第0章:神か悪魔か!?現世に生まれた怪物
ヲタ芸、それは神から賜りし至高の芸術
ヲタ芸、それは人間が辿り着く極地
ヲタ芸、それは世界を救う最高の――
『七宝 建慈郎』(しちほう けんじろう) 26歳 冬
その人生の全てをヲタ芸へと捧げてきた。
小さな頃に初めて映像でヲタ芸を目にしたときに、夢中になった。遊び道具として与えられたサイリウムを愚直に振り続けた。
学業も、運動も、恋愛も。そのどれもに眼も向けず、ただただ一心不乱に、自分の技術を高めるためにサイリウムを振るい続ける。
ヲタ芸に没頭した結果、雨にも負けず、風にも負けず。雪にも、夏の暑さにも負けぬ。
丈夫な体を持ち、欲もなく、決して怒らず、いつも静かに笑っている。そんな人間へ成長した。
しかし、26歳の頃に己のヲタ芸に対する技術の限界を感じる。
悩みに悩みぬいた結果、ケンジロウが辿り着いた結果は
【感謝】、であった
自分自身を育ててくれたヲタ芸への限りなく、大きな恩
自分なりに少しでも返そうと思い立ったのが
一日一万回、感謝の【OAD】(オーバーアクションドルフィン)!!
ヲタ芸の最も基礎となる技で、ヲタ芸の礎ともなる技。
両手に光る『サイリウム』を持ち、足を肩幅に広げた立ち姿勢。
下げた両の腕を大きく弧を描くように半回転させ、顔の側頭部にサイリウムを引き付けて交叉させる。
そこからまた左右へ同じ動作を繰り返す。光の残像を伴いサイリウムが宙を走るその姿は、さながらイルカが海上へ鮮やかに舞い上がる姿を髣髴させる。
故に 【OAD】
単純な動作ながら、技術力・表現力が顕著に現れる技である。
気を整え、拝み、祈り、構えて左右へOAD。
一連の動作を一回こなすのに、当初は5~6秒。一万回を終えるまでに初日は18時間以上、サイリウムも10本程費やした。
演じ終えれば倒れるように寝る。起きてまたOADを繰り返す日々。
2年が過ぎた頃、異変に気づく。
一万回OADをし終えても、一本目のサイリウムの光が消えていない――ッ!!!
弱い30を前にして、完全に羽化する。
感謝のOAD一万回、1時間を切る!!
かわりに、新しい技を考える時間が増えた。
山を降り、ケンジロウは人前で自身の修行の成果を披露する。
培った修行の結果、彼のOADはサイリウムの光を置き去りにしていた!!
その光景を目にした者たちは、それぞれこう口にする。
「単純に見づらい」
「凄いんだろうけど、意味無くない?」
「観音様が………!!」
――怪物が、誕生した……
七宝 建慈郎。彼が異世界へ転移する前日まで、この日課は継続して行われることになる。