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胎動

作者: 烏籠

鬱ホラー。





カチャ…


カチャ、カチャ、カチャ…


まただ。

またあの音がする。

転がったビー玉同士がぶつかり合っているような音。

それがある一定のリズムを刻みながら……まるで足音のように、僕の背後にぴったりとついてくる。

いや、実際に僕と“それ”の間には5メートルほどの距離がある。

にも関わらず“それ”の、じっとりと纏わりつく汗のような気配は、まさにその感覚通りに僕の背中に纏わりついているかのようだった。

僕は後ろを振り返った。

僕の予想を全く裏切らずに、“それ”はそこにいた。


白骨の山羊、が。



■ □ □ □



僕は幼い頃からその妙な気配を度々感じていた。

ただそれは気配だけで、不思議に思って振り返ってみても何もない。

だからたいして気にしなかった。

だが中一の頃、“それ”は唐突に姿を現した。

いつもの気配を感じ、家に一人っきりで人目の心配がないこともあって、普段は無視するところをつい振り返ってしまった。


そこには山羊の骸骨がいた。


山羊の骨なんか見たことないけど僕はそいつを見た瞬間、何故か山羊だと思ったのだ。

それにしてもこいつは一体何なんだ?

骨……だよな、やっぱり。

山羊の骸骨は四本の足でしっかりと立てっていて、何かを支えにしている様子はない。

そして何よりそいつの頭、角が生えた頭蓋骨が……ぽっかりと空いた目で、僕をじぃ…っと見つめていた。


何なんだよ、気味悪い……。

こんなものが見えるなんて相当疲れてるんだろう。

そう思うことにした。


それなのに。

それ以来、僕は奴の姿をよく目にするようになった。

山羊の骸骨はどういうわけか僕の跡をつけ回し始めた。

いつもの気配に振り返ると何処からともなく現れて、まるで監視するかのように僕を見つめる。

僕が歩き出すと当然のようについて来て、一定の間隔を取りながら跡をつけて来る。


カチャ、カチャ、

カチャ、カチャ、

カチャ……


そしていつの間にかいなくなる。



そんな不気味な奴を、僕はやはり無視する事にした。

一度誰かに相談しようかと思ったが、僕以外の人間には見えないのだから誰も信じてくれないに決まってる。

それに存在こそ不気味だが、奴は僕に危害を加えるような事はしてこない。

最初は襲いかかってくるんじゃないかと警戒したが、そんなそぶりは全く見せない。

ただ僕を見ているだけ。

そのうち馬鹿らしくなって、気配だけだった頃と同じく無視を決め込む事にした。



■ ■ □ □



チッ、チッ、チッ、チッ…


やけに時計の音が耳につく。

机に英語の教科書とノートを広げて、僕は静かな部屋で一人宿題に取り掛かっていた。

でも何故かちっとも集中出来ない。


「もう寝よ……」


残りは休み時間に済まそう……。

途端に眠気が襲ってきた。僕はベッドに倒れ込むと、そのまま眠ってしまった。



―――――…‥


二匹の山羊が産まれた。


親の山羊は片方だけに餌を与えた。

もう片方は餌を与えられず飢えていた。

餌を与えられない子山羊は、もう片方の子山羊を崖から突き落とした。

餌を得るため、生きるためにはそうするしかなかったのだ。

こうして子山羊は生き延びる事ができた。


兄弟を殺した罪を一生背負ったまま。


―――――…‥


気味の悪い夢だ。

しかも山羊。

僕も相当参ってるらしい。

あぁ、そういえば。

僕も兄弟がいたんだっけ。

僕には双子の弟がいたらしい。

でも弟がこの世に産まれてくる事はなかった。

双子の胎児の片方が母体に吸収されて消滅してしまう事があるらしい。

なんとも言えない気分だ。

もし弟が生きていたら、僕はどうしていただろう。

やっぱり普通に遊んだり喧嘩したりしたのだろうか?

そうやって悲しい気持ちになる一方で、僕は中にはそれとは違う別の気持ちが存在していた。

僕じゃなくてよかった、と。

僕って、嫌なやつだな。



■ □ ■ □



ざわ…


嫌な気配を感じた。

来た……。

あの、山羊の骸骨だ。

背中越しに感じる不快感が、じっとりと纏わりつく。


「…………。」


無視、したい。

いつもならできた。

でも今日は違う。

何故なら骸骨は僕の真後ろにいるから。

僕は部屋の隅に置かれたベッドの端に、壁を背にして腰掛けていた。

つまり骸骨はベッドの上に乗り上げ、今にも触れそうな距離で僕を見つめているわけだ。


どうして?

何をするつもりなんだ。

僕は……殺されるのか?


カチャ…


「……っ!」


山羊の骸骨は僕との距離をさらに縮めた。

視界の端で不気味は白がちらつく。

骸骨が顔を、頭蓋骨を、僕の耳元に寄せ、


『罪ダ』


どさっ!


床に尻餅をつく。

痛いとかそんなものの前に、僕は恐怖心で支配されていた。

僕の後ろを山羊がつけ回すなんて普通じゃない。

骸骨が歩くわけない。

僕に見えるものが誰にも見えないなんておかしい。

それだけで十分だろ。

こんな事有り得るか!?

喋るとかおかしいだろ!

何なんだよこいつは、何なんだよ、何なんだ何なんだ何なんだ何なんだよ!

得体の知れぬ恐怖に身体が震える。

ベッドの上からは白骨の山羊が僕を見下ろす。

そして、ぬう……っと僕の頭上に、骨と空洞だらけの顔を寄せてきた。


『オ前ハ罪深い存在ダ。お前ハコノ世ニ産ミ落トサレル前カら罪を犯シタ。お前は産マれナガラニしテ悪ダッタノダ』


「は、はぁ……?何だよそれ、意味わかんな……」


『聞ケ。お前ハ罪ダ。ワカラナイカ、オ前ノ犯シた罪ガ』


何なんだよ何なんだよ何なんだよ、


「僕が何したって言うんだよ!」


何で身に覚えのない事で非難されなきゃならないんだよ。

僕が悪?

ふざけるなよ!


「もうこれ以上僕に付き纏うなっ!」


僕は骸骨を払いのけようと手を振り上げた。


「ご飯出来たわよー!」


ドア越しに母さんの声が聞こえた。

そして僕が一緒そっちに気をとられている間に、山羊の骸骨は忽然と消え失せていた。



本当に、僕はどうしてしまったんだろう……。


ぼんやりとテレビを見ながら考えていた。

いつもなら大笑いできるはずのお笑い番組も全く頭に入ってこない。


「どうした?元気ないな」


遅い夕食を食べながら父さんが話しかけてきた。


「晩ご飯の時からずっとこうなのよ。やっぱり学校で何かあったんじゃないの?」


「考え事してただけだってさっき言っただろ、別になんともないよ」


そうは言ったものの、母さんはまだ納得がいかない様子で僕を見ていた。


「まあそう言うな。母さんが息子の事を心配するのは当然だろう?俺だって大事な一人息子がそんな顔してたら気にもかけたくなるさ」


両親が僕をどれだけ大切にしてるかはよくわかってる。

今だって本気で心配してくれてる。

だからって僕はどうすればいいんだ。

山羊の骸骨が僕をつけ回してるなんて言えるか?

僕にしか見えないものを、二人にどう説明すればいいんだ。

それこそ本気で心配をかける事になるじゃないか。

おかしい奴って、嫌われたくない。


「無理にとは言わない。でもどうしようもなく困った時は父さんと母さんに話すんだぞ」


「うん……」


僕の父さんと母さんはこんなにも優しい。

僕は二人にとって大事な一人息子なんだ。

でもこの優しさも温もりも愛も、本当は僕一人のものじゃなかった。

僕の幸せは二人分だから。



■ ■ ■ □



白骨の山羊は僕の後をつける。

僕を監視しながらカチャカチャと足音を立てて歩く。

何処までもついてくる。

僕は逃げられないし、逃げなかった。

逃げても無駄だと解ったから。

僕の影のように何処までもついてくる。

何より僕は気づいてしまった。

骸骨が言う、“僕の罪”に。



儀式。


僕の日課。

僕の日常。

僕の部屋で毎日行われる。

山羊の骸骨はいつの間にかベッドの上に移動していた。

つまりそこは祭壇。

床にこうべを垂れて、僕はひざまづいた。

懺悔の時。

山羊の骸骨が僕の罪を唱える。

僕の頭上に浴びせられる。


僕は罪、

奪った 何故生きている

おとうと 死 いなくなれ

全て 罪 産まれた 罰

盗んだ 生きる理由

何故生きる何故生きる何故生きる



『罪ヲ購ウのダ。命ヲ捧ゲヨ』



そうだ。

僕は弟の幸せを奪った。

弟は死んだ。

胎児のままで……えーと、どうなったんだっけ?

何で弟は、

は、

んーんん?

いや、どうでもいーよ。

僕が悪いにきまってる。

さぁどうぞ。

って、やぎ?か?

黒い、

大きな、

これなんだ?

口、

口か?

あー、僕、食べられるの、か?



『ギィエェェェーー!』


光。咆哮。

まばゆい光に目を閉じていると、獣のような呻き声が聞こえた。

僕はおそるおそる目を開けた。


「なっ……!」


化け物の残骸があった。

あの白い骨だけの姿とは似ても似つかない、黒い皮に被われた見たこともない生き物。

鋭い牙に爪、長い舌、濁った赤い目……。

これが白骨の山羊の正体だったのか。


「おい、大丈夫か!?」


騒ぎを聞きつけたのか、父さんと母さんが慌てて部屋に駆け込んできた。


「父さん、母さん……」


「大丈夫?怪我はない?」


母さんは僕の肩にに手を置いて、心配そうに顔を覗き込んだ。


「うん。何とか……」


「それにしても……」


そう呟いた父さんは不気味な死骸に視線を落とし、顔をしかめていた。

僕は言葉に窮した。

これをどう説明すればいいのか……。


「コイツはタチの悪い動物霊の塊だな。どこかで憑いてきたんだろう」


「動物霊……?」


僕の言葉にうんうんと頷く父さん。

さっぱり意味がわからない。

二人は僕に全てを話してくれた。


うち(正確には母さん)の家系は霊感の強い人間が多いらしい。

しかも決まって双子だけが強い霊感を持って生まれる。

そう話す母さんも双子だ。

霊感の強い人間は憑かれやすい。

そんなわけだから子どもの頃はよく怖い思いをしてきたらしい。

悪い霊に憑かれそうになった時、母さんは急いで姉のそばに駆けつけた。

そうするように言い聞かされていたからだ。

確かな事はわからないが、双子にはお互いを守る力があると言い伝えられている。

そしてその力も霊感も成人する頃には自然となくなるらしい。

実際、今は全く見えないと母さんは言った。


「あなたには弟がいたって前に話したでしょう?でもいなくなっちゃったって聞かされた時、母さん達本当に心配したのよ」


「本来お互いを守る力を持っているはずの双子のうちの一人しか産まれないとなると、お前を悪い霊から守る力はなくなってしまう事になるからな」


「でもあなたは幽霊が見えるそぶりなんて全く見せなかったから、つい霊感そのものがないのかと思ってたの」


でも実際、僕はヤツが見えていた。

ずっとずっと僕の後をついて回る、あの白骨の山羊が……。


「俺達の考えが甘かった、本当にすまない」


「父さん達のせいじゃないよ。僕もちゃんと二人に話していればよかったんだし。それにもういいんだ、僕を守る力はちゃんとあるんだから……」


僕と弟は一緒に産まれることは出来なかった。

でも弟はいままでずっと僕を守っていた。

僕のそばでいつも見守ってくれていたんだ。

今ならわかる、僕をあの山羊の骸骨から守ってくれたのは弟だと。


守護霊?


いや、違う。

弟は死んでなんかいない。

なぜなら弟はずっと僕と一緒に生きてきたのだから。


「ありがとう、――――」


僕は弟の名前を呟きながら、そっとお腹を撫でた。

ホラー好きなくせに幽霊が出てくる話はこれが二作目です。何やら目茶苦茶な設定ですね……。感想頂けたら嬉しいです。

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