10 魔導具
「…金目のものなんて入ってないぜ。」
「それは俺たちが判断することだ、貴様らは黙って荷物を置いて出て行け。」
「そんな…!」
メリアはぎゅっと荷物を握りしめる。
生活を丸ごと捨てて村を出た彼女らの荷物には、必需品のほかに思い出の品が詰まっている。
「容赦はしない、と?」
「別に貴様らを傷つけるつもりはないが、手荒な選択肢を取らないと言う訳でもない。貴様らは魔女で、余所者だ。ここで何かあっても誰も気づかない。」
「…!」
恐怖と怒りでフィエルは声が出なかった。
「そっちがそのつもりなら、こちらも全力で抵抗する。」
彼女は静かに杖を構えると、キッと衛兵たちを睨みつけた。
しかしその手は小刻みに震えている。
「強がりは結構だ。しかし、年端もいかぬ魔女に遅れをとることは万に一つもない。懸命な選択とは言えん。」
「…それでも、足掻くくらいはやってみせるさ。」
「ハハッ」
男は、再び乾いた笑い声を出した。
フィエルはフーッと長い息を吐き、自分を落ち着かせる。
熟練の魔法使いは、攻撃の範囲やその物理的•化学的な影響力から、並の兵士数十人分の力を持つと言われる。
しかし、魔法には大掛かりなものほど発動に時間がかかるという欠点がある。
魔法使いに周囲のサポートは不可欠であり、どんな英傑でも魔法使い単独で戦うことはありえない。
更に、経験の長さがモノを言う魔法の世界において、剣術に長けた正規兵を前には子供の魔法使いなど赤子同然であった。
「お前威勢がいいな。惜しいなぁ、魔女じゃなけりゃなあ…」
「やめとけ、魔女なんかに関わったら穢れるぞ。」
門を閉めた二人の衛兵が軽口を叩く。
会話の内容は低俗であったが、その立ち振る舞いは熟練の剣士のものだった。
「…ちっ、下衆共が。」
「おい、そこの白い姉ちゃんはかなりの上玉じゃねえか。この後俺たちと遊ばねえか?」
「お前には魔力が視えないから、魔法使いじゃねえんだろ?なんで魔女なんかと一緒にいるんだ?」
二人はモードをみて下品な顔をする。
メリアは明らかに顔をしかめると、杖を持ってモードを庇うように立った。
「やめて、モードは関係ないでしょ!」
「魔女に興味はねえよ、黙ってろ。」
勝手なことをべらべらと喋っていた衛兵は、吐き捨てるようにメリアを一瞥した。
「…もういいだろ?死ぬか、従うかだ。」
先導してきた衛兵の声を合図に、彼らはすらりと剣を抜いた。
その動作は洗練されており、素人のメリアから見てもかなりの手練であることがわかる。
「マズいな…。」
相手は前方に一人、後方に二人。
メリアとフィエルはモードを挟むようにして衛兵に対峙した。
「(…怖い…)」
メリアは背中の杖に手をかけながら、じんわりと汗をかいていた。
当然、彼女に人との実践経験などない。
相手に魔法を使うことへの躊躇いは大きいが、相手は躊躇なくこちらの命を狙ってくるだろう。
「(あたしは戦えるの?魔法は通じるの?)」
短い時間の中、メリアは頭の中で自問自答する。
「(戦いたくない。大切な荷物も渡したくない。でも、モードが危険な目に遭うかもしれない…。)」
彼女は迷い、その間にも恐怖が大きくなってゆく。
「(どうしよう?どうすればいい?お母さん…助けて…!)」
奥底から湧き上がってくる恐怖が彼女の身体を震わせる直前、背後から力強い声が聞こえた。
「警告します、剣を下ろしなさい。」
一触即発の雰囲気の中、モードが前後の衛兵を交互に睨んだ。
「…ほう。」
「モード!」
意外な出来事に感心する衛兵をよそに、メリアは血相を変えてモードの腕を掴む。
「危険よ!ここで戦うことは懸命ではないわ。」
「しかし、戦わなければこの状況を打破できないのでは?」
「そうかもしれないけど…!でも…でも、危ないわよ!」
メリアはモードを説得する方法が思いつかず、泣きそうな顔をした。
モードはメリアの手を優しく解くと、一人で立つ衛兵の方へ歩み出た。
「貴方をリーダー格と認め、再度警告します。剣を下ろし、私たちを解放しなさい。」
「なんだ?貴様、丸腰じゃねえか。」
「武器は持ち合わせておりませんので。」
モードの返答に、男はぴくりと眉を動かした。
「ガキの癖に、あまり舐めんじゃ…ねぇ!」
「あぶない!」
声と同時に目にも止まらぬ速さで飛び出したかと思うと、彼は剣をモードの眼前で寸止めした。
メリアが反応し叫んだ時には、既に全ての動作が終わっていた。
その剣先は性格無比で、彼の圧倒的な実力を示した。
しかし、驚いていたのは男の方だった。
「…瞬きもしねえとはな…。」
「目を瞑ると正確な判断に支障が出ますので。」
顔色ひとつ変えずに剣先を見つめるモードは、彼らに少なくない動揺を与えていた。
飛び出した男は素早いステップで移動し、メリアたちの後方に構えていた二人と合流した。
「マズいな。あの女、かなりの実力だ。」
「衛兵長よりもか?」
「わからんが、剣で撃ち合うのは得策じゃねえ。どおりで余裕こいてると思ったが…。」
「どうする?引き下がるか?」
「…いや、却って興味が湧いた。魔女がこんなのを引き連れて我が物顔で王都を歩くのも気に入らねえ。」
「おいおい、俺は勘弁だぜ。」
衛兵たちは剣を収めながら短く会話する。
その態度には、まだ余裕がある様子だった。
「…終わったなら解放してくれないか。」
「いやいや、そういうわけにもいかない。これも何かの縁だ。」
そう言いながら、衛兵の一人は背負っていた細長い箱を下ろした。
「これ、使うか。」
「おい、お前それ持ってていいのか?」
「誰にも見られてねえから大丈夫だろ。」
喜びとも驚きとも取れる反応を受けながら、彼は剣よりも一回り大きい筒状の金属塊を取り出した。
メリアは、その物体に施された細かい装飾に見覚えがあった。
「…それは、魔導具…?」
「おお、さすがは魔女だ。これを知っているのか。」
「当然よ。…とても、使い勝手が悪いということも。」
「ハッ」
彼は小馬鹿にしたように笑うと、筒先をメリアに向けた。
「なら貴様はこれを知らない。試してみるか…?」
「…やってみたらどうかしら?」
「フン。」
直後、パン!という鋭い破裂音ののち、メリアの遥か後方で何かが当たる音が響いた。
そこに、一切のためらいはなかった。
「い…今、何をしたの?」
「見えなかったのか?岩の魔法を発動させた。指の爪程度の大きさだが、弓矢とは比較にならないほど速く、真っ直ぐに飛んで行く。お前の身体だって、紙のように貫くはずだ。」
「まさか…!」
メリアは信じられないと言った顔をする。
「そんな強力な魔法、魔導具で扱えるはずが…!」
「知らないなら黙っていたほうがいいぞ?蛮勇は身を滅ぼすからな。」
筒を構えた男は、無表情を崩さずに言った。
「もっとデケェのをお見舞いしてやるよ。」
彼は側面についたダイヤルを回すと、再び筒先をメリアたちに向けた。
「メリア、フィエル、危険です!今すぐに離れてください!」
「ちょっと、モード…!」
「どうしたんだ、急に…!」
すると、先程まで冷静だったモードの様子が一変し、二人を庇うように動き始めた。
「弾丸の素材を石と仮定しても、最低でも4mm程度の鋼板を貫く威力があると推定します。命に関わりますので、すぐに遮蔽物の裏へ…!」
「心配するなモード!オレが治癒魔法でなんとか…!」
「そうよモード!岩の魔法ぐらい別に…」
「…おい」
状況を把握しきれていないメリアたちを見て、魔導具を構えた男が会話を遮る。
「わからねえなら教えてやるよ、これの全力をな…!」
「…メリア!」
刹那、指に力を込める様子を見たモードは、目にも止まらぬ速さでメリアの前方へ飛び出した。
魔導具から飛び出した岩の弾丸は命中コースを逸れていたが、圧倒的な速度で射出される質量の恐ろしさを、この場で理解していたのはモードだけだった。
岩石が空気を切り裂き、硬いものにあたる鈍い音があたりに響いた。




