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2 魔女

「やっと出れた…」


メリアは疲れた声で言うと、大きく伸びをした。


「…」


洞窟の外に出たモードは、周囲の鬱蒼とした木々の間から静かに空を見上げる。

すでに陽は傾きはじめ、森は橙色の空の下で薄暗くなっていた。


「どうしたの?空なんか見て。何か珍しいのかしら?」

「…地磁気センサーおよび天体シミュレーションに誤差を検知、システムをリセットを開始します…。」

「また何か始まった…」


大蜘蛛の魔物を倒した後、きっちり残りの1時間を机に向かわされたメリアは、呆れた顔でモードを見る。


「恒星の動きから方角データを修正、地球外惑星での活動を検知。ディベロッパーオプションを有効化します…。」

「…終わった?モード。」

「お待たせしました、情報の修正が終わりました。」

「別にいいけど…。モードってちょっと変なところがあるわね。」

「ユーザビリティ向上のためにシステムセッティングをリアルタイムでアウトプットするようプログラムされています。ご了承ください。」

「何を言っているのかわからないけど、仕方ないっていうのは分かったわ。」


すべての理解を放棄したメリアは、腕を組んで大きく頷いた。


「…ところで今思ったんだけど、モードってさ…」


メリアはずいとモードに近寄ると、舐めるように観察を始めた。

先ほど負傷していたはずの首元の傷はすっかりと癒え、傷があったことすらわからないほど元通りになっている。

メリアはへぇー、ふんふんと一人で相槌を打ちながら、一通りの観察を終えてモードに向き直った。


「すっごく、肌がきれいよね!」

「ありがとうございます。」


洞窟内ではよくわからなかったが、女の子であるメリアから見てもモードは美少女であった。

しかし完璧そうに見える白髪の彼女は、大きな何かが欠落しているようにメリアは感じていた。


「…それで、モードは一体何ができるの?」

「ディベロッパーオプションが有効化されたので、ありとあらゆる技能を習得することが可能です。必要であれば拷問や暗殺、窃盗などの…」

「いっ、いらないわよそんな技能!あなたはあたしの使い魔、あたしの言うことに従っていればいいのよ!」

「当然のことです。何なりとご命令ください、メリア様。」

「何なのよ、一体…。」


早速、使い魔にペースを乱されたメリアはため息をつく。

二人が森の小道を歩き出しすと、一呼吸置いてメリアが口を開いた。


「モードって、一体何の精霊なの?」

「精霊…?」


初めて、無表情なモードがメリアと同じような顔をした。


「召喚されたばかりだから混乱しているのかしら?木の精霊、花の精霊、小川の精霊…色々あるでしょう?」

「精霊とは、主に信仰の一部で森羅万象に宿っているとされる超自然的な物体、あるいは非物体の存在を指しますが、私は…」


自身の存在を説明しようとしたモードは、急に言葉に詰まった。


「何か事情があって話せないのかしら?確かに、魔力がなくて人と見分けがつかない精霊なんて聞いたことないわ。あなたが大蜘蛛の魔物を一瞬で倒したときも思ったけれど、きっととても強力な精霊なのね!」

「メリア様、私は…」

「ああ、なんて素晴らしいの!どれだけこの日を夢見たことか!これまで魔法使いとして散々な目に遭ってきたけれど、ようやく全ての苦労が…!」


モードは、小躍りするメリアを尻目に無表情で立ちすくんだ。


「まぁ、あなたのことは話せるようになったら話してくれればいいわ。」

「…承知いたしました、メリア様。」

「それと『メリア様』は禁止ね!せっかく同い年くらいに見える精霊が来てくれたんだもの、もっと気さくに呼んで欲しいわ!」

「わかりました。メリア、でよろしいでしょうか。」

「もちろんよ!これから、よろしくね?」


楽しそうに笑うメリアの前で、モードは無表情に頷いた。



◇◆◇◆◇



「うーん、取れないなぁ…」


村のはずれ、両脇に原野が広がる小道で一人の女の子が木を見上げていた。


「えいっ!」


長い枝を持って一生懸命腕を伸ばすが、枝の先端は真っ赤な木の実の下を空振りした。


「うーん、せっかく見つけたのに…。」


彼女は残念そうに肩を落とす。

村のはずれの道脇に、ぽつんと一本だけ立っている木の名前はククリと言った。

春先に実るククリの真っ赤な木の実がお母さんの大好物だという話を聞き、彼女はこっそりお留守番を抜け出して取りに来たのだ。


聞いていた場所に、よく実った木を見つけたところまではよかった。

しかし、思っていたよりも木が高過ぎた。


「早く戻らないと、ママに怒られちゃう…」


女の子は村の方を振り返る。

彼女の母親は村で用事を済ませているが、そのうちお留守番を抜け出したことに気づいて探しに来るだろう。


「うーん…」


女の子は困った顔をして木を見上げる。

ククリの実を持ち帰りお母さんの喜ぶ顔を見るはずが、このままでは怖い顔を見ることになってしまう。


「どうしたのかしら?」


不意に後ろから声をかけられ、女の子は振り返った。

そこには二人の少女が立っていた。


「魔女の…おねえちゃん…。」

「あら、あたしのことを知っているの?」


栗色の髪の少女…メリアは、嬉しそうに微笑んだ。


「うん…たまに村にきている…」

「そうね、確かに村へはたまに買い物にいくわね。」


メリアは女の子の頭を優しく撫でる。

その隣の白髪の少女、モードはじっと女の子を見つめた。


「何か困り事かしら?」

「な…なんでもないです…。」


女の子はメリアから目をそらすと、困ったように持っている枝を両手で握った。


「怖がらなくてもいいのよ?あたし魔法使いだから、あなたの願いを叶えてあげるわ。何でも言ってごらんなさい?」

「で、でも…」


女の子はおずおずと木を見上げる。

メリアも同じように見上げると、合点がいったように手を叩いた。


「なるほど!ククリの実が欲しいのね?」お姉ちゃんたちに任せておいて?」


メリアはふふんと鼻を鳴らした。


「ではモード…と言いたいところだけど、これくらいならあたし一人でも十分だわ。」


メリアはそう言うと、木に向かって杖を構えた。


「風の精霊よ…力を貸して…!」


声とともに杖を一振りすると、つむじ風が囲うように出現した。

つむじ風はみるみる大きくなり、やがて木と同じくらいの高さに達すると、枝葉を大きく揺さぶって赤い木の実をぼとぼとと落とした。


「モード!拾って!」

「承知しました。」


モードは一も二もなくメリアの命令を受け、落下してきた木の実を正確にキャッチしていく。


「お姉ちゃん!すごい!」


曲芸のような二人の動きに、縮こまっていた女の子はすっかりご機嫌になり、笑顔で手をたたいた。


「どう?すごいでしょう?」

「お姉ちゃんすごかった!白いお姉ちゃんもすごかった!ありがとう!」


女の子はモードから木の実をどっさりと受け取り、お礼を言った。


「モードも、意外とやるわね!」

「ありがとうございます。ところで、今のは何でしょうか?どうして風が…」

「あたしは召喚の魔法使いだけど、こういう簡単な魔法なら扱えるのよ!」


どことなく噛み合っていない会話に気づくことなく、メリアはへへんと胸を張った。


「もう暗くなっちゃうから、気をつけて帰るのよ。」

「あ…ありがとう!魔女のおねえちゃん!」

「また困ったらいつでも助けるわ!」

「うん!」


メリアは再び、女の子の頭を優しく撫でた。


「さぁモード、帰りましょうか。」

「差し出がましいようですが、村まで送っていかないのですか?」

「えっ、えぇと、それはね…。」


モードの疑問にメリアがたじろいだ、その時だった。


「あ…!あんた何してるのっ!?」

「ママ!」


村の方から、一人の女性が近づいて来ていた。

小走りというより全速力で走ってくるその様子は、子供に危機が迫った母親の姿だった。


「ママ…どうしたの?」

「いいから!そんなもの、さっさと捨てなさい!」

「でもお母さん、ククリの実だよ…?」

「やめなさい!早く捨てて!」

「でも…」


女の子は悲しそうな顔をするが、息咳切らして走ってきた母親は無理やりククリの実を取り上げる。


「いけない!こんなもの!」

「ママやめて!お姉ちゃんがとってくれたの!」


女の子は必死に抵抗するが、母親は彼女からククリの実を取り上げては荒地に捨てていく。


「魔女の触った木の実なんて、どんな恐ろしい呪いが掛かってるかわからないよ!だめったらだめ!」

「やーだー!みんなで食べるんだもん!」

「言うことを聞きなさい!」

「!?」


ぱんっ、と乾いた音があたりに響く。

声を荒げる女の子の母親は、必死な形相で娘の頬を叩いていた。


「い…いた…」

「ほらっ…行くよ!」


あまりの驚きで凍りついた女の子は、腕を強引に引っ張られてメリアたちに背を向ける。


「あの…この子か怖がっているので…、もう少し優しくできませんか?」

「怖がっているだって!?」


メリアは声を絞り出すようにして物凄い剣幕の母親に話しかける。

しかし、返事とともに敵意剥き出しの視線が彼女に向けられた。


「怖がっているのはあんたらのせいよ!魔女は娘に関わらないで!」

「そんな…」

「あんたらのおかげで村中が不幸になるわ!魔女なんて、いなくなっちまえばいいのに!」


母親はキッとメリアたちを睨みつけながら怒鳴った。

その瞳には、強い憎しみが込められていた。


「…っ!」


びくっとしてメリアが俯いたのを見ると、親子は足早に村へと帰っていった。


「…」


しばらくの間、メリアは立ちすくんだまま握っている杖を見つめる。

日はなだらかな丘の向こうへ沈み、いつの間にか虫の声が聞こえていた。


「メリア、もう遅いので家へ帰りましょう。」

「えっ」


ちょうど日が沈んだタイミングで、モードが沈黙を破った。


「あっ…うん…。」


メリアは面食らったような返事をすると、大きくため息をついた。


「あはは…。なんか、だめだったなー?」


彼女は少し上ずった声で強がりながらモードを見る。

その瞳は、少しだけ潤んでいた。


「あたし、何か間違えちゃったのかなぁ…。」

「少女の潜在的な欲求を理解し、適切な対応や意思疎通ができていたと評価します。その後の母親に対しては…」

「そ…そういうことじゃなくて…!」


メリアが強い口調でモードの話を遮った。

伝えたいことがうまく伝わらず、もどかしいという表情をする。


「あのねモード…えっと…。あ、あれ…?」


そのうち、メリアは違和感に気づいた。

彼女の前で、モードの動きが停止していた。


「モード…?」


あまりの不自然な様子に、メリアは不安そうな顔でモードを見る。


「エラー。入力情報を処理できません。エラー。入力情報を…」

「何…?モード、どうしたの…?」

「クイックリスタートを開始します。」

「ちょっ、ちょっと…」


メリアが何が起こってるか理解できないまま、モードがゆっくりと目を閉じた。


「だ…大丈夫?」


問いかけに答えるように、モードは再び瞼を開いた。


「…失礼しました。問題ありません、帰りましょう。」

「そ…そう…?」


呆気にとられているメリアの隣で、モードの身体はわずかに温かみを帯びていた。

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