交番と大通り
「ところでお嬢さん、お名前は?」
「…………。」
「今小学生?……まだだったらごめんね」
「…………。」
「お家はどこ?この辺りに住んでるの?親御さん心配してるかもしれないね」
「…………。」
「やっぱり誰も歩いてないなあ……。君は昨日僕と会う前はどうしてたの?皆が居なくなる瞬間を見たりした?」
「…………。」
「……ううーん、じゃあ気が向いたらでいいからさ!なんでもいいからお兄さんに教えてくれるかな!?」
「…………。」
少女にバレないように小さくため息をつく。家を出る前と変わらず、全然返事がない。
繋いだ手は離されないので嫌われてはいないと思うのだが、せめて言葉でなくても何かしらの反応が欲しいがそれもなく、困り果てていた。
「あ、そうだ僕携帯落としたかもしれなくてさ、道にもし落ちてたら教えて欲しいな」
「…………。」
「今日もいい天気だねえ。お巡りさん、いるといいね」
「…………。」
「あー………えっと……そ、そうだな……何か……」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「ああ…………」
もうダメだ、僕には無理でした。
会話を諦めしばらく歩いて行くと交番へ着いた。昨日と同じく信号は動いているものの、やはり車や人通りは無い。
「すみませーん!」
交番の中へ声をかけるが誰かがいる気配はしない。警察官が此処にいない時に繋がる電話が置いてあったので受話器をとってかけようとしたが、家の電話と同じく無音だった。
「すぐそばにバス停のベンチがあるからそこに座って待ってみようか」
交番を出てベンチに少女と一緒に座る。バスが来るかどうか確認もできるし一石二鳥だ。
会話もなくぼーっと座っていると、柔らかい風が顔に当たる。待てど暮らせど人もバスも来る様子はない。漫画だとひゅーと枯葉が舞う表現がピッタリだな、なんてのんきに思った。
ふと横を見ると少女が周りを見ながら足をブラブラさせている。
「暇だよね、遊んできてもいいよ。僕はここにいるからさ」
周りを指差しながら伝えると、こちらを一瞥し、ベンチから降りて道路の向こう側へ走って行った。ジャンプしたり、建物の壁を叩いたり、畑や道路にある草木をつついたりしている。
それを見て僕はベンチに浅く腰をかけ直し、空を仰いだ。
「あ〜〜〜〜。なんかものすっごく疲れた…………」
朝からずっと気を張っていたようで、少女の意識が自分から外れたとたんドッと疲れが出た。
「……空は何も変わらないな……しいて言うなら鳥が飛んでないくらい……」
言葉にしてはたと気づいたが、鳥の鳴き声も昨日から聞いていない。通り道の家にいる吠える犬も結局今日もおらず飼い主の家族と共に行方不明のままだ。
「もしかして人間どころか動物全て居なくなってる?」
……いやいやないない、そんな全ての動物を消し去ることなんかできないだろ、と頭を振る。まだこの状態になって2日目、結論を出すのはまだ早い。明日、いや、今日の昼にでも皆しれっと戻ってくるかもしれないじゃないか。そう言い聞かせて今度はどっしりと力強く座り直す。
「そうだ!大丈夫!昼になれば皆帰ってくる!!バスだって来る!大丈夫!!!」
拳を作って高らかに宣言すれば、雑草をつついていた少女がビクッとしてこちらを見た。
ぐうう〜とまぬけな音が辺りに響く。太陽はいつのまにか高く昇り、サンサンと輝いていた。
「ちくしょうめ……」
結局警官もバスも来ることもなく、時間だけが過ぎたのだった。
「お嬢さーん!もうお昼だしパン食べよう!」
飽きもせず周りをウロウロしていた少女に声をかける。持ってきた菓子パンを鞄から取り出し袋を開ける。小さめのクリームパン2個入、その1つを少女に渡す。とりあえずは腹の足しになるだろう。
「……どうしようかな……」
パンにかじり付きながらぽつりと呟く。
「ねえ、君の家はここから近いの?場所教えてくれる?」
少女はこちらを見向きもせず黙々とパンをかじっている。教える気がないのか、家がこの辺りではないのか、どっちかだろうか。
ただ少女がこの街に住んでいるならば、家族も消えている可能性が高いだろう。今までの時間、少女は僕の目の届く範囲から出ようとはしなかった。……家に帰っても意味がないということだろうか。
もしかしたらこの少女は僕に伝えるつもりが無いだけで、自分の状況をきちんと理解しているのかもしれない。
「ねえ、この状況が解決するまで一緒に住む……?流石に君を一人放っておけないしさ」
少女は最後の一切れを食べながらこちらを見た。
「一緒にこの世界がどうなっているのか調べていこう」
そう言って手を差し出すと、すぐ手を取ってくれたので肯定と受け止めることにした。
タッチパネルを押すとポン、ポンと景気の良い音がする。暗証番号を入力した後、カシャーっと蓋が開き現金が出てきた。
「……ATMは普通に動いてんだよなあ」
昨日と同じく大通りは人がいない。二人でお値段リーズナブルなファッションセンターへ行き、少女用の服を数着カゴに入れていく。
女の子の好きな服なんて良く分からないので少女が今着ている服と似ている物を選んで見せてみる。反応はないが嫌がられないので大丈夫なのだろう、さほど選り好みはないようなので助かった。
「スーパーはセルフレジがあるからいいけど、対面型レジだけだと困るよね…きっとおつりは貰えないだろうし」
おつりが大体100円以内になるように計算しながら選び終え、レジへ向かった。声をかけてももちろん誰も来ない。
コイントレーにお札をそっと置く。
「あの、ここにお金置いておきますね!確かに置きましたから!この服買っていきます!!よろしくお願いします!」
店に響き渡るように大声で叫ぶ。なんだかこそこそ泥棒しているようで気分は良くないが、誰もいないのだ。ちゃんとお金も置いた、盗みじゃない。仕方ないんだ。頭の中で繰り返し、袋へ詰めて店を後にした。
その足でスーパーに寄り食料を買う。
「この肉や魚はどうなっているんだ……?」
スーパーには普通に生ものが並んでいる。どれも新鮮で腐っているものは無い。もちろん消費期限の部分は未記入だ。食べても大丈夫なのだろうか、そもそも誰が並べているんだ……と不安になっていると少女がバッと身を乗り出してきた。陳列されている魚と僕の顔を交互に見る。
「もしかして食べたいの?」
そう聞くと魚を見たままぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「じゃあ刺身買っていこうか。他に食べたいものある?持ってきて良いよ」
そう伝えると少女は果物売り場の方へ駆けて行った。その間に弁当や惣菜を選んでいると少女が戻ってくる。右手に苺、左手に柿を持っていた。
「果物好きなんだね!いいよ。このカゴに入れてくれるかな」
そう言ってカゴを少女の高さまで下げるとそっと苺のパックと柿を置く。ふと苺と柿って同じ時期だったっけ……?と違和感を持ったが、少女がいささか嬉しそうに見えたので気にしないことにした。
「よーしできた!!」
晩ご飯を食べ終えて少し経った頃に叫ぶ。ちょうど風呂が溜まったと音楽も流れたところだ。
「お嬢さんこっちにきて、お風呂の入り方絵にしたんだ」
どこまで知っているのか、どこまで言葉が通じているか分からないので、絵を描いてみた。一緒に洗面所へ行き描いた絵を貼って説明する。
「ここのカゴに脱いだ服入れて……中に入ったらこの色の入れ物が体洗うソープで、この色がシャンプー、薄い色がリンスね。着替えはここに置いておくから、タオルで拭いた後着てね。歯磨きはまたお風呂出た後に教えるから」
少女は絵を見ながら静かに聞いていた。分かってくれたのだろうか。その後は鏡が気になるのか自分の顔をじっと見ている。
「じゃあお嬢さんお先にお風呂どうぞ……ってあれ!?」
あなたが先にどうぞと言わんばかりに洗面所の外へ少女は出た後、僕を残したまま扉をバンと閉められた。
「まあ、いいか……すぐ出るから先入るね!」
扉の向こうへ声かけて、服を脱ぐために眼鏡を外そうとアームに指をかけようとして気づいた。
「……何やってんだ僕……。眼鏡なんかかけてないじゃないか」
疲れてんだなあ、と思いながら服を脱いだ。
少女が風呂に入り終えた後、一緒に歯を磨いて布団を隣同士に敷く。なんだか子育てをしている気分だ。
「やっと布団で眠れるよ……昨日は床だったしなあ……昨日は勝手に寝ちゃって本当にごめんね」
少女は気にしていないのか、なんの反応もなく隣の布団に頭まで潜り込んだ。布団の山が出来上がる。
「電気消すね。おやすみ、お嬢さん」
声に反応するように、山がもぞもぞと動いた。