6:モンスターとの戦い
安全地帯である〈マイホーム〉から一歩外へ出て、モンスターの〈花スライム〉と対峙する。非アクティブモンスターなので、こちらから攻撃しなければ襲ってくることはない。
(βテストのときは、大変だったもんね)
リーフは〈ケットシー〉なので、身長は七〇センチメートル。最初はその視界の低さや、手足の短さで感覚をつかむのに四苦八苦したので、完全に慣れるのに数ヶ月ほどかかったのは苦い思い出だ。
『はなっ』
〈花スライム〉の鳴き声を聞いて、リーフは〈お魚印のハンマー〉を握る手に力がこもる。クローズドβテストのときに飽きるほど倒したモンスターだが、自分のレベルが1になっているため妙な気分だ。
リーフと〈花スライム〉の距離は、ざっと一〇メートルというところだろうか。
ぐっと足に力を入れて、リーフは地面を蹴った。〈ケットシー〉であるリーフは、ほかの種族よりも格段に跳躍力があるのだ。だから、一〇メートルの距離だってジャンプできてしまう。振り上げた〈お魚印のハンマー〉を、そのまま〈花スライム〉目がけて振り下ろした。
『はななぁっ』
「よっし、いい手ごたえ!」
〈花スライム〉はかなりのダメージを受けたようで、ぷるぷると体を上下に動かした。この動作が出ると、残りHPが10以下だ。
リーフがもう一度ハンマーを振り上げると、今度はその隙に〈花スライム〉が体当たりをしてきた。受けたダメージは6。
(そっか、こんなもんだよね)
余裕の圧勝に、リーフは静かにほっとする。そのまま振り上げていたハンマーを下し、〈花スライム〉にとどめを刺した。終わってしまえば、なんともあっけない。
地面を見ると、ドロップアイテムの〈スライム玉〉が落ちていた。これはドロップ率90%なので、ほぼ落ちるアイテムだ。
今のところNPCに販売する以外の使い道はないが、正式リリースしたので使い道が用意される可能性もある。リーフは〈鞄〉にしまい、周囲を見た。
ここは〈マップ〉で見た通り、海岸の近くにある。小高い丘になっていて、すぐ脇にある自然の階段を下りると砂浜と海があるようだ。
太陽の光を反射してキラキラ光る海に、思わず目を奪われた。
「綺麗! いるのは海辺のモンスターかな? あとは素材の採取もできそう」
これは後で行かなければ。
やりたいことが山のようにあって、時間がいくらあっても足りそうにない。
海を見下ろし終わると、〈マイホーム〉の周囲を見る。開けた土地になっていて、ほかのプレイヤーの〈マイホーム〉は見当たらない。
元々〈ケットシー〉は扱いづらいこともあり、外見こそ可愛いけれど使用しているプレイヤーはそこまで多くなかった。特に攻略組の最前線は〈ヒューマン〉と〈エルフ〉が多かった。
『はななっ』
「あ、〈花スライム〉!」
実はちょうど〈花スライム〉を探そうとしていた。理由は、後一匹倒せばレベルが上がるからだ。
先ほどと同じように、二撃入れて簡単に倒す。すると、リーフのレベルが2に上がった。
「やった!」
レベルが上がると、〈ステータスポイント〉と〈スキルポイント〉が手に入る。各々はそれを振り、自分の分身であるこのキャラクターを強くしていくのだ。
『シュピルアーツ』に職業はないため、誰でも自由に好きなスキルを取ることができる。戦闘スキルだけでも、生産スキルだけでも、いいとこ取りでも……とにかくなんでもありなのだ。
しかしそれは『なんでもできる』だけであって、『そうした方がいい』というわけではない。その例は、ちょうどリーフが当てはまる。それはつまり――『生産を極める』というリーフの目標だ。
生産を極めるためには、戦闘スキルを取っている余裕はない。だからほとんどのプレイヤーは、生産の中でも『ポーションを作る』『装備を作る』など、どれか一つを選んで残りのスキルポイントで戦闘スキルを取る。
けれど、リーフは『すべてやりたい』のだ。
「生産スキルオンリーは茨の道」
戦闘力スキルがないと、モンスターとの戦いにかなり苦戦する。ぶっちゃけて言えば弱いのだ。めちゃ弱い。
そんなことは、リーフが一番わかっている。きっと仲間がいたら止め――いや、笑って背中を押してくれるかもしれない。
「レベルを上げるのは大変になっちゃうけど、そこは頑張る」
その分、いい武器なんかも作れるようになればいい。それに、モンスターとの戦闘だけではなく、クエストでも経験値をもらうことができる。
そう考えると、悲観的にばかりなる必要もないだろう。
「よーっし、頑張ろ――」
「もし、そこの〈ケットシー〉さんや」
「――!?」
突然声をかけられたことに驚いて、リーフの尻尾が逆立った。変に、グラフィックがリアリティ設計だ。
振り返ると、釣竿とバケツを持ち、麦わら帽子をかぶっているおじいさんがいた。
(え……っと?)
リーフが目を細めると、相手のデータが表示される。これにより、相手の名前と種族、レベル、所属している〈ギルド〉を知ることができる。パーティを組むと、HPとマナも認識できるようになる。
見ると、名前はダント、〈ハーフヒューマン〉のレベルは13と表示されている。しかし、〈ギルド〉の箇所がない。通常であれば、未所属と書かれるはずなのだ。
(〈ハーフヒューマン〉? えっと、〈ギルド〉の表記がないっていうことは、NPCだ)
リーフはわずかに目を見開いた。なぜなら、今までNPCに話しかけられるということがなかったからだ。
こちらから話しかければ会話は続くが、NPCから、というのはクローズドβテストのときにはなかった仕様だ。
ドキドキする心臓を落ち着かせながら、リーフは「こんにちは」と笑顔で返事をする。
「わしはそこの漁村のダントっていう爺じゃ。ここに越してきたのか?」
「はい、リーフといいます。今日からここが私の〈マイホーム〉です」
「そうかそうか。辺ぴなところにある村じゃが、いいところじゃよ」
にこやかに話してくれるダントに、リーフはほっと胸を撫でおろす。近くの漁村に住む人ならば、仲良くできたら嬉しい。
いろいろ話をして、情報を集めたいところだ。クローズドβテストのときは、こんなところに漁村なんてなかったのだから。
「ときに、飲み物を一杯いただけんかの? 実は水筒を忘れてしまって……」
「もちろんで――っ!?」
リーフが快諾しようとした瞬間、目の前にウィンドウが現れた。そこには、『水筒を忘れて困っているダント爺さんに飲み物を振舞う』というクエストが出ていた。
思わず、ごくりと唾を飲みこんだ。