04
手放すつもりだった。手を離すときがきたのだと、諦めるつもりだった。
「すまない、プリシラ嬢」
どうしてこんなことになったのだろう。神よ、これは何の冗談だ。
婚約破棄を告げられた翌日。プリシラは再び呼び出され、朝一に登城した。呼び出したのはヴィンセントではなく、第二王子のライトニングである。彼はわざわざ迎えの馬車に乗り込んで、自らプリシラを迎えにきた。急を要する。そう言われれば拒めるはずもない。プリシラは朝食を途中で投げ出して、急いで馬車に乗り込んだ。
レイナードへの報告は、間に合わなかった。
「ヴィンセント、彼女はプリシラ・エーゼライト。君の婚約者だよ」
すまない、すまないと事情の説明もないままに、ライトニングの謝罪だけを受け取る道中は、プリシラの背筋を凍りつかせるものだった。頭を上げてください。百回は言った。
そうして通されたのは、ヴィンセントの寝室であった。
プリシラだけが呼ばれたことで、相手がライトニングであったことで、用件はてっきり昨夜の襲撃のことだと思っていたのだが、どうやら別件であるらしい。
ヴィンセントはベッドの中にいた。上体を起こした彼のそばには、国王と王妃が付き添っている。昨夜とは打って変わって穏やかな表情でこちらを見るヴィンセントに、胸がざわついた。
「プリシラ……エーゼ、エーゼライト……?」
まるで、初めてその名を聞いたとでも言うような、不自然な反応。胸のざわつきが大きくなる。
「ごめんなさい、プリシラ」
王妃の謝罪に返事をする余裕もない。涙ぐむ彼女の肩を抱く王の顔からは、ひどく血の気が引いている。
何も言えないでいるプリシラの肩をそっと叩いて、ライトニングは眉を下げた。
「急な呼び出しを許してくれ。どうしてこうなったのか、我々にもわからない。ただ君には言っておかなければならないと思ってね」
告げられた言葉を理解するのに、随分と時間を要した。噛み砕いても、噛み砕いても、呑み込めない。
途方に暮れる。迷子にでもなった気分だ。
「初めまして……? いや、そうじゃないのか。おはよう、プリシラ嬢」
ウルザール王国の第四王子、プリシラの元婚約者、ヴィンセント・ザンダーは、記憶喪失になっていた。




