7:初めてのクエスト
リーフはNPCのダントからのクエストを受け、〈マイホーム〉へ招き入れた。まさか建物への最初の一歩が、クエストになるとは思わなかったけれど……と苦笑する。
赤い屋根の小さな家は、見た目通り室内もこぢんまりとしていた。けれど〈ケットシー〉のリーフにとってはちょうどよく、親しみが持てた。
簡易キッチンは魔道具の水道と一口コンロがあり、収納はクローゼットとインベントリになっている倉庫用の棚が一つ。家具は二人掛けのテーブルとベッドがあるだけで、ほかは何もない。お店で購入するか、自分で作って揃えていくのだ。
何もない室内にお客様を招待してもいいのかと思いつつ、リーフは「どうぞ」と椅子をすすめた。
「ありがとう」
「いえいえ。今、飲み物を用意しますね――」
と言って、リーフはしまったと頭を抱える。なぜかといえば、お客様に出すような飲み物が家にないからだ。クローズドβテスト時代であるならば、お洒落な飲み物もあったというのに……。
(水道水でいいのかな……)
もちろんいいのだろうけれど、お客様に出すものではないとリーフは思う。しかも、コップを持っていないので注ぐことができない。
(これは詰んだのでは)
ひやりと嫌な汗をかき、そういえば〈初心者バッグ:生産〉があることを思い出した。もしかしたら、今の状況を打開するアイテムが入っているかもしれない。リーフは祈るような気持ちで、〈初心者バッグ:生産〉を開いた。
〈シャベル〉〈ジョウロ〉〈バケツ〉〈縄〉〈レンガ〉×50
〈薬草の種〉×10〈コスモスの種〉×5〈ジャガイモの種〉×5〈レタスの種〉×5
〈フライパン〉〈鍋〉
〈お皿〉×2〈コップ〉×2〈フォーク〉×2〈スプーン〉×2
〈薬草〉×10
〈初級ポーション瓶〉×500
〈葡萄〉×5〈蜜柑〉×5〈林檎〉×5
〈空き瓶〉×500
入っている物を見ると、〈マイホーム〉の庭での農作業、キッチンでの調理、ポーションをはじめとした〈調理〉スキルを使えるセットになっているようだ。確かに必要なアイテム数も少なく、生産初心者にはお勧めの内容だ。
(よかった、コップが入ってた!)
人として最低限のおもてなしができることにほっとする。そして注目したいのが、〈空き瓶〉と果物だ。
この二つを〈調理〉するとジュースを作ることができる。これはやらないわけにはいかないなと、リーフは〈システムメニュー〉の〈スキル〉を操作する。先ほどレベルが2に上がったので、スキルポイントが1。それを使って〈調理〉スキルを覚えた。
リーフがダントを見ると、物珍しそうにしていた。魔道具のコンロは高価な部類なので、小さな漁村ではあまり見かけないのかもしれない。
「ダントさん、葡萄と蜜柑と林檎だったら、どれが好きですか?」
「果物か? よく食べるのは村の近くでも生ってる蜜柑じゃが、食べるなら葡萄かの」
「葡萄ですね」
なんともちゃっかりしたダントの答えに、リーフはくすりと笑う。クローズドβテスト時代のときは、ここまで詳細な返事をもらうことはなかった。
(AIがかなり進化してるってことかな)
リーフは〈空き瓶〉と〈葡萄〉を手に取った。
「私の生産ライフ、第一歩! 〈調理〉!」
スキルを使うと、リーフが持っていた〈空き瓶〉と〈葡萄〉が消えて、代わりに瓶に入った〈葡萄ジュース〉ができあがった。ラベルには葡萄のイラストがはいっていて、ちょっとお洒落だ。
テーブルにコップを二つ置いて、さっそく〈葡萄ジュース〉を注ぐ。葡萄の甘やかな香りが鼻をくすぐり、胸が弾む。
「これはいい匂いじゃな」
「どうぞ」
「ありがとう。いただくよ」
ダントがコップに口を付けたのを見て、リーフも座ってコップを手に取る。ログインして初めて口にするのが、自分の〈調理〉で作ったものになるとは思ってもみなかった。
リーフが飲もうとすると、ダントから「おおおぉぉっ!」と感嘆の声が上がる。
「こんな美味いジュースは初めてじゃ!」
「喜んでもらえてよかったです」
満足そうなダントの顔を見て、リーフも〈葡萄ジュース〉を飲む。
「――んっ!」
最新型のフルダイブ装置だからといって、本当に味覚があるのだろうか? なんて、ちょっとでも疑ってしまったことを全力で謝りたいと思った。
葡萄の香りがしたときから、その予感はあった。
瑞々しい葡萄をそのまま凝縮した自然の甘さが、たくさん詰まっているジュースに仕上がっていた。ほのかな渋みがあるかと思いきや、口当たりは爽やかでいくらでも飲めてしまいそうだ。
「美味しい!」
これはリーフも大絶賛するしかな。
「はは、いい飲みっぷりじゃな」
「いやぁ、美味しくて。ダントさん、おかわりいりますか?」
「いいのかい?」
「もちろんです」
嬉しそうに目を輝かせるダントにおかわりを注ぎ、二人で〈葡萄ジュース〉を楽しむ。これはもう、フルーツを買いあさって常時ストックしておきたいレベルだ。
(町か村にいったら食材をいっぱい買おうっと)
すると、ダントがごそごそとポケットの中から何かを取り出した。見ると、野球ボールくらいの大きさの種だ。
「こんなに美味しいフルーツジュースを作るお前さんなら、これも上手く使ってくれるかもしれんな」
ジュースをご馳走してくれたお礼だと、ダントが渡してくれた。
「わ、ありがとうございます」
リーフが受け取ると、『クエスト完了!』のウィンドウが出た。どうやら、これでクエストは終わりのようだ。
「それじゃあ、わしは村に戻るかの。ありがとう、お嬢ちゃん」
「いえいえ。近いうちに、村へ遊びに行きますね」
「ああ、大歓迎だ」
また会う約束をして、リーフはダントを見送った。