第1章:世紀末救世主伝説~~悪党ども!死への片道切符を用意しろ!!~~
焼けるようなのどの痛みで眼が覚めた。
前日はひどい飲み方でもしたのだろうか?もやのかかる思考と視界の中、ずーんと重さの増した頭を抑えながら深く息をつく。
確か昨日は日課を終えた後はすぐに家に帰りそのまま眠りについたはずだ。
ゆっくりと体を起こしつつ、時刻でも確認しようとスマホに手を伸ばす。そのときにようやく、露骨な違和感に気づいた。
たった今まで自分が横になっていたのは自室のベッド上ではなく、無骨で冷たい石畳の上だった。
痛む頭に顔をしかめつつ、徐々に晴れる視界をグルリと回す。
広さは8畳程度で長方形の形をしており、壁の3面は床と同じ石造りの壁に覆われる。
そして残りの1面、無機質な鉄の柵が床から天井までびっしりと覆っていた。
ああ、これはあれだ。映画なんかで見る古いタイプの牢屋だ。
柵の向こうで俺の部屋をぼんやりと照らしているたいまつの炎を眺めながら、他人事のようにそう思考を着陸させた。
「で……少年、この状況はなにかわかるか?」
そう俺は声をかける。壁側の部屋の隅にて、曖昧な笑顔で固まっている少年に目を向けながら。
「あ、あはは……いきなり起きるもんだから驚いたぜ。しゃべれる元気があるなら安心だな」
「どうも。で、ここはどこだ?あと水があるなら譲ってくれ」
あまりの現実感の無さに、逆に思考が冷えてきているのを感じる。
夢なのか、現実なのか、とにかく情報とのどの渇きを潤したかった。胡坐の姿勢になりながら深く息を吐く。
「悪いな兄ちゃん。そんな貴重なもんここにはねぇよ。だけど、もうしばらくしたらメシ係が運んできてくれるぜ」
少年は10歳程度といったところか。自由にうねった赤茶色の頭髪で片眼が隠れており、くたびれたコートを羽織っている。
こちらの様子をバツが悪そうな表情で伺いながら、言葉を続ける。
「ところで兄ちゃんは何者なんだ?外で生き倒れてたって聞いたぜ。こんな世紀末の世界を一人でうろついて、よく無事だったな」
世紀末?とりあえず気になるワードは出たが、ひとまずおいておく。どうやら俺は倒れているところを助けられたようだ。
自分の服装は黒の革ジャンにジーパンと、よく着こなすパターンのひとつだった。寝る前はジャージだったような気もするが、これもひとまず考えないようにしよう。
スマホは残念ながら手元にないが、俺の『必需品』はあるようだ。
「さぁな。とにかくまずは水だ。それまで横にならせてもらおうか」
とにもかくにも、思考を働かせるのには水が必要だった。少年の言葉を信じるならば、とりあえずは喫緊の身の危険はなさそうだ。
冷たくて固い石床に再び体を預けようとした際、音が響く。
自分から見て柵の向こう、左に暗く伸びる廊下の奥から小さな足音が聞こえてきた。
人並みの歩調よりもゆっくりとしたペースで。
「ちょうどよかったぜ、メシの時間だ!」
小年は待ってましたといわんばかりに喜声を上げる。足音の主は小さな少女だった。
年齢は小年と同程度。片手で銀の食事プレートを器用に持ち、もう片手では辿る様に鉄格子に捕まりながらゆっくりと歩いてきた。
ピンク色のワンピース状の服を着て、肩ほどまでの髪はヘアバンドで束ね、そして――その眼は、閉じられていた。
俺たちの部屋の中ほどで、柵の向こうに二人分の簡素な食事の乗せられたプレートを床に置いた。ありがたいことに水もある。
「君、助かる。ありがとう」
俺の声に少女はビクッと身を震わす。おずおずと鉄格子に捕まりながら、深く頭を下げる。
「そいつは『剣王』の連中に家族を目の前でやられたんだ。それ以来、ショックで眼を開けられないし、声も出せないんだとよ」
鉄格子の隙間から手を伸ばし、配膳されたパンのようなものを齧りながら小年が口を開いた。
「剣王……」
「そ。昔はそいつも明るい女の子だったんだと。まあこんなご時勢、珍しいもんでもないだろ」
俺はいまだ下げ続ける少女の頭にやさしく手を置いた。少しだけまた驚いたようだが、受け入れてくれた。
「大変だったみたいだな」
ゆっくりと、少女の緊張をほぐすように頭をなでてやる。
「食事、ありがとう。お礼じゃないが、もし君がよければ……もう一度、その眼を開くようにしてみないか?」
俺の言葉に、少女は頭を上げる。そんなことが出来るのかと、不思議そうに首をかしげながら。
「なんだ、兄ちゃんはお医者さんか何かなのかい?」
「そんな大それたもんじゃない。俺は、ただの『打ち師』だ」
スナップを効かし手首を軽く振るう。ひぅんっと空気を裂く音がし、俺の手中には一本の棒が納まった。
俺の必需品――『サイリウム』だ。
「この世界はよく知らないが、俺を助けてくれた親切なやつらもいるってことは、たぶん……そう捨てたもんでもないはずだ。どうだ?勇気を出してまた世界を見てみないか?」
俺の言葉に少しの逡巡を経て、いぶかしみながらも少女は頷いた。
「小年、少女。特別だ。俺の技、特等席で魅せてやる――
「あ、あわわわわわわ……」
すでに少女の姿はここにはない。もと来た道を戻っていた。そして小年はいまだ呆然としている。
ふぅっと一言息をつく。俺も軽い食事を取りながら、現状のことを改めて考え直そう、そう思ったとき。
遠く――俺たちの居る位置より上部で、悲鳴と怒声が微かに聞こえてきたのに気づいた。
「……小年?」
「あ、ああ!俺にも聞こえたぜ!たぶん……やつらが、剣王軍が攻めてきたんだ!」
どうやら、俺を介抱してくれた人々の危機のようだ。それならばやることはひとつ。
「小年出るぞ、ついて来い。誰が敵なのか俺に教えてくれ」
頑強な鉄格子の前に立ち、小年にそう告げる。
何か言いたげな小年を尻目に、今度は両の手にサイリウムを構える。
「兄ちゃんは何者なんだ?剣王軍と戦えんのかい……!?」
「話は後だ。まずはここを開ける」
金属製の鍵で施錠された出入り口に向け、カァンッとサイリウムを打ち鳴らしながら立つ。薄暗い室内を火の光よりも暖かさを覚えるオレンジの光が両の手に灯った。
スタンスは肩幅にとり右手を斜め45度上方に伸ばした構え。
これはかつて、『天岩戸』に篭った『天照』に、外の世界へ連れ出した――いわば、扉を開いた逸話を持つ『サビ技』だ。
「――『アマテラス』――」
4×8(フォーエイト)のこの技の前には、いかなる扉も意味をなさない。
「ひぎィッらめェ扉あいちゃうのぉぉぉぉぉぉ」
カパァッと自ら開いた鉄格子のドアに、小年は呆然としている。しかしそんな時間はない。グイと小年の手を引き俺は駆け出した。
「行くぞ、小年」
「……俺、もしかしてとんでもない人と牢屋にぶちこまれてた……?」
「それとここまで時間と文字数をかけすぎた。こっからは少し巻きで行くぞ!」