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8 道中

『この法律は、魔法教会の使命を王国内における魔法の振興、規制と監督、並びに応用の促進と定め、魔法を王国の発展に寄与させることを目的とする。 -魔法教会法第一章第一条-』


魔法教会。

王都に本部を置く、王国と関係の深い行政機関である。


その歴史は古く、かつて王国を興したとされるヒト種の英雄の右腕、偉大なる魔法使いの定めた「魔法五則」を源流としている。

個々の力が弱く、魔力も他種族と比して乏しいヒト種は、生き残るために結束し、規律を保つことでこの世界を生き抜いてきた。


比較的平和な時代が訪れてからは、魔法教会は魔法に関する研究機関と行政機関両方の機能を併せ持ち、更には森羅万象に精霊が宿るとされるヒト族の精霊信仰の象徴として存在してきた。

どんな小さな村にも魔法教会の施設が置かれており、特に市井の人々に対しては絶大な影響力を持っている。


しかし今、王国と魔法教会にとって2つの重大な懸念があった。

一つ目は、王国の魔法使いの減少である。

ヒト種では、古来から魔力を持って生まれてくるのは女性に限られていた。

しかし、最近では魔力を持たない女性が大半を占め、1つの集落に魔法使いが1人か2人、いればいい方である。


そして二つ目は、国力の急激な低下である。

病気やケガ、農業、そして戦争に至るまで、王国は魔法の力に頼って社会を維持してきた。

しかし魔法使いの減少によりこの社会構造が脆弱化し、近年台頭してきた他種族の国々に押されてしまっている。


沈みゆく王国を再興すべく、立ち上がったのが魔法教会だった。

一昔前、魔法教会は魔法使いを総動員し、周辺他国の植民地化による資本集積を試みた。

そうして勃発した一連の戦争は、最終的には西側に位置する王国第三都市ウェランベルを主戦場とした壮絶な戦いとなった。


しかし、他国の圧倒的な武力を前にじりじりと戦線は皇太子、最終的には国境線こそ守ったものの、ウェランベルは廃墟同然で休戦となった。

以降多くの兵が前線に張り付きとなり、かつて芸術の都と呼ばれた第三都市は、戦争を経て要塞へと変貌した。


そして現在、最早打つ手なしとなった王国と魔法教会は、どうやら王国内の治安維持に手いっぱいらしい…と人々に囁かれている。


「その魔法教会の中枢に、メリアのお母さんがいるんだぜ。」

「そうなんですね。」


王都へ向かう道中、乗合馬車の荷台にてフィエルとモードが話していた。


「メリアのお母さんが王都へ行ったのはもう7,8年くらい前だ。オレもあまり覚えていないが、優しくてきれいな人だったな。」

「フィエルは、いつからメリアと暮らしているのですか?」

「ああ、ちょうどその時期からだ。俺の母さんも同じタイミングで王都へ行ってしまってな。オレたちはまだ幼かったけどな、メリアと一緒に力を合わせて暮らしなさい、って。」

「…大変でしたか?」

「そりゃあ、まだ台所の高いところにも手が届かない年頃だ。まあ、あの辺りは危ない魔物は出ないし、村の人たちも優しくしてくれたからな…。」


そこまで話すと、フィエルは寂しそうに馬車の外を見た。

夜明け前に故郷を飛び出した三人は、昼前には街道に出て乗合馬車を捕まえることができた。

お世辞にも乗り心地が良いとは言えない馬車に乗り、王都へ続く石舗装の道を進んでいる。


「…この道は、西の第三都市ウェランベルと王都を結ぶ街道だ。…無論、道行く人はいないけどな。」


フィエルは幌の中から、遠く地平線まで続く道を細い目で見つめる。

この乗合馬車も、ウェランベルではなく街道からの分岐の先にある街から出てきたものだという。


「フィエルはこのあたりの地理に詳しいのですね。」

「まあ、これでも素材や加工品の売買を生業としていたからな。このあたりの村々は小さいころからうろうろしていたよ。この乗合馬車だって、めったに来ないレア便なんだぜ。」


フィエルは得意げに笑った。

メリアはと言えば、モードに膝枕をしてもらいながらすうすうと寝息を立てている。

馬車の上は音も揺れも酷いものだが、文句を言っていた割には図太いな…とフィエルは呆れていた。


馬車にはフィエル達を除いては老婆が一人、傭兵と思わしき男性が二人乗っていた。

日常使いの需要がない長距離便らしい客入りと言える。


心地よい風が幌の中へ吹きこんでくる。

風は乾いていて、さっきまで靴や裾が朝露に濡れていたことなどすっかり忘れていた。


「ううん…。」


ふと、メリアが辛そうな声を出した。

顔は少しこわばっており、苦しそうな表情をしている。


「何か悪い夢を見ているようだな。」

「そうなのですか?どうすればよろしいでしょうか?」

「どうしろって言われてもな…。使い魔だろ?安心させてやりな。」


フィエルはポリポリと頬をかく。

モードは一度周りを見渡した後、メリアに視線を落とした。


「…メリア、何も心配はいりません。」


モードがメリアの頭を優しく撫でると、彼女はすぐに穏やかな寝顔へ戻った。


街道沿いの街をいくつか経由して、王都へ着くのは十日の後である。



◇◆◇◆◇



メリアは夢を見ていた。

懐かしい夢だった。


…あれはいつぐらいのことだったかな。

そうだ、あたしがまだ7、8歳くらいだったころ、一緒に暮らしていたお母さんが家を出ることになったときのことだ。


お母さんはすごい魔法使いだったから、あたしと暮らしている間も何度か王都へ行っていた。

だから一人でお留守番もできたし、少し寂しいときは近くに住むフィエルが遊びにきてくれた。


ただ、そのときばかりは違った。

今思えば王国の戦争とか、魔法使いの減少とか、色々な要因があったことはわかる。


でも小さい頃のあたしはとにかく泣いたし、わがままばかり言ったし、お母さんをすごく困らせた。

だけどなんとなく、そんな日が来ることは薄々勘付いていたような気がする。


たまに来る長いお留守番も、村のいろんな人と会わせてくれたことも。

大洞窟の歩き方とか、いざという時の食べ物とか、薬草とか、戦い方だって教わった。

辛いことはたくさんあったけど、一度も嫌だって思ったことはなかったから、必要なことだってわかってたのかな。


最後の夜に、ずっとあたしのことを撫でてくれてありがとう。

暖かくて、優しくて、安心する手だった。


夢の中なのに、なんだか本当に撫でられてるような気分。


あのとき、10歳になったら会いに行くって決めたんだ。

だけどお母さんから突然、王都に来ちゃいけないって手紙が来たから、結局ずっとお留守番だったよ。


お母さん、あたしは15歳になったよ。

早く、早く会いたいな…。


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