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あふれる捧げもの 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやは、ここんところ明かりをつけっぱにして、寝たりしてねえか?

 明かりをつけていても、本当に疲れているときは、こてんと意識を失っちまうこと、けっこうないかねえ?

 光を浴びることは、俺たちの体内時計調整に役立つ機能と聞いたことがある。朝の陽の光を浴びることで一日の始まりを認識するから、それをしっかり受け止めるためにも、直前まで暗い環境へ身を置いた方がいいってな。

 ゆえに、夜は部屋を暗くして眠りについた方がいい。昔は燃料が貴重だったこともあって、こいつが自然な流れだったが、いまはスイッチひとつで一徹、二徹も簡単にできちまう時世。

 俺たちはあまりに明かりに慣れ、気安ささえ覚えている。だが、畏れというものは、常に心の隅に置いといてもいいかもしれないぜ?

 俺の兄貴から聞いた話なんだが、耳へ入れてみないか?



 一人暮らしを始めてからというもの、兄貴は不摂生の極みだったと自白している。

 不摂生のおとものひとつといったら夜更かしで、休みの日が決まると、その前日は意識の続く限りで遊び倒すのが、兄貴の習慣になっていたそうだ。

 が、寝落ちをしてしまうことも少なくない。

 湯船での居眠りは危ないというのは、すでに当時から知られたことらしくてな。ヘタに身体を暖めると眠気が襲ってくると、兄貴は休み前には風呂にも布団にも入らず、パソコンをいじって過ごす。

 眠ってしまうのがもったいない。その気持ちは俺も分かるが、人生自体で見て、寿命が縮んでいるんだとしたら、寝るのと寝ないのとではどちらの方が利があるんだろうな。



 その日も兄貴はパソコンの前で、倒れ伏している自分に気づく。

 開いていたノートパソコンのスクリーンには、何も映っていない。それどころか、自分がいま暗闇の中にいる。

 寝落ちする前に、明かりはつけっぱなしにしていたはずだ。この部屋も、キッチンのある部屋も。

 それが2部屋とも、明かりが切れてしまっているなんて。兄貴は壁についているスイッチをあらためた。

 ついている。どちらも本来、明かりを煌々と放つべき状態。

 電球が切れたかと、スイッチを付け直してみると、ほどなくどちらにも明かりがともった。

「接触不良でも起こしたんだろうか?」と、首をかしげながらもろもろをつけ直し、いつも通りの休日を、そのときは楽しんだんだそうだ。



 その前後で、兄貴の住んでいた近辺はあまり類を見ない好天が続いていたらしい。

 雲ひとつない快晴が何日も続き、洗濯物を干す主婦たちの仕事をおおいに助けた。暖房のお世話になってもおかしくない時期にもかかわらず、寒気もまた何日も退け続けられたという。

 兄貴は当時、大学生だった。まだ単位をこつこつ履修しなくてはいけない学年で、講義ごとの顔見知りも多かったらしい。

 その中には自分のような夜更かし組も多かったのだが、話を聞いてみると、やはり明かりをつけっぱなしで寝落ちをした時に、気づいたら明かりがすっかり消えている経験をしたらしいんだ。

 規模の大きい停電とは考えづらい。時間があまりにずれているし、ブレーカーだって落ちた様子はなかったという。そのままスイッチを入れ直せば、また平然と明かりがついたというんだ。



 健康的な生活を送っている者なら、およそ気づくことはなかったであろう現象。

 それは兄貴が在学中、しばしば続いたが、卒業して仕事についてからもオフィスで起こったことがあるらしい。

 その日はひとり、仕事を抱えたままでデスクに座りっぱなしだったそうだ。

 この時は寝落ちなどしていられず、丑三つ時を迎えたその時も、書類とにらめっこをしている最中だったという。


 その紙面の上を、さっと横切る影があった。

 自分の顔の影などではない。兄貴がひょいと頭を上げるや、あたりが一気に闇へ包まれた。

 オフィスの明かりが、いっぺんに消されたんだ。もちろん、自分はその手の操作を一切していない。

 停電じゃなかった。周りへ目をやると、部屋の隅にある複合機は弱弱しい光を見せている。ほんの十数秒前、自分がいじったばかりゆえの点灯だ。

 兄貴が学生時代の記憶を手繰り寄せていると、静まり返ったオフィスに、新しい音が響く。


 それは風船を膨らませる音。そして空気を入れたり吐いたりする音の二種だったという。

 出どころはさほど遠くない。兄貴は下手な動きは見せずに、あたりの様子をうかがい続けた。

 やがて、見つけてしまう。

 等間隔に並んでいるはずの、天井の蛍光灯。

 その一角を、暗闇の中であったとしても視認できないんだ。丸く、大きな影に隠されてしまっている。

 先ほどの音が響くのにつれ、影はゆるやかに、けれどもどんどん大きくなっていく。

 隠れる蛍光灯は2つから3つ、3つから4つと増えていき、兄貴のデスクの間近までやってきたところで。

 膨らんだ図体が、ぽんと前方へ飛んでいったんだ。閉じ切ったオフィスのドアを、音もたてずにすり抜けて、影はもう戻ってこなかった。

 兄貴がスイッチを入れ直すと、やはりオフィスの明かりはすぐについたのだという。


 その翌日。

 晴れの予報にもかかわらず、外は一日中暗かった。

 空全体を暗い雲が覆っていたためだが、兄貴はその雲がどこか丸みを帯びているように感じられたらしい。

 ひょっとしたら、あのオフィスで見た影の仕業じゃないかと、思ったとか。

 俺たちが煌々と漏らす明かりを、生け贄代わりにいただこうとする、何者かが現れたのではないかとな。


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