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静かな街



 道路へ背を向け堀にかかる橋を渡る。本丸へ続く石段の前まで自転車で移動した。自転車の鍵も荷物もそのままに城を見に向かう。以前から堀の外の騒音はあまり聞こえない場所だったが、風も吹いていない今は本当に静寂に包まれていた。響いてくるのは自分たちの砂を踏む音だけで落ち着かない。そんなに広くはないので、すぐに辿り着いた。


「遠目からだと小さく見えるけど、近づいてみると案外大きいよね……入りたい?」


「……」


少女は首を左右に振る。近くで見たかっただけのようだ。一応入り口を覗いてみたがチケット売り場に人は居なかった。


「……城を見るのは初めて?」


そう聞くと静かに頷く。


「てことはもしかして中心街に来るのも初めてだったりする?」


これもまた静かに頷いた。会った当初は本当に何も知らないようだったので、箱入り娘として大事に育てられてきたのだろうか。


「お父さんとお母さんとは普段どんな所に行ってたの?」


少女は見つめたまま何も答えない。


「そういえば兄弟はいる?」


「さっき途中に寄ったショッピングモールとか、家族と一緒に行ったことは……」


首をどちらかに振る仕草も一切無く、少女の目線はゆるゆると下に落ちていった。


「……言いたくない?」


そう聞くとやっと頷く。


「そっかごめんね。いつか話してもいいよって気分になったら、是非君のこと教えてね」


一緒に暮らしてきて1週間、少女は自身のことを一切教えてくれない。もう少し仲良くなれば教えてくれるだろうか。


 しばらく城を眺めた後、少女は満足したようなので中心街へ向かうことにした。片道4車線の広い道路を少女と2人、自転車を押しながら進んでいく。


「……これだけビルが立ち並んでいるのに、人っ子一人見当たらないのはちょっと怖いね……」


こぢんまりしていた町と比べて風景は圧巻だ。商業施設が隙間なく立ち並んでいるのに、聞こえてくるのは店から漏れ出た音楽だけであった。


「はあ……街に着いたと思ったらなんだか疲れちゃった。もう夕方になるし、探索は明日にして今日はもう休もうか」


人に会えると思い期待して街に出てきた分、ショックが大きかった。少女もずっと固い座布団に座り続けていたから辛いだろう。


コンビニで夕食を買い、ダメ元でホテルを覗いてみる。フロントに人の姿はなく声をかけても反応はない。どうせ誰もいないのだからと、勝手に客室階まで行って扉を開けようとしてみるが、カードキータイプのオートロックで開くはずもなく。


「…………」


「……あー、うん。ネットカフェに泊まろうか」


部屋の前を通る際、どこか開かないかドアノブを執拗にガチャガチャしていたら、少女に何してんだこの人、と言う様な目で見つめられてやめた。少し悲しい。


 ホテルを出てネットカフェに向かう途中で少女が不意に足を止めた。


「……ここは本屋さん。小説とか漫画とか……色んな本を売ってるところだよ」


表に出ていた県外の観光雑誌を手に取る。○○年版と書いてる場所にはやはり数字は無く不明だったが、中身はリゾート特集らしく青い海の写真が何ページにも渡って掲載されていた。


「そうだ、海にも行ってみようか!ちょっと遠いけど町からここまでの距離と比べたら全然近いし。お嬢さんは海、見たことある?」


雑誌を見せるとじっと見た後、首を左右に振った。やはり海にも行ったことはないようだ。初めて街に来た少女の為に、探索がてら市内観光しようと決めた。




 ネットカフェに着き、カウンターで声をかけてみる。反応がないので少し身を乗り出して奥のスタッフルームを覗いてみたが人の気配は無い。そのついでにカウンターに置かれているモニターを覗き込んでみたら、部屋の状況を写したモニターと監視カメラ映像を映したモニターがあった。


監視カメラの映像がモニターに分割されて映し出されているが、客や店員の姿は一人として見えなかった。むしろこの状況で、動く影が映っていたら逆に怖い。


「すべての部屋が空いてるみたいだから、2人部屋のフラットシート借りよう」


一応大きな声でこの部屋借りますね!と宣言して中へ進んだ。料金は使った時間分に近いパック料金を出る時に払うことにした。人がいないから仕方がない。きちんと料金は払うから許してくれと心の中で謝罪する。


「ここにある漫画は好きなの読んでいいよ。あと飲み物とかソフトクリームも食べ放題。向こうにシャワー室があるみたいだから後で使おう」


貸出無料のブランケットを2枚取りながら話しかける。少女は天井まで積まれた漫画の棚とドリンクの種類の多さに驚いているようだ。


 選んだ部屋は思っていたより広く快適だった。靴を脱いで中に入り荷物を置いてあ、と気づく。自転車の鍵をつけたままだ。流石に街中で一晩中つけっぱなしは気持ちが落ち着かないし、唯一の移動手段である、無くなったら一大事だ。


「ねえ、ごめん。自転車の鍵を取り忘れたから下に降りてくるね。その間好きに寛いでて……」


少女に伝えようとしたら首を左右に振って、少女の指が少女自身を指さす。


「……ええと……?お嬢さんが鍵取りに行ってくれるの……?」


そう聞くと頷き、荷物からタオルと僕の着替えを取り出して押し付け、部屋から出ようとする。鍵を取りに行くから、その間にシャワーでも浴びてこいってことだろうか。


「あっ、えっと、ありがとう……!!…………鍵の抜き方わかるかな……」


返答を待つことなく少女はスタスタと出て行ってしまったので、そのまま厚意に甘えることにした。





 少女はエレベーターに乗り込み、ボタンを押し1階へ降りる。明るいアナウンスと共に扉が開き迷うことなく自転車を置いた場所に向かった。先程とは打って変わり、辺りは静寂に包まれていた。聞こえていた音楽も今は聞こえない。


小さくため息をつくと少女は自転車の鍵を外そうとしゃがむ。少々手間取り、時間がかかったが無事外せたので立ち上がった。そしてふっと動きを止める。少女が見つめる目線の先にはたくさんの店が並んでいた。その店と店の間に黒い人影がゆらりと立っている。


少女はそれをしばらくジト目で見つめていたが、興味なさそうに目線を逸らしエレベーターの方へ戻って行った。





「……ただいま。鍵取るの難しくなかった?ありがとね」


少女はこちらをみると小さく頷く。シャワーから戻ると少女はすでに部屋に戻っていて雑誌を見ていた。自転車の鍵はテーブルに置いてある。


お嬢さんもシャワーどうぞと話しかけながら隣に座る。チラッと目線をよこしてみれば、少女が見ているのは大人の女性向けの落ち着いたファッション雑誌だった。意外だなと思いながらパソコンの電源に指をかけた。が、ピと音がしただけで動かない。何度押しても駄目だった。少女側のパソコンも他の部屋のパソコンも押してみたが反応は同じだ。


「……駄目か……。存在する全てのパソコンが駄目なのか、ここのパソコンが、入店処理しないと使えない仕様になってるだけなのか、分かんないな……」


諦めてごろんと寝転ぶ。そうして先程本屋で見た旅行雑誌を思い出した。


「ねえお嬢さん……他の県には人間がいると思う?……いや、まだ県内も諦めたわけじゃないんだけどさ」


夢なら覚めてほしいと思いつつ目を瞑る。耳を済ませると、微かに自動販売機のブーンという機械音が聞こえてくる。目を瞑っていた僕は、少女が小さく首を左右に振ったのに気づかなかった。





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