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第5話

 小どんぶりに分けたラーメンをフォークで口に運ぶ。

 すると子どもが笑顔になる。


「おいしー♪」


「親父の作ったラーメンは世界一なんだぞ」


「子どもの扱いに慣れてるんだな」


「デトロイトじゃ子どもは地域で育てるもんだからな」


 当初は不安視された異世界からの移民だが、彼らの努力は凄まじかった。

 働きながら日本語を習得し夜学で義務教育を修了し、様々な職種に就職し、ちゃんと納税する。

 少し前まで奴隷か戦闘員だった人々だというのに日本社会に適応したのだ。

 さらに宗教問題のハードルも低かった。

 異世界の宗教は亜人種の殲滅、奴隷化を教義に掲げる神光教と人類の殲滅を教義に掲げる魔神教しかない。

 そのせいで移住した異世界人の圧倒的多数が日本型の仏教に改宗している。

 ゆえにたった8年で正月は神社に初詣、クリスマスにはケーキを食べて、大晦日は寺で除夜の鐘を聴く、わかりやすい日本人になった。

 その代わり子育ては昭和スタイル。雑。

 世は空前のベビーブーム。

 忙しい共働きの両親にやたら多い子ども。

 行政の助けはあるがそれでは足りない。

 たとえ親の仇と憎みあってるような種族であっても、協力せねばならない現実があった。

 要するに住民の多くは子育てを手伝ったことがあるのだ。


「ままー! おいしいよ!」


「あ、ああ。よかったな……応賀! どうにかしろ!」


「お、おう、なあ、お名前は?」


「ゆうちゃん!」


 元気に答える。


「んじゃ、パパのお名前わかるかな?」


「おうがけんと!」


「あれれー?」


 思い当たりなどあるはずがない。

 賢人はDTである。

 しかもDTであることを街中の連中が知っている。

 むしろ異世界での暮らしを知っている古い住民は「20歳でちゃんと職についてるのに子どもいないのやばくね?」と心配している。

 賢人はモテない……わけではない。

 有名人すぎるのだ。亜人にとってはリアル救世主。

 見合い計画だってある。

 だが各種族の意見の調整に難航し未だに実現に至らない。


「だめではないか! おい、母親の名前を言えるか?」


「おうが・ふろーら・くっころーね」


 次の瞬間、フローラの顔が真っ赤になった。


「お、お、お、お、お、お、お、おまえ……」


「クッコローネ?」


「うるさい応賀! なんだ! こっちの連中は! クッコローネでなにが悪い! 薄い本のくっころ女騎士とか思ったやつ全員叩き斬るからな! 前に出ろ!」


(家名を名乗らなかったのはそれか……。つうか、こいつ同人誌とか読むタイプか)


「応賀……なんだその顔は」


「いや、ミッドガルドでも同人誌って手に入るんだな」


「おまえら日本人のせいだ……」


 ガチガチギリギリと歯ぎしりしながらフローラが声を絞り出した。


「え?」


「お前らがテレビとネットをミッドガルドに持ってきたからだろうが! たった8年だぞ! たった8年で老人は時代劇と刑事ドラマの虜に。中年は連ドラに夢中で。若者はアニメに夢中だ! もうミッドガルドじゃ日本が憧れの地なんだよ! 今度行われる留学事業の応募倍率1万倍っておかしいだろ!」


「お、おう……」


「最初は一休さんだった……みんな喜んで見ていた、次はおしんだった……。そしてボルテスV……。なんだ、あの恐ろしい文化兵器は!!! あっと言う間に貴族の間にアニメファンばかりになった……そう我が家名がいじられるほどに……」


 同人誌は聖王国にも密輸されている。

 聖王国側も取り締まっているが愛好者が多すぎてどうにもならないのが現状である。


「日本のコンテンツが優秀すぎてすいませんな!」


「ああ、そうだ! 私だって大量の漫画を購入するために来た! 一族一同からな! 読むためじゃない! 他の貴族との交渉のためだ! いまや翻訳されてない最新の漫画は同じ重さの金よりも貴重だからな!」


「うわぁ! ミッドガルドとの貴金属の取引が禁止されてる理由わかっちゃった!」


 日本国はミッドガルドとの研究目的以外での貴金属やレアアースの取引を禁止している。

 文明の発展度が違いすぎてどうやっても搾取になるからだ。

 たとえ儲かったとしても他の国家に非難される騒ぎになるのは避けたい。

 それだったら最初から手に入れない方がいい。

 ただコンテンツだけは日本を知ってもらうために輸出している。

 留学生の受け入れも8年間も協議に費やしようやく実現したのである。(日本側が亜人種へのテロを危惧して難色を示していた)


「我が家名をいじったやつは全員死ね!」


「わかった! わかったから! フローラ、それよりなんでこの子が俺たちを親だって言うんだ?」


「ぜんぜんわからん!」


 カオスが場を支配する中、紬がペットボトルをいくつも持ってきた。


「賢人ちゃん。ジュース持ってきたよ。カツオちゃん、おじさんたちに配って」


「おう、なあなあ、ゆう。こいつのことはわかるか?」


 カツオが紬を指さす。


「ちいまま! つむぎちゃん!」


「……ちいままだと! 知らない間に賢人ちゃんとの子どもできてた!」


 興奮した紬の口から炎が漏れる。

 カツオは「やれやれだぜ……兄貴、死ぬなよ」と目で訴えかけるとペットボトルを配りに行く。


「カツオ! 放置か! 兄貴を放置か!」


「きーこーえーまーせーんー!」


「フローラ……助け……」


「ドラゴンと無用な戦闘をするリソースはない」


「ねえ賢人ちゃん。新婚旅行はどこにする? 熱海!? 北海道!? 沖縄!? 紬、秩父行ってみたいなあ!」


「国内ばかり! しかも行けそうな場所が生々しい! 特に最後!!! そうじゃなくて! 待て! ゆう、なんで俺とフローラをパパママって言うの?」


「……わかんない」


「そっかー! わかりませんよねー! フローラタッチ!」


「私に振るな! ゆう、お前の家はどこだ? 住所は言えるか?」


「あのね、あのね。さいたまけん、でとろいとし、でとろいといっちょうめ、ぐれーとでとろいとたわー、ひゃっかい」


【ちゃんと言えたよ! ほめてほめて】という目をしていたので賢人は頭をなでる。

 小さなツノが額から生えている。

 この小さくて無邪気な子どもから頭の悪そうな地名が出てきた。

 そのことが賢人には不思議だった。

 頭をなでていると、スマートフォンを持っていた紬が興奮した声を出した。。


「へー、今度できるモノレールの新デトロイト駅から徒歩一分、100階建てタワーマンションだって。すごーい! 下がショッピングセンター! うっわ、100階は一部屋だけ! 何億円するんだろ……賢人ちゃんすごい! でもおっかしいなあ。賢人ちゃん。グレートデトロイトタワーは来年完成予定だよ」


「ハッ! ……もしかして未来から来た応賀の子ども! マンガで見たぞ!」


 フローラが声を上げた。


「ねーよ。俺の給料じゃタワマンの最上階なんて買えるわけねえだろ。つうかなんで俺がフローラと結婚してるんだよ! ねえよ!」


「うむ、ないな! 万が一、応賀と結婚しても私がこちらに暮らすことはないぞ。跡取りだからな」


 ミッドガルドの貴族は基本的に親の決めた相手と結婚する。

 フローラの場合、婿を取らなければならないので相手は貴族の次男以降になる。

 ゆえに賢人が勇者であるとか、亜人の救世主だとか、アースガルドの平民だとかは結婚に関係ない。

 貴族の当主、亜人種の公爵家の長男というだけでそもそも可能性が「ない」のだ。

 結局、ゆうが何者かわからなかった。


「わからん。しかたない。ゆうは親父に預けて、いったん署に戻ろう。フローラの任務もあるからな」


「悪いな。ゆう、大人しく待ってろ。必ず両親を見つけてやる」


「はい!」


 ゆうはシュバッと手を上げた。


「紬、親父のとこに連れてってくれ。署に言っておく。危ないから外には出るな」


「賢人ちゃん、私ドラゴンだよ。心配してくれるの?」


「当たり前だろが!」


 ドラゴンは亜人種の中でも最強種である。

 それでも賢人には守る対象なのだ。

 紬はとろけそうな笑顔になった。


「うん! ゆうちゃん。ちいままといようね!」


「はーい!」


「応賀、次はどうする? 署に戻ってもユニコーンを探せるとは思えんぞ」


「大学に行く。異世界がらみならあそこが一番詳しい」

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