9 王都
「もーーーームリ!!」
昼下がり、大きく伸びをしながらメリアが叫んだ。
「いやぁ、ほんとにきつかったな…。」
長旅に慣れているフィエルも、お尻や腰を拳で叩きながらよぼよぼと歩いている。
長い旅路の末、彼女らはついに王都の入口へたどり着いた。
休み休み移動していたとはいえ、乗り心地が悪く狭い空間に十日以上というのはどんな人間にも酷なものである。
「身体がばっきばき…なんでモードはそんなに平気な顔をしてるのよ。」
メリアは動くたびにポキポキ音を鳴らしながら、涼しい顔をしているモードを怪訝な目で見た。
「…ほとんど動かなかったので、エネルギーは消耗されませんでした。」
「あなた、頭だけかと思ったらお尻も固いのね…。」
「モードは鍛え方が違うな!」
軽口をたたきながら、彼女らは荷物をまとめて馬車を下りた。
あたりは乗合馬車の発着場らしく、四方からやってきた旅人でにぎわっている。
そういった人々をターゲットとする露店もちらほら構えており、さながら小規模な市場のような様相だった。
「…着いたわね、王都!」
メリアは、視界いっぱいに広がる城壁を見上げた。
街を一周囲む城壁の向こう、かつては名があったと言われるこの都市は、今ではただ「王都」と呼ばれている。
それは王国においては絶対的な中心である王都を、あえて名前で区別する必要性がなかったことに由来している。
政治、経済、軍事力、ヒト族のすべてが集積するこの街には、当然好くないものも集まってくる。
人々の平穏な暮らしを守るため、王都を囲う城壁を築き、門を設置し、街に入る人々に衛兵が厳しい目線を送っていた。
「こんなに多くの人が集まってるのは初めて見たな。」
「ちょっとドキドキしてきた…。」
田舎の小さな村出身の二人は、初めて人の山というものを見る。
勝手のわからない彼女たちは、まわりをきょろきょろと見渡しながら門へと向かった。
「どこにいけば良いのかしら?」
「皆、門の方へ向かってるな。オレたちも混ざろう。」
「街に入るのに何か通行証とかはいらないのかしら?」
「聞いたことないな、ほかの小さな街では見たことがないから大丈夫じゃないか?」
よく観察してみると、人々がぞろぞろと門へ向かって軽い行列を作っていることが分かった。
メリアたちは、とりあえずその最後尾について行くことにした。
「流れを見る限り、街に入るのに審査とかは無いみたいだけど…。」
「すごい数の衛兵が監視してるな。怪しまれないようにしないと…。」
行列の両脇には軽装備の兵士が巡回しており、怪しい人物が街に入らないか監視をしているようだった。
しかし、実際に誰かを呼び止めるような様子は無いので、何を基準に怪しい人物を判断しているのかはよく分からない。
「物々しい感じはするが、意外とすんなり入れそうだな。」
「仮にも女の子三人だし、変な荷物も持ってないし、大丈夫じゃない?」
人の波に乗りながら、メリアたちはゆっくり門へと進む。
すると、そのうちにメリアは小さな違和感を覚えた。
「…なんか、変な眼鏡つけてる兵士がいるわね。」
「近眼なんじゃないか?先の戦争で兵士も人手不足になって、身体基準を下げたとか聞くだろ?」
「そうなのかな…?あんな眼鏡見たことないけど…。」
行列を囲む衛兵の中には、奇妙な形の眼鏡を身に着けている者がいた。
メリアは、なんとなく眼鏡を掛けた兵と目が合うタイミングが多いように感じた。
「…メリア。」
「どうしたの?モード。」
「見たところ、あの眼鏡には度が入っていません。」
「えっ」
メリアは目を丸くしてモードを見る。
「そんなのよくわかるわね!」
「現在はメディカルモードですので、医学に関する分析と対処に最適化されています。」
「よくわからないけど、すごいわ!」
メリアは面白そうに手をぱちぱちと叩く。
「…メリア。」
しかし、隣にいるフィエルは深刻そうな顔をしていた。
「フィエル、どうしたの?」
「さっきから気にはなっていたんだが…。眼鏡をつけた兵士、皆オレたちの方を見ているようだ。」
「…!」
メリアは真面目な表情に戻り、周りを見渡した。
フィエルの言う通り、眼鏡を掛けた衛兵はみな目が合い、その後何かを話している様子だった。
雑踏の中にいるため詳しい様子はわからないが、明らかに何かを意識されている。
「…何か、まずかったかな?」
「わからない。村からまっすぐ王都に出てきたから、先日の事件が王都に伝わってるとは思えないが…。」
「片田舎の小さな村の出来事よ?王都で話題になるほどではないわ。」
「それもそうだが、なるべく目立たないように行こう。」
「ええ…。」
彼女たちは視線を足下に落とし、できる限り姿勢を低くした。
「モード、彼らが何を言っているかわかる?」
「視界が悪く、ノイズも大きいため確定的な情報が抽出できません。より詳しく調査しますか?」
「…いえ、いいわ。変に動くと余計怪しまれてしまうから、大人しくしましょう。」
「承知いたしました。」
メリアは少し緊張しながら一歩一歩前へと進む。
しかし、特別何か起こるというわけではなかった。
やがて、行列は石造りの門に差し掛かかった。
門の中は明かりもなく、フッと視界が暗くなる。
出口の向こうは昼下がりの太陽が差していて、暗さに慣れてきた目にはとても眩しい。
「大丈夫そうだね…?」
「…ああ。」
街はすぐそこのはずだったが、メリアにはとても遠く感じた。
行列は門を通り過ぎ、固まっていた人々は再び四方八方へと散らばっていく。
「通り過ぎた…!」
メリアがそう思って視線を上げたとき。
その先には、三人の衛兵が立っていた。
「君たち、ちょっといいかな?」
「…ひゃい!」
突然の呼びかけに驚いたメリアの声が裏返る。
「オレたちか?」
「そうだ。その白い髪の娘は君たちの連れか?なら荷物を持って一緒に来てほしい。」
「…わかった。」
彼らは、門の外にいた兵とは異なり甲冑を身につけていた。
心当たりはないものの、彼女たちは何か悪いことをした気分になって縮こまる。
「こっちだ。」
案内に従い、門の脇にある城壁と建物の間の小道に入る。
衛兵は先導が一人、残りの二人はメリアたちの後ろについた。
まるで、犯罪者が連れていかれるような構図である。
「大丈夫かな…?」
「振る舞いも正規兵のようだし、厄介なことにはならないだろう。ただ例の眼鏡を付けているのが気になるが…。」
彼らが歩くたびに甲冑の金属の当たる音が響き、それが否応なしに緊張感を高めてゆく。
小道は街の喧騒から遠ざかり、あたりには空き家が目立ってきた。
王都に慣れないメリアたちもさすがに違和感を覚え始める。
少し歩いたのち、高い壁で囲まれた建物と重厚な鉄門が姿を現した。
「訓練場…?」
錆びた門の両脇には、王都第八訓練場と書かれた板が掲げられている。
その文字は掠れており、かろうじて読むことができる程度であった。
石造りの壁は風化していたがその形を保っており、外から中の様子はほとんど見ることができない。
「これは…」
「どうした?早く入れ。」
「…なんの目的で、あたしたちはここに呼び出されているんですか?」
「ん?…ああ、取り調べだよ。大きな荷物を背負っているから、怪しい物品がないか調べさせてもらうんだ。」
警戒感が頂点に達したメリアが問い詰めるものの、適当にはぐらかされてしまった。
後方には逃げ道を塞ぐように二人の衛兵がおり、彼女たちには既に選択肢はないことが明らかである。
逃げる判断をするには、遅きに失していた。
「…」
メリアたちはしぶしぶ、半開きの鉄門から壁の中へ入る。
訓練場の中に人気はなく、街中だというのに物音ひとつ聞こえない。
地面には鬱蒼と雑草が茂り、城壁の影になっているため辺りは薄暗く不気味であった。
「…っ!」
ガシャンという大きな金属音と共に、鉄の門は完全に閉じられてしまった。
王都第八訓練場は、すでに使われていない廃墟であることは疑いようもない。
「…なんのつもりだ。」
「ハハッ。」
メリアたちを先導してきた男が、初めて感情を露わにした。
「なんのつもりだと?こんなに易々とついて来る魔女は久々だよ。」
「貴様ら、謀ったな。」
「謀るなんて失礼な、我々は街の治安を守るために働いているんだ。この尋問だって、我々に与えられた権利の一つさ。」
彼はすらりと剣を抜くと、フィエルに剣先を向けた。
「街には入れてやるから、荷物は置いて行け。」




