3 家
「家はこちらですか?」
「違うわよ、こっち。」
メリアは、モードが指さす方向の真逆を示した。
辺りはすでに暗くなっているが、メリアの示す方向には更に真っ暗な森が広がっている。
「村はこちらではないのですか?」
「あー…、魔法使いは事情がないと村には入れないんだよね…。」
「そうですか。」
言いづらそうにするメリアに対し、モードがあっさりと返答すると森の方へ歩き始めた。
「そうですかって、疑問を持たれないのも調子狂うわねぇ。あたしたち魔法使いは、村から離れたところに住んでるのよ。」
「住居とは人間の生活に基づくものです。合理的な理由があれば立地など些細なことです。」
「やっぱり、モードって変わってるわね。」
首を傾げながらメリアは言った。
森へと続く小道はだんだんと道幅が狭くなり、並んで歩く二人の距離は自然と近くなる。
「別に合理的な理由もないのよ。ただ、魔法使いは嫌われているから。それだけ。」
「嫌われている理由は何でしょうか。」
「わからないわよ。あたしたちだって何もしてないもん。」
メリアはつんと口を尖らせた。
「それよりも、食べる?ククリの実。」
「はい、いただきます。」
モードは、先程メリアが落としたククリの実を受け取った。
「食べたことはあるかしら?」
「外観は北米地方に分布するリンゴ族の品種に酷似していますが、果皮硬度および香りと合致するデータが見当たりません。未知の食物と推定…。」
「よく分からないけど、未知ってことね。」
メリアはモードの独り言を軽くあしらうと、ククリの実に齧り付いた。
シャリッと瑞々しい音がすると、モードも彼女に続く。
「どう?おいしい?」
「データ登録中です。主成分は水分、水溶性の果糖および複数の化合物を検知、分析開始…。」
「ちゃんと何か言いなさいよ。一人で話してるみたいだわ。」
メリアは再び口を尖らせた。
「平均的な味覚で判断すると、甘酸っぱくて美味しい、という評価になります。」
「何それ、回りくどいの。」
メリアは小さく笑った。
殆ど人が通らないため自然へ還りかけている道を、二人はシャリシャリと食べ歩いた。
二人がククリの実を食べ終わった頃、メリアが改まって口を開く。
「モードは、ほかにわからないことはある?」
「咄嗟の状況判断において必要となる情報が不足していますので、ある程度の情報提供を希望します。」
「情報提供、ねぇ…。」
「周辺地域の地形、植生、生物および風土などの情報、魔法使いや魔法と呼ばれる現象の存在について、メリアが排斥されている理由、それと…」
「ちょちょ、ちょっと待って!いきなりそんな説明できないわよ!」
矢継ぎ早に浴びせられる言葉を遮り、メリアは首を振った。
「話せる順番で構いません。ですが、現在は命令の遂行に支障が出ています。速やかな問題の解決を望みます。」
「モードったらドライねぇ。あたしのことは気にならないの?」
「興味ならあります。身長、体重、視力、聴力、その他の各種生体情報について細かく…」
「全然違うーっ!」
メリアは天を仰いだ。
「はぁ…。ほら、あれがお家よ。」
森の入口に差し掛かったころ、簡素な木造の小屋が現れた。
「あれがメリアの家ですか?」
「正確には、あたしたち、の家だけどね。あー、今日はおつかい依頼無いなぁ…。」
メリアは、手前にあるポストを覗きこみながら答えた。
「メリアのほかにも、誰か住んでいるのですか?」
「同い年の子と一緒に住んでいるわ。彼女もこの辺りで生まれた魔法使いよ。今はたぶん、薬草を取りに行っているわね。もうそろそろ帰ると思うけど…。」
「メリアくらいの年齢の女の子たちが、何故こんなところに二人で暮らしているのですか?」
「それは…。」
モードの質問にメリアは少し悲しそうな顔をしたあと、苦笑いを浮かべた。
「うーん、なんでこうなったんだろうね。」
◇◆◇◆◇
「適当なところに座っててね。あたしはお夕飯を作るわ。」
メリアが天井からぶら下がっている石に手をかざすと、ぼうっと青白い光を放った。
「手伝いますよ、メリア。」
「そう?じゃあ井戸から水を汲んできてくれるかしら。外に出て右側にあるの。あたしは火を起こしてるから。」
「承知いたしました。」
モードは扉横に置かれている桶を手に取ると外へ出た。
桶に紐を括り付け、年季の入った井戸の中へと投げ込む。
「一般的な堀井戸、住居は…腐食劣化箇所多数あり。周辺に西岸海洋性気候に類似した植生を確認、未知の動植物が多数生息…。気中細菌およびウイルスのスキャンを開始…。」
モードは井戸から水をくみ上げる間に情報を収集していく。
「水質検査実施…基準値内を確認、飲用適の水…」
「な…!?」
一通りの分析を終えモードが桶を持って家の方へ振り返ると、固まっている黒髪の女の子の姿があった。
「!?」
「…」
モードが口を開く間もなく、人影はあっという間に家の中へすっ飛んでいった。
「おうメリア!外にすっげえ美少女がいたぜ!!」
「フィエル…狭い家で大きな声を出さないでよ。」
建物の中から二人の声が聞こえた。
モードは水をこぼさないよう慎重に桶を運ぶ。
「なぁメリア!あれは誰なんだ!?新しい魔法使いか!?」
「違うわよ、昨日言ったじゃない、召喚魔法を試すって…。」
「召喚!?」
慌ただしくしゃべり倒す少女は、扉から入ってきたモードに驚いた表情で振り返った。
「…アレはどう見ても精霊とか妖精とかそういう類じゃねぇだろ!なんかこう…やべえって!」
「うるさいわねえ、ちゃんと召喚できたんだから問題ないわ。」
「問題ないって、お前な…。」
二人がワイワイしている様子を横目に、モードは部屋の奥へ行ってフィエルが持ち帰ってきた袋の中を覗いた。
中には、大きさも形も様々な草花、木の実、種のようなものが入っている。
「…既存のデータベースに一致なし、スペクトル分析…。一部植物に可視性の発光あり…。」
「よお!すげえだろ!今日は豊作だったぜ!」
植物を眺めていたモードが顔を上げると、フィエルが得意げな顔をしていた。
「この光っている植物は何でしょうか?」
「あぁ、植物の中には魔力をため込むヤツがいて、そのうち一部はこうやって光ってな…」
フィエルは袋の中から光る草や木の実を取り出してモードに見せた。
「コイツは茎の部分をすり潰して、ぬるま湯と混ぜると傷薬に…」
彼女はあれやこれやとモードに説明を続ける。
手に持った植物の薄明かりが、楽しそうな顔をぼんやりと照らした。
「フィエル様は薬草が好きなのですか?」
「え?…ああ、オレは治癒魔法が得意なんだ。ただ、治癒魔法も万能じゃなくてな。こうやって治癒に役立つ植物や生物を集めてるんだ。」
「理解しました。」
「…別にそんな改まった口調にする必要はないぞ?普通にフィエルって呼んでくれよ。」
「承知いたしました、そういたします。」
「あのメリアがこんなお上品な使い魔をねぇ…。」
フィエルはぶつぶつと何かを言いながら、手に持った植物を袋の中にしまった。
「…ところで、治癒魔法とは一体何でしょうか?」
「ああ、精霊の力を借りて治癒力を高める魔法なんだ。」
「生物の持つ治癒力を補助するということでしょうか?それはどうやるのですか?」
「詳しいことは精霊に聞かないとわからんな。治癒魔法っていうのはな、例えばケガなんかしたときにこうやって…」
フィエルが説明しようとして、両手を前に突き出す。
そのとき、後ろで何かが落ちる物音がした。
「きゃあああ!」
「何だ!?」
突如、メリアが悲鳴を上げた。
フィエルとモードが反射的に振り返ると、一人の男がメリアを拘束して立っていた。
「動くんじゃねぇ…!」
男の鋭い眼光が、フィエルとモードへ向けられていた。