2、やってきた少年騎士
2、聖地にて
フィーネはこのやり取りを、アランがフィーネに結婚を申し込んでくれたと思ったのだ。普通そう思うだろう。
フィーネはアランの帰りを待っていた。
アランが村から出た次の年、隣町に野菜の交換をしに行った村人が、隣町から号外をもらってくるまでは。
号外には、国王と皇太子の崩御したこと。その他の王族も亡くなっているか高齢であること。新しい国王には、死んだ国王のご落胤が即位する。聖地アプサラスで密かに育てられた王子は弱冠16歳だが、美貌と才能を兼ね備えた男である。名前はアラン。自分が王子だということを知らずに育った。母親の身分は低いが、その美貌と才能から、都中の令嬢が新しい少年王に恋焦がれている。うち最も身分が高く、美しい令嬢と婚約間近である。とあった。
号外にはアランの絵姿、そして傍に美貌のアランに引けを取らない大層な美少女の絵姿が載っていた。
フィーネはまずは驚いた。アランは貴族ではなく、王族だったのか。だから、跡取りを探して大層な貴族がこんな辺境までやってきたのか。そして、アランが村に来た時に憔悴していたのは、跡取り争いに巻き込まれたからであったのか。村で過ごしていたフィーネには想像することしかできないが、物語の中では跡目争いは凄惨に描かれている。
そして、
「婚約間近?」
フィーネの声が低くなった。私と結婚するんじゃないのか。都に行った途端、美人の大金持ちに乗り換えるつもりなのか。
フィーネは腹が立った。でも、どこかでアランを信じていた。というか信じたかった。
アランは、この号外にもある通り、自分が先代国王の落胤であることを知らなかったのではないか。フィーネとは真剣に結婚するつもりだったのではないか。そして、落ち着いたら、いつかの馬車にのって、フィーネを迎えに来てくれるのではないか。と。
しかし、号外に載っているアランに寄り添う美少女の存在がフィーネを打ちのめした。
アランは人間離れした端正な美貌の持ち主だが、美少女もそれに勝るとも劣らない。何より、家柄も良く、自信に溢れていた。きっと王妃に相応しい教養の持ち主なのだろう。ただのお金持ちならともかく、王妃ともなれば、美貌はともかく、家柄や能力、後ろ盾が求められるのだろう。
アランがフィーネを想っていてくれても、アランとフィーネが結婚するのは難しいかもしれない。でも、お互いが想い合っていればいつかは結婚できるかもしれない。
フィーネは毎日期待と不安に押しつぶされそうだった。
そんな時、村に立派な馬車が来たのだ。
アランを迎えに来た馬車には劣るが、それでも充分に立派な馬車であった。
フィーネは思わず期待した。
アランが会いに来てくれたのかもしれない。いや、国王のアランがこんな辺境に来るのは難しいかもしれないから、フィーネを迎えに来てくれたのかもしれない。そうでなくても、手紙なり伝言なりを、フィーネに届けてくれるに違いない。
フィーネはアランも両親もいない生活が寂しくて、不安で仕方がなかったのだ。
馬車から降りてきた男は、身なりのいい、丁重な物腰の男だった。
「失礼。フィーネ嬢でいらっしゃいますな。私はさるお方の使者です。私の主君の名前は決して言えません。ご理解下さい。」
「ええ。そうでしょうね。」
「私は、さるお方から、フィーネ嬢に伝言を預かっています。」
フィーネは思わず息をのんだ。
「フィーネ嬢とその両親が住んでいた家を建て直す。その際の家の形状、大きさ、内装、家具に装飾品に至るまで、全てフィーネ嬢の希望を叶える。これがわが主君の伝言です。」
「え?」
「金銭のことも工事の手間のことも一切気にしなくて構いません。フィーネ嬢の好きなものを好きなだけ揃えて下さい。」
「他に、他に伝言はないんですか?なんでもいいんです。元気にしてるかとか、どう過ごしているかとか。」
「先ほども申し上げました通り、主君についてはお名前も含めて一切お答えできません。」
「そんな。」
フィーネは愕然とした。フィーネの大切な思い出は、フィーネが人生で一番幸せだった日の思い出は、アランとフィーネが心から想い合って、結婚を約束した日ではなかったのか。今や国一番の権力と財力を持つアランが何も持たない可哀想なフィーネに家を恵んでくれるという約束だったのか。
フィーネは、頭ではアランと結婚することはもう難しいと分かっていた。でも、心のどこかでアランを信じていたのだ。アランが貴族の美少女と結婚するとしても、その前にアランはフィーネに会いに来ると思ってたのだ。フィーネに会って、フィーネを心配してくれると思ったのだ。フィーネがアランを心配したように。
「本当にアランが言ったことなんですか?信じられない。アランに会わせて下さい。」
「何も申し上げられないと言ったはずです。それに不敬ですぞ。」
フィーネは思い知った。フィーネはアランに会うことも、会いたいということもフィーネの力ではどうにもできないのだ。
「いりません。何もいりません。」
「は?困りますな。何か言って下さい。」
フィーネは駆け出した。
狭い村の中だ。駆け出した所で、フィーネに行く場所なんてない。
フィーネは瓦礫の前にいた。フィーネとフィーネの両親とアランが住んでいた小さな家だった瓦礫だ。
地震の後、老人とフィーネだけの村では瓦礫を片付けたり、家を建て直すことはできなかった。だからと言って、フィーネはほとんどお金を持っていないので、隣町から人を雇うこともできなかった。狭い村の中ではどこにいてもこの瓦礫が目に入る。守ってくれる両親も、一緒に過ごしたアランももういないのだとこれを見ると思い知らされていた。でも、アランが約束してくれた後は、ここを見ると、フィーネは幸せになることもあったのだ。アランとの家はこんな風にしようとか、アランとこんな風に生活しようと思わせてくれた。約束だけでフィーネは幸せだったのだ。
※
「またさぼってるのかい。」
しわがれた声にフィーネが振り向くと、いつの間にか後ろに小柄な老婆がいた。
「ババ様。」
村ではババ様と呼ばれる聖地の大巫女だ。
「男の言うことをいちいち信じるんじゃないよ。特に、俺はいつか大物になるっているのと、いつか何かを買ってやるとかそういうのはね。」
ババ様は相変わらす繊細さがまるでない。
「少なくともその2つは本当だったわ。」
国の最高権力者になったのだし、約束通りフィーネに家を建てようとしている。いつか想像したより、ずっと豪華な家も建つだろう。
「じゃあいつか結婚しようとでも言われたのかい。」
その通りだった。
フィーネは何も言えなかった。
「もう忘れな。それがあんたのためだよ。」
ババ様は意外と優しくフィーネに言った。
「ババ様は都に行ったことある?」
「ああ。随分昔のことだがね。」
「美人はたくさんいた?」
フィーネは号外の絵姿の美少女を思い出していた。
「そう落ち込むんじゃないよ。あんただってそんなに悪くない。魔法だって使えるじゃないか。でも、あいつとはもう住む世界が違うんだ。もう会うことはない。忘れな。」
ババ様の言う通りだった。
フィーネは生まれてからずっと村に住んでいて、他の場所のことなんて知らない。都のことは本で見ただけ。そもそもどうやって都に行けばいいのかなんて見当もつかない。両親もいないし家もない。まとまったお金もない。都に行ったとしても、アランは国王だから、臣下とか警備とか色んな人に囲まれているんだろう。国王にどうやって会うかなんてフィーネには見当もつかない。
「もう放っておいてよ。」
ババ様はフィーネを心配そうに見つめた。ババ様は魔法の力でりんごをフィーネに投げ渡した。ババ様の魔法の気配がする。
「なあ、りんご食うかい?」
「いらないわよ。」
林檎でごまかさないでほしい。フィーネはもう子供じゃないのだ。
ババ様は困った顔をしていた。ババ様なりにフィーネを慰めようとしていたらしい。
「嘘。ありがとう。」
「でもババ様もりんご好きでしょ?半分つにしよう。」
「いや、いいんだよ。全部食べな。」
フィーネは少し悩んだ。りんごは好きだが、食べれば辛さが忘れられる訳ではない。そして、ババ様のものをとってまで食べたいわけでもない。
でもそれを言うと、フィーネを慰めようとしたババ様を傷つけてしまうかもしれない。
「ありがとう。たくさん食べれて嬉しい。」
ババ様はほっとした顔をしていた。
フィーネのパパが言っていた。林檎と月は同じものだって。どちらも地面と引き寄せあっているんだって。その話を聞いたフィーネはロマンチックだと思っていた。でも、実際は随分違うと思う。林檎なら手に取れるけど、月なんてどんなに頑張っても手が届かない。それにそれを言っていたパパももういない。
フィーネはその後も家の立て直しを固辞し続け、瓦礫だけ片付けるよう頼んだ。貴族は了承したようにも思えたが、しばらくしてからフィーネの家があった場所に、赤い屋根と白い壁の小さいが無駄に豪華な家が建てられていた。
「いや、礼など不要ですぞ。」
貴族は得意げだったが、フィーネはもう相手をするのが面倒になっていたので何も答えなかった。
赤い屋根と白い壁の家か。アランが建てようと言っていた家と同じ色だ。
フィーネは物語を読むことが好きだった。家には父の集めた本がたくさんあって、中には絵本や小説もあった。フィーネが好きな絵本に赤い屋根と白い壁の家が描いてあって、その絵本をアランと何度も読んでいた。アランはそのことを覚えてたのかもしれない。フィーネは淡い期待を抱いた。
いや、そうでないのかもしれない。赤い屋根と白い壁の家なんて、そんなに珍しいものではないのだろう。単に使者が適当に指示しただけかもしれない。なんにせよもうフィーネはアランには会えないのだ。確かめようのないことをずっと考えることは辛かった。
立派な家ができたのだからフィーネは神殿での下宿をやめて家に住もうとした。しかし、村にもフィーネにも似つかわしくない立派な家の居心地は悪かった。
昔の家には両親とアランと暮らしていて、新しい家はアランと暮らすはずだったのだ。フィーネは立派な家にいると、あったかもしれない未来のことをずっと考えすぎてしまって、よく眠れなくなった。
結局フィーネは神殿での下宿を続けることにした。ババ様も爺様達も何も言わずに受け入れてくれたことだけが救いだった。
神殿の狭い部屋の中で、窓の外を見る。村は峻厳な山に囲まれていて、どこを見回しても高い山に囲まれている。小さな村に閉じ込められているみたいだ。今までずっと住んでいた場所なのに。フィーネは村にいることが窮屈で、息苦しく感じて、どこかに逃げ出したくなった。でも、どこにも行くところはないのだということをフィーネは分かっていた。
※
「まだ寝てんのかい。いい加減におし。」
ババ様の声は朝から大きい。
「何よ。ちょっと寝過ごしたけど、そんなに怒ることないじゃない。」
「何言ってんだい。今日は畑の仕事があるって言ったろ。さっさとおし。」
「分かってるし。ちゃんと行くわよ。そんなに急ぐことないじゃない。」
「余計なこと言うんじゃないよ。ああ、アルルをちゃんと連れて行きな。忘れるんじゃないよ。」
フィーネはババ様に憎まれ口を叩きながら着替えて支度をした。空に向かって口笛を吹くと、大きな鷹がフィーネの手元にやってきた。アルルだ。アルルはフィーネよりも年上の鷹で、母のものだった。母が死んだ後、フィーネが世話をしている。
「アルル。おはよう。じゃあ行こうか。」
フィーネは両親が死んだ後、ババ様の手伝いをする代わりに、食事や小遣いをもらっていた。今日の仕事は、神殿の畑の木になった果物の、高い木になっているものは爺様達では取れないので、フィーネが魔法で取ること。畑の果物を小鳥が食べようとするので、アルルに小鳥を追い払わせることだ。
昔からうんざりするほど何度もやった仕事だ。フィーネはのんびり畑に向かった。
フィーネは18歳になっていた。
※
畑に行くと小さな男の子が畑のそばに倒れていた。年齢は10歳くらいだろうか。
アランが村に来た時と同じくらいの背格好に見えた。フィーネはアランのことを思い出して、思わず声を掛けた。
「ちょっと。あなた。どうしたの?」
フィーネは思わず声をかけた。
少年は、少しだけ目を開けると、ぐっと痛みに耐えるように体を丸めた。
「喉が渇いて、、。」
アランに比べて随分素直だ。フィーネはひとまず少年に水を分けると、少年はひとごこちついたようだ。
「いや、面目ない。思った以上に遠かったんです。ここが最果ての聖地ですか。なんて神聖な。」
少年に悪気はないのだろうが、フィーネは自分が住んでる村を最果て呼ばわりされてなんとなく気に入らなかった。
少年は金髪に大きな茶色の目をしていた。なかなか整った顔立ちで、身なりが良かった。もしかしたら貴族なのかもしれない。
「ありがとうございます。僕の名前はラーン。騎士です。グレーデル公爵家に騎士として代々仕えるガラール男爵家の当主であります。」
少年はまだ小さいのに、大人のような言葉遣いをする。それにしてもこの少年も貴族だったのか。
「若いのに当主なんてすごいのね。」
「父が地震で早逝したんです。私は当主として功績を立て、家族を養う所存です。」
この少年も親を地震で亡くしているのか。それでも家族を養おうとしているなんて立派な子だ。フィーネとは大違いだ。
「私はフィーネよ。」
ラーンは立ちあがろうとして、顔を顰めて足を庇った。
「痛いの?」
「ええ。ここに来たときに落馬したんです。道が悪くて、、、面目ない。」
フィーネが見回すと、畑の向こうに馬がのんびり歩いていた。
「貸して。治してあげる。」
フィーネは集中し全身の力を左胸にこめると、その力を手に移した。フィーネの手が淡く輝く。フィーネが輝く手をそっとラーンの痛がっている足に添えると、ラーンの足の腫れが徐々に引いていく。
「これは、、まさか魔法ですか?」
「ええそうよ。」
都会では魔法は珍しいらしいと聞いたことがある。
「なんて奇跡だ、、。なんとお礼を言ったらいいか。」
ラーンは足を地面につけて直立しようとした。
「って痛っ。」
「やだ、ダメよ。何してるの?」
ラーンは地面に足をつけて体重を乗せようとして、また痛めたらしい。
「魔法ってなんでもできるわけじゃないわ。今はラーンが痛がっていたから、痛みを引かせるために、ラーンの足を少し元気づけただけ。ちゃんとお医者様に見てもらわないとダメよ。」
フィーネは魔法が使えた。街では魔法は珍しいらしいが、村で魔法が使えることは決して珍しくない。その中でもババ様とフィーネは魔法が得意だった。他の住人は全員年寄りだからだろう。
「そうなんですか。てっきり、魔法が使えれば山を動かせたり、大雨を降らせたり、死んだ人を生き返らせたり、瞬間移動ができたりするんだと思ってました。」
「いや、夢を壊して悪いけど、そんなことできたら私はとっくに都に行ってるわ。なんていうかな。魔法って、手じゃなくて心で動かすの。心でものを違う場所に動かしたり、活性化したりさせるのよ。だから高いところのものを取れたり、怪我の痛みを和らげたり、後は、そうね、仲のいい動物とは少し心を通じ合わせることができるけど、そのくらいよ。」
「うーん。そんなことができるなら、やっぱり心で山を動かしたり、怪我が一瞬で治ったりしそうなんですが。」
「いや、無理よ。だって、力持ちの大男でも、山を動かしたりできるわけじゃないでしょ?お医者様だって、病気の仕組みを勉強して、その範囲でしか病気は治せないんじゃない?」
「では、力をどこかに溜めておいて、一気に使うとかそういうことはできないんですか?」
「できなくはないわ。でも、なんていうかな。力を貯められるものって限られてるのよ。それに疲れるし、やってる人は村にはいないわ。」
「他の人の魔法は分かるんですか?」
「同じものに魔法をかけようとすればね。魔法って人それぞれだから。」
「ふーん。そういうものなんですね。」
ラーンは分かってくれたようだ。それにしても、街ではほとんど魔法は使われないと聞いたことがあるが、魔法に夢を見過ぎだと思う。
かくいうフィーネも小さい時、物語の魔法使いは本で箒に乗って空を飛んだり、異世界に転移したり、箪笥の中を進んでいくと妖精がいる国に行けたりするのを読んで、自分も大きくなればきっとできるようになると思ったことはあるのだが。
「それにしても、聖地アプサラスに若い巫女がいるとは知りませんでした。」
「ええと、私は巫女というわけじゃないのよ。あの、地震で両親が死んで、家も壊れてしまって、それで神殿に住まわせてもらうことになったの。代わりにババ様、大巫女さまの手伝いをしているのよ。」
自分で口に出してみると、なんとも情けない身分だ。アランやラーンとは大違いである。
「それはお気の毒です。」
ラーンは困った顔をした。
「やだ、いいのよ。それにしてもあなたは?何しにきたの?迷いこんだってわけじゃないんでしょう?」
この村にはまよい人すら滅多にこない。
「ええ。私は家族のために功績をあげるため、とある姫君を探しています。さる貴人の遺児です。わが主君のため、ひいては国のために姫君を保護すべく、国中を探しております。」
惜しい。姫君じゃなくて王子様ならいたのだが。
「お心当たりはないでしょうか。お年は36歳になるはずです。」
思ったより随分年上の姫君だった。そしてフィーネにはかすりもしない。
「ええと、残念だけど、ここには私以外は老人しかいないの。旅人が立ち寄ることもほとんどないのよ。だから知らないわ。」
少年は目に見えて落胆した。フィーネは少年が気の毒に思えた。数年前なら王子様がいたのだが、、。
「そうでしたか。では出直すことにします。」
少年はまた歩こうとして、怪我をした足に体重を掛けた。
「痛っ」
フィーネが体を支えた。
「もう、怪我は治ってないって言ったでしょ。痛くないとつい動かしたくなるから。気をつけないと。」
「ええ、ありがとうございま・・・。」
ラーンとフィーネの顔が至近距離に近づく。ラーンは幼なげな顔立ちだが、驚くほど整った顔をしている。ラーンはフィーネの瞳を見ると、フィーネの両腕を掴んだ。思ったより強い力で腕を掴まれたのでフィーネは思わずたじろいだ。
「眼。」
「え?なに?」
「あなたの目。青じゃない。・・・。紫ですか?」
「ええ、そうだけど?」
ラーンは大きく目を見開き、手にさらに力を込めた。
「両親はお亡くなりだと言っていましたね。母君は?母君の眼も同じ色でしたか?」
「ええ。そうだけど・・・。」
ラーンはよろめいた。
「ねえ、大丈夫なの?お医者様のところに行きましょう。神殿にいるのよ。」
「いえ、結構。私にはやらなくてはならないことがあるのです。」
ラーンはフィーネが止めるのも聞かず、足を引きずりながら器用に馬に乗り上げた。
「ありがとうございます、お礼は必ずします。」
ラーンは手綱を取り、隣町への道に進んでいった。
「何だったのかしら。」
フィーネは不可解に思った。
フィーネ夢みがちだった。老人ばかりのこの村で、ずっと本ばかり読んでいたから冒険小説や恋愛小説に出てくるようなことがいつか自分の身にも起きないかとずっと空想していたが、あの少年も同類なのかもしれない。
フィーネは空を見上げて想像した。フィーネが物語に出てくるような魔法使いだったら、箒に乗って、街まで行ったり、都に行ったりしただろう。それか、瞬間移動でアランに会いに行った。家だって魔法で建て直した。というか、そもそも魔法で家が壊れないようにした。それに、両親が死なないようにした。
それか、恋愛小説のように、アランが迎えに来てくれて、妃にしてくれるとか、アランが国王になるのをやめてフィーネと一緒に暮らしてくれることを想像した。
フィーネの想像は空の青さに吸い込まれて、ただ静かな空気だけが残った。