5 村(後編)
「あ、あな…?」
「応急処置の許可を願います、よろしいですね?」
「え…ええ!もちろんよ!」
「承知いたしました。アドレナリンの皮下注射を実施します。」
モードは手のひらを女の子の内側大腿に当てると、腕に格納したユニットを用いて皮下注射を行った。
メリアにはモードが何をしているかよく分からなかったが、祈るようにその様子を見守る。
「血圧維持および各種対症療法のため投薬開始…。モニタリング実施します。」
モードの何かを確信しているような対応に誰もが注目していた。
しかし、それは何かあったらただじゃ置かないという疑惑の目が殆どだった。
そんな疑惑とは裏腹に、女の子の容態は先ほどよりも少し落ち着いているように見えた。
「メリア…」
フィエルは小声でメリアに話しかける。
どうなってるんだ?と問いかけてくるような目つきに対し、メリアは静かに首を振った。
「酸素モニタリング開始…血中酸素濃度異常なし、生成した酸素を燃焼限界濃度未満で放出します。」
フーッと、モードは長いため息を吐いた。
それは何かが終わったのだということを周囲に悟らせ、緊張の糸を少しずつ緩めていった。
「終わった…の…?」
メリアはそっと、後ろからモードに声をかけた。
「ええ、危機的な状況は脱しました。」
「おお…!」
「助かったのか…!」
メリアが答えるより先に、周囲の人々から安堵の声が聞こえた。
「本当だろうな?後からまた苦しんだりとかしないよな?」
「皮膚や消化器官にはまだ炎症が残っていますが、じき回復に向かう見込みです。バイタルは安定しているので、このまま安静にすれば問題ないでしょう。」
「…よかった…!」
母親はモード問題ないと言う言葉を聞いて布団に駆け寄り、涙ぐみながら女の子を撫でた。
「原因は…何だったんだ?治癒魔法も効かなかった…。」
安堵の空気に包まれる中、フィエルが深刻な表情で質問する。
彼女にとって、治癒魔法が効かないどころか症状を悪化させたというのは経験したことのない事態であった。
「原因はククリの実を食べたことです。彼女はククリの実に含まれる特定タンパク質にアレルギー反応を起こしていました。フィエル様の処置については治癒力を高めるという仕組みから、免疫系の過剰反応を引き起こしたと推測されます。」
「免疫系の…過剰反応…?」
フィエルはモードの説明を聞いて狐に摘まれたような表情になった後、すっと肩をすくめた。
「まだまだ、修行不足ってことだな。ありがとう。」
「…でも、この子はククリの実を食べたら、また同じようなことになるってこと?」
「その可能性は高いと思われます。」
「そんな…!」
メリアとフィエルは顔を見合わせる。
ククリの実を食べただけであんな状態になるなど、二人は聞いたことすらなかった。
つまりそれは、ここにいる人々からの理解が得辛いということである。
「ククリの実を食べるな、なんてあたしたちが言っても伝わらないよ…!」
「…魔女の言うことだ、って信じてくれないだろうな。理論立てて説明しても、未知の話だから説得力がない。」
「でも、あの子が…!」
メリアは心配そうに女の子を見る。
今回はモードがいたからよかったものの、次に同じことが起こったとき、同じように助けることができるとは考えられない。
その様子を見たフィエルは少し考えた後、落ち着いた口調で言った。
「メリア、オレに任せろ。」
彼女たちの会話が終わる頃、周囲の人々の視線は次第に彼女たちに向けられていた。
どうしてこんなことが起こったのか、そんな疑問が人々に渦巻いていた。
「…原因は何だったんだ?」
安静にしている女の子のそばから、父親がモードに問いかけた。
「原因は…」
口を開きかけたモードを、フィエルが静止した。
「すべての原因は…オレだ。」
「…フィエル!?」
まさか…!と言う目でメリアはフィエルを見る。
「オレの魔法を見ただろう?どうやらその子と相性が悪いみたいでな、オレの魔法に触れると苦しんじまうようだ。」
「なんと…!」
悪びれる様子のないフィエルに、その言葉を聞いた人々は肩を震わせる。
「あのククリの木にはオレの特別な魔法がかかっている。実を食べてしまったその子は、あの木に限らず二度とククリ実を食べちゃだめだ。命が惜しけりゃ、ククリの実を食べないことだ。」
「フィエル…!」
メリアは悲しげな顔でフィエルを見る。
当然、彼女が主張しているような事実は無い。
しかし魔法に理解のない社会では、彼女の言葉は真実として受け入れられる。
「やはり呪いではないか!」
「貴様っ!なんてことを!村の皆に知らせて回れ!」
「許せん!魔女教会に罪人として引き渡してやる!」
周囲の人々がいきり立つ。
フィエルが逃げる算段を立て始めたとき、女の子の父親が彼女の前へ歩み出た。
「皆の者、待ってくれ。」
彼は周囲を落ち着かせた後、続けて口を開いた。
「少なくとも、そこの白い娘の治療は的確だった。何の事情でお前が魔法をかけたのかは知らんが、不注意で木の実を食べさせたのは俺の落ち度だ。」
「…」
「だが、村の財産に手をかけ、娘を苦しませたのも事実だ。故に、速やかにこの村から出て、二度と村に入ってくるな。」
「…わかった。」
フィエルは彼の言うことに大人しく従い、荷物をまとめ始めた。
すべての意図を理解したメリアは、黙ってモードの手を握った。
これからあの木は、恐ろしい魔女の呪いがかけられたククリの木としてこの村で伝わってゆくことだろう。
そしてそれは、女の子の命を救うことに繋がるのだ。
しかし、その代償は大きかった。
「行こう、メリア。」
「…ええ。」
「じゃあ、お大事にな。」
一言告げると、フィエルたちはその家を後にした。