第4話
【じゃ、あらためて。応賀賢人だ。それであんた……聖王国がなんの用だ?】
【フローラと呼べ。それがな。ユニコーンがそちらに迷い込んだ】
【……緊急事態じゃねえか】
ユニコーン。
幻獣種。
角の生えた馬と言われているが諸説あり。
生態は謎に包まれている。
ミッドガルドの神話や民話に数多く登場する。
幸運をもたらすが、過度な幸運は受け取ってはならない。
死よりつらい結末に至ることだろう。
この言葉の意味は永らく議論の的だった。
だが近年、信頼できる資料が発見された。
それは聖王国の大神官がユニコーンに接触したときの記録である。
資料によるとユニコーンは強力な現実改変能力を持つ。
ただしユニコーン自体は現実改変能力を持っていることに無自覚。
無自覚なため現実改変が良い方向に向かうとは限らない。
力を使わせないこと。
それがユニコーンという生き物である。
現実改変の効果範囲は不明。ただ国を滅ぼしたというおとぎ話が存在する。
なおその姿を確認したものは誰もいない。
ただその恐ろしさは「悪いことするとユニコーンが来るよ!!!」と親に刷り込まれている。
(なお今では「悪いことすると勇者とユニコーンが来るよ!!!」である)
また日本からの調査員が接触したとされる資料は存在する。
だがその内容は、正気を取り戻したときに少なくとも10分以上時間が経過していた。
ユニコーンに遭遇したという記憶がある。
などという記録としては根拠が薄弱なものである。
つまり誰も見たことのない、何の形をしているかわからない、核ミサイルが日本に持ち込まれてしまったようなものなのだ。
応賀賢人と同程度の危険性があると言えるだろう。
フローラは静かに言った。
【だから私が来たのだ】
賢人は慌てて部屋の外に出る。
「おい、みんな! ユニコーンがこちらに迷い込んだ! 今すぐ顔役に連絡してガキどもを家に!」
すると40歳くらいの警官が声を上げる。
「おい、応賀!!! カツオちゃんと迷子の件どうするよ!?」
「あーくっそ! いま行く!」
そう言って走り出す。
賢人の後をフローラもついていく。
「ついてこなくていいっての。俺は派出所に行く。あんたは他の署員とユニコーンを探せ」
「聖王国の予言者によれば私と勇者が共に行動すれば解決するとのことだ。前評判だけの腑抜けだったら殺そうと思ったが、貴様は存外骨のある男。だとしたら貴様に我が命運を預けた方がいい」
「それ俺のメリットねえよな?」
「ないな」
ここでようやく応賀は気づいた。
「って、お前、日本語しゃべれるのか!」
「私は日本語ができないとは一言も言ってない。署長が勝手に勘違いしただけだ。これでも私は日本への留学希望者だ」
「いい性格だな……」
「ほめ言葉と受け取っておこう。派出所になにがある?」
「弟がいる。迷子を保護したらしい」
「勇者の弟は勇者ということか」
「なんだよそれ」
「褒めたんだ」
「お前たまに素直なのな」
そのまま警察署を出ると原チャの速度で走って商店街になだれ込む。
フローラも賢人のスピードについてくる。
高レベルの魔法の使い手に違いない。
商店街は人通りが多いので減速。歩く。
賢人の姿を見ると人々が声をかける。
「おう、応賀の旦那! いまカツオちゃんに差し入れ持っていったよ!」
「あざっす!」
人間がやってる惣菜屋のおっさんが笑う。
「賢人ちゃん! カツオちゃん鯛焼きとりんごジュース持たせたよ!」
鯛焼き屋のリザードマンのおばちゃんも声をかけた。
「おばちゃんありがと!」
派出所の前にはオークの集団が。
おそろいの野球のユニフォーム姿。
【デトロイトオークズ】のロゴが見える。
草野球帰りのオークのおっさんたちだった。
「おう、賢人! 家に帰れって連絡来たけどなにがあった?」
「ああ、ユニコーンがこっちに迷い込んだらしい。おっちゃん、避難を呼びかけてくれないか?」
「お、おう、連絡回すわ」
と、オークのおっさんたちがスマホを取りだして電話をかける。
近くで話を聞いていた人間が今度は帰宅をうながす。
「本当にこちら側では人間と亜人種が共存しているのだな……」
「まあな。あのオークのおっさんたちは商店街の顔役だしな」
派出所に近づくとカツオが出てくる。
「兄ちゃん! こっちこっち!」
それを見てフローラは目を丸くする。
「弟はオークなのだな」
すると今度は制服を着た黒髪の少女が走ってくる。
和風の美少女。まるで深窓の令嬢である。着物が似合うだろう。
ただしその頭には存在を主張する大きなツノがついていた。
「賢人ちゃん! カツオちゃん! ラーメン持ってきたよ」
それを見てフローラは今度はあんぐりと口を開ける。
「妹も人種が違うんだわ」
「ドドドドド、ドラゴン!?」
「ああ、今代の邪竜ティアマット」
「いいいいいいい、妹ぉッ!」
「応賀紬です! お兄ちゃん、この美人さんは?」
「ああ、仕事の……」
「にいちゃ。どこ?」
派出所から先ほどの子どもが出てくる。
なぜか賢人を見るとニコニコ顔になって走ってくる。
そのまま賢人に抱きつく。
「ぱぱ!」
「……はい?」
応賀が固まってると今度はフローラに。
「まま!」
「……ふぁ?」
次の瞬間、紬の目から炎が上がる。
口からも炎の光が漏れる。
「賢人ちゃん! 私というものがありながら!」
「ち、違う! つか私というもの!?」
妹の愛が重すぎる!
「勇者とは今日が初対面だ!!!」
「初対面で子作り完了……ですと……」
「絶対に違う!」
完全に日本のコンテンツに毒された妹ドラゴンからぼうっと炎が上がる。
「カツオちゃん。賢人兄ちゃんに変な虫がつかないように言ったよね?」
カツオは紬を見て逃げだそうとしていた。
「つ、つむぎ! 違う! 俺は知らなかったんだって!」
三人が焦りまくる中、ヒューヒューと見物人がはやし立てる。
「違うっての!」
カオス。あまりにもカオス。
保護された子どもだけがうれしそうに抱きつくのだった。