第2話
応賀賢人<特別>巡査。
19歳。
埼玉県デトロイト市警所属。
階級:特別巡査。
元勇者。異世界、ミッドガルドでの階級:名誉伯爵。
義父:応賀重蔵ことヴォルフ=ハインリヒ・フォン・ツェッペリン。
国立大学法人埼玉デトロイト大学二部理工学部一年。
実績:魔王を倒し異世界の人族に平和をもたらし、亜人種をミッドガルドからアースガルドに亡命させた。
なおその際、反対し軍事行動を起こした国をついでとばかりに滅ぼした。
戦車、効果なし。
ミサイル、効果なし。
核兵器、効果なし。
ナパーム、効果なし。
死亡者、なし。
国家元首、逮捕。
補足:国家は壊滅。被害額は天文学的数字になる。隣国が暫定政権を樹立。現在も援助を続けている。
その後、別の国が応賀の首に100億円の賞金をかけたが成功したものは存在しない。
アメリカ合衆国の分析では「基本的にデトロイト市や亜人に手を出さなければ無害。勝手に挑戦すればいい。自殺志願者ならばな」とある。
派出所で応賀は書類を眺めていた。
やれ喧嘩だの、万引きだの、窃盗だの、酔っ払いの裸踊りだの。
とにかくデトロイトは事件が多い。
しかも数千万人もの成人人口の多くが異世界での従軍経験者。
よって当然の如く警官は日本最大数。
人間種だけでは数が足りないため亜人種も積極採用している。
応賀の派出所も同じだった。
ミミズの這ったような汚い字で報告書を書く。
ぱらりらぱらりら~♪
頭の悪そうな音が聞こえてくる。
ヴォンヴォンヴォンッ!!!
21世紀初頭に一度は滅びたと言われる暴走族。
異世界との扉の開通で景気がよくなった途端に全国で復活したアホの集団。
それが楽しそうにバイクで暴走していた。
賢人はすくっと立ち上がるとボキボキ指を鳴らした。
「あのアホどもが!」
外に出るとアホの集団が交番の周りをグルグル回っていた。
「今日こそ決着つけるぞ! バカ兄貴ぃッ!」
その中心で偉そうにしてるのは頭の悪そうなバイクにまたがり特攻服を着た金髪リーゼントのオーク。
特攻服の【夜露死苦】の刺繍が死ぬほど似合わない。
賢人はその姿に頭が痛くなってくる。
「カツオ……またか。親父を悲しませるなって。留年しそうなんだろ?」
賢人はオークの少年を「カツオ」と呼んだ。
そう、カツオは重蔵の息子。
つまり二人は兄弟。
だというのにカツオの顔が真っ赤になる。
相当頭にきている。
「お前じゃ! 原因はお前じゃ! お前が作ったチームで暴走してたら、お前に殴られて入院したんじゃい!」
賢人が元暴走族であることをしれっと暴露する。
「いやだってお前がバイクで突っ込んできたんじゃん。そりゃ殴るだろ。パーンって」
夏の蚊と同じ扱いである。
「お前も数年前までやってただろが! なんで俺だけ止めるんだよ。このクソボケ!」
「俺んときはこのへん再開発で無人だったの! それに俺は暴走族じゃなくてドワーフモーターズの連中と【人間がどのスピードまで耐えられるか】の実験してたんだって! 他人様に迷惑かけんな!」
「お前の方が悪質じゃ!」
余裕で悪質である。
なおマッハは出ていた。
「つーかアメリカ大統領拉致したヤツが言うな! あーもー!」
「それはそれこれはこれ。お前なー、留年して妹が先輩になったらどうすんだよ!」
「つらい現実を浴びせるな!!! 泣くぞ!」
なおカツオと同じ学年の妹も存在する。
妹は重蔵の実子ではなく賢人と同じく種族の違う養子である。
「もうやめようよカツオちゃん。口喧嘩ですら完全敗北だよ」
カツオと同じチームの獣人が言った。
【うんうん】と他の連中もうなずく。
「なんなのお前ら! あー、もー! このカッツバルゲル・フォン・ツェッペリンは逃げも隠れもしない!」
カッツバルゲルは本名である。
だが戸籍登録は応賀勝夫。シワシワネームの極限である。
「はいはいカツオカツオ。それで、やるんか?」
賢人はボキボキと指を鳴らした……。
「行くぞてめえら!」
「ヒャッハー!」
ヴォンヴォンヴォン……。
数分後。
全員倒れていた。
漫画みたいなタンコブを作り、泣いていた。
ギャグ漫画の光景である。
「うわあああああああああんバカ兄貴! 見せ場もなくボコられたああああああああッ!」
「だから言ったじゃん! カツオちゃん! 賢人兄ちゃんに勝てるはずないって! 父ちゃんたちだって一度はボコられてるんだからさあ!」
賢人はカツオの側にウンコ座りする。
「もうやめとけよカツオ。お前さあ、去年買ってやったギターとアンプとスピーカーどうしたよ? ミュージシャンになるんだろ?」
「うわあああああああん! バカがナチュラルに黒歴史触ってくるーッ!」
「賢人兄ちゃん、ほら……カツオちゃん……音痴だから……アイドルグループのオーディションも書類審査で落ちたし。せっかくみんなが応募したように見せかけ」
「お前もやめろおおおおおおおおッ!!!」
「カツオちゃん……たぶん俺たちオークには演歌歌手しか向いてないと思う。作詞家になるんだって書いたやつもいつのまにか演歌になってるし」
「うわああああああああああんッッッ!!!」
号泣。
なお現在はエルフのモデルも獣人の女優も存在する。
ゴブリンの芸人も巨人のアイドルだって存在する。
どこの会社も亜人種を宣伝に積極活用してるのだ。
なおオークは……日本文化の後継者……具体的に言うと演歌歌手として重宝されている。
彼らが歌う苦労の歌は本当に凄味と説得力があると思われている。
東京をはじめとする本土の人間は亜人が差別されてると思い込んでいるのも道が狭まる原因だろう。
実際は英語があまり堪能ではない親世代が、歌詞のわかりやすい演歌を好んだだけである。
「絶対! ぜったいに卒業までにお前に勝ってやるからな! 憶えてろ!」
「あのね賢人兄ちゃん。カツオちゃん、同じクラスの子に賢人兄ちゃんに喧嘩で勝ったらつき合ってあげるって言われて……」
「てんめえ! バラすなぁッ!」
それはやんわり断られてるだろ。賢人は確信した。
「カツオ……ごめんな……兄ちゃん気づかなかったよ。はい、負け負け降参。さあ、告ってこい」
肩ポン&慈愛に満ちた眼差し。
「そんな優しさいらねええええええええええぇッ! いつかぶっ殺してやる!」
「カツオちゃん……【いつか】って言ってたら永遠に無理だよ……」
「うわあああああああんッ!」
優しさはこのコンクリートジャングル。
埼玉県デトロイト市には存在しない。
そうこのときも。
賢人がニコッとほほ笑む。
「バイク没収な」
「うわああああああああん!!! 兄ちゃんのばかあああああああ!!!」
ほら。