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私には霊感が無い

作者: 三島哲哉

 「人気美人Youtuberコンビ、Tomo☆RikaのRika 自殺か ★19」


 こんなスレッド開かない方がいいのは分かってる。それでも開いてしまうのは、他人からの評価を飯の種にしているYouTuberの性なのだろうか。


 「実質Tomoが殺してるだろこれ」

 「Tomoの性格が悪いのは界隈では有名」

 「Tomoの相方をやらされてたのがそもそも可哀想」


 いや、私じゃない…私が最愛の梨花を殺しただなんて…でも、『助けられなかった』のは事実かも知れない。だって、仕方ないじゃない…何も視えなかったんだから…



 Tomo☆Rikaは幼馴染コンビ。小学校一年生から一緒だった須藤梨花と私の本名、吾妻友美の名前の頭を取ってTomo☆Rika。中学校までは一緒で、高校はバラバラ。その後別々の短大を出てお互いに就職したけれど、なんか『このまま普通の人として終わる』のが嫌になった私が、梨花を誘って軽い気持ちで動画を投稿したのが始まり。最初は、中学の時にお互いバスケ部だったことを生かした「女子バスケ部あるある」やお互いの会社の嫌なやつを題材にした「会社で嫌な奴を懲らしめる方法」などのコント動画でそこそこの人気が出て、大手Youtuber事務所のBeamに所属することに。同じ事務所の超人気イケメンYoutuber海斗くんとのコラボ動画をきっかけに人気が爆発して、「女子同士で一晩喋ってみた」「話題の地球儀アイス食べてみた」みたいな何の捻りもない緩い企画でも再生数が回るようになった。ただ、世間の人は飽きるのが早いというか…人気はそこで頭打ち。私達より若くて可愛くてお笑いもできる女性Youtuberが次々と出てきて、もうTomo☆Rikaは『過去の人』になりかけていた。


そんなTomo☆Rikaの再ブレイクのきっかけになったのがいわゆる『心霊モノ』企画だった。きっかけは、Beamに所属するYoutuberが一堂に会する大型企画、『総勢50人!深夜の廃校で肝試し』で、子供の頃から霊感がある梨花が「この教室…何かいる!」「やめようよ!もう帰りたいよ!」「今体育倉庫から誰か覗いてた!」みたいな感じで想像力豊かにビビり倒すところを、自称0感サバサバ女の私が華麗にツッコミながらガンガン先に進んでいく。そんなやりとりが意外と好評で、再び再生数が回るようになった。その後もビビリの梨花を最大限に生かした「Rikaの自宅で呪いの儀式やってみた」「帰ったら幽霊が覗いているドッキリ」などの企画が好評で、全盛期までとはいかないものの、徐々に人気が回復していった。



あの日も、心霊モノの撮影だった。「女子二人きり...Rikaの自宅で呪いのビデオ鑑賞会」というタイトルで、その名の通り私と梨花の二人で『観た者は必ず自殺する』といういわく付きのビデオを観るというもの。もちろん、期待する撮れ高は梨花のオーバーリアクションだ。


 「ねえ…怖いよ吾妻ぁ…やめようよ….」


 動画内では私のことをTomoと呼ぶ梨花だが、カメラが回ってないところでは昔からの呼び名である「吾妻」と呼ぶ。私はどちらでも「りか」と呼ぶなので変わりないのだが、彼女が「動画モード」に入っているのかどうかは私への呼び方で分かる。今はプライベートモードだ。毎回、心霊モノの時は撮影前からビビり散らかしているが、カメラが回りさえすれば一転してYoutuberとして『面白い』リアクションを取ってくれる。流石プロのYoutuberということで私は梨花をとても信頼している。信頼しているからこそ、彼女の苦手な心霊企画をたくさんぶつけて再生数を稼ぐことが出来るのだ。


 カメラを回す。Tomo☆Rikaのお決まりの挨拶をして、私から軽く企画の説明をする。もう梨花は涙目である。流石だ。


 「ねぇ、Tomo…本当に怖いよ…そもそも今どき、うちにビデオデッキなんか無いよ…」

 「大丈夫、大丈夫!この日のために事務所からビデオデッキ借りてきたし!」

 「何でそこまでしてうちで観るのよぉ…事務所で観ればいいじゃん…面白くなーい!」


 台本通りのセリフを喋りながら、Rikaの制止を振り切ってテープをデッキに入れて再生ボタンを押す。ビデオの内容は私も聞かされていない。人気なのはRikaのリアクションだが、自称サバサバ女の私が強がっているように見えてちょっとだけびっくりするリアクションにも多少のファンがいるのだ。霊感が無いとはいえ、突然大きな音が出たり怖い顔が画面いっぱいに現れたら当然ビックリする。今までもそういったドッキリは仕掛けられたこともあるし、今回の事務所の狙いもそっちかも知れない。


 身構えながら画面を凝視していたが、何も起こらない。ずっと砂嵐のままだ。砂嵐から突然怖い映像になるとか、何か呻き声のようなものが聞こえてくるパターンかと思ってしばらく待ってみたが、やはり何も起こらない。


 「ビデオ間違えたのかな?あのポンコツマネージャ!」


 と言いながら、梨花の方を見た。梨花が画面を凝視しながら目を見開いている。「あ…あ…」と小さな声で呟きながら、身体がガタガタ震えている。


 「ちょっと、どうしたの!Rika!」


 この時点で、私は梨花が「動画モード」のRikaとして、Youtube的に面白いリアクションを取って盛り上げようとしてくれているのだと思った。仮にマネージャーが間違えて何も入っていないビデオを渡してきたとしても、それを何とか動画にするプロ根性は流石だ。私も梨花に乗っかることにする。


 「もしもーし、え、なんか視えてるの?ちょっと、怖いんだけどー」


 半分からかうようなテンションで梨花に話しかける。梨花は私の声に反応せず、見開いた目で画面を凝視しながら叫び出した。


 「やめて!来ないで!来ないでよ…!」


 後退りする梨花。今にも走って逃げ出したいが、腰が抜けて動けないといった様子だ。迫真の演技だ。迫真すぎて…ちょっと怖い。負けじと私も声を張り上げる。


 「ちょっと、Rika!どうしたの、Rikaってば!!」


 そう言いながら梨花の身体を揺する。やっと私の問いかけに反応する梨花だが、視線はまだ画面の方を凝視している。


 「吾妻ぁ!助けてよ!ねえ、視えるでしょ!殺される!助けてよ、吾妻ぁ!」


 あづ…ま?梨花は演技しているのでは無いのかも知れない。YoutuberのRikaとしてリアクションしているだけであれば、私のことはTomoと呼ぶはずだ。今、彼女は動画モードではない。ということは、本当に画面から何か出てきていて、梨花を襲おうとしているのか?画面の方に顔を向ける。やはり、何もない。砂嵐がザーっと映っているだけのただのテレビ。霊感の強い梨花にだけ、何か視えているのだろうか。


 「ねえ、吾妻…あづまぁあああ、いやぁああああああ」


 泣きじゃくりながら奇声にも近い大声をあげる梨花。私だって助けたい。子供の頃から一緒だった梨花のこんな姿は見たことない。でも、私には何も視えない。ただ砂嵐の画面の前で、梨花が泣き叫んでるようにしか見えない…


 「梨花!大丈夫だよ!梨花、何もいないよ!」


 思わず私も大声をあげる。その刹那、後退りしていた梨花の腕からフッと力が抜けて仰向けに倒れ込んだ。気を失ったんだろうか。それともまさか…梨花の胸に耳を当てる。息をしてる!生きてる!私は急いで救急車を呼んだ。もしもこれがドッキリなら、救急車を呼ぼうとした時点で流石にネタバラシがあるはずだ。しかし、その期待は裏切られ、電話はつながり、程なくして救急車が来た。梨花は搬送され、私も付き添いで救急車に乗る。救急隊の人に事情を聞かれたが、もうそのまま話すしかなかった。ちょっとおかしなめで見られたのはいうまでもない。それはそうだ、私だって先まで起きていた出来事が信じられない。



 それが梨花との永遠の別れになった。搬送先の病院で、私からの連絡で駆けつけた梨花の両親と合流。診断の結果、特に異常はなく「強いストレスで気を失っているだけで、すぐに目覚めるだろう」とのことだった。遅い時間の撮影だったこともあって疲れていた私は、その後のことを梨花の両親に託して帰宅した。翌日に梨花が目を冷まし、自宅に戻ったことを梨花のお母さんからのLINEで知った私は、何度も梨花に電話やLINEをしたが返事は無かった。事務所からの連絡にも一切返事がなかったそうだ。その翌日、両親からの連絡にも反応がないことを不審に思った梨花のお父さんが自宅を訪ね、管理人に鍵を開けてもらったところ首を吊っている梨花を発見した。部屋には砂嵐しか映っていないビデオが再生されたままだったらしい。



 「Tomoが未だに声明も何も出していないのが後ろめたいことがある何よりの証拠」

 「そういえば海斗は何か声明出した?」

 「海斗も出してない」

 「海斗くんに付きまとってたブスに天罰下ってメシウマ」


 ネットは相変わらず言いたい放題だ。人の死を何だと思ってるんだろう。こんなスレッドは見ない方がいいに決まってる。でも見ずにはいられない。Youtuberの性もある。だが、それ以上に、梨花がなぜ自殺しなければならなかったのか、理由が知りたい。まさか本当にあのビデオが、『観たものが必ず自殺する呪いのビデオ』だとは思えない。いや、信じたくない。仮にその『呪い』を信じてしまったら、私は近くにいながらその『呪い』から梨花を救えなかったことになる。それに、もし本当なら、一緒に見た私も自殺しなければならない。何か梨花には自殺に追い込まれた事情があるはず。その事情につながる情報がどこかにあるかも知れない。それを探すために寝る間も惜しんで「Tomo☆Rika Rika」で検索しているところだ。


 「そもそも美人Youtuberってスレタイに悪意…Tomoは分かるがRikaは…」

 「それ以上はいけない」

 「美人が横にブスを置いて引き立て役にするのはよくあること」

 「横に引き立て役がいなければTomoも大したことない」


 アンチからのこの手のコメントは見飽きるほど見てきた。正直にいえば、少し自覚はある。Rikaの顔はお世辞にも美人とはいえない。腫れぼったい一重瞼で骨格も少しごつい。メイクや髪型で何とか美人風を装っているが、いわゆる「雰囲気美人」であって、よくみると中の下くらいだ。一方で私は確かに、少しルックスには自信がある。ネットではよく女優の河合美咲に似ていると言われるし、中学生の頃から今に至るまで男性に言い寄られることもしばしばある。しかし、梨花が私の「引き立て役」であるというのは断じて間違いだ。「子供の頃からの親友と何か楽しいことがしたい」と思って梨花を誘ってYoutubeを始めただけで、決して引き立て役として彼女を誘ったわけではない。何より、我々はコントから入ったお笑いYoutuberであって、いわゆるアイドルYoutuberではない。確かに、Youtubeに誘ったのも私、コントの台本も動画の企画も私が考えてはいるが、そんな私でも嫉妬するくらい、演者としての梨花は輝いていた。どんな企画でも企画者の意図を理解してその役を演じられる演技力、時には身体を張ってまでリアクションする胆力、何より彼女がいれば場が明るくなる天性の明るさ。Tomo☆Rikaは梨花が輝くために存在しているコンビだと言っても過言ではない。私たちが美人かどうかとか、梨花が私の引き立て役だとかどうとか言う意見は、我々をビジュアルでしか見ていないいわゆる「顔ファン」の妄言だ。


 「こないだ海斗に指名されて有頂天だったのにな…」

 「海斗の立場からすればTomoを指名するよりRikaにした方が好感度高いって話だろ」

 「いや、Rikaの海斗好きはキャラでしょ」


これは私たちの数ヶ月前の動画、「イケメンYoutuber20人にTomo☆Rikaのどっちがタイプか聞いてみた」のことを言っているのだろう。Beamのスタッフが同じBeamに所属する男性Youtuberに私と梨花のどっちがタイプを聞いて回っている映像を私たちが観て、あれこれ反応するという企画だ。海斗は確かに、少し迷った末に「僕はRikaちゃんかな」と答えた。まあ、そう答えざるを得なかっただろう。高校生の頃からの筋金入りの海斗オタクである梨花はキャッキャと飛び跳ねながら喜んだ。まだ私たちが売れてない頃の動画で、梨花の実家の部屋が海斗グッズだらけであることを晒したことがあったので、ファンの中では「企画のために痛い海斗オタを演じているのでは?」と噂されることもあるのだが、それは違う。梨花の部屋は本当に高校生の頃から海斗一色で、それをそのままYoutubeの企画にしただけだ。


 そういえば…梨花にはもう一人親友がいた。私たちが高校生の頃、海斗は「社会科クラブ」という男性二人組のYoutuberユニットとして活動していた。今は社会科クラブは解散して、海斗の相方の「夕霧」は動画投稿を引退している。その夕霧推しの子がクラスにいて、二人で「社会科クラブ」のオタ活をしながら仲良くなったらしい。名前は確か…京子。一度だけ、私と梨花と京子の3人でお茶したことがあるが、「友達の友達」というのはお互い妙に気まずいもので、一応その場ではSNSの友達登録したものの、その後特に交流は無かった。


 京子…さんなら何か知ってるかも知れない。そう思った私は、彼女にダイレクトメッセージを送ってみた。なかなか返信はこない。考えてみれば当然だ。彼女だって、突然親友を失ったのだ。そんな悲しみの最中、数年ぶりに連絡が来た女から「梨花がこうなった原因について何か知らない?」などと聞かれても、返信する気にもなれないだろう。悪いことしたかも知れない。


 そんなことを考えていたら、京子さんから返信が来た。内容は、1つのURL。特に何の挨拶も説明も無くURLだけが送られてきた。私たちがよく使っているSNSのものだろう。これを見ろということだろうか。URLをタップすると、やはりそのSNSが開いた。「海斗⭐︎大好き」というアカウントのアカウントページだ。無数にある応援アカの一つだろう。海斗の似顔絵がアイコンになっている。すぐ下の固定ポストに目をやると、例の海斗が「僕はRikaちゃんかな」と言った瞬間の切り抜き画像が飛び込んできた。「なんであのブス(怒)」というコメントと共に。こういった類の投稿は、梨花について検索しているときに飽きるほど見てきた。海斗のファンにとって、動画を通じて世界中に向けて『タイプの女性』認定された梨花は嫉妬の対象だろう。


 そういった心無い海斗ファンの投稿に気を病んで梨花は自殺してしまったのだろうか。いや、それは無い。自慢ではないが、私たちYoutuberにとってアンチはつきものだ。海斗の件がある前から、梨花は散々アンチからブスだの何だの言われてるし、私だって性格悪いだの何だの、場合によってはもっと酷い言葉まで散々書かれてきた。正直、この程度の投稿の数百や数千、目にしたところで何とも思わない。私たちにはその百倍以上のチャンネル登録者がいる。こんなアンチコメントなんてただのノイズに過ぎない。それは梨花も同じ気持ちのはずだ。


 ではなぜ、京子さんはこのURLを私に送ったのだろうか。京子さんはおそらく普通の仕事をしている一般人だから、私たちが「アンチ慣れ」していることが分からないのだろうか。そんな京子さんは「梨花はアンチの誹謗中傷に心を病んで自殺してしまった」と思い込んでいて、それを私に教えてくれたのだろうか。だとしたら、申し訳ないが見当違いだと思う。下にスクロールして、次の投稿を読み進める。この投稿には画像がない。文字だけだ。


 「今日親友に好きな人を取られた。。もう死にたい。どうやって復讐してやろう。。。」


 推しと恋愛は得てして別物だ。この海斗推しの女性にも恋愛面で好きな男性がいて、彼女の親友と何かあったのだろう。返信の数が100以上ついていて、何だか長大なやり取りになっていそうだが、この投稿は梨花には関係無さそうだ。返信は開かずに次の投稿を読み進めることにした。


 その後の投稿はほとんど梨花と海斗に関係する画像ばかりだった。ほとんどが私たちが海斗とコラボした時の動画の切り抜きで、肝試し企画で泣きじゃくってる梨花を海斗が慰めるシーン、料理企画でたまたま梨花と海斗が隣り合ってるシーン、運動会で企画で海斗の活躍を梨花が見つめるシーンなど、梨花と海斗のツーショットばかり。そこには必ず「このブスのどっかいけ」「私たちの海斗に色目使うな」など、梨花に対するアンチコメントが添えられている。アンチの心理というのは分からないものだ。嫌なら私たちの動画なんて見なければいいのに、わざわざ見にきて、しかもわざわざ自分が不快に思う箇所を切り抜いてSNSに投稿する。おそらくこの海斗オタクにとって梨花はストレスの捌け口なんだろう。どんなに梨花の悪口を言っても自分が海斗と付き合えるわけでもないのに。


 その後の投稿も概ねそんな感じだったので流し読みしていたのだが、その中で一つの投稿が目に止まった。珍しく梨花や海斗の画像ではない。カフェのような場所で美味しそうなパスタとタートルネックの女性の首から下が写っている。


 「今日は地元で親友とランチ!久しぶりにいっぱい喋ったぁ!」


 という珍しくも明るいコメント付きだ。ん…まてよ、このカフェ見覚えがある。確かこのカフェは梨花が通ってた高校の近くの…そうだ!梨花と京子さんと一緒に気まずい時間を過ごしたあのカフェだ!ということは、この海斗オタクの梨花アンチは同じ地元ということか。世間は狭いものだ。本人としては知る由もないかも知れないが、同じ地元から有名人が出たんだから、応援してくれたっていいのに。返信が2件…とあったので、何となくタップしてみた。


 「楽しかったぁ、また喋ろうね!」

 「おう!またね!」


 楽しかったと返信しているのはタートルネックの女性、この海斗オタクの親友だろう。それに返信しているのは海斗オタク本人のようだ。あれ…この「親友」のアカウント、見覚えが…そうだ、さっきダイレクトメッセージを送った、京子さんのアカウントだ!アカウント名もIDもアイコンも同じ…ということはこの「親友」は京子さん…どういうこと…?梨花アンチの海斗オタクと京子さんが親友で、梨花と京子さんも親友で…


 この時、私の中である仮説がひらめいた。このアカウントは梨花の裏アカウントなのかも知れない。つまり、この一見梨花アンチの海斗オタクに見えるアカウントは梨花本人のものなのだ。では、なぜ梨花本人が梨花へのアンチコメントを添えて動画の切り抜きを載せ続けるのか。この理由も想像できる。梨花は本当は、海斗との関係を自慢したいのではないだろうか。おそらくこの裏アカはまだTomo☆Rikaとしてデビューする前、高校生の時に開設したものだろう。その時は本当にただの数ある海斗応援アカの一つに過ぎなかったはずだ。その後私に誘われてYoutuberデビューして、憧れの海斗と同じ事務所に入り、しまいには「好みのタイプ」と公言されるまでになった。この海斗応援アカで自慢したい。でも、もちろん自分の正体を明かして堂々と自慢するわけにはいかない。そんなことしたら他の海斗ファンから袋叩きにあうのが目に見えている。そこで梨花は、梨花アンチになりきって、自分と海斗の仲が深いように見える画像を次々と掲載して悦に浸っているのではないだろうか。梨花のアンチアカウントに見せかけた、見せびらかしアカウントなのだ。そして、高校生の時から社会科クラブの推し仲間であった京子さんはこの裏アカを知っていた。一方で、当時は高校も違って社会科クラブの存在すら知らなかった私はこの裏アカを今のいままで知らなかった。梨花が私に対して隠し事をしていたのは少しショックだが、それはお互い様だ。お互い年頃の女性なんだから、隠し事の一つや二つ…ん、ちょっと待って…たしかさっきの投稿で「親友に好きな人を取られた」って…もしかして…梨花にあれがバレてたってこと?



 最初にアプローチしてきたのは海斗の方だった。何でも、私の「Youtubeに真剣に向き合っているところ」に惚れたらしい。私は大学を出てから思いつきでYoutubeを始めるまで、Youtuberというものをほとんど知らなかった。梨花がなんか熱を入れて応援してるな程度の認識だった。海斗のことを本格的に知ったのは、Youtubeを始めるにあたって売れているYoutuberの研究をしだした時だった。海斗は私達の3歳年上だが、彼が大学在学中、私たちが高校生の時に社会科クラブとしてデビューして一躍売れっ子になっていた。海斗のことは先輩Youtuberとして尊敬していて、Tomo☆Rikaの企画も社会科クラブや海斗のソロ動画から影響を受けたものも多い。ただ、正直その時点は男性としては意識していなかった。確かに顔をかっこいいが、私はそこまで面食いというわけでもないし、何より親友である梨花の推しだ。海斗と付き合うことになるなんて微塵にも想像していなかった。Beamへの所属が決まって、海斗は所属事務所の先輩になった。初対面の時は隣にいた梨花がプルプルと小刻みに震えていたのを覚えてる。私は売れっ子の先輩に会うという意味での緊張はしていたが、それ以上でもそれ以下でもなかった。


 私たちが海斗の動画に出る時は海斗が、海斗がTomo☆Rikaの動画に出る時は私がそれぞれ企画を考える。お互いプランナーというかプロデューサーの目線でものを考えるので、よく話が合った。最初の方こそ、私が後輩として先輩に教えを請う形であったが、お互いの感性が似ていたのか、すぐに対等に物作りをする関係になった。ビジネスパートナーとして最高だった。コラボ企画を次々と当たり、海斗の知名度にも引っ張られる形でTomo☆Rikaの再生数やチャンネル登録者数は鰻登りだった。それこそ、「海斗の登録者数をそのうち越すんじゃないか」と言われたほどだった。この頃には正直、「こんなに感性の合う人がビジネスだけでなく人生のパートナーだったら」なんていう妄想が私の中にあったことを認めざるを得ない。


 Tomo☆Rikaのチャンネル登録者100万人突破の記念パーティで泥酔した梨花を自宅まで送り届けた後、二人で歩いている時に海斗に告白されて、そのまま付き合うことにした。無論、このことは極秘だ。海斗にも多くの女性ファンがいるし、私にも正直、ガチ恋と呼ばれるファンが多数いる。付き合っていることが万が一にも漏れたら、お互いにYoutuberとして損しかない。お互いプロのYoutuberなんだから、万が一にも付き合っていることを外に漏らすことはないだろう。このプロとしての信頼感が、海斗が私を選び私が海斗を選んだ理由なのかも知れない。それに、私にとって海斗と付き合うことは親友への裏切り行為だ。なので、いくら相方とはいえ、梨花へもこのことは絶対言えない。障害の多い恋だったが、その分燃え上がった。私たちは完璧だった…はずなのに。


 いやいや、やはり思い違いだ。そもそも、このアカウントが梨花の裏アカであるというのも私の憶測に過ぎない。もし仮にこれが梨花のアカウントだとしても、「親友に好きな人を取られた」というのはもう一人の親友である京子さんのことかも知れない。梨花と京子さんが高校卒業後どういった関係だったのかは知らないが、二人で一人の男性を取り合っていたのか知れない。そういえば二人とも昔からイケメンYoutuberコンビのオタクになるくらい面食いじゃないか。好みの男性が一致したっておかしくない。そんなことを考えながら、私は上にスクロールして例のポストを探した。


 「今日親友に好きな人を取られた。。もう死にたい。どうやって復讐してやろう。。。」


 祈るような気持ちで「返信(100+)」をタップする。別人であって欲しい。せめて「親友」は私以外であって欲しい。最初の方の返信は、アカウント主を心配するものと、誹謗中傷というかからかうものが半々だった。京子さんのアカウントも「大丈夫?私でよければ話そ?またいつでも電話して!」と気遣うコメントをしている。好きな人を取った犯人は京子さんでは無いのか。心臓がバクバクする。しばらくスクロールすると、一際目を引く長文の返信があった。心臓が止まりそうになった。


 「ねえあんた、友理科の理科でしょ?私たち海斗くんの古参ファンはみんな知ってんだよ?あんた前に自室の海斗くんグッズの写真たくさん上げてたよね?もう消してるみたいだけど。あの部屋、友理科の動画に映ってる部屋だったじゃん。友理科の理科が好きな人ってもしかして海斗くん…?」


 アンチが誹謗中傷する際、本人のエゴサーチに引っかからないように符号のようなものを使って対象を表すことがあるらしい。海斗のファンにはTomo☆Rikaのアンチも多い。おそらく、「友理科の理科」とは「Tomo☆RikaのRika」を指しているのだろう。そうか、梨花はTomo☆Rikaの結成前、高校生の時に自室の海斗グッズをこのアカウントに上げてたのか…それがTomo☆Rikaの動画に上がってる梨花の実家の自室と一致している…もしこの古参ファンの言うことが本当なら、やはりこのアカウントは梨花のものなのか…


 「え、本当に友理科の理科?」

 「海斗くんを誰に取られたの…まさか、友?」


 その後の返信がざわついている。もう生きた心地がしない…なんで?なんでバレたの?いや、待て、まだバレたと決めつけるは早計だ。このアカウントが梨花のものであることは確定的だが、まだ好きな人が海斗くんであることもそれを取った親友が私であることも確定していない。推しと恋愛は得てして異なるものだ。きっと私の知らない想い人と私の知らない親友がいるのだろう。私だって、梨花には黙って海斗と付き合ってるんだから…


 「私が本当に友理科の理科で、海斗くんを友に取られたとした時に、復讐する方法をみんなで考えてよ」


 また血の毛が引いた。アカウント主本人から、つまり、梨花本人からの返信だ。海斗くんを友に取られた…やはり梨花は私が海斗と付き合ってることを知っている…?それに…なんて恐ろしい発想だろう…私への復讐方法をSNSで、生粋の海斗ファンたちに対して募集してるってこと…?


 「ほんとだったら友許せんな」

 「友はいつかやると思ってた」

 「『友を○して自分も○んでみた』ってのはどう?」

 「いや、自分が○ぬ必要はないだろ」


 海斗ファン達は本当にこのアカウントの主が梨花だと信じているのか、本当に復讐方法を募集していると信じているのか。それはともかくとして、私への復讐方法検討会が始まった。本格的なものから、ちょっとふざけた大喜利的な方法まで、さまざまな復讐方法が提案される。今までアンチからの様々な誹謗中傷に耐えてきたが、ここまで明確な悪意…というか殺意を向けられたのは初めてだ。心臓が高鳴る…息が詰まる…それでもスクロールを進めると、また梨花本人からの返信があった。


「面白くなーい!」


 これはTomo☆Rikaの動画でRikaが言う口癖というか決め台詞みたいなものだ。動画の冒頭でTomo☆Rikaの挨拶が済んだあと、企画者である私がRikaに対して簡単に企画の説明をする。その企画に対してRikaが不服な時や不満がある時、「面白くなーい!」というのがお決まりになっている。どういうことなんだろう…梨花は今、「死にたい」「どうやって復讐しよう」と追い詰められている深刻な精神状態のはず…もっと言えば、私に対して、Tomo☆Rikaに対して、恨みや憎しみでいっぱいでもおかしくない…それなのに…そんな状況でなぜRikaの決め台詞を…?


 ふと、私の中に突飛な考えが浮かんだ。もしかして梨花は、最後までYoutuberのRikaとして死のうとしているのではないか。根拠が無いわけでは無い。海斗が動画の中で「僕はRikaちゃんかな」と答えた後、インタビュアー役の事務所スタッフはその理由を尋ねた。その時の海斗の回答は確か…


 「いや…なんか、Youtuberとして芯がしっかりしてるなって」


 海斗がこう答えた真意は分からない。というか、2つ可能性があると思っている。一つは、Tomo☆Rikaの中でどちらがタイプか聞かれて、私と付き合っていることを隠したい気持ちから反射的にRikaがタイプと答えたものの、その理由を聞かれてふと、本当の恋人である私への気持ちを答えてしまったパターン。もう一つは、純粋にRikaはYoutubeの演者として素晴らしい能力を持っており努力家でもあるので、そこを称えて「芯がしっかりしている」と表現したパターン。いや、この際、海斗の真意はどうでもいい。いずれにしても梨花は、「海斗くんはYoutuberとしての私が好き」と受け取ったのでは無いだろうか。

 

 『大好きな彼は憎き親友に取られたけど、せめて最後は彼が好きだったYoutuberの私として散りたい』


 そんな乙女心を抱いても不思議ではない…いや、考えすぎだ。少女漫画の読み過ぎだろう。こんな妄想をするなんて、私自身が追い詰められている証拠だ。それもそのはず。親友が急に呪いのビデオから出てきた視えない何か襲われて、その後自殺。そのあとネットの海から浴びせられる大量の悪意と殺意。こんな状況で頭がおかしくならない方がおかしい。


 Rikaの決め台詞の後、返信欄は「復讐の方法大喜利」の様相を呈していた。「バレンタイン企画で海斗くんへの本命チョコと友への友チョコに毒を盛る」「運動会企画でどさくさに紛れて大縄で首を絞める」など、とても真剣に復讐の方法を考えているように思えない。きっと「面白くなーい!」の一言で、みんな安心したのだろう。仮にこのアカウントの主がTomo☆RikaのRika本人であっても、そして仮に海斗とTomoに何かあったとしても、本気で復讐や自殺を考えているわけではない。そんなに深刻に考えているのであれば、急にRikaの決め台詞を投稿するはずがない。私だって、梨花が本当に自殺するという未来を知らずにこの流れを見ればそう考えるはずだ。YoutuberのRikaが出した「お題」にみんなで面白おかしく答える。そんな流れになっていた。そんな中、異質なコメントが目についた。1つのアカウントからの連投だ。また血の気が引いた。


 「友理科の動画って最近心霊モノ多いじゃん?理科が霊が見えるとか言ってあざとくビビって、友がツッコむやつ。それを利用するってのどう?」

 「具体的には『観た人が必ず自殺する呪いのビデオ』みたいなのがあって、それを二人で観るみたいな企画にしてさ。理科はいつもみたいにビビり倒すんだけど」

 「ビデオには何も映ってないのに、理科がいつにも増して真剣に怖がり出すの。まるでビデオから何か出てきて襲われてるように」

 「友に向かって真剣に助けを求めるんだけど、当然友には何も見えない。そんで頃合いを見て気を失ったふり」

 「そのあと本当に自殺しちゃえば完璧。友は『親友を視えない化け物から救えなかった』という苦しみと『もしかしたら私も自殺することになるのかも』という二重の苦しみを背負うことになる。」

 「もしかしたら友も本当に自殺しちゃうかもね。そしたら復讐完了。」


 改めて文字で見ると本当に馬鹿げた発想だ。そして、馬鹿馬鹿しいくらいあの日起こった出来事とそっくりだ。梨花はこんな馬鹿げた企画を実行に移したというのか…何だか急に気が抜けてしまった。こんなくだらないことで命を失った梨花に対するやるせなさ、虚しさ。ここまで梨花を追い詰めてしまった自分に対する失望。『呪いのビデオ』なんていうものを半分信じてしまっていた情けなさ。もう、何もしたくない。


 「怖がってる最中に友のことを芸名で呼ぶとリアリティに欠けるから本名で呼ぶべき」

 「自殺するときにもう一度『呪いのビデオ』を再生しておくとより怖いかも」


 などと他のアカウントから企画をブラッシュアップするような返信があったが、もうどうでもいい。もう疲れた。寝よう。スマホを放り投げて、ベットに仰向けに寝転がって目を瞑る。眠れない。何かがおかしい。何かを見落としている気がする…



 やっぱりおかしい!Tomo☆Rikaの企画担当は私だ。仮に梨花が裏アカで作られた『呪いのビデオ』計画を本当に実行しようとしたところで、私が『呪いのビデオ』を動画の企画として持ち込まなければ実行できないはずだ。いや、それどころか…梨花の側に立って見れば、裏アカで見ず知らずの誰かから提示された荒唐無稽な『自殺計画』とそっくりな企画をなぜか私が持ち込んだということになる。大好きな海斗と付き合っている憎たらしい親友…自分を引き立て役に使っている憎たらしい相方…から突然提示された『自殺計画」…梨花を最終的に自殺に追いやったのは…私…?


 そもそも私は、どうしてあんな企画を思いついたんだろう。いくら心霊モノが調子いいからといって、今どき「ビデオ」なんて自分で思い付いたとは思えない。わざわざ事務所から古めかしいビデオデッキを借りてまで…そういえば、ビデオデッキなんていつ借りたんだっけ?確か事務所でマネージャと喋ってるときに…


 「Tomoちゃん、今度の企画、『観た者が必ず自殺する呪いのビデオ』なんてどう?」

 「いやいや、今どきビデオって!どうやって再生するんすか(笑)」

 「ビデオデッキは昔のが事務所にあるからさ!Rikaちゃんに持ち込んで、二人で鑑賞会!面白そうじゃない?ほら、ビデオテープの実物もあるよ!」

 「うわぁ…VHSだ。子供の頃おばあちゃんちでアニメの録画見るときこれでしたよ。こんな古いもん、どっから持ってきたんすか(笑)」

 「いや、なんか海斗がどっから手に入れたらしいんだけど、『今心霊モノやるなら、絶対Tomo☆Rikaの方が面白いでしょ』って、俺に預けてきたのよ」

 「なるほど…まあ確かに、今どきビデオデッキでVHSを再生するって方が、古めかしくて逆に絵になるかも知れないっすね…」


 海…斗…?なんで海斗が…?とにかく、彼に電話をかけよう。彼がビデオテープを手に入れた経緯を聞きたいし、何より…彼の声を聞いて安心したい。



 私はベットから飛び起きて、さっき放り投げたスマホを探して手に取った。ロックを解除すると、あるネットニュースサイトの通知が目に入った。


 「女優の河合美咲 熱愛発覚! お相手は人気Youtuberの海斗」


 ああ、そうか…ねえ、海斗…あなたが作った『呪いのビデオ』、本物かも知れないね…だって、霊感の無い私ですら、殺すことができるんだから…

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