13 邂逅
「ん…」
少し肌寒さを感じ、メリアは目を覚ました。
既に夜は更けており、部屋の中はしんと静まり返っている。
ボロボロの布がかかった窓からは、月明かりが少しだけ差し込んでいた。
「いたた…。」
メリアはゆっくりと起き上がる。
木の床で眠ったからか、全身が痛む。
枕にしていた右腕はじんと痺れ、おそらく顔には服の跡がついていることだろう。
十数日も連続で移動し続け、慣れない街で衛兵に絡まれ、モードを救うために王都を走り回った。
メリアは疲労困憊しており、目をつむった瞬間眠りに落ちてしまったのだ。
「…」
ぼーっとする頭で部屋を見渡す。
ベッドにはフィエルがもたれかかったまま寝ていた。
モードが寝ているのかどうかはよく見えなかった。
彼女たちが限界まで木箱の魔導具に魔力を注ぎ続けたおかげで、モードの背中は今も絶やすことなく冷やされていた。
うつ伏せになっているモードの背中に、亀のように木箱が括り付けられている様子は少々不格好ではあるが…。
「…さむっ。」
メリアはぶるっと身震いする。
昼は暖かいが、夜はまだ冷え込むようだった。
彼女は着替えや荷物を競技場に置きっぱなしだったことを思い出し、よろよろと立ち上がった。
夜のうちに取りに行けば人目につくことはないだろう。
「…光の精霊よ…」
フィエルたちを起こさないように小声で魔法を使うと、指先程度の小さな光が手のひらに浮かび上がった。
家の中は暗く、ところどころ床が腐ってて危ないため光が必要だ。
彼女はギイギイと鳴る部屋の扉をゆっくりと出た。
ここは普通の一軒家の廃墟のようだ。
二階に寝室と物置に使える小部屋があり、一階にリビングや台所といった生活スペースがあるごく普通の街の住宅だった。
この一帯は王都の城壁付近に位置しており、生活するには少々不便なのか辺りに人が住んでいる様子はない。
身を隠すにはちょうど良かったかもしれないが、静かすぎて逆に不安な気分になる。
そんなことを寝起きの頭で考えながら、メリアはギシッと音のする階段を降りる。
廊下や階段に外の光は届かず、闇に吸い込まれるような感覚を覚える。
「…っ!」
そして一階の廊下へ出たとき、彼女は廊下に人影を見た。
突然のことに驚いたメリアは声が出ない。
「…どこへ行く?」
廊下の人影は抑揚のない声で彼女に問いかけた。
光魔法が、その身に纏っている鎧や武器を仄かに照らす。
「だ…誰よ!」
メリアは恐怖の中、まだ喉が十分に開いていない声を精一杯出した。
二階にいるフィエルとモードに知らせるためだった。
「…二階に誰かいるな?」
「…!」
腕利きの剣士だ…とメリアは察する。
彼はそれ以上何も言わず、こちらの出方を伺っている様子だった。
「…だったら、何よ。」
「外に仲間を待機させている。下手に動くと、誰かが怪我をすることになる。大人しく従うことだ。」
「…あなた…何者なの?何の目的でここに来たの?」
メリアは強がったが、わずかに光魔法が揺らいでいる。
杖や短剣といった武器は寝室に置いてきてしまった。
あれほど油断はしないと戒めたはずが、自分の体たらくを彼女は呪った。
「安心しろ、ここに来た目的は貴様を害する為ではない。大人しく盗んだ物を返し、質問に答えれば今回は目を瞑ってやる。」
「盗んだ…!」
昼間に盗んだ木箱の魔道具。
あれを取り返しに来たのだと、彼女は気づいた。
「そう、あなたの物だったのね。」
「謝罪の弁は無しか?」
「悪いことをしたとは思ってるわ、ごめんなさい。全ての責任はあたしにあるわ。二階の二人は、これとは一切関係ないもの。」
「ほう、それはそれは…」
男は意外そうな目でメリアを見た。
その表情は兜に覆われてわからなかったが、先ほどまでの殺気は幾分か緩んでいる。
「二階を案内しろ、沙汰はそれからだ。」
「…わかったわ。」
丸腰のメリアは抵抗せず、彼を引き連れて二階に上がった。
◇◆◇◆◇
レナードは、目の前の少女をじっと見つめた。
カリンと同じくらいの年齢に見える彼女は、これまたカリンと似たような目つきで対峙していた。
おそらく彼女も、これまではごく普通の魔法使いだったのだろう…とレナードは推測した。
最近の王都の魔法使いの弾圧に耐えかね、暮らしに行き詰まり、生きるために悪事を働く。
そうやって教会に捕まった魔法使いの存在を、彼は多く見聞きしていた。
「(こんな廃墟に住んでいる様子を見るに、日銭に困って魔導具を売り捌くつもりだったか。)」
少女の服は所々が破け、髪はボサボサである。
そんな見窄らしい彼女が、自分とそう大差ない価値観を持っていることを察してしまうと、カリンや自分の姿を重ね合わせてしまうのは無理のないことであった。
詰まるところ、彼は少し同情していたのだ。
実際、魔導具がなければ自分達もこうなっている可能性は十分にあった。
そんな大事なものを盗まれたというのは怒るべきであったが、レナードはそんな気をすっかり無くしていた。
「(まあ、処分はカリン様が決めてくださるだろう…。)」
家臣にあるまじき他人任せな気持ちだったが、本来は魔導具だけ取り返してさっさと帰るつもりだったところ、話を聞くと言いだしたのはカリンである。
レナードは仕方なく少女と二階に上がり、寝室の扉を潜った。
「…」
そこにいたのは、レナードを睨みつける黒髪の少女だった。
「メリア、どういうことだ、これは…!」
「フィエル、ここは私が…」
「お前は黙って寝てろ!」
彼女はベッドでうつ伏せになっている白髪の少女を片手で押さえつけ、もう片方の手で杖を構えていた。
「(何だ、これは…)」
レナードは状況を把握するのにほんの少し時間がかかった。
肝心の魔導具は、蓋を開けた状態で亀のように白髪の少女の背中に乗っている。
何の目的で何をしているのか、彼には理解できなかった。
「…ごめんねフィエル、杖を下ろしてくれる?」
「その鎧は何者だ?」
「危険な人物ではないわ。今のところはね…。」
歯切れ悪く、メリアと呼ばれた栗色の髪の少女は答えた。
大人しく言うことに従ってはいるが、彼女の警戒心は相当のものである。
何かあれば捨て身で仲間を守るという覚悟が、その目に宿っていた。
「おーそれだ、間違いねえ。」
レナードがどうすべきか迷っていると、気の抜けた声と共にバロムがぬっと部屋へ入ってきた。
ただでさえ広くない部屋に大柄の彼が入ってきたため、部屋の中は相当な圧迫感があった。
「…!」
メリアとフィエルという二人の少女は、いよいよ殺気とも言える雰囲気を放ちながらレナード達を見る。
かなりの恐怖にも耐えているのだろうか、額には汗が滲んでいた。
狭い部屋に少女が三人、そしてフル装備の屈強な男性が二人。
怯えるなという方が無理のある話だった。
「…そんなに怯えますと、あなたの使い魔に伝わりますわよ?」
室内の緊張が最高潮に達しようかというとき、透き通った声と共にカリンが姿を現した。




