第6話
国立大学法人埼玉デトロイト大学。
創立5年の総合大学である。
学生数300万人以上。
頭悪そうな名前なのに世界最大の大学である。
学生のほとんどが亜人種。
世界で唯一の自然科学としての魔法学部を擁する。
ミッドガルド語の習得も可能。
教授や講師は世界中から。
亜人や魔法のテクノロジー目当てに世界中の企業や大学が派遣した現役研究者。
戦地や治安が崩壊した地域にまで喜んで行くような「ガチ」で「ガンギマリ」の学者。
それどころか情報収集のために派遣された軍人、現役外交官、他国の工作員すら入り乱れる状態である。
もちろん政府は黙認。いつもの日本政府である。
創立の目的は異世界の研究と将来を担う亜人種の教育のため。
ミッドガルドの物価水準では学費は激安。というか、ありとあらゆる控除や補助によって、実質無料。
これには異世界移民保護法がある。
要するに「かわいそうな難民だから優遇するよ。どうせ好景気になるし許して。いいじゃんもう仲間なんだし。いいの? 教育しないと困るの日本国民だよ?」というデタラメな法律である。
「コノ先憲法通用セズ」は伊達ではないということである。
身分制限ももちろんない。
重蔵ですら夜間高等部を出ている。
「もうこうなったら行かなきゃ損だろ!」という空気である。
そもそも亜人種が学問に触れることすら難しい。
人間型の亜人でよほど運がいいものだけだろう。
そして亜人種は働き者が多い。
ほとんどの種族が使い潰しの奴隷だったため、働けば適正な給料がもらえるというだけで全力で働く。
そして夜は本来なら高級品の勉学に勤しむ。無料なのにもったいないからだ。
その結果、働きながら通える夜間部や通信学部が人気である。
夜間二部と通信学部だけでも学生数200万人以上を誇る。
……というのが表向きの情報である。
裏では解剖(事前同意あり)、投薬実験(治験のアルバイト)、異種交配実験(法律で定められた三歳児検診)などの黒い噂が絶えない。噂だけである。
さらに魔法を使った数々の実験なども誤解を生んでいる。
そのせいで、かの有名なH・P・ラブクラフトの著作から「東洋のミスカトニック大学」とまで言われる始末である。
そんな大学に二人は来ていた。
「勇者が大学……なにを学んでいるのだ? 剣術か?」
「魔法を回路で制御する方法だ」
魔法という新しいテクノロジー。
当然、既存の技術と組み合わせて制御する方法が模索された。
その中でも最もうまくいったものの一つが集積回路による魔法のソフトウェア制御である。
賢人はプラモデルや電気工作などの細かい作業が好きなのだ。
「すでに我らは魔法の技術ですら後塵を拝するようになったか。ふふ……私には応賀が何を言っているのかすらわからん!」
「こっちでも新しい研究だからな。専門でやってなきゃそんなもんだろ。それでなフローラ。これから教授に会いに行くんだが……クセの強い人だから気を付けろよ」
「なんだそれは! いきなり脅すのはやめろ!」
「俺ですら制御できんのよ……」
あの勇者ですら制御できない学者。
フローラは不安になるのだった。
埼玉デトロイト大学は巨大なビル群である。
大型ショッピングセンターのように一階と地下一階で各ビルが繋がれた形になっている。
一階はモノレール駅とショッピングセンターになっており学部ごとの書店、電器店、魔道具店などのテナントが並んでいる。
地下階は埼玉デトロイト高速鉄道の駅とスーパーマケット。それにレストラン街になっている。
これは意識が高いわけでも、最先端にしたかったわけでもない。
異常なほどの人口密度の土地なのでこう作るしかなかったのだ。
モノレール駅から応賀に案内されて大学に入る。
二階の受付で端末を操作してフローラの入場処理をして中に入る。
フローラはぽかんと口を開けた。
あまりにも……あまりにもミッドガルドと違う。
大学はフローラにもわかるくらいに金のかかった内装だった。
あえて表現するならレトロフーチャーを最新技術で再現したものである。
意識高そうなジャズがBGMでかかっている様はあまりにもわざとらしい。
そこに何万人もの人々が行き交う。
「応賀……日本は……どれほど金を持ってるんだ?」
「ここが異常なだけだ」
「そ、そうか……本当だな! 日本は神聖国を侵略しないな!」
もうこれを見ただけで経済格差は一目瞭然である。
神聖国の人間は「ワンチャン勝てるかも?」と思いがちだが、いまここでフローラの幻想は終わったのである。
「【友人】でいるうちは、な」
応賀は偉そうに言った。
フローラは「別にお前の物じゃねえ」とのどまで出かかったが我慢した。
冷静に考えれば、応賀はこの経済規模の国でも危険人物扱いなのだ。
言うだけ無駄だろう。
わかり合えぬ部分に違いない。
しばらく歩くと。本当に【しばらく歩くと】。まるでダンジョンかのように広い廊下を歩くと。
……さらに歩くと、とある部屋につく。
カードキーで解錠するとノックもせずに中に入る。
「おいーっす。大統領」
「今は【ゲイジ教授】だ。クソガキ」
書類の散乱した汚い部屋の中には、作業着を着た外国人男性がいた。
カイゼル髭&あごひげの紳士。そしてマッチョ。
そのぶん髪は真っ白、顔自体は若々しいが加齢が出ている。
ワイルドで粗野だがどこか気品のある老人だった。
「フローラ。ゲイジ元アメリカ大統領だ」
「待て……応賀。元アメリカ大統領? こちらの覇権国家の?」
「おう、俺が交渉したお偉いさんの一人。知ってるだろ? 亜人種の人権をムリヤリ認めさせた事件」
「そんなの聞いてない!」
フローラは昏倒しそうになった。
バカがいる。
とんでもバカがいる。
勇者のバカさ加減がとどまることを知らない。
知識として知っているのと、いきなり当事者を目の前に出されるのは違う。
「その格好からするとミッドガルド人か。そう驚くなって。取って食うわけじゃねえ。それに、この大学じゃこいつに人質に取られた日本の元首相も元気に学長やってるしよ」
「ガハハハハ! 教授、俺が帰ってきたときに大統領やってたのが運の尽きだと思ってくれや!」
「な、応賀はこういうやつだ。あんたも気を使う必要はねえよ。それでなんの用だ? 応賀、思い出してムカついたからお前落第な」
「理不尽すぎるだろ! それで教授。ユニコーンがこっちに迷い込んだ。死にたくなければ手を貸せ」
「な! ミッドガルドのお嬢ちゃん! 勇者様はこういうやつなんだよ! こいつの後始末押っつけられた俺の苦悩、わかる? 日本政府でどうにもならない部分全部やらされた俺の苦悩わかる!?」
「痛み入ります」
「なー腐れ外道だよな! おい、バカ。こっち来い!」
ゲイジは応賀とフローラを奥に招く。
ノートパソコンを開くとソフトウェアを立ち上げる。
「こいつは魔力だまりを追跡するアプリだ。魔力ってのは空気中に含まれてるってのが定説で、一定の条件下で濃度が変わる。異常に濃い状態を魔力だまりと定義してる。それを表示すると……見ろ、三日前に門の周辺でとてつもなく濃い魔力だまりができてる。てめえのスマホに送っておくぞ!」
「ひゃっほー! やっぱり教授大好き!」
「ったく調子がいいやつだな。先に言っておくぞ。お前絶対に親父さんを悲しませるなよ! そっちのお嬢さんも気を付けてくれよ。イラッとしたらぶん殴っていいから、こいつ」
「閣下。うかがっても?」
「もう『閣下』じゃねえ。ゲイジ教授と呼べ。で、なんだお嬢ちゃん」
「大統領を辞められたのは応賀が原因ですよね? 後悔は?」
「ないな。応賀のおかげで三千万人を救うことができた俺は成功者だ。世界から賞賛されて賞だってもらったしな。辞めた後だって学者として成功したし、核兵器より強い【世界一かわいそうなガキ】の師匠にもなった。世界の平和を守ってるのは俺と愉快な仲間たちだ。ハタチになったバカの管理なんてあとは嫁問題だけだろ。楽勝楽勝。おい応賀! さっさと軍かCIA入れ! 紹介状書いてやる!」
「ふざけんなバカ!」
「だとよ。お嬢ちゃん……頼みがある。このバカにはなるべく優しくしてやってくれ。このバカ、ああ見えて同世代の友達いねえのよ。バカだから!」
「ジジイ! てめえッ」
賢人が抗議するがゲイジはそのまま続ける。
「こいつは亜人種に慕われてる。だがな、ありゃ王として忠誠を捧げられてるんだ。しかも、しょっちゅう殺し屋に襲われてるせいか周りがビビっちまって人間の友だちゼロ! かわいそうだから友だちになってくれ、な? おじさん頭下げちゃう」
「やめろジジイ! 恥ずかしいからやめてくれ! お願いだから!」
「うるせー! 俺はお前に嫌がらせをするためだけに生きてんだ! 若者が老後の楽しみを奪うな!」
「あー! 話にならねえ! フローラ、先に出てるぞ!」
怒鳴ると賢人は逃げるように部屋を出た。
「ゲイジ。わざと怒らせましたか?」
「まあな。あの野郎、定期的に意地悪しねえと俺に迷惑かけたって悩みやがるからな。バカのくせに。10歳のガキが無い知恵絞って3千万人を救ったんじゃねえか。おめえは亜人種に未来をやったんだっての! 少しは自慢しろバーカ! 平和賞もらって喜んでた俺がバカみてえじゃねえか!」
「ふふッ……あいつは愛されてるようだ」
「ふざけんな。あいつが世界を滅ぼすのを見たくねえだけだ! そうじゃなければあんなムカつく野郎なんか……」
「あはははははははは! そんなこと思ってないのに! では失礼する」
「ぐッ! あー、くそ! あのバカに学長のとこに行くように言え! 学生を避難させろ!」
「承知した」
フローラが外に出ると応賀が待っていた。
「学長のところに行けって」
「やっぱり連絡行ってねえか……」
そのまま案内されて上層階にある学長室に向かう。
全100階の50階から大学院用のエレベーターに乗り込み上層階へ。
95階にある学長室へ。
秘書に案内されて学長室に入るとバーコードヘアーのくたびれたおじさんが待っていた。
元日本国首相にして平和賞受賞者の佐藤幸三郎その人であった。
「やあ賢人くん。え、女性!? もしかして結婚の報告?」
「誰も彼も同じこと言いやがるな! 悪いが緊急事態だ」
「ゲイジくんから学内SNSで連絡来たよ。そちらはフローラさんだね。学生を避難させろって言うんだね。わかったよ。今から手続きするね」
「本当だったら本部から連絡行くはずなんだが……」
「しかたないよ。デトロイトの警察は上と下の連携が取れてないからねえ。警察なんて言ってるけど実際は警官の7割は賢人くんの私兵だしね!」
佐藤が笑う。
「佐藤のじっちゃん、ほんと頼むからぁ……」
「あはははははははは! はいはい。いまやるよ」
ノートPCから操作をし、何回か指紋認証をすると机の上にあった赤いボタンを押す。
「緊急事態です! 緊急事態です! 今すぐ地下シェルターに避難してください。二列に並んで避難してください」
「はい、放送完了。私も地下に行くとしよう。さあ、君らも職員専用エレベーターを使いなさい」
秘書も含めた四人はそのまま教職員エレベーターで地下に向かう。
「フローラさん、あなたの友だちでいい人いない? 賢人くんはねえ、ぼくの孫みたいなもんなんだ。それがまったくモテないなんて心配で心配で……」
「じっちゃん、マジでやめて!」
恥ずかしがる賢人を横目で見て笑いながらフローラが答える。
「閣下、我々は自由恋愛が許されてません。紹介するとしても勇者として、名誉伯爵としてです。紹介しても勇者殿の自由を束縛する結果になると思われます。不幸になるだけでしょう」
「そうですか……それは残念」
教職員エレベーターが一階で止まる。
「さあ、お行きなさい」
「いや地下の列車で……」
「迎えが来てますよ」
一階のホールには亜人種が賢人を出迎えていた。