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7 故郷

空が白み始めた頃、メリアは大きな荷物を抱えて家を出た。


粗末でも小さくても、ここは彼女の住み慣れた家。

フィエルとの思い出も、お母さんとの思い出も、たくさん詰まった宝箱のような家。


小さいころ、覚えたての火の魔法が嬉しくて、たくさん魔法を使ってたら家に火がついて大泣きしたことがあった。

お母さんがすぐに対処したからぼやで済んだものの、そのあとこっぴどく叱られてしまった。


扉の横の少しだけ色の違う板を撫でながら、メリアは小さく微笑んだ。


「忘れ物は無いわね。」

「おう、バッチリだぜ。」


彼女たちは小さな声で短くやりとりを終えると、名残惜しそうに家を後にした。


「何も、今日出なくたってよかったんじゃないの。」

「いや、気が変わった村人たちが、オレたちをとっ捕まえて教会に差し出すかもしれない。明るくなる前にさっさと出た方がいい。」

「そうねえ、でも疲れも眠気もすごくて…。」


昨日の夜、村から帰って夜通し準備をしていた彼女らは、休む間もなく外へと繰り出した。


目的は王都。

ここからはるか遠い地にある、王国最大の街。


「真っ直ぐ南へ行けば、王都へ続く街道に出る。そこで朝一番の馬車を捕まえられれば、馬車の中で寝ることができるな。」

「乗合馬車は、乗り心地が悪いから嫌なのよね…。」

「贅沢言うな、行こうって言ったのはメリアなんだから。」


ぷいと背中を向けたフィエルの後ろにメリアが続き、その後ろから大きな荷物を持ったモードがついてゆく。


「モード、大丈夫か?辛かったら交代するからな。」

「問題ございません、このエネルギー消費量なら永遠に歩き続けることができます。」

「モードがいうと冗談に聞こえないわね…。」


歩きやすい恰好に着替えた3人は、夜明け前の草原を歩いていく。


「うわっ」


東のなだらかな山の間から、眩い朝日が彼女たちを照らした。

冷たい夜明けの風が、眠気を覚ますように衣服の隙間から吹き込んでくる。

足元では芽吹き始めた若々しい緑が、朝露を湛えながら風に揺れていた。


「…」


メリアは後ろ髪を引かれるように振り向いた。

既に小さくなっている故郷の森の向こうに、北の険しい山脈が雪冠を被って高く聳えている。

真っ白な雪が朝日に照らされる様子は、美しくも彼女らを追い立てるような冷たさを感じさせた。


西では小高い丘の向こうで、細い煙がちらほらと空に向かって登り始めていた。

彼女らが二度と入ることの叶わない小さな村では、またいつもと変わらぬ一日が始まろうとしている。


この世界で、何かが変わったのは自分たちだけなのではないか。

そんな心細い感情を抱きながら、一歩一歩進んでいく。


「ひゃっ」


メリアは突然右手に冷たさを感じ驚いた声を出す。

振り返ると、モードが手を掴んでじっと彼女を見つめていた。


「…どうしたのよ、モード。」

「突然申し訳ございません。何故か…必要と感じたので。」

「あはは、へんなの。」


メリアが小さく笑うと、モードはそっと手を離した。


「ありがとう、大丈夫よ。」


メリアは再び前を向いた。

目線の先にはフィエルがいる。

そして後ろには、あたしの頼れる使い魔がいる。


「大丈夫。」


自分に言い聞かせるように呟いたメリアの言葉は、風の音にかき消された。



◇◆◇◆◇



「カリン嬢!帰りましたぜ!」


大きな木箱を抱えた大柄の男が、砂埃と共に家へ帰ってきた。


「あらバロム、ご苦労ですわ。」


棚に偽装した隠し扉を開け、一人の少女が男を迎えた。


「今日はなかなかの上物を仕入れてきやしたぜ。」


ぐっへっへと下品な笑みを浮かべながら、男は木箱を床に下ろす。


「バロム…、カリン様の名前を呼ぶときは、誰にも聞かれないようにと何度言ったらわかるんだ。」

「おっとすまねえ…、まだ昔の感覚が抜けねえんだ。」


不器用そうに笑う男、バロムは大きな手で丸刈りの頭を撫でた。

カリンと呼ばれる少女は粗末な造りの机に着くと、置かれたティーカップに手を伸ばした。


「大丈夫ですわレナード、幸い事はうまく運んでおります。」

「しかしカリン様、最近はより弾圧が厳しくなっていると聞きます。用心するに越した事はございません。」

「それについては聞き及んでおります。…また新たな教会法が制定されたとか。」


カリン…カリンセラ・フロワ・エルミンディアは、優美な所作でお茶を一口含むと、静かにティーカップを置いた。


「ますます肩身が狭くなりますわね。」


王国では、魔法使いが破ってはならないとされる法律、魔法教会法が定められている。

この法を犯した魔法使いは、平和を脅かす魔女として教会に連行されてしまうのだ。


連行された魔女は、罪状によっては北の監獄へ収監されるだとか、西の前線へ送られるだとかの噂が流れているが、詳しいことは知られていない。


「この間の改正教会法では、騒乱罪の適用要件が拡大されましたわね。」

「騒乱罪の改正…?カリン様、つまりどういうことでしょうか。」

「簡潔に述べれば、住民を怖がらせたり驚かせたりしてはならない、ということですわ。」

「なんと…!」


レナードは愕然とする。

かつては一般的に見ても犯罪とされるような行動のみを取り締まっていた教会法は、日に日に誰もがうっかりやってしまいそうな行動すら違法とし始めている。

カリンたち魔法使いは、おちおち表も歩けないような世の中になってしまった。


「これが困ったことに、巷では魔力ルーペなるものが流行っているようで…。魔力を検知できるとかいう出所不明の魔導具らしいが、それを携帯して魔女と見るや教会に通報するような連中も現れ始めている。」

「まるで犯罪者を炙り出すかのようだな…。」


バロムの言葉を受け、壁際に立つレナードは項垂れるように腕を組んだ。

カリン自身は、最近の魔法使い弾圧の動きを見て早期に外出を控えたため、幸いトラブルには巻き込まれていない。

しかし、これもいつまで保つかはわからない。


不穏な将来を憂いて三人が黙り込んだとき、バロムの持ってきた木箱がガタン!と大きな音を立てた。


「おっと、いけねえいけねえ。ちょいと活きが良すぎたようだな…。お嬢、今日の収穫も見ますかい?」

「ええ、もちろんよ。」


カリンはニヤリと笑うと、バロムと木箱を挟むように座る。


「じゃあ、開けますぜ。」


バロムが勿体ぶりながら蓋を開けると、中には色艶の良い鮮魚がぎっしりと入っていた。


「まあ!」

「へへ、旬の魚をこれでもかと買い付けてきやした。」

「さすが、もと料理長ね!」


カリンは手を叩いて喜ぶ。

ひんやりとした生臭い冷気が箱の外へ溢れ出し、ビチビチと活きの良い魚が跳ねている。


「今日はコレと…コレかしらねえ。」

「さすがお嬢、お目が高いですぜ。こいつは初物で、この季節は特に上品な脂のノリが…」

「おいおい、もう出なくて良いのか?遅くなるとカリン様のご機嫌を損ねるぞ。」


夢中になって話し始めたバロンに、釘を刺すようにレナードが言った。


「おっといけねえ。すみませんお嬢、野暮用を済ませてきやす。」

「お気になさらず。こうして私達が食べていけるのは、バロンのおかげですもの。」

「そう言ってもらえるのは無上の喜びですぜ。」


バロムは木箱の蓋をしっかり閉めると、大事そうに持ち上げた。


「帰ったら、また魔力の補充を頼んます。」

「お安い御用よ。お気をつけて。」

「しっかり頼むぞ。」


二人の言葉を聞くと、バロンは扉から出て行った。

カリンは床に置かれた二尾の魚に向き直ると、手を伸ばして力を込める。


「…氷の精霊よ、わたくしに力を。」


言葉と共に、彼女の手の先から冷気が放たれる。

あっという間に魚は半冷凍の状態へと変化した。


「その魔法が、あの魔導具でも使えたら便利なんですけどね…。」

「魔導具は魔力効率が極端に悪いですからね。アレだって、わたくしの魔法だから長期の使用に耐えているのですわ。」


カリンはぱっぱと膝を払うと、凍っていない方の魚を持ち上げた。


「こっちは今晩の食材にしましょう。何にしようかしら…。」


フンフンと上機嫌な鼻歌を歌いながら、カリンは魚をもってキッチンへと向かった。

一人リビングに残ったレナードは、机の上に残されたティーカップをじっと見つめる。


「しかし…魔法教会、本当に何を企んでいる…。」


ティーカップの湯気が、小さな窓から入る日光に揺らめいていた。

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