第3話
その後、解放されたカツオは友人と別れとぼとぼ歩いていた。
血の繋がらない兄。その横暴さにブツブツ文句を言いながら。
兄である賢人はデトロイト市の生きた伝説である。
亜人の救世主にして解放者。
邪神を倒し、亜人の絶滅を掲げていた神聖国を倒した武神。
亜人種に自由と平等をもたらした英雄。
魔王とともに世界を救った男だ。
実際は完全な平等ではないけどさ……。
それはカツオも知っていたし、学校でも注意するように言われている。
意味もなく亜人を嫌う変なやつはいる。
でも学校や役所から嫌がらせされたことはない。
警察も平等だ。
確かに居住制限はあるけれど、この街の連中はそれが自分たちを守るためだって知っている。
未だに亜人を日本から排除しようとするテロリストはいるし、賢人が見つけてはよくボコボコにしてる。
それに資本主義も理解してない異世界人が本土に行ったって、ずるくて頭のいい人間に奴隷にされるだけだ。
頭のいいエルフですら本土人との契約には必ず国の委託を受けた弁護士が介入する。法律でそう決まっている。
それでも契約トラブルは後を絶たない。
ルールを知らないことはとんでもなく不利なのだ。
学校ではそういうのを教えてくれる。
この世界のルールを肌で理解してるもの。
日本で生まれた世代が大人になるまで日本政府は待っている。
カツオが成人するころには関所もなくなっているだろう。
それが真実だ。
わかっている。わかっているが不満がある!
オークでも少しくらいモテたっていいじゃないか!
カツオはまだ……オークだからモテないのではなく、カツオ自身が残念な子だからモテないことに気づいていない。
荒れたカツオがオラつきながら歩いているとクスンクスンという声がする。
「ああん! いや待てよ……これ怖い話ぃッ!」
ヘタレが縮み上がった。
ゾンビやスケルトンは怖くないが、ジャパニーズなホラーが苦手なのだ。
寝られなくなるのだ!
井戸から出てくるとか反則なのだ!
気の早い足がガクつく中、カツオは必死に投げようとする。
「ふええええええん」
「あん?」
それは幼児の泣き声だった。
「お、おう、どうした?」
金髪リーゼント特攻服の全方面不審者が声をかける。
すると泣き声の主が近づいてくる。
それは頭にツノの生えた幼児だった。
魔族か鬼族か。
デトロイト市では珍しくない種族だ。
なんだお化けじゃないじゃないかとカツオは安心した。
「あのね、あのね、おうちどこ?」
小さい子どもがカツオを見上げる。
「お、おう、迷子か?」
「わかんない。起きたらここにいたの」
「お、おー、わかった。いま俺の兄貴呼ぶから待ってろ。俺の兄貴は凄いんだ。元勇者だぞ」
「ゆうしゃ?」
「小さい子じゃ知らねえか。世界で一番強いお巡りさんなんだぞ。いま電話かけてやるから」
カツオは案外お兄ちゃん子である。
カツオはスマホを出して電話をかける。
すぐに賢人が出た。
「兄貴、迷子を保護した」
「タイミング悪いな。すぐ行くって言いたいとこだが署に呼び出されてよ。派出所に連れて来てくれるか? なるべくはやく行くからよ。食いもん親父に持っていくように言っとく」
「了解。派出所で待ってる」
通話終了。
カツオは子どもを見てニカッと笑う。
「じゃ、行くベ。ラーメン頼んでくれるっさ。美味しいぞ!」
カツオは面倒見がいいのである。
そのころ応賀賢人はデトロイト署にいた。
いきなり署長に呼び出されて異世界人の通訳をすることになったのだ。
日本生まれで一番ミッドガルド語に堪能なのは賢人である。
ミッドガルドの人間種標準語、エルフ語、獣人語、オーク古語などほぼ全ての言語を習得している。
そのため、ミッドガルドからの不法入国者の通訳でたびたび呼び出されている。
普通ならその技術だけでも希少であるが、警察内の扱いは雑だった。
その証拠に署長は偉そうに説教する。
「応賀、おめえみたいな夜学通ってるバカと違って俺は東京の大学出てるんだからな! 偉そうにすんじゃねえぞ! ああコラ!!!」
偉そうな猿が服を着てやがると賢人は思った。
そう言われても仕方ない顔の男が署長だった。
まだ30代前半だというのに前髪が見事に後退していて、50歳くらいに見える。
おそらくかつては将来を嘱望されたエリートだったのだろう。
だが賢人のお守りを押しつけられたということは現在では組織内でどう思われてるか。
恐ろしく優秀か。それとも死んでも誰も困らない人材なのか。
もちろん後者である。
顔の方も猿と言うよりも東南アジアの獅子舞のような顔である。
人より苦労をしたせいか、人外じみた意地の悪さが顔ににじみ出ている。
もちろん見たままの性格である。
クズでありゴミである。
この顔で普通の日本人、普通の人間なのだから世界は謎に満ちている。
「お前、向こうでは伯爵だったんだってな。ミッドガルド貴族の作法はわかるな?」
「殺されない程度には。つか相手は誰なんです?」
「聖王国のお貴族様だ」
聖王国は女神教の宗教国家でだった国である。……かつてそうだった国である。
教義は女神に選ばれた聖なる種族である人間種による亜人種支配である。
奴隷以外の亜人種の抹殺を掲げる聖王家が支配していた。
人間種にも王族、貴族と平民のカーストが存在し、それらもまた細かく分かれる。
その中で亜人は家畜の下に位置していた。
亜人抹殺のため賢人を召喚した、かつて最も亜人を弾圧した国家である。
だが亜人が日本に亡命する直前、賢人が国家ごと滅ぼしたため、現在では日本政府のODA漬けの傀儡国家状態になっている。
現在では日本をはじめとする西側国家の圧力で、亜人種の弾圧は違法である。
日本政府の誇る戦略文化兵器、一休さん、おしん、ボルテスVの導入により現在では女神教の信者が激減。
(現在のアニメは物語に触れている上流階級向け。庶民には難しすぎるため昔の作品が好まれている)
仏教徒に改宗するものが後を絶たない。
なお世界名作劇場の視聴率は驚異の100%である。
現在、日本国はさらなる亜人差別解消のために留学生プログラムを実施予定である。
賢人は露骨に顔をしかめる。
「一番苦手な生き物ッスね。あのアホども……なんの用です?」
「口を慎め。日本国が認めた国家の使者だ。お前は通訳すればいい」
「うす」
まるで工業高校の職員室への入室したヤンキーの如く。
社会人としては失格クラスの返事をして中に入る。
中には銀色の髪の人間種の女性がいた。
聖王国近衛騎士の儀礼服を着た美少女。
長く伸ばした髪を美しい細工のされた髪留めで後ろにまとめた女性。
そして何より……クソ生意気そうな顔だった。
賢人は署長を無視して話しかける。
【門の向こうからの来訪者よ。通訳を務めさせていただくケント=オーガ・フォン・ツェッペリンだ】
【聖王国第二近衛騎士団のフローラだ。誉れ高い勇者、オーガ伯爵に会えて光栄だ。だが……豚の家名を名乗るのは挑発にしてもやりすぎだ】
ビキッと賢人のこめかみに血管が浮き出た。
いきなりそれか!!!
フローラの言葉は賢人の地雷を踏み抜いていた。
【自慢の家族だ。誘拐した五歳児を戦場に出したお前らの勇者なんかよりずっと誇らしいぜ。まあその勇者がお前らのクソ国家を滅ぼしたんだけどな!!!】
今度は賢人がわざと相手の地雷を踏み抜いた。
そもそも高潔な勇者が魔王軍公爵の家名を名乗るなどあってはならない事態だった。
聖王国の根幹を否定する言葉だった。
しかも勇者召喚は神聖な儀式。それを誘拐と勇者本人が愚弄したのだ。
それだけはあってはならない。殺さねば。
フローラは立ち上がり薄笑いした。
そのまま腰に下げた剣に手をかける。
目に見えぬ速度の抜剣。
神速の突きが賢人の心臓めがけて放たれる。
だが賢人は微動だにせず剣を胸で受け止めた。
剣は胸に届かなかった。
魔法の障壁が剣を阻んでいた。
【悪いな。これでも勇者様なもんで】
【く、勇者の名は伊達ではないということか!】
「お、おい! 応賀! なにやってる!」
言葉が通じない署長が焦る。だがもう遅かった。
「なにって喧嘩ッスよ。【オラァ来いよ!】」
「うるさい! 今すぐやめろ! これは命令だ!」
「知りませんね! だいたい職務規程とか命令系統とか警察学校行ってないんでわかりませんなぁ!」
そもそも賢人は特別巡査。
埼玉県デトロイト市で採用された警官、特に亜人種は警察学校に通ったことはない。
ミッドガルドで軍人や民兵だったものが採用されOJTで促成された連中だ。
(なお重蔵は「俺が警察官になったら指令命令系統が混乱するだろが!」と辞退した)
さらに言えば賢人を命令違反で処分する権限を警察は持たない。
辞めさせることも、処分することもできない。
警察官と身分は賢人を普通という檻に縛りつけるために存在しているにすぎない。
賢人は拳を握った。
フローラも剣を構える。
【腐っても貴様は勇者。よもやこの剣を卑怯とは言わんな?】
【ガタガタ言ってねえで来いよ!】
「貴様ぁッ! や、やめ!」
署長の前で爆発が起こった。
爆風で署長の体が浮き、カツラは飛び、なぜか服まで破け中年男性の汚い体があらわになる。サービスシーン。
【死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!】
フローラの斬撃が賢人を襲い、賢人はそれを拳でいなすと連続突きを繰り出す。
【ふはははははははははははーッ!】
賢人の暴虐になれている署長以外の署員はさっさと逃げだしスマホで撮影する。
賢人が暴れたら巻き込まれないように動画撮って上に報告。
完全に扱いに慣れている動きだった。
署長は爆風に飲み込まれ全裸で舞う。
生まれたままの姿の署長が「生き残ったら……ポク……警察辞めるんだ」と決心を固めたころ戦闘は突如終局を迎える。
賢人の裏拳が剣を捉えた。
ぱきんっとフローラの剣が折れる。
するとフローラは剣を捨てて胸を張る。
偉そうである。
【私の負けだ! 勇者の実力は伊達ではなかったようだ。家族をバカにした挑発を謝罪しよう。その……誉れ高き鉄豚公爵は高潔な武人と聞く。すまなかった】
そう言ってフローラは素直に負けを認め頭を下げた。
鉄豚公爵とは重蔵の数多いあだ名の一つである。
どうやらフローラは差別主義者ではなかったようだ。
賢人と闘ってみたかっただけなのだ。
(聖王国の騎士はこれだから……)
賢人はあきれかえり、すっかり毒気が抜けてしまった。
勝者こそが正しく、敗者の言い分は認めない。
理屈や意思がどうであろうとも勝者に敗者は従う。
だかとりあえず勝負!!!
一言目は挑発からはじまりバトルをしたらマブダチだ。
ヤンキー漫画理論である。
それは聖王国の常識であった。
こんなのだから亜人を滅ぼそうなど思うのだ。
フローラもその血を受け継いでいた。
このフローラ。あまりに脳筋であった。
【やるじゃねえか。聖王国は大嫌いだが騎士の実力は認めてやるよ】
そう言って賢人は拳を突き出す。
フローラも拳を突き出し合わせる。
ウェーイ。
まったく色気のない野郎基準の友情が成立した瞬間だった。