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3、白馬に乗ったおじさま

3、白馬に乗ったおじさま


 その後もフィーネの平凡な日々は続いた。

 フィーネは例の少年、ラーンを心配し、ババ様に相談したり、馬を持っている爺様にラーンを追いかけるよう頼んだりしたのだが、全員気にするなの一点張りだった。

 フィーネは外のことを何も知らず、どこにも行けない自分への閉塞感で息が詰まりそうだった。ここにはフィーネの他は老人しかいない。このまま何もせず、アランにも会えず、自分も老人になるのだろうか。フィーネは生まれた時からこの村に住んでいて、外に出たことはない。でも両親がいればフィーネは幸せだった。両親が死んで、悲しかったが、アランがいた時は、こんなにどうしようもない寂しさや閉塞感を感じたことはなかったのだ。全部アランが悪い。フィーネはそう思った。

 

          ※


 フィーネがいつも通り魔法を使った農作業の手伝いを終え、神殿に帰ろうとすると、多くの村人が集まっていた。立派な4頭立ての馬車がある。アランを迎えに来た馬車と同じくらい立派な馬車だ。アランが使者を送ってくれたのだろうか。フィーネは思わず期待をした。

 つい先日アランに打ちのめされたばかりだが、この村に用のある貴族はその位しか思い当たらなかった。

 「遅いよ。」

 ババ様の不機嫌そうな声がフィーネに飛んでくる。

 「そこまでじゃないでしょ。」

 神殿に帰ったらまた用を申しつけられそうなので、少し遠回りをして帰っただけだ。

 「いいや、遅いね。最近なんだい。あんたサボってばかりだ。しばらくこの中に入っておいで。」

 突然強い力と魔法でフィーネは押され、物置に入れられた。

 「ちょっと、ここまですることないじゃない。子供じゃないのよ。」

 「いいからそこにいるんだ。分かったね。」

 ババ様の一方的な物言いにフィーネは腹を立てた。確かにフィーネはババ様から用を言いつけられたら面倒だとは思ったが、子供のような仕置きなんてひどい。だいたい、アランが使者をよこしてくれたかもしれないのだ。

 「いつまでも子供だと思って。」

 フィーネは胸に力を込めると、手に力を移した。そしてその力を扉に向かってかざす。と、外にババ様の魔法の気配がする。ババ様は扉の外につっかえ棒をつけて、フィーネが外に出られないようにしているらしい。フィーネは魔法で外にあるつっかえ棒が外れた。鍵を掛けられたならともかく、これくらいのつっかえ棒なら外すのなんて簡単だ。ババ様はフィーネを甘く見過ぎていると思う。

 「ああ。頭にくる。」

 フィーネはさっさと外に出た。馬車の周りには従者や騎士がいる。ババ様に会いにいったのだろうか。フィーネは裏道を使って、ババ様のいる聖堂に回り込み、ひとまず盗み見ることにした。

 聖堂にいたのは立派な成人男性だった。フィーネよりはずっと年上に見えるが、まだ若い。そして驚くことに、アランと同じ位の美貌の男だった。輝くような金髪と、紫の目、優しげな柔和な顔、長身だが線が細い。そして、みるからに仕立ての良い服を着て、何人もの従者を従えている。フィーネは男をどこかで見たことがあるような気がしていた。

 そして、男のそばにいた小さな影を見て驚いた。ラーンだった。

 「困るのですよ。大巫女殿。私の部下が、確かにここで紫の瞳の若い巫女に会ったと報告しているのです。しかもその娘は魔法を使ったとか。」

 男は丁重な物腰だったが、内心苛立っているようだった。

「何のことだか分からないね。ここには老人しかいない。若い巫女なんていないよ。」

「だが確かに若い娘はいる。そうですね。」

ババ様はしばらく黙ったあと、口を開いた。

「ああ、そんな娘もいたかもしれないね。ただ巫女でもなければ何でもない。ただの娘さ。親もいなければ金も持ってない。ろくな教養もないからどうせ働き口なんてありゃしない。特別美しくもないし、ここじゃ嫁ぐこともできんだろ。死なれたら目覚めが悪いからね。部屋を貸してるだけさ。そして対して役にたちゃしないが、誰にでもできる仕事をさせてやってるのに不満ばっかり言っている奴しかいないよ。」

 酷い言い方だ。フィーネは悲しかった。ババ様のいうことが全て紛れもない事実だからだ。フィーネは何もできず、この村で歳をとるしかないのだろう。町にでるためのお金もないし、そもそも街で何をすればいいのかさっぱり分からない。

 「若い娘はいるのですね。会わせてください。」

 「今はいないよ、言いつけでしばらくは帰らない。」

 「待たせてもらいます。」

 「許さないよ。ここは聖地だ。私の言うことを聞いてもらおう。」

 男はフィーネを探しているらしい。フィーネは意を決した。

「あの。私のことだと思います。」

 その場が静まり返る。全員の視線がフィーネに集まった。ババ様は顔を覆って天を仰いでいる。男は目を見開いた。ラーンは嬉しそうに笑った。

「あの、この村には私しか若い娘はいません。だから私のことだと思います。」

 男はフィーネに近づき、じっとフィーネも顔を見た。

 「姉上、、。」

 男が口の中で呟く。

 「え?」

 「紫の瞳。母君も紫の瞳ですか?」

 「はい、そうです。」

 「母君は?」

 「亡くなりました。地震で。」

 「そうですか。」

 男は鎮痛な表情で押し黙った。

 「母上は生きていたら何歳ですか?」

 「ええと、母は私を18歳で産んだと言っていました。それで、私が18歳なので、、、。」

 「36歳。」

 男は畳み掛けるように言った。男はフィーネの両腕を掴む。

 「母上の名は?」

 「フレイ」

 「貴方が魔法を使えるというのは本当ですか?」

 「ええと、簡単なものなら、、、。」

 フィーネは男に気押された。男が何を言っているのかよく分からないが、男もラーンと同じで魔法に夢を持ちすぎているのかもしれない。

 実際に見せてみるのが一番だろう。フィーネは胸に力を込めた。

「およし、やめるんだ。」

 ババ様は何かを恐れている様子だった。ババ様が心配しなくても、フィーネは大したことはしないしできない。ババ様自身がそう言ったのではないか。

 フィーネはフィーネから離れた高台にある祭壇に供えられていた林檎を魔法の力で浮き上がらせて男の近くに落とした。

 「できることはこれくらいです。」

 部屋中がざわめいた。

 「なんと。」

 「本物だったのか。」

 「奇跡だ。」

 男の従者が口々に言う。

 男はしばらく呆然としていたが、頭を振り、気を取り直したようにフィーネに優雅に会釈をした。

 「失礼。私から名乗りましょう。私はシレノス。グレーデル公爵家の当主です。」

 「公爵様?」

 「はい、そうです。私には姉がいました。しかし、姉は駆け落ちをし、姉の行方をずっと追っていました。姉はフレイ。紫の瞳を持ち、魔法が使えました。歳のころも近い。姉はもう亡くなっているとか。しかし、貴女に会えました。貴女は私の姪なのです。」

 ええと、母の弟ということは叔父、、だけどまだ充分に若い。叔父さんと呼ぶには違和感がある。

 「お兄さま?」

 シレノスは満面の笑みを浮かべた。正解だったらしい。

 「でもどうして、私が姪だと思うんですか?同じ年頃の娘なんてたくさんいるのに。」

 「たくさんいるだって?君は聖地から出たことないのか?」

 「はい。ずっとここで暮らしています。」

 シレノスは少し目を見開いたが、フィーネに穏やかにゆっくり語りかける。

 「フィーネ、君の瞳は紫だ。私の瞳もね。この色の瞳は外ではとても珍しい。わがグレーデル家の特徴だ。そして、君は魔法が使える。魔法を使えるものは年々減っていてね。目にみえてはっきり分かるような魔法を使えるものは滅多に、というかほとんどいないが、グレーデル家に生まれた女は全員使える。私は姉上を探していた。色んな女性を探したが、紫の眼だという女はよく見るとただの濃い青の瞳だった。魔法を使えると言っていた女は奇術師だった。どちらも兼ね備える娘なんていない。それに、君は姉上の若い時に似ている。」

 フィーネの母は驚くような美少女だった。似ていると言われて悪い気はしない。

 「それに、どうだい?私は若い頃よく姉上に似ていると言われてきた。君の目からみて、私は姉上に似ていないかい?」

 そうだ。フィーネはシレノスをどこかで見たことがあると思ったのだ。母に似ているのだ。

 「似ています。」

 シレノスは安心したように微笑んだ。

 「フィーネ会いたかったよ。私たちは家族だ。どうか一緒に都に来てくれないか。一緒に暮らそう。」

 フィーネは信じられないことだとは思いながらも、すっかり舞い上がっていた。閉塞した村の中、未来も家族もいない中で、王子様が迎えにくることを想像することが好きで、ずっと夢見ていたのだ。実際の王子様はフィーネに全く会いに来てくれないし、シレノスは王子様ではなくて叔父様だが。

 「やめな。」

 「ババ様?何をいうの?なんで?」

 「その男はあんたを利用しようとしてるんだ。貴族なんて碌なもんじゃない。世間知らずのあんたなんて騙されて終わりだよ。」

 ババ様は偏屈だ。

 「違うかもしれないじゃない。」

 「いいから、私のいうことをお聞き。貴族にとって娘なんて道具だよ。何されるのも相手の胸先三寸さ。やめな。信じるんじゃないよ。」

 フィーネは思った。そうかもしれない。違うかもしれない。

 でも、確かなことは、シレノスの手を取らなければ、フィーネはこの村から出られないということだ。確かにシレノスはフィーネを利用しようとしているのかもしれない。でも、これまでフィーネには利用する価値もなかったのではないか。これからもないかもしれない。ババ様の言う通りなのだ。フィーネは外に出たことがない。お金も持っていない。外で働くなんてどうすればいいのか見当もつかない。村には若い男がいないから、嫁ぐこともできない。今はババ様や爺様達が世話をしてくれている。でも、高齢だから、多分フィーネよりも早く死ぬだろう。だったら、やってみるしかないのではないか。フィーネは苦笑した。今なら、アランが都に出たがった訳が分かる気がする。

「行きます。連れて行ってください。」

「おやめ。」

「ババ様。今までありがとう。でも、私これ以上村にいてどこにも行けずに年をとっていくの辛い。」

 ババ様は傷ついたような顔をして固まった。フィーネはハッとした。ババ様は若い頃からこの村でずっと巫女をしていると聞いたことがある。そんなババ様に向かって、フィーネはあまりに心無いことを言ってしまった。

「ババ様、、ごめんなさい、あの、あのね。」

「お黙り。もういい。」

ババ様が大声を上げた。

フィーネは俯いた。

「ババ様、ごめんなさい、でも、でも私行って見たいの。」

ババ様は俯いて肩を震わせた。

「大巫女殿。我が姪をここまで養育してくださり、心からお礼申し上げます。お礼は後ほど。さあ行きましょう。」

シレノスはフィーネの手を取り、馬車へ導いた。

フィーネは後ろ髪を引かれる思いだったが、シレノスの導くまま、馬車に乗り込んだ。

「安心してください。必要なものは後でいくらでも買い揃えますし、取りに行かせますよ。」

「分かりました。いや、待って。」

フィーネは口笛を吹いた。大鷹のアルルがフィーネの手元に舞い降りた。

「アルルです。ママが育てていた鷹で。私も生まれる前から一緒でした。とっても賢いんです。アルルも一緒でもいいですか?」

シレノスは大鷹に驚いたようだが、すぐに笑顔に戻った。

「ああ、もちろんだよ。」

フィーネが乗り込むと直ぐに馬車が動き出す。

馬車はあっという間に加速して、村が見えなくなった。

 今までフィーネの世界の全てだと思っていた村からあっけなく出られたとき、フィーネは自分の心が軽くなったことを感じた。そして、そんな自分がババ様に申し訳なかった。



        ※



 馬車での旅は、フィーネにとって全てにおいて新鮮で、目が回るかと思った。隣町についた時、人の多さ、建物の多さに驚いた。でも、馬車が進めば進むほど、どんどん街が大きくなり、人も多くなり、身なりも立派になっていく。シレノスはどこに行っても街一番の宿屋に入り、宿屋の主人から丁重にもてなされた。フィーネのことまでお嬢様と呼ぶので驚いてしまった。シレノスは街につくたびに、仕立て屋をよび、フィーネに服を与えた。シレノスは笑って、今はとにかく既製品で。屋敷に着いたら服を仕立てようと笑った。フィーネはひたすら恐縮した。

 馬車に何日も乗るなんて、きっと疲れるに違いないと思ったが、馬車の中は快適だった。

「そりゃあそうですよ。公爵家の馬車ですからね。最新式なんです。」

と、なぜかラーンが胸を張った。

いつか村に一人で来たラーンだが、なんでも、ラーンの家は親が早逝したので、ラーンが功績を上げなくてはならないと焦っていたようだ。でも、正規の騎士になるには年齢が足りない。そこで、シレノスがフィーネを探していることを聞きつけ、フィーネを探し出し、自分の功績をシレノスに売り込んだそうだ。小さいのにすごい行動力だ。

「おかげで、お嬢様の騎士になれました。」

 お嬢様と呼ばれるのはまだ緊張する。でも、村での顔見知りのラーンが側にいれば、フィーネの心は少しだけ和んだ。

 ラーンはフィーネの護衛騎士になったのだ。随分小さいが。シレノスが言うには、都に行けばまた別の騎士がつくそうだ。でも、フィーネがラーンを気に入っているので、用を申しつけるのにちょうどいいのでひとまずラーンも騎士ということにしたそうだ。これはラーンにとっても職がつくので、悪い話ではないそうだ。ちなみに身の回りの世話をするのは女性。侍女でなくてはならない。都の屋敷につけば、用意しているそうだ。

「お嬢様、見てください、都ですよ。」

フィーネは窓から外を見た。

今までの街も大きくて眩しいと思っていたが、都は別格だった。見渡す限りの人と豪華な建物、そしてそれを囲むように粗末な小屋が広がっている。そして、中央に聳え立っているのが、

「フィーネ、あれが王城だよ。国王陛下の居城だ。」

フィーネは道中、シレノスにアランのことを聞いてみたのである。

シレノスは驚いた様子もなく、穏やかに微笑んだ。シレノスが言うには、グレーデル家は、国王にも謁見できる名家だ。国王陛下にも会えるだろう。その前に、作法を勉強しないとね。と微笑んだ。

 「そして、あれが、国を守る大堤防だ。」

 王城を守るように海岸に聳え立つ大きな堤防が見える。この国は地震が多い。そして津波も多いので、大堤防が国を守っている。

 フィーネ達を乗せた馬車は、どんどん進んでいくと、ようやく止まった。

 「さあ、ついたよ。」

 大きな門をくぐるとその後も馬車が走っていく。

「この先が僕たちの屋敷だ。」

馬車で走ることが必要になる程広い屋敷か。物語で見たことがあるが、本当にあるのか。

シレノスはフィーネの手を取り、馬車から外に導いた。グレーデル家の屋敷は、フィーネは何も知らなければ、ここが王城だと思っただろう。

 白亜の広大な屋敷に、数々の彫刻が施され、彫像が飾られている。そして、溢れるような花で飾られている。

 「おかえりなさいませ。旦那様。」

 屋敷の前にはお仕着せの使用人がずらりと並んでいた。

 「ああ、戻った。紹介しよう。フィーネだ。」

 「お待ちしておりました。お嬢様。」

 ずらりと並んだ使用人達が一斉にフィーネに礼を取った。

 「フィーネと申します。よろしくお願いします。」

 フィーネは目一杯優雅にお辞儀をして返答した。

 「一通りのものは準備させたよ。必要なものがあれば何でも言いなさい。」

 シレノスがそうはいうものの、フィーネには何が必要なのか見当もつかない。

 フィーネは曖昧に微笑んだ。


 

         ※


 フィーネはそれからフィーネの侍女を紹介され、侍女の先導で貴族の洗礼を受けることになった。

 フィーネは村から屋敷に到着するまでの道中でも充分に都会の洗礼を受けたと思っていたが、甘かったようだ。

 最初にフィーネの部屋に案内された。

 フィーネの部屋は、フィーネが住んでいた家が丸ごと入っても余るような広くて日差しがいい部屋だった。そして部屋中が桃色の小物やリネンに溢れている。

 そして、至るところに花が飾られ、陶器でできた人形やぬいぐるみ、美しい螺鈿細工の小箱が飾られている。

 フィーネが物語で見て夢見たお姫様の部屋そのものだ。

 「素敵な部屋ですね。どうもありがとうございます。」

 「とんでもないことでございます。お好みが分からなかったので、私達の一存で年頃の令嬢のお好みの部屋を用意しましたが、模様替えがしたければいつでも申しつけてください。」

 「とんでもありません。とても気に入りました。」

 侍女はほっとしたようだった。

 「あの、お嬢様。使用人に対して敬語をお使いになりませんよう。」

 「でも、、、」

 「貴族の令嬢の嗜みの一つです。どうか慣れてください。」

「分かりま・・。分かったわ。」

フィーネは素直に受け入れた。

「ママも同じ部屋を使っていたの?」

「・・・申し訳ありません。分かりかねます。私は最近勤め始めたばかりですので。」

 少し間を開けて侍女は答えた。侍女はフィーネより少しお姉さんくらいの年齢なので、10年以上前のことは分からなくても仕方がない。フィーネは侍女を困らせてしまったようだ。他の使用人たちも、ママのことを話したがらなかった。ママは屋敷から駆け落ちしているので、使用人からの印象が悪いのかもしれない。フィーネは寂しかった。

 


        ※


 フィーネが次に連れて行かれたのは浴室だった。

 浴室までフィーネの専用の浴室があるらしい。

 バスタブまで優美な彫刻があるとは驚いた。

 お湯は透明ではなくて白くて、何やらいい匂いがする。そして、様々な色の花びらがふんだんに浮いている。なんでも今流行の香料と花びらのブレンドらしい。そんなものにも流行があるのか。

 2人のメイドが浴室に入ってくる。お手伝いしますと言って、服を脱がされそうになり驚いたが、貴族の令嬢たるものの嗜みだと言われてフィーネは折れた。

 おそるおそるお湯に入ると、流石に心地よい温度のお湯と、いい香りで、心地が良かった。湯に入りながら髪を洗われて、心地が良かったが、楽しかったのはここまでだった。

 その後は裸のまま、台に横になるように言われ、言われるがまま横になると、何やらざらざらしたもので全身を擦られる。

 「あの、あのね。結構痛いのだけど。」

 「慣れていないからですよ。何度かやれば慣れますし、慣れれば気持ちが良くなりますよ。」

 にこやかだがとりつく島もない。そして令嬢の嗜みだと言われてしまえば反論できない。どうも全身の汚れをとっているらしい。そこまで汚れてたのだろうか。フィーネは落ち込んだ。

 その後もう一度バスタブに入り、体を洗い流すと、また台に横になるように言われた。

 次はどんな痛みがくるかと思いきや、いい匂いのクリームを全身に塗られ、全身を揉まれた。今度は痛くない。さっきのもこんな風にできなかったものなのだろうか。

 心地が良かったのは最初だけでだんだん飽きてきた。

 いつまで続くんだろうか。

 永遠に続くかに思えたが、ようやく終わったかと思うと、髪を解かされて、結い上げられた。結構引っ張られて痛かった。その後化粧をすると言って、顔中を揉まれたり、塗りたくられたりした。顔がベタベタする気がして心地が悪い。

 「では、髪飾りとドレスをお選び下さいませ。」

 フィーアの目の前に見切れないほどのドレスが並ぶ。どのドレスも信じられないほど豪華だった。

 「ええと、私はこの後出かけるとか?」

 「いいえ。お出かけにはなりません。旦那様との晩餐用です。」

 晩餐。夜ご飯か。今までの下りは夜ご飯を食べるための準備だったのか。

 「あの、好みとかよく分からないの。あなたが選んでくれない?」

 「では、お若いですので、桃色のドレスはいかがでしょう。可憐さが増しますわ。」 

 侍女は自信ありげに微笑んだ。フィーネの好きな色だ。

 下着だと言って、白いリネンの服を着たまでは良かったが、コルセットを締め上げられて、フィーネは内臓が口から出るかと思った。そんなに力一杯絞めなくてもいいと思う。

 「最初はこれくらいにしておきます。他のご令嬢はもっと絞めてますよ。お嬢様もじきになれますからね。」

 悪気はなさそうだが、フィーネにそんな日は来るのだろうか。

 「さあ、できましたよ。」

 メイド達がフィーネの前に大きな鏡を持ってくると、フィーネの機嫌はすっかり直った。

 美しいドレスを着て、熟練メイドの化粧を施したフィーネは随分垢抜けて、美しく見えた。

 


               ※


 屋敷に着いたのは、昼過ぎだったが、もう辺りが暗くなっている。まもなく晩餐らしい。半日近く身支度をしていたのか。フィーネは驚いた。

 「やあ、見違えたね。」

  シレノスが優雅に微笑んだ。シレノスも昼の服装とは違う。昼の服もフィーネから見て、立派な仕立てだと思ったが、今の服装は刺繍や宝石に彩られていて、別格だった。

 食事も見たこともないものばかりだったが、信じられないくらい美味しかった。フィーネは素直に食事を楽しんだ。

 「前から思っていたんだが、フィーネは所作が美しいね。」

 「あ、ありがとうございます。」

 「フィーネ、敬語。」

 そうだった、フィーネはシレノスから、話す時は敬語を使わないように言われていたのだ。家族として親しく過ごそうと言われた。フィーネも喜んで受け入れたが、今まで見たこともないような光景を目の当たりにすると、つい萎縮して言葉が丁寧になってしまう。

 「ごめんなさい。お兄様。」

 シレノスは満足したように微笑んだ。

 「フィーネは作法を教わったことがあるのかな?」

 「ええと、作法と言えるかは分からないけど、ママは、食事の仕方やお辞儀の仕方にうるさかったわ。」

 「そうか。では、勉強は?したことがある?」

 「うーんと、ママとパパに教わったくらい。」

 「なる程。ではそのような教師を用意しよう。」

 「教師?」

 「ああ、私達は家族だ。でも。我が家は古い家系だからね。君は公爵令嬢になるのだから、色々な集まりに呼ばれるし、中には気が進まなくても顔を出さなくてはいけないような集まりもある。そこで、作法にない行いをすると、心無いことをいう者もいるからね。フィーネのためにも作法を学ばまくてはね。」

 「そうなんだ・・・。」

 フィーネは早くも挫けそうになっていた。

 「しかし、フィーネの所作や発音が美しいから、思ったよりも順調に進むかもしれないね。この分だと、王宮舞踏会で今年中にデビューできるかもしれない。」

 「デビュー?」

 「ああ。社交界デビューだ。国王陛下に拝謁して、社交界の一員となるんだよ。」

 「国王陛下に拝謁?」

 「作法をきちんと学んでからだけどね。」

 アランに会えるということか。何がなんでも頑張らないといけない。フィーネはそうおもった。

 

            ※


 次の日からフィーネの授業は始まった。

 朝起きる時間、朝食の時間、作法の授業、国歴史の授業、夕食の時間、入浴の時間と、一日にのスケジュールがびっしりと詰まっている。

 小さな村で朝日が昇ったりババ様に起こされたら起き、夜は読書する以外何もすることがないので、眠たくなったら寝ていた生活をしていたフィーネには慣れないことばかりだ。ずっと一人で過ごしてきたフィーネにとって、常に誰かがそばにいるというのも息苦しい。

 孤独と無為が辛いと言って村から出てきたのに、今度は逆のことで苦しくなってる。フィーネは自分がこんなにワガママだったのか。と落ち込んだ。

 フィーネはシレノスと旅の間と屋敷に来た晩食事を共にしたが、それ以降めったにシレノスには会えない。一週間に一度会えるか会えないか。という程度だった。シレノスが一緒に暮らそうと言ってくれた時、フィーネはてっきり両親やアランと暮らしていた時のように、毎食を共にして今日あったことを話し合ったり、出かける時や帰ってきた時は挨拶しあったりするものだと思った。貴族にとっては普通のことらしい。貴族は大きな屋敷に住み、屋敷の中でも公私を使い分ける。広大な屋敷では、他の家族がどんな生活をしているかを生活音で感じとることはまずない。シレノスに会えなくても、フィーネは常に使用人に囲まれている。使用人は親切で、常にフィーネの要求を先回りしてくれるが、仕える立場であるという姿勢は崩さない。村で家族や知り合いの老人達と気兼ねなく暮らしていたフィーネにとっては、窮屈な関係に感じた。

 「誰かといても寂しい。なんてこともあるんだね。」

 フィーネは大鷹のアルルに話しかけた。アルルはフィーネを慰めるように、フィーネの肩に乗った。アルルは屋敷に来てから、使用人達に良質な肉を与えられて、町中を飛び回っているらしい。鷹に驚いていた使用人達も、今ではすっかり慣れている。アルルの方がフィーネよりも都に適応しているようだ。フィーネは情けなくなった。

 フィーネは王城を見上げた。屋敷からは王城がよく見える。何もやりようがなかった時とは違う。シレノスのいう通りに学べば、アランに会えるのだ。

 アランもフィーネのような孤独を感じているのだろうか。それとも、婚約間近の恋人と楽しく過ごして、フィーネのことなど忘れているのだろうか。

 

              ※


 「お嬢様。休憩はそろそろ。次の授業は、作法の時間が終わったので・・・。」

 作法というからには、歩き方やお辞儀の仕方を学ぶのかと思ったがそうとも言い切れないらしい。最初はそんな授業もあったが、今はひたすら国内貴族の名前を覚えたり、身分の序列の順ばかり学んでいる。

 最初は面食らってばかりだったが、それによって、立つ位置や振る舞い方が違うらしい。なんともややこしいことだが、フィーネは公爵令嬢なので、大抵の貴族よりも身分が高い。よって、挨拶は受ける側に回るので、まだましな方なのだそうだ。貴族にも色々あるらしい。

 「お嬢様、次は歴史の授業ですね。」

 「そうなの。」

 フィーネの声が明るくなった。フィーネは作法の授業が苦手だった。村で暮らしてきたフィーネには作法の必要性は学んでいても実感は湧かない。

 それに対して、歴史の授業は好きだった。フィーネの家にも神殿にも本はたくさんあったが、フィーネは物語が好きだった。空想小説も、恋愛小説も好きだったが、歴史小説も好きだったのだ。だから歴史を学ぶことは楽しかった。


     

                ※



 我が国、アルヴィース国は、アルヴィース神が作った国だ。神は気まぐで、そして残虐だった。人間に豊富な食べ物を与え、知恵を与え、自然が豊かで豊富な資源がある大国であるアルヴィースを作った。アルヴィースは自然が豊かで資源が豊富である。そして、周りを高い山脈と海に囲まれ、攻めにくく守りやすい。しかし、気まぐれな神は、感情の起伏が激しかった。神の感情の起伏によって、国には多くの地震が起き、津波が起きた。

 そして、アルヴィース神は、新しいものが好きだった。500年に一度、人間に飽き、地震と津波で国ごと沈めてしまう。500年に一度は、国中が沈む大地震と津波を起こした。

 その後、アルヴィース神はまた新たに生き残った人間に食べ物を与え、知恵を与え、新しく国を作り直させるのだ。それを何度となく繰り返した。

 ある時、また500年の周期がやってきた。その時の王妃は、清らかな心と美しい容姿をもち、魔法が使える偉大な王妃だった。その王妃が身を投げて国の存続を願った。王妃の無私の献身に心打たれたアルヴィース神は、地震と津波を、国が滅びない程度に留めた。

 それからもアルヴィース神の感情の起伏に応じて多くの地震が起き、500年に一度はその中でも大きな地震と津波が起きる。

 しかし、その度に王妃が身を捧げることで、被害は最小限に抑えられ、国は存続している。


              ※


 国では誰もが知る建国譚だ。よく考えれれば神は理不尽だし、王妃は可哀想だが、建国譚なんてそんなものだろう。

 「これは、神話に過ぎませんが、まあ、我が国の事実を示していますな。まず、自然が豊かで資源が豊富なので、土地神を信仰しやすい。という点です。そして、我が国の土地は、本当に500年に一度大地震と津波で、国が滅びていたようですな。」

 フィーネの歴史の教師は随分高齢なおじいさんだった。村では高齢者に囲まれてきたので、フィーネはこのお爺さん先生と話すと少し安心する。だから、気後れすることなく質問できた。

 「ようですっていうのは?」

 「なんせ国が滅びるほどの大災害です。記録も無くなっているものが多くてですな。」

 「今はそうじゃないのね。」

 「左様です。我が国では、地震の対策の学問が発達し、それが非常に尊ばれます。耐震性のある建物が研究され、何より、津波には大堤防がある。これがあれば、津波は500年に一度の津波以外でもなければ、止めることができますし、500年に一度の津波も被害を少なくできます。それでも痛ましい被害ですが、国が滅びるほどではないというわけですな。我が国では地震対策の学問が非常に尊ばれます。王家の人々も学問の第一人者で、国王はその最大の庇護者です。炎を使って鉄を操り、堤防を補強し続けてきたので、炎の王家とも呼ばれておりますな。」

 「500年に一度の津波は堤防では止められないの?」

 「ええ。残念ながら。堤防は蟻のひと穴で決壊する。大きな堤防になれば、穴があく可能性がある部分も増えるという訳ですな。そして、高い場所の欠損はとても人の手では塞げないのですよ。それが蟻のひと穴ほどのものでもですな。過去何度も研鑽を繰り返していますが、500年に一度の津波では、堤防の一部が崩れて被害が出ています。それでもですよ、国ごとなくなるということはない。これは我が国の叡智です。特に現国王陛下は天才ですし、研究者達を保護している。今後は堤防も耐えられるかもしれませんな。それに、伝説では1000年前の王妃は津波を止めてみせたとか。その王妃はグレーデル家出身です。お嬢様の先祖ですな。」

 かの伝説の王妃を輩出したことで、グレーデル家は水の一族と称されて繁栄しているそうだ。

 それにしても、先生も魔法に夢を持っているらしい。魔法で津波を止めることなどできない。

 アランのことを褒められてフィーネは嬉しかった。アランはフィーネよりもずっと賢かった。パパの難しい本をスラスラ読んでいた。パパとアランは何やら難しい話をしていて、フィーネにはよくわからない話ばかりだった。

 アランは村から出る時、地震のことを勉強したいと言っていた。勉強を続けられているみたいだ。それだけじゃなく、勉強したいと言っている人の保護もしている。フィーネは誇らしかった。

「なんだか怖い。パパもママも地震で死んでるの。」

「それは痛ましいことです。5年前の地震ですな。あれは500年周期のものではなかったが、大きな地震でしたな。国でも多くの死者が出ている。ですが、あれはごく珍しい例です。500年に一度の地震は後何百年もきませんぞ。」

「私が生まれる少し前に起きたのよね。」

「そうです。だからお嬢様が生きている間どころか、孫の孫の孫までは起きませんな。でも、貴族たるもの、長い歴史を繋がなくてはなりません。後世のためにこうして我らも学んでいるんですぞ。」

 長い歴史がアランまで繋がって、アランの業績が将来へ繋がるのだろう。アランは本当に国王なのだ。今更ながらフィーネは実感した。アランに会いたかった。でも、アランはフィーネに会いたいと思っていないかもしれないのだった。

 

 

 

 


 



 







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