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12 盗難

「いつもありがとな!」

「おう、いいってことよ!」


本日最後の魚を納品したバロムは、気分良く店主に返答した。


「お前さんのところの魚はいつも新鮮だからな!もう他の問屋からは仕入れられんわ!」

「ガハハ、そうだろうそうだろう、今後とも贔屓にしてくれや!」


バロムは笑いながら腕を組んだ。

彼が仕入れてきた魚は、これですべて納品完了となった。


魚は、王都から少し外れたところにある町から仕入れている。

この町に隣接している大きな川には多種多様な魚が生息しており、その中には食用に適したものも数多く存在する。

加えて舟運で港町から海の幸も運ばれてくることもあり、大きな魚市場が形成されるのは必然であった。


しかし王都で新鮮な魚を手に入れることは簡単ではない。

市場のある町と王都とは徒歩で丸一日かかる距離があり、気軽に使用できる冷蔵技術のない王国では常温で一日以上放置された魚しか手に入らない。

貴族や富裕層は魚専用の早馬を走らせることでこの課題をクリアしているが、当然仕入値は非常に高額になってしまう。


ここに、バロムたち3人が食べていける商売のタネがあった。

身体の大きいバロムが早足で移動すれば市場と王都は半日で移動することができる。

加えてカリンの魔導具を使うことで、朝早く市場で仕入れた魚を新鮮なうちに王都へ届けることが可能となったのだ。


ただし、この商売には大きな問題がある。

魔導具を使い続けるためには魔法使いの存在が不可欠であるため、両社は切っても切れない関係である。

多少割高とはいえ、新鮮な魚を市場競争力のある価格で卸すこの商売には、魔導具とカリンの存在が露呈してしまう危険性があった。

そこで彼らは、卸先を限定することでこのリスクを最小限に抑えている。

買い手側も新鮮な魚を安価で手に入れる手段をみすみす失う選択はしないため、互いにメリットのある中でバランスを保っていた。


そんないつもの仕事を、今日は少し早く仕事が終えることができたバロムは上機嫌であった。

このまま帰って夕飯に間に合えば、カリンに怒られずに済むだろう。


「バロムさんや、ちょっといいかね?」

「おっ、何ですかな?」


そんなことを考えながらバロムが魔導具を持って店の外へ出ると、店主の奥さんに声をかけられた。


「軒が痛んじまってねえ、そこの穴の開いたところを塞ぎてぇんだけども、あたしらはもう歳で梯子を上れなくて…。申し訳なんだが、手伝ってはくれんかの?」

「なんだそんなことか!お安い御用ですな!」


見上げると、軒の一部が腐って穴の開いている様子が見えた。

バロムは抱えていた木箱を店先に置くと、手ごろな大きさの板と釘を手に取る。


「こいつを打ち込めばいいだな?」

「悪いねぇ、今店の余った料理もってくっから、ちょっと待ってくれんかの…。」


そういうと、彼女は店の中へと入っていった。

バロムは梯子を立てかけ、道具を持って人の背丈ほどの高さまで上がる。


「さっさと済ませて帰るとするか…。」


トントンと板を軒に打ち込み始めた、その時だった。


「…おおっ!?」


視界の端で黒い影が、あろうことか商売道具である木箱を持って立ち去ったのである。


「おい!お前!待て…っ!?」


バロムは急いで梯子を下りようとするが、バランスを崩して転倒してしまった。


「いてて…、お、おい!」


梯子から落ちることなど彼にとって何ということもないが、カリンより預かっている木箱を盗られてしまったというのは大問題である。

普段は肌身離さず持ち歩くようにしていたはずが、仕事終わりで油断してしまっていた。


「ま…待ってくれ!」


彼は立ち上がって必死に追いかけるものの、追跡は彼の本分ではない。

あっという間に、建物の間でその影を見失ってしまった。


「なんてこった…!」


バロムは青ざめた顔で頭を抱えた。



◇◆◇◆◇



「た…大変申し訳ございません!!」


ゴン!と鈍い音を立ててバロムが床へ頭を叩きつける。

その目の前には、無表情に彼を見下ろすカリンがいた。


「…。」

「…お預かりした大切な魔導具をまさか、こんな…!」

「もうよろしいですわ、面を上げてくださいまし。」

「しかしお嬢…!」


バロムは縋るような眼でカリンを見上げる。

魔導具を盗まれるということは、彼らの食い扶持を失うことを意味している。

自分一人の情けないミスで、ここにいる三人が路頭に迷うことになってしまうのだ。


「…して、それ以外の決まりごとは破っていないのですね?」

「はっ、誓って…!」

「ふむ…。」


青ざめたバロムをよそに、カリンは口元へ手を持ってくると何かを思案する。


「…王都とて、そういうことが起こらないとは思っておりませんわ。だからこそ、対策は考えておったのですが…。」

「対策、ですか?」


横からレナードが口をはさんだ。

魔導具は使い道こそ限られるものの、使われている素材だけでも非常に高額な物品である。

比較的治安の良い王都とはいえ、無防備な状態で持ち歩いていいような代物ではない。


「ええ。まずは木箱、こちらは人前では徹底的に閉じて持ち歩くよう指示しておりました。木箱を閉じると内部は完全に密閉され、外に漏れ出る魔力はほとんど感知できなくなります。」

「た…確かに、木箱は閉じておりました!」


カリンは不安げなバロムの話に頷きながら、レナードの方を向いた。


「なるほど…、魔導具であることを隠しているのですね?」

「ええ、外見は使い古しの木箱で、これを盗もうとする人はまずおりませんわ。もしそこに価値を見出されたとしたら、犯人は魔力を感知することに長けた者…。」

「魔法使い、ですか。」


レナードの言葉に、カリンはゆっくりと頷く。


「しかし、魔法使いが冷やすことしか使い道のない魔導具を欲しがる道理がありませんわ。冷やす魔法ならどんな魔法使いでも使えますもの。」

「とすると、金銭目的でしょうか?」

「確かに魔導具は高価ですが売り先は限られますし、間違いなく足がつくでしょう。魔法使いがわざわざ王都でリスクを冒す意図も不明です。」


カリンはうーんと首をかしげる。


「確かにこのご時世、魔法使いは何もしなくても罪人扱いで捕らえられるというのに、窃盗なんて…。『アルタール』送りになっても文句は言えないでしょうね。」

「…アルタール。」


その言葉を聞いたカリンは、すっと椅子から立ち上がった。


アルタール。

ここより遥か北方、氷の大地に位置する謎多き極限の監獄の名前である。

実際に行ったという話はおろかその存在すら疑われているが、王国の住民は誰もがその名を知っていた。


「…やはり、本人に直接聞くしか無いようですね。」

「本人、ですか?」

「ええ。あの木箱に魔法をかけたのはわたくしです。まだ王都にいるのなら、木箱から漏れ出る魔力を追って見つけることができますわ。」


カリンは、小さく微笑んだ。

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