05
「あは、あははっ――あはははははっ!」
哄笑した。
体を折り、腹を抱え、高らかに、プリシラは笑った。無邪気な幼子のような笑みを満面に浮かべて、しかし聞く者の背筋を凍りつかせる、ゾッとするような笑声である。
こんな彼女は、見たことがない。
ライトニングは兄を見る。無意識に救いを求めての行為だった。しかしすぐに後悔する。ウィリアムもまた、表情を凍りつかせ戦慄していた。
「あははっ……は、ふふ……ふぅ」
動けず立ち尽くす二人を前に、プリシラはひとしきり笑い終えると、スッと背筋を伸ばし、事もなげに淑女の笑みを貼りつけた。
「失礼いたしました。ウィリアム殿下は、冗談がお上手ですわね」
ぴくっ、とウィリアムが片眉を吊り上げた。
「冗談に聞こえたか?」
「ええ、そう聞こえました。だってわたくしなら、もっとうまくやりますもの」
「……」
もっとうまくやる。より巧妙に、やってのける。
ウィリアムは再び沈黙した。
「ヴィンセント殿下の記憶を奪って、王家に混乱を招いて一体わたくしに何の得がありましょう。もし得があって、実際にわたくしが手を下すなら、記憶を消すなどという中途半端なことはせず、記憶を書き換えます」
都合のいいように。痕跡も残さず。
言い切るプリシラに返す言葉を、二人は持たない。
「権力が欲しければウィリアム殿下の妻になりましょう。愛が欲しければライトニング殿下の婚約者となりましょう。そういう記憶へ、すべてを書き換えます。ヴィンセント殿下の記憶を消して、わたくしは何を得るのです?」
愛してもらえるわけでなし。
笑みに紛れた自嘲に気づいたウィリアムの顔が歪む。
「……すまなかった。失礼なことを言ったな」
「いいえ、わたくしのほうこそ失礼いたしました。殿下が疑われるのはもっともです。現状、ヴィンセント殿下と最後に会った人間はわたくしですもの」
冷静さを欠いていた。ウィリアムが重ねて謝罪し、プリシラが応じる。
彼女の言う通り、犯人が彼女であるのならきっと、もっとうまくやるのだろう。記憶を消すにしても、疑いの目を向けられないよう手を打つ。最後に会った人間であるなどと、あからさまな証拠はきっと残さない。疑わしいということがすなわち、プリシラの無実の証明であった。
「君はこの事件をどう見る?」
疑うことの無意味さを噛みしめて、ウィリアムは即座に対応を改めた。
「原因は不明だということだが、動機ならどうだ」
何の目的をもって、ヴィンセントからプリシラの記憶を奪ったのか。
ウィリアムは人の手によるものだと確信しているようだった。プリシラはそれを否定はせず、ただ困ったように眉尻を下げた。
「記憶の改竄でしたら想像できる部分もあったかもしれません。ですが、殿下の記憶だけを奪うというのは、……どうにも推察できかねます」
「記憶は戻るだろうか」
「戻ると信じるしかありません」
「……」
プリシラのお墨付きがほしい。ウィリアムの発言はそういうことだろうと、ライトニングは当たりをつける。
彼女以上の魔法使いはウルザール王国に存在しない。彼女が大丈夫だと太鼓判を押してくれれば、大抵のことはその通り大丈夫だったりするのだ。
「ウィリアム殿下、まずは経過を見るのがよろしいかと思います」
「……経過」
「幸いなことに、ヴィンセント殿下がお忘れなのはわたくしのことだけなのでしょう? でしたら焦らずともよろしいではありませんか。時間はあります」
「プリシラ嬢、我々は――」
「わたくしのことでしたら、ご心配には及びません。待つことには慣れております。いまさら焦ることもございません。解決の糸口を探りつつ、ゆっくり待ちます」
あなたにこれ以上の心労をかけたくない。
婚約を解消し、解放してあげるという選択肢を選べない王家の尻拭いをさせてしまう。罪悪感から気が急いる。プリシラには筒抜けであるようで、待ちの姿勢を強調してくれる。
折れたのはウィリアムであった。
「すまない、よろしく頼む」
「はい、殿下」
やはりプリシラはあっさりと頷いた。気まずいのは男ばかり。プリシラは笑みを崩さなかった。