9:レベル上げのお時間です
リーフが腹ごしらえを終えたころには、すっかり暗くなってしまっていた。しかしリーフは〈ケットシー〉なので、ほかの種族に比べると夜目が効くので夜も活動しやすい。
『シュピルアーツ』では、時間帯によって出るモンスターに変化がある。ここは開けた草原なので日中と変わりないが、森や洞窟などは夜行性のモンスターが現れるのだ。そういった時間の移り変わりを知るのも楽しいのだ。
リーフは〈マイホーム〉から出て、周囲を見回してみる。先ほどは〈花スライム〉がいたけれど、ほかにはどんなモンスターがいるだろうとワクワクする。
基本的にゲームのスタート地点なので、強いモンスターはいない。いたとしても、相手からは攻撃してこない非アクティブのフィールドボスくらいだろうか。
「とりあえず、探索しつつどんどん倒していこうかな」
ひとまず近くにいた〈花スライム〉を倒して、リーフは歩き出す。すぐ近くにある階段から、浜辺に下りてみた。
数種類のモンスターが視界に入った。主に水辺に生息するモンスターで、〈子連れのアヒル〉や〈カニカニ〉、〈海スライム〉など水属性が多い。風属性の武器があればこちらに有利だが、残念ながら持っていない。
どのモンスターも〈花スライム〉より経験値が美味しいので、レベル2のリーフにはもってこいの狩場だ。
(この中で一番強いのは〈子連れのアヒル〉……まずは〈海スライム〉を狙っていこう)
〈海スライム〉は経験値が10もらえるので、レベル6までは一匹倒すごとにレベルアップすることができる。体の中に海水と砂と貝殻が入っていて、まるで海みたいなスライムだ。倒すと貝殻は100%ドロップする。
とはいえ、〈花スライム〉に比べると攻撃力と防御力が倍になるので、ソロだと地味に辛い。
ちなみに〈カニカニ〉が一番弱いのだが、HPが地味に高いため〈海スライム〉に狙いを絞った。
まあ、死にそうになったら〈ポーション〉を飲めばいいだけだけれど。
「いきますか!」
ハンマーを構え、一〇メートルほど離れたところにいる〈海スライム〉のところまでジャンプする。そのまま一撃を加えるが、さすがに倒すまではいかない。
『うみっ!』
リーフは一歩後ろに下がり、〈海スライム〉の攻撃を躱す。避けたので、こちらのダメージは〇だ。
さすがは〈ケットシー〉、俊敏性が高くていい。
そのまま二撃、三撃と攻撃を加え、〈海スライム〉を倒した。ドロップアイテムは、〈スライム玉〉〈貝殻〉〈焼き魚〉だ。
木の枝に刺さり、ほかほか湯気の出ている〈焼き魚〉にリーフは目を見開く。何か言うならば、「めちゃくちゃいい匂い!」だろうか。
「あ、〈お魚印のチャーム〉の効果だ」
一定確率で〈焼き魚〉をドロップすると書かれていたことを思い出す。なるほど、これはとてもいい効果だ。食糧難になることがない。
〈スライム玉〉と〈貝殻〉はしまって、〈焼き魚〉を手に取る。砂浜に落ちたけれど、ドロップアイテムは手に取るまで保護されているので汚れたりはしていない。問題なく食べられるだろう。
ぱくっ。
「…………っ、めっちゃ美味しい!」
さっき食べたパンや干し肉の数倍美味しくて、涙が出そうだ。というか、温かい料理というだけでかなりのアドバンテージがあるとリーフは頷く。これを食べたら、かなり頑張ることができそうだ。
あっという間に完食し、リーフは気合を入れてハンマーを構える。焼き魚を食べてのんびりしてしまったが、まだ〈海スライム〉一匹しか倒していないのだ。せめてレベル10にしてから一休みしたいところ。
〈海スライム〉をどんどん倒して、ひとまずレベルを6まで上げた。今度は、〈海スライム〉だけではなく〈子連れのアヒル〉もターゲットにする。
〈子連れのアヒル〉は、ぱっと見は愛らしいアヒルと、黄色いヒヨコの親子だ。親と子の二匹それぞれ経験値が入るのだが、ヒヨコは1しか入らない。ただ、攻撃力も防御もHPすらも1だけれど。
しかしこの〈子連れのアヒル〉は、倒し方に工夫が必要だ。とはいっても、難しいものではない。親を先に倒して、最後に子を倒すという手順。うっかり先に子を倒してしまうと、アヒルが怒りHPと攻撃力が二倍になってしまうのだ。
そんなことになったら、弱いリーフはあっという間に死んでしまうだろう。
「ということで、罪悪感がないわけじゃないけど――えいっ!」
まずはアヒルに一撃。その後すぐに二連続で突かれてしまい、リーフはバランスを崩してしりもちをつく。
「いったぁ!」
声をあげるほどの衝撃ではなかったけれど、クローズドβテストのときには感じなかった『痛み』が確かにある。
何度か行ったモンスターとの攻撃でももちろん衝撃はあったけれど、ぴりっと痺れるような痛みで、気にするほどのものでもなかったのだ。
(なんでしりもちが一番痛いのか……)
解せぬと思いつつ、リーフは〈ポーション〉で回復してから立ち上がってハンマーを構える。何度かアヒルを攻撃して倒すと、今度はヒヨコが攻撃を仕掛けてきた。親の仇なのだろう。しかしながら、ヒヨコのHPは1なわけで……。あっさりリーフのハンマーの餌食になってしまったのだった。
しばらく砂浜で狩りをし、レベルは16になった。
獲得したスキルポイントは、〈調理〉で1消費してるので14だ。これだけあれば、生産スキルをいろいろ取ることができるだろう。
〈ポーション〉を作ったり、装備類を作ったり……夢が膨らむ。
「夜になるし、ちょっとログアウトして休憩しようかな。掲示板で情報収集もしたいし……〈システムメニュー〉っと」
『シュピルアーツ』は、ログインしたまま外部へアクセスをすることはできない。そのため、ネットの攻略情報を確認するには一度ログアウトする必要があるのだ。
できることは、運営への連絡くらいだろうか。たとえば、迷惑行為をするプレイヤーを通報するなどの場合だ。かくいうリーフも、何度かしたことがある。運営はゲームに関するアナウンスはほとんどしなかったのだが、こういった対応はものすごく早かった。
(さーて、ログアウトを――)
リーフの指が、目の前に浮かぶシステムウィンドウの前で揺れ動く。それは、いつもあるその項目を探している動きなのだが……。
「………………うん?」
ログアウトボタンが、ない。