その深海に眠る小さな箱
神様は光を失った真っ暗な深海の世界を創り出す。「これから生まれてくるあなたの人生に、光を灯しましょう」そして神様から与えられたのは、光の届かない深い深い底の底にある、大きな大きな一つの命の欠片だった......。”それ”は意識をまだ持たない。ただ、そこに存在するだけの”モノ”であった。この世で唯一の命は孤独だった。ただ、この世界で、この広大な海原で気まぐれに生み出された一つの命。”それ”は意識を持ちたくなかった。本能でこの広い世界を認識したくはない、ひとりぼっちだということを自覚したくないのである。この世に生まれた命は手放しに喜ばしくはなく、不幸だった。
それから幾星霜、時が経ち”それ”に自我が芽生えていた。深海の中を動ける体も手に入れている。この世で”動ける”という自由を手に入れていた。この何もいない世界の端から端へとただ目的もなく、徒然なるままに漂う。この世の始めての生命は何も残すことなく、死ぬしかない。ただ、この深海という地獄の中で、孤独で長い長い寿命を全うする。それはなんと虚しく侘しいものであることか。
しかしある時”それ”は気付いたのである。もし仮に人間がこの孤独な世界に誕生したとき、彼のようなことを考えるだろうか?「この世でたったひとりぼっちだ。」「生まれてこなければよかったんだ」「自分を愛してくれる誰かに会いたい」そのような感情を持とうか?いや、人間は出会うだろう、この広い世界で。孤独を癒すために、この広い世界の中で、探し求めるだろう。その出会いこそが生物の定めであり、尊ぶべきものであると”それ”は考えた。”それ”は光の届かない深海の中をひたすらに泳ぎ続ける。そして再び気付いたのである。自分と同じような生命がすぐ近くにいることを……。”それ”はある深海で一つの塊を見つけた。それは他の生物の死骸であった。しかしただの死骸ではない。
「これは……人間か?」
その人間はまだ生きているかのようだった。”それ”は気付いたのである。この広い世界に、自分と同じような命が生まれたことに。そしてこの出会いこそが、彼の全ての始まりだったのである。「我も人間になりたい」と強く願うようになったのだ。”それ”は光のない深海を泳ぎ続けた。
しかし、その願いが叶うことはなかったのである。その願いは叶うことなく、ただ孤独に生き続けたのである。そしてまた長い長い時が経ち……。
「我は人間になる」
「我も人になりたい」
「我も人になりたい」
「我も人になりたい」
「我も人になりたい」
「我が……人間になるのだ……」
そしてそれは寿命をまっとうした。その深海の冷たい暗闇をただ独りで泳ぎ続けて、長い長い生命を終えた。ただ人間になりたいと言う願いのみを残して...。
願いはやがて意思をもつ。そして深海に光が落ちた。その光は”それ”を包み、その瞬間彼は光に包まれた。
「我は人間になる」
彼はまだ知らない……。この出会いが彼の全てを変えてしまうことを。新しい世界の理を捻じ曲げてまで願った彼の願いが、叶ってしまうということを……。「ここは……。」
そこは見覚えのない空間だった。薄暗く、広く、薄暗い空には無数に光る星が静かに輝いていた。その星々は激しく流れており、今までに見たことのないような美しい夜空が広がっていた。
「なんだ……ここは……?」
彼はこの空間に見覚えはない、しかしこの場所にはどこか懐かしさを感じていた。なぜだろうか……?初めて来た場所なのに……。まるでここで生まれ育ち、ずっと生きてきたような気さえした。それはただ単に懐かしいだけなのだろうか?「とにかく……。ここはどこなんだ……。」
彼は探した、なぜここにいるのか?ここはどこか?自分は何者か?自分が自分であることだけは辛うじて覚えている。しかしそれ以上は何も思い出せない。
ただ必死に探す。それでも彼の視界に映るのは無限に広がる星空だけ……。ふと視線を空に移すと星々が動き始めたように感じた。まるで流星群のように夜空を駆ける星の一団に彼は目を奪われた。そしてそれは彼に向かって流れてきたのである……。
「なんだ……これは……?」
その星々は彼の体に触れると、彼の体に吸い込まれていった。そしてその瞬間、彼は全てを思い出した。
自分が何者なのか?なぜここにいるのか?自分は人間になりたかったのだ……。しかし自分は人間ではない、人ならざる者だ……。それでも人間になりたいと強く願ったのだ……。「我は……」
「我は神である」
そう呟いた瞬間、彼の体は光に包まれた。
そして光が収まると同時に彼は再び深海の中にいた。
筆者は医学を学んでいる大学生です。命についての興味があり、そういうものをテーマにした話を作っていきたいです。この話は人生で初めて書いてみました。なにかメッセージ性と言ったものや世の中に発信したいことなど所謂生産性といったものは皆無です笑。