日なたぼっこの昼に
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うーん、今日はいやに西日が強いなあ……。
どうも、ここんところ疲れが溜まっているせいか、あったかい日を浴びると眠くなってきちゃって……ふわふわふわ。あくびが出てきちゃうなあ。
つぶらやくんは、前に暑いのが苦手って話してた気がするけど、日差しは大丈夫かな? 僕は時期を問わず、日を浴びるのが好きなんだ。ちょっと邪道かもしれないが、窓越しに浴びるものこそ、至高だね。縁側でうとうとするような、従来のパターンはご免こうむりたい。
――どうしてかって?
あの状態ってつまり、日差し以外にも、風とかの自然の恵みをもろに肌で受け止めているってことだろ? たいていは気持ちがいいし、身体にも好都合なことが多いとは聞く。
でも僕はそれ以上に、万が一の「ハズレ」を引かされることの方が怖い。いわば窓はバリアの役目ってわけだ。
――どんなハズレがあるのかって?
うん。これは僕の友達が体験したことなんだけどね。
友達もまた、日なたぼっこが好きな人らしい。
時間があって天気の良い日は、家のベランダに出て日差しを浴びつつ、うとうとしていたそうだ。
複数の部屋とつながる横長のベランダには、くたびれたビーチチェアが置かれている。普段はハンガーや布団はさみなどが、ごちゃごちゃ溜まっているそこだけど、友達の特等席でもあった。彼らをいったんどかし、背中を預けながら昼近くまで、あるいは陽が西に傾き出すまでゆっくりまどろむ。休日における友達の、やすらぎのひとときだったそうだ。
その日も、親が洗濯物を干し終えた後。空っぽになったチェアでのんびりくつろいでいた友達だったけど、不意に煙を思わせる臭いが、鼻へ飛び込んできた。
「たき火でもしてるのか?」と、身を起こしかけた友達の目の前を、黄色い砂ぼこりらしきものが通り過ぎていったんだ。
グラウンドの砂が巻き上げられたときと似ている。一瞬にして真っ黄色に染まった世界は、よほど恥ずかしいのか。見つめる友達の目を細かく叩いて、まぶたを無理やり閉じさせてくる。こすりたい衝動を耐えて耐えて、ようやく開いた時には、先ほどと変わらない景色が広がっていた。
まどろみかけの目は、すっかり冴えてしまったし、なんだか喉が急に渇いてきた気もする。家の中へ引っ込んでうがいをしたけど、渇きはなくならず。家でもちょうど飲み物を切らしていたし、買いに出ようとしたところで、もろもろの買い物も押しつけられたんだそうな。
コンビニで揃えられるものだったこともあり、手近なコンビニで用を済ませたんだが、少しむっとしたことがある。
イートインスペースのわきを通った時、使っていた人が急に椅子を引き、あやうくつまづきかけたんだ。実際、椅子に足が触った。
かろうじてかわしてから、きっ、とにらんだけど、座っていた青色の作業着姿の男はこちらを一瞥することすらしない。すぐ脇のゴミ箱にゴミを突っ込んで、外へ出ていってしまう。
「気分悪いなあ」と、ぱぱっと頼まれたものをカゴに入れ、順番待ちの列に並んだ。
前に並ぶ男も、先に椅子を引っかけてきた奴と、同じ作業着を着ている。しかもズボンの尻ポケットから財布を出すついでに、なんぼか尻をかいたのがはっきり見えた。友達は思わず、かごごと一歩引いたんだが、それがまずかった。
ぐっと、服の裾を引っ張られる。一瞬、息が詰まるかと思うほどの強い力で、襟が首に食い込んだ。
振り返るも、そのときにはもう、服から引っ張る力は消えている。そうして自分の後ろに立っていたのは、やはり青色の作業着を着た男。角刈りでコワモテな顔をしており、手にはウーロン茶のペットボトルが一本だけ。服を掴んでいた気配は見えない。
よくよく店内を見渡せば、自分以外の客は件の作業着の男しかいなかった。会社の名前は書いておらず、どこか近くの現場で働くドカタの皆さんかとも思ったが、工事などの気配は近辺にない。
店を出るまで再接触こそなかったものの、友達は落ち着かなかった。袋を下げて帰り道を急いだが、家のそばまで来たとき、つい目をぱちくりさせて足を止めてしまう。
いたんだ。あの作業着姿の男たちが。
目の前や背後にじゃない。ここから見える家のベランダ。先ほどまで自分がチェアでくつろいでいた空間に、彼らの姿があったんだ。
手前側の男は、布団たたきで干した布団を叩いている。全体をまんべんなく叩きながら、ときどき手袋をはめた手で布団をなで、何かを確かめているようだった。
こちらに背を向けている男は、窓や壁にはたきをかけている。やはり探るような手つきで、表面をなでていった。
不意に友達の両目が、ずきんとうずいた。ゴミが飛び込んできたかと思い、目を何度もしばたたかせたけど、涙をいくら流そうが、奥まった違和感は取れずじまいだったんだ。
あの光景を見て、友達に家へ乗り込んでいく度胸はなかった。あんな奴らを通す以上、家にいる親もタダじゃ済まないと思ったからだ。
警察を呼ぼうにも、ケータイはない。公衆電話はここから1キロは離れている。やむなく、近場をぶらぶらしながら時間を潰し、あいつらが退散するのを待った。下手に店へ入るや、またあの連中に囲まれるのはごめんだ。
建物の影に隠れながら家の玄関を見張るも、なかなか連中は出てこない。ベランダ側へ回っても、もう作業をしている男たちの姿はなかった。
思い切って、友達は正面から家へ入っていく。忍びやかに玄関を開けたが、ちょうど目の前の廊下を通り過ぎようとした母親が、「お帰り」と声を掛けてきた。
無事だったのか。でも、だったらあの男たちは何なのか。なぜ通したのか。
友達の言葉に、母親は首をかしげるばかり。こちらを騙す気配は感じられず、本当に何を言っているのか分からないという様子だった。
買い物袋を置き、部屋へ急行する友達。ベランダへ通じる窓を開けるも、やはりそこには誰もいない。布団、物干しざおにかかった衣類、ベランダに接する窓や壁。いずれにも目立った汚れ、目印のたぐいは見つからなかった。
キツネにつままれた心地で、いったん部屋の中へ戻る友達。
その顔面を後ろから。先まで誰もいなかったはずの背後から。ぐっと両こめかみごと、押さえてくるものがあったんだ。
キリキリと頭蓋骨の中へねじ込まれる痛みに、抵抗したり声をあげたりする力が一気に奪われる。必死にこらえる間、ぬっと後ろから顔をのぞかせたのは、コンビニで見た角刈りの男だった。
「やはり、あとは君の中か」
数秒、友達の顔を見やった男はそうつぶやくや、舌を出してきたんだ。
思いがけなく、長い舌だった。こめかみを押さえる両手は、その指をぴんと伸ばし、友達のまぶた付近をがっちり固定。まばたきひとつできない眼へ、やがて男の舌が伸びてきた。
ねっとりと、唾液に満ちた感触という予想は裏切られる。逆に水気が失せ、ざらつきさえ感じる舌先が、眼球とまぶたのすき間、その上下へゆっくり差し入れられていく。眼窩まで届いているんじゃないかと思うほど、鈍い痛みが目の奥をちょろちょろ走る。それでも動くことはできなかった。
やがて引っ込めた男の舌の上には、無数の小石が乗っかっていた。先ほど目にした黄色い砂と同じ、黄土色に染まったそれは、ところどころに黒い影が浮かんでいる。
「よし」とひとりごちる男は顔こそ離したが、頭はがっちり拘束したまま。引き続き、友達に声を出す余裕を与えないまま、そっとつぶやいた。
「ちょっと化石が砕けて、飛んでな。ここまで回収に来たわけだ。
放っておくと、ここで『起きかねない』。間に合ってよかったな」
ふっと顔を押さえる力が消える。友達が振り返っても、そこには誰も立っていなかったんだ。
目を丹念に洗った友達は、それから数日。ニュースを気にしたものの、化石関連に関するものを聞くことはなかったらしい。
また例の青色の作業着に関しても、ネットなどを使って調べたが、当てはまりそうなデザインの服は見つからなかったとか。