第8話
エンジン音が響く。
「おーっす兄貴! なにもなかったぞ」
カツオたちが戻ってきた。
「だよな。この辺は警察のパトロールのコースだし、なにかあればゲートを守ってる自衛隊が気づくだろうし」
ゲートは本土の警察官と自衛隊が守っている。
からかうとお仕置きではすまない。
ここはガチの場所なのだ。
「あえて言うとエルフがうろついていたくらい」
「エルフか……珍しくねえな」
エルフは特に珍しくない亜人である。
人間種との違いは耳が長い程度。
人間と比べて美形が多く、老化が穏やかであると言われている。
その分、体のつくりが華奢で怪我が重症化しやすく死にやすい。
その代わり魔力が多く、体を守る様々な魔法が使える。
門が開いた当初こそモデルにタレントにと大活躍だったが、一年で飽きられ今は普通の労働者が多い。
(むしろタレント業なら現在ではオークの方が活躍している)
カツオたちと同じように暴走族やってるアホの子も多く、その辺をうろついてるのを目撃することは珍しくない。
弓が得意だが、公式大会の出場は未だ認められていない。
「髪の色が黒だったからハーフエルフかも」
「子どもか?」
「大人だと思う。大学生くらいかな」
それは珍しい。
日本では他種族とのハーフ。
ハーフエルフはエルフ全体の新生児の三割くらい。
珍しくない。
だがそれはここ8年の傾向だ。
8歳より上のハーフエルフはとてつもなく珍しい。
女神教を信仰するエルフ側の純血政策で、ハーフエルフの虐殺が行われていたからだ。
明らかなジェノサイドで国連レベルの問題になっている。
そんなハーフエルフの子どもたちをかくまっていたのが、ダークエルフ。
または闇エルフと呼ばれる氏族である。
彼らは無宗教のためハーフエルフを哀れに思って仲間として迎え入れた。
そのためかダークエルフは異端として弾圧されていた。
そんな彼らは日本に亡命し、彼らが養育していたハーフエルフも日本人になった。
それでも20歳近い大人のハーフエルフは百人もいないだろう。
ミッドガルド側への調査で8年間に数十箇所の新生児や子どもの集団墓地が見つかっている。
集団墓地というと丁重にともなわれたように思われがちだが、それらは単に埋められたものであった。
反対した数カ国を除いて、日本を含めたほとんどの国はすぐにミッドガルドを非難した。
8年間をかけて日本政府はミッドガルド側の覇権国家である神聖国に「門の外はなぜ怒っているのか?」や「こちら側では蛮行である」ことを説明した。
そしてこちら側の言い分を理解できる人を増やすために、テレビ番組によるプロパガンダを開始したという経緯がある。
この暗い問題も亜人種をデトロイト市から出せない理由の一つである。
「それじゃん!!!」
賢人はカツオのバイクの後ろに乗る。
カツオがバイクを発進させる。
「フローラ! あとで来てくれ!」
びゅーんっと行ってしまう。
「姐さん、サイドカー乗ります?」
気のよさそうなリーゼント頭の犬獣人の男の子が言った。
「すまんな頼む」
そのままサイドーに乗って不審者のところに。
賢人たちが到着するとハーフエルフが歩いているのが見えた。
皮のマントを羽織りターバンを巻いている。
まるでミッドガルドの住民だ。
たしかにおかしい。
ハーフエルフも含めてエルフは基本的にオシャレだ。
賢人やカツオには絶対に似合わない原色のスーツに黄色いワイシャツなどギリギリを攻めてくる。
ペイズリー柄の赤いシャツにシマシマのネクタイというあり得ない選択肢をあえて選択し、しかも似合っている生き物なのだ。
学生だって地味な学生服に金色のチェーンにシルバーリングゴテ盛り。
それが似合うのだ。
エルフがあんな地味な格好をしているはずがない。
「すんませーん。警察ッスけど。お話して聞いてもいいですか~」
族車に乗ってる警官がいるか!!!
普通ならそう言いたくなるところが、男の反応は冷淡だった。
「警備隊か。散れ。お主らにかまう暇はない」
「兄ちゃん……こいつおかしい……デトロイトで兄ちゃんのこと知らないなんてありえねえよ……」
賢人はデトロイト市の有名人である。
個人的に崇拝されてるし、亜人からしたら困難から救った救世主である。
カツオの言葉を聞いて男は鼻で笑った。
「お前があの勇者か。オークなんかと連んで自分の価値を下げるとは愚かな」
賢人が急に不機嫌になる。
「あん!? あいつは俺の弟だし、連中も弟みたいなもんだ。ふざけたこと言ってると髪の毛むしるぞ」
「は、つき合ってられん。勇者よ。ユニコーンに手を出すな。これは警告だ」
次の瞬間、男の体が光った。
「自爆魔法だと! おい応賀!」
フローラの声が響く。
賢人はパチンと指を弾いた。
光と炎、そして衝撃が一行を襲う。
だがそれは賢人の前に現われた透明の盾によって防がれた。
賢人が常時発動している防御魔法である。
「逃がすかよ!!!」
賢人がバチバチと音を立てながら空間に手を突っ込んだ。
「はい! 髪の毛!!!」
そのまま邪悪な表情で手を引き抜く。
「ギャハハハハ!!! 髪の毛むしってやったぜ!!!」
賢人の手にはハーフエルフの髪の毛がごっそり毛根ごと巻きついていた。
「うっわー! 兄ちゃん! 超高度な魔法でしょうもないことしやがった!!!」
「応賀! なにやってるんだ!!!」
フローラも超高度かつ、あまりにしょうもない応賀の行動に畏怖を憶えると同時にあきれていた。
「転移魔法で逃げやがったから髪の毛引っ張ったら毛が切れて逃げられた。だから嫌なんだよ! エルフの髪の毛!!!」
「兄ちゃん。それ引っ張り慣れてるゴミカスしか言えない発言!!!」
「いやほら、エルフの窃盗犯って多いじゃん。捕まえるときにつかみやすいんだよ。あいつら髪長いし」
エルフやハーフエルフは華々しく活躍するものがいる一方、身を持ち崩すものも多い。
頭の柔らかい若者はモデルになったり資格を取ったりして生活基盤を安定させている。
一方、年を経たエルフ、特に女神教信者は気位が高く、誰に対しても上から目線なため就職が難しい。
さらに女神教をいまだに信じてるようなものはスマホすら満足に使えない。
この日本で生きるにはかなり不利なのだ。
そのため犯罪者になるエルフは社会問題になっている。
とはいえ応賀を怒らせるような犯罪をすることは、埼玉県デトロイト市では死を意味する。
応賀に捕まればその場で半殺しだし、自警団に捕まったら本当に殺されかねない。
なのでせいぜい窃盗が関の山である。
そして応賀捕まって髪の毛をむしられるのである。
「かわいそうだからやめてあげなさい!!! ハゲちゃうから!!!」
フローラもツッコミを入れるしかない。
「それにしても……自爆魔法を使いながら無事に逃げるとは……」
「兄ちゃん、いま話題逸らしたよね?」
「髪の毛は証拠になるな。自爆魔法の衝撃を逃がす手を考えたか、不死身か。それとも命がいくつもあるか……恐ろしい男が現われたもんだぜ」
「真顔で言うな、応賀。白々しいぞ」
「一度帰るか」
「おーい兄ちゃん!!!」
賢人はまるで答える気がない。
ごまかすしかなかったのだ。