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探索と海



 夢を見た。山を登っている夢だった。すれ違う人に挨拶をして前へ進んでいく。途中で立ち止まり時間を確認すると2時だった。僕が昼過ぎに登るなんて珍しいなと思ったところで、頬の違和感に気づき、目が覚める。


「……んあ……?」


目線を向けると少女がソフトクリームを食べながら、スプーンで頬を突いていた。


「おはよう、ごめん。僕寝過ぎて……ってもう昼じゃないか!」


腕時計を確認し驚愕する。昨日の疲れで爆睡していたらしい。軽く筋肉痛もする。


「ごめん……!午前中を無駄にしちゃった……」


少女は気にしていないらしく、首を左右に振った。少女がいつ起きたのか知らないが、できれば起きた時に一緒に起こして欲しかったな、と思う。


 2人分の料金をカウンターにあったトレーに置いて、外に出る。今日は時間も考えて、周辺の商業施設や商店街を探索することにした。自転車はそのままに、2人で歩く。


まずバスセンターに行ってみた。乗り場がずらりと並んでいるのに、人もいなけりゃバスも無い。チケット売り場のタッチパネルは動いていて、券は買えるようだが、肝心のバスは来なさそうである。


町と同じように、近くのお土産コーナーやお弁当売り場には商品がズラッと並んでいた。日付はもちろん入っていない。


「これ本当どういうことなんだろうね。人がいないのなら一体誰が作って誰が並べてるの……」


もう慣れすぎて不信感を抱かなくなってしまっていたが、冷静に見てもやはりおかしい。しかし、自分の頭で考えてみても何も解るはずもなく疑問が積み重なっていくばかりだ。


 デパートや家電量販店も上から順に全ての階を見ていく。たまに声を出してみるが、返事が返ってきたのは家電量販店の案内ロボットだけであった。その足で商店街へ行き、少女と左右のお店に分かれ、片っ端から中を覗いていくが、人がいるお店は1軒も無い。


 休憩を挟みつつ周辺の裏通りや銀行、オフィスビルにも足を運ぶが、結果は全て同じで何も収穫はない。日が暮れてから歓楽街へ向かってみたが、ギラギラ輝くネオン街のど真ん中に僕達2人、ぽつんと立っているだけであった。


集中力もやる気も切れてしまい、長く延びるネオン街の1階だけを確認してネカフェに戻る。カウンターのトレーの上には、店を出た時に置いたお札と小銭がそのままになっていた。





 次の日は自転車に跨り、役所や住宅街を巡る。マンションも多いので1戸1戸、セールスのようにインターホンを鳴らしていく。ポーンと上品な音が何度もエントランスに響き渡るのを漠然と聞いていた。


「……どこか答えてくれる家があると思う?」


「…………」


僕の質問に間髪開けずに首を左右に振る少女に、だよねーと、どこか他人事のように返しながら番号を入力して、呼出ボタンを押し続けた。


 住宅がひしめき合う中心街では、1軒ずつ巡るだけですぐに日が暮れる。


「役所も無人とかさあ、住民票が必要になった時どうすればいいの?警察も消防もだよ……事件とか火事が起きたらどうす……いてっ……ごめんごめん冷静になるから」


疲れて回らない頭でぶつぶつ呟きながら自転車を漕いでいたら、少女に背中をべしっと叩かれた。外は黄昏時で街灯もポツポツと付き始め、家やマンションの明かりも窓越しに漏れてくる。


「……誰もいないくせに電気はついてるってどんな状態だよ……逆に怖いわ……」


はぁとため息をつきながら走る。慰めるように少女が優しく背中を撫でてくれた。





 山盛りになったトレーに今日分の料金を積み上げてネカフェを出る。今日は海へ行こうと決めていた。


「よし、出発しよう……!海まで2、30分くらいかかるかな。何か気づいたこととかあったら教えてね」


ペダルを踏み込み車道へ出る。車道を走るのにも慣れてしまった。


道なりに進んでいけば、段々と風景が開けてきて工場の煙突が見えはじめる。海沿いは工場地帯だ。


「お嬢さん見て!工場だよ!……ついでに幾つか覗いてみようか」


どんな時でも希望を捨てることなかれ。海へ向かう道から、工場方面へ舵を切った。





 穏やかな波の音を聞きながら、何をするでもなく地平線を見つめる。少女が靴下と靴を脱いで波打ち際で遊んでいた。


「……工場、格好良かったなー」


どの工場も人は居なかったが、建物や機械は男心をくすぐるものがあり、ついテンションが上がって長居してしまった。少女が冷ややかな表情でこちらを見ていたがこればかりはどうしようもない。男は昔から格好良い機械が好きなのだ。


「お嬢さーん!海はどう!?楽しいー!?」


ばしゃばしゃと音を立てて走る少女に声を掛ける。少し興奮した様子で大きく頷いてきた。工場の時とは正反対だなと思いながら、僕も折角だからと靴と靴下を脱ぎズボンを膝まで捲り上げ水際まで進んでいく。


片足を浸けてみると、思ったより水温は高く心地よかった。今は春か秋くらいなんだろうかと思っていたら少し大きな波がきて両足とも海へ入った。と同時に空と海の境界線が無くなる。よくみると空が、水に溶ける絵の具のように海を侵食していっているようだ。


「えっ!?」


驚いた時には足元の海まで空に染まっていた。足元の砂が無くなり、下に見えるのは空と雲だ。その瞬間地面を失った体はそのまま落ちそうになる。


「うわあああ!!」


反射的に仰け反りバランスが崩れ、びちゃんと尻餅をついた。地面についた手には湿った砂の感触が確かに伝わってくる。浅く呼吸を繰り返しながら恐る恐るあたりを見渡してみるが、そこには何の変哲もない空と海が広がっているだけだった。


「……何が起こって……今のは……?」


少女が何事かと近寄ってくる。


「あはは、ちょっと足取られて転けちゃった……って冷たっ!ズボンびしゃびしゃだ……」


そのまま呆けて座っていたせいで下半身はずぶ濡れになっていた。少女が手を引っ張って起こしてくれようとする。


「ありがとう。……ねえ今変な感じというか、不思議なことが起こらなかった……?」


「…………?」


「……ううん、なんでもない。たくさん遊んだらコインランドリー寄って戻ろうか!君もスカート結構濡れちゃってるし」


少女には何も起こらなかったようで、嬉しそうに頷いてまた走り始めた。その背中を見送りながら足元を見る。波が来るたびに柔らかい水が両足を包み込んでいくだけで何も起こらない。先程の恐怖を振り払おうと小さく首を振って、着替えるために鞄のところへ戻った。さっきのは見間違いなのだろうか。だが確かに地面が見えなくなった瞬間体が浮いた気がするのだが、一瞬のことであったし確かめようもない。


「……疲れてるのかな」


中心地とその周辺はこの数日で大方確認し終えている。ネカフェまでの帰路も、調べていない町を通って戻るつもりだ。


「……明日は1日体を休めて、一度家に帰ろう」


とりあえず行きたかった場所は全て巡れた。これからどうするか、また考える必要があるだろう。水を吸ってずしりと重くなったスラックスを持ち上げる。同じように僕の気分も重くなっていくようだった。





「よし、じゃあ帰ろうか!」


1日休息したおかげで体力も万全である。帰路は上り坂だらけになるので、筋肉痛が怖いなあと思いつつ気合を入れなおす。


第二の自宅状態になっているこのネカフェともお別れだ。山盛りになり崩れてしまったお札の上に今日の分をまた重ねる。


「お嬢さーん!行くよー!!」


漫画の棚を見ていた少女に声をかけた。





 カウンターの監視カメラモニターは今日も誤作動なく、動いている。カウンターが写っている映像には山盛りの紙幣と、男が店内の方に向いて手招きしている姿が写っている。そしてその後目線を下げ、笑顔で話しかけるとそのまま監視カメラの外へと消えていった。モニターに映っていたのは、最初から最後まで男1人だけだった。

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