は慌ててレノフォードの肩を掴んだ。


「レノフォード、それ以上は」


 シェリアータは父が時々庶民オペラを観に行っていることは知っていたが、ただの付き合いだと思っていた。


 引退でここまで落ち込むほどハマっていたということは……つまり、


「お父様にも推しがいたのですね!」


 シェリアータは前のめりに父に迫った。

 伯爵は娘の勢いに思わずのけ反る。


「『推し』?」


「感銘を受け応援する対象のことです」


 シェリアータは父の手を取り、瞳を潤ませた。


「推しの引退の辛さ、わかります……!」


 伯爵は戸惑って、せわしなくまばたきをした。


「若い娘にうつつをぬかしてとか、つまらぬ感傷を、などと軽蔑しないのか」


「まさか!」


 シェリアータは目をまるく見開いた。


「彼女の芸術性に感銘を受けてらしたのでしょう? 芸術を惜しむのは高尚な感情ですよ」


「そ、そうなのだ」


 伯爵はほっとしたように饒舌じょうぜつになった。


「わしは彼女の崇高な音楽を惜しんでいるのであって、けして見目だけを見てデレデレしていたのでは」


「デレデレしてたんですか」


「いや、だから」


 伯爵は口ごもったが、シェリアータは笑顔をきらめかせてうなずいた。


「良いと思います! ときめく心は自由であり、人生の栄養です!」


 てっきりドン引きされると思っていた伯爵は、思わぬ歓待を受けてポカンとしていた。


「ただ、手を出せば低俗に落ちますので お間違いなきよう」


「わかっている。そのような俗物の感情はない」


 シェリアータは満足げなため息をついた。


「嬉しいです。お父様はもっと堅物で情緒を解さない方だと思っておりました」


「シェリアータ……」


 二人のオタクが通じ合ったところへ、メイドのエレナがやってきた。


「シェリアータ様、ロシュオル様がお越しです」


「ありがとう、お通しして」


「それが、『例の準備ができた』とか……」


 シェリアータの目の色が変わり、父の手を放り出した。


「キターーー!!!!」


 そのまま、レノフォードの腕を掴んでベンチから引き上げる。


「お兄様、すぐに参りましょう!」


「え? う、うん」


 レノフォードは二個目のタルトをもぐもぐしながらうなずいた。


「お父様、失礼します!」


 シェリアータはタルトのバスケットを小脇に抱え、飛ぶように中庭を駆けて行く。


 フランロゼ伯爵はその後ろ姿を呆然と見送った。


「可愛いのだが…… やはり、我が娘は変わっているな」


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