11:漁村〈トットン〉
今日もいい天気だ。〈マイホーム〉を出発したリーフは、景色を堪能するようにのんびりと歩いていた。
ときおり遭遇する〈花スライム〉や〈草スライム〉はもう一撃で倒せるようになった。ちょっとレアなドロップが出たらいいなと思うのだが、人生そう甘くはない。
一五分ほど歩くと、海沿いにある小さな村を発見した。
木製の桟橋がいくつかかかっており、漁師たちがちょうど漁から帰ってきて魚をあげているところのようだ。それを女の人が迎え入れて、手伝いをしている。
村に到着すると、入り口には見張りをしている門番の青年がいた。手には槍を持っているので、モンスターが出たら倒すのだろう。
さすがに小さな村では、町のように高い壁を作って守ることもできない。
「お? 初めて見る顔だな」
「こんにちは、リーフっていいます。あっちの丘のところにある家の者なんですけど……」
「ああ、ダント爺さんが言ってた家か。なんでも美味い葡萄ジュースをご馳走になったんだとか」
(私の情報スピードが早すぎる)
田舎の噂話はすぐに広がると聞いたことはあったが、まさかゲームで体験することになるとは思わなかったと苦笑する。
「俺は村で門番をしているヒューイ。ここは〈トットン〉っていう漁村だ」
「ヒューイさんですね、よろしくお願いします」
「ああ」
リーフはヒューイを見て、気のよさそうな人だなと判断する。海で焼けたであろう小麦色の肌はたくましく、強そうだ。こっそり目を細めて情報を見たら、種族〈ハーフヒューマン〉のレベル23だった。
基本的にゲームのスタート地点に近い村や町は低レベルのモンスターしか出ないため、そのレベルで十分村を守れるだろう。
(わ、〈ハーフヒューマン〉っていう種族は初めてみた)
というか、ゲームの設定では『ハーフ』という項目自体なかった。クローズドβテスト時代も、『ハーフ』のNPCは見かけたことがない。
そういえば〈マイホーム〉に来てくれたダントも〈ハーフヒューマン」だったことを思い出す。
(よりリアリティを追求したのかな……?)
さすがにずっと人間同士で結婚、というのも種族が複数いるので難しいだろう。種族が違っても愛し合う人は出てくるはずだ。
きっとそこまで深い意味はないのだろうと、リーフはそういうものだと納得することにした。
「今日はどんな用事できたんだ? 一応、初めて来る人には確認するようにしてるんだ」
「あ、日用生活品がほしくて」
「買い物か。それなら、入ってすぐ左側に村唯一の店があるから行ってみるといい。一応簡単なものなら買い取りもしてくれるはずだ」
ヒューイが指さした方を見ると、青い屋根の雑貨店が目に入った。おそらく、日用品をはじめ回復アイテムなども売っているのだろう。
薬草など〈調合〉の材料になるものも売っていたら、一緒に購入してもいいかもしれない。
「何かあれば、いつでも俺に聞いてくれ」
「ありがとうございます!」
リーフはヒューイにお礼を告げて、村の中に入った。
桟橋で作業をしているからか、村の中はそこまで人通りが多くはない。数人の村人とすれ違い、簡単に会釈をする。
(ほとんど〈ハーフヒューマン〉だけど、向こうに見えるのは〈ケットシー〉かな?)
割合的には〈ハーフヒューマン〉が多いけれど、〈ケットシー〉も暮らしている村のようだ。これは〈ケットシー〉用の生活用品にも期待ができるだろう。
観察しながら歩いていると、すぐ雑貨店に到着した。「こんにちは」とドアを開けると、貝殻で作られたドアベルがシャラシャラと涼しげな音を立てる。
「あら、いらっしゃい」
迎えてくれたのは、ノースリーブのワンピースが魅惑的なお姉さん。「可愛いお客さんね」と微笑んだ。
こちらは「美しいお姉様ですね」と言い返したかったが、さすがに初対面でナンパみたいになってしまってはいけないと、言葉を飲み込んだ。
「日用品がまったくなくて、一通りほしいんです」
「ん~、〈ケットシー〉用なら、向こうの棚ね。こっちは共通で使えるものになっているわ」
お姉さんが指さした方を見ると、〈ケットシー〉用のブラシや古着と、新品の肌着が数着置かれていた。着替えは切実にほしかったので、すぐに手に取った。もちろん耳と尻尾のためにブラシも必要だ。
「よかったぁ、ほしかったんだ~!」
お姉さんが微笑ましそうに見ていることには気づかず、リーフは違う棚も見てみる。こちらには、タオルや歯ブラシ、石鹸などが並んでいる。
(全部買わなきゃ……あ、でもお金足りるかな?)
こっそり〈システムメニュー〉で所持金を確認すると、5,521アーツ。
『シュピルアーツ』でお金を稼ぐ方法は、いくつかある。
まず、モンスターを倒してお金――アーツを手に入れる方法。これは倒した際に、自動で自分の所持金のところに入ってくる。
それから、ドロップアイテムや、生産で採取したり作ったアイテムを売ること。これも『シュピルアーツ』では一般的だ。
最期に、NPCからのクエスト報酬でアーツをもらうこと。
簡単にその三パターンなのだが、もしかしたらアルバイトみたいに働いてお給料をもらうということもできるのでは? と、リーフは考える。とはいえ、今のところその予定はないけれど。
そして肝心の商品のお値段。
古着が一着八〇〇アーツで、それを二着。新品の肌着と下着はそれぞれ五〇〇アーツで、こちらも各三着ずつ。〈ケットシー〉用のブラシが二〇〇〇アーツ。こまごまとした日用品は、一つにつき一〇〇アーツほどだろうか。
――すでに予算オーバーしていた。




