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親娘(仮)物語  作者: まさか逆様
3/4

テンペスト➂

   回らない首と、回った首


「つまらない! つまらない! つまらないーッ!」

「く、苦しいから……。分かったから、今日は土曜日だから、どこか外に連れていくから!」

 から四連発になったけれど、背後からスリーパーホールドをかけられ、チョーク絞めされて、頭が回らなかったからだ。

 恋人の杏から「父になって」と押し付けられた少女ミランダ……もとい、百合。名前の話をすると、あっさり「百合でいいわよ」と受け入れた。

「お父さんからしか呼ばれていなかったし、そのお父さんとも、滅多に会うこともなかったから、この世界でテキトーな呼び名があったら、それでいいわ」ということだそうだ。

 彼女は魔法使いの娘を自称しており、どうやら別の世界の人間らしい。理由はよく分からないけれど、どこかに幽閉され、そこから逃れようとして父親が使役する、魔法を使える魔物によって嵐を起こし、それに巻きこまれる形で、彼女はここまで……この世界に流されてきた、という話であった。何ともファンタジー要素満載な展開だけれど、それ以上に、思春期にもかかわらず無防備で裸になる、というファンタジーな部分も多くて……。

「……って、何脱いでいるんだよ!」

「だって、外に連れて行ってくれるんでしょ。この格好で出たら怒るじゃん」

「そうだけど……」

 六畳一間のこのアパートで、すぐに全裸になってしまう。ボクは一応、父親という位置づけであり、そういう意味では羞恥心を抱くこともないのかもしれないけれど、五歳の差しかなく、ボクは大学二年生である。その目の前で、中学一年生の女の子がぽんぽんと服を脱ぐって……。

「またインナーを着ていないじゃないか」

「え~、だって暑いんだもん」

「ダメです! この胸ポチ問題を解決しないと、外に連れていきません!」

 もう胸ポチ問題、と口にだすようになってしまったけれど、シャツの上からもその存在を主張する、胸のところのポチっとしたものは、インナーであるスポーツブラで隠せるのだから、ちゃんとインナーを着なさいと言っているのだ。けれど、部屋の中では暑い、といってインナーをつけない。もうそれは諦めたが、外に行くときだけはダメと言っている。

 ぶ~ぶ~言っているが、またシャツを脱いで、胸を露わにする。もう見慣れてきたといったら語弊もあるけれど、ここで着替えようとすれば、必然的に裸をみてしまうもの、と諦観した。むしろ、ボクの方がこそこそと隠れて着替えるのだが、そうすることがおかしい、と言わんばかりに、彼女はふつうにすぐ全裸になる。この辺りは、ずっと父親と二人暮らしだったこともあるのか、人前で裸になることがどういうものか、よく分かっていない印象であり、

「もう、アンタ、すぐ風邪をひくんやから、早く服着ぃ」という関西のオカンのような愚痴を言いたくなるレベルだ。

 来週から中学校に通う。この辺りは杏の根回しであり、すでに杏とともに、学校にも行って面接をうけている。一応、道に迷わないよう何度か学校までの道のりと、この付近の道案内もかねて、散歩につれていってはいるけれど、見るものすべてが新鮮らしく、毎回「うわ~❤」と、感動の声をあげる。最初は恥ずかしくもあったけれど、だんだんこんな純粋な反応をすることにも慣れてきて、今では微笑ましくみられる程度になってきた。

「あ、公園! 公園!」

 そういうと、百合はボクの手をひっぱって、公園に入ると、かけだしてブランコに乗る。この辺りは、まだ小学校低学年の子供のようだ。

 でもどうして杏は、彼女のことを「妹」ではなく、ボクに「父」という関係性で預けたのか? 年齢差でいうと妹で十分だし、妹萌えをする人たちにとっても訴求力があったはずだ。親と娘、という微妙な立ち位置であることもそうだし、彼女にとってそれがプラスになっているのかどうか……。何しろ、彼女は孤児ではないし、本当の父親がいるのだから。

 多分、仮の兄妹だと、さすがに目の前で全裸になったり、パン一でうろうろしたりという関係にはなりにくいのだろうし、その明け透けな関係は親娘ならでは、なのだろうけれど……。


 散歩の途中で、学校の制服をうけとる。この辺りはすべて、杏が手続きしたし、支払いもしている。彼女が名目上の保護者であり、またこの厄介ごとを引き受けたので当然ではあるけれど、あれ以来、杏とボクは会えていない。あえて会わないようにしているのでは? と勘繰れるほど、ボクがいないときに杏は百合のところに来て、連れ回しているようなのだ。

「早く着たい!」と、百合は制服をきらきらした目で見つめるので、アパートにもどることにする。

「一応、海外の学校に通っていたことになっているから、ちゃんと設定、憶えているよね?」

「大丈夫、大丈夫」

 その軽さが気になるけれど、本人的には人がいっぱいいるところに行けるのが嬉しくて、そこにどんな困難が待っているか? それが認識できていない。何しろ学校に行くのが初めてどころか、人がいっぱいいるところも初めてなのだ。

 これが子供をもつ、ということなのか……? 最初こそ、その無防備さにドキドキしたけれど、逆にそうやって明け透けであるからこそ、そのうちあまり気にならなくなった。今では注意できるようになったぐらいで、もう胸がぽちっとしていようと、股を開いて中が覗けていようと、大していやらしさも感じない。本当に「アンタはホンマ、羞恥心がないなぁ。股、ばちぃ~んと閉じとかんと! 大事なもん、丸見えやで!」と、関西のオカンのような小言を言うぐらいだ。

 今も部屋に入ると、すぐに全裸になって、制服を着ようとしている。もう目を逸らすこともなくなったし、それ以前に注意を払うこともなくなった。

「似合う? 似合う?」

 百合はくるりと一回転してみせるけれど、すぐにボクが気づく。

「また胸ぽちになっているけど……。何でインナーを脱ぐ?」

「え~、だって暑いし」

「インナーは着ていなさい。……それと、どうしてパンツを脱ぐ? パンツは基本、脱いじゃダメな奴だから」

「え~……。勢い!」

「学校では体操着に着替えたり、水着に着替えたりもするんだから。ちゃんと穿いていないと『はしたない』って陰口を叩かれるからね」

 基本、中学ではスカートの下は体操着だ、と口酸っぱく教える。それこそ田舎では冬になると、シャツの下にも体操着を着るぐらいで、体操着が下着の役割も兼ねるのだと、こんこんと説教する。

「人前で全裸になったらダメだからね」

「うい!」

 分かっているか、分かっていないかも不明だけれど、彼女もボクの娘だという自覚もでてきて、言うことには従ってくれる。腹が減ると暴力的になり、親であるボクを殴ってくるところは、反抗期というヤツか……。

 結構がっつりめのおやつをつくってから、夜のバイトに出かける。帰ってくるのは九時、十時ごろになるので、それまで待つと腹を減らせて、毎回帰宅時に殴られることになる。その予防としてのおやつだ。

「漫画も、ラノベも厭きた! 新作が欲しい!」

 家にいるときは撮りためた深夜のアニメをみたり、漫画やラノベを読んだり、はっきりいえば友達というものがいないので、遊びにも行けず、そういう時間のつぶし方になるしかない。

「そろそろバイト代が入るから、何か買ってあげるよ。今日のところは我慢して」

「やったぁー❤」

 本当の娘ができたら、こんな感じなのだろうか? 実際、さすがに中学生というわけにはいかないけれど、中学時代の友達の中には、すでに子持ちもいる。今のところお兄ちゃん以上、親未満のことはできているのかな……。


「やっぱり、変わりましたね」

 同じレストランのバイト先で働く、平 稀否がそう話しかけてくる。ボクはホールと厨房の掛け持ちで、忙しいときは両方をうけもつが、彼女はホールの担当だ。それは超美形の女性であり、ホールにだしておきたくなるだろう。厨房に隠しておくのは勿体ないぐらいだ。

「変わったように見える?」

「角がとれました」

「そんなトゲトゲしていた?」

「トゲトゲ……というか、ギスギスです」

「まぁ、お金がなくて気が立っていたこともある……のかな」

 どちらかというと、恋人である杏との自然消滅懸念もあって、何となく気がふさいでいたって感じかもしれない……。大学二年生になった途端、向こうから連絡がかかってこなくなり、少し苛立っていたこともあるのかもしれない。彼女は大学一年生になってからバイトに入ってきたので、ボクと知り合ったときには、ちょうどボクの心が荒んでいたときだ。

「学費も自分で払っているんですよね?」

「融資をうけないで、すべてバイトで払っているからね。それが母親との約束だったし……。平さんも、大学の学費は自分で払っているんだろ?」

「私は学費の融資をうけていますけど……。残りの分と生活費をバイトで賄う感じですかね……。バイトはここだけですか?」

「早朝は、お弁当屋の仕込みをしているよ。これはほぼ毎日、二、三時間の仕事をしているから、固定費として有りがたいところだね。後、土日は引っ越しと運送のバイトに登録していて、仕事があると連絡があるパターンだよ。こっちの仕事に影響しない、夕方までには終わるものだけ、受ける感じかな。実入りもいいけど、不定期なのが玉に瑕。でも、土日をお休みにできることもあって、月に四、五回入るだけでも、収入面ではだいぶ違うよ。平さんはこのバイトだけ?」

「今のところ……。夏休みには、もう少し働けるところを探そうと思いますけど、私も親から援助はうけられませんから……」

 平の私情については初めて耳にした。彼女も親からの援助がうけられないのだとすれば、バイト一つでは心もとないだろう。特に、融資をうけているといっても、学費も賄うなら尚更だ。

「でも、平さんなら毎日でもこのバイトに入ってもらいたい、と店長は思っているだろうね。何よりお客が増える」

 彼女の顔が少し赤くなったように感じられた。褒められたことで、照れたのかもしれない。

「ボクも、平さんが入ってくれると、お客さんも増えて、シフトに入れてもらえるかもしれないんだけどね。ボクの場合、お店が忙しくないと一番の首切り要因になりそうだし……」

「でも、古槍さんもほぼ毎日、シフトに入っていますよね?」

「君が入って、忙しくなったからだよ。昨年なんて、平日だと週に半分ぐらいは休んでいたのさ。それでもコンビニなんかより、よっぽど多くバイトできたし、いくつものバイトを抱えて調整するのも面倒だったからね。夕方のバイトはここと決めていたんだ。今年は君が入ってくれて、大助かりさ」

 今は、杏が資金面で協力してくれているけれど、これから百合にどれぐらいのお金がかかるか……。二人で暮らすので、細かい出費も増えている。なので、バイトに入るのは有り難くもあった。

 でも、ボクが丸くなったからか、同じホールで働いている稀否が、手が空くとこうして話しかけてくるようになった。

 元々、クールビューティー系かと思っていたけれど、意外とこうして気さくな部分もあるようだ。バイトに初めて入ってきたとき、ボクが色々と教えたときも、頷くばかりだったのは、人見知りだから、ということらしい。お客さん相手のこうしたバイトを択んだ理由はまだ聞けていないけれど、店長の馬越はそこそこバイトを大切にしてくれるので、給料の払いもいい。時給は変わらないけれど、臨時でお小遣いとしてボーナスをくれたり、それこそ二人分の賄いをもって帰ったりしても、嫌な顔をすることもない。彼女がバイト一つでもやっていけるのは、今はお店も繁盛していて、臨時ボーナスが多いからだ。

 こうして稀否が話しかけてくれるようになったのも、娘を育てるようになった効果なのか……。自分では意識していないけれど、周りからはちがってみえるようで、ボクにも変化が起こりつつあるのかもしれない。


 その日のバイトも終わり、賄いをタッパーに入れて、家路につく。最近は、稀否のことをアパートまで送るようになった。自転車の後ろに乗せていくだけではあるけれど、元々それほど遠くはないので、五分も走れば容易についてしまう。

 店長からも「夜、女の子を一人で歩かせるつもりか?」というお達しもあり、一緒にバイトを上がるようにもなった。よく話をするようになり、店長もそういう話をしやすくなったのかもしれない。

 彼女のアパートは女性専用のそれであり、中に入ったことはないけれど、最新の防犯設備が整っているそうだ。どうやら人見知り、警戒心の強さは彼女の特徴といってもいいかもしれない。

 ボクが暮らすような、昭和の香ただようアパートとちがって、そこは女の子。むしろ百合も、こういうアパートに住まわせた方がよいような気もする。稀否が二階に上がって、手をふって部屋に消えるまでがボクの仕事だ。

 昔から、女の子から警戒心を抱かれにくいタイプであり、家を知られても平気、と思われているのはやや心外でもあるけれど、お陰でこうして友達付き合いをできるのだから、痛しかゆしでもある。

 自転車を漕いで、自分の暮らしているアパートに向かう。もう夜は十時近くになっていて、歩いている人もいない。住宅街なので、近くの道路から微かに聞こえる車の音も、まるで耳鳴りのようでしかなかった。

 そのとき、不意にとびだしてきた者に気づき、思わず急ブレーキをかけた。

 両手を広げ、立ち塞がるようにして、睨みつけるようにしてくるので、相手はこちらを意識して飛びだしてきたことが分かる。ただ、明らかに人でない。人とは思えなかった。

 緑色の肌、血走ったような赤い目と、その中心には金色の虹彩――。

 化け物……。二メートル近い、筋骨隆々の巨躯に、腰辺りに布を巻いただけの姿はまるで鬼……、こん棒はもっていないけれど、昔話にでてくる鬼の姿をそのまま体現したようだ。

 そのとき、ふと思い出したのは、百合の言葉だった。「お父さんは魔物を使役していて……」

 これが百合の言っていた魔物……? 他に思い当たるフシもなく、かといって、この魔物をどうしていいのかも分からない。相手は魔法をつかえるらしいし、腕力でも勝てそうにない。

自転車に乗って逃げよう……。それ以外、この窮地を脱する術を思いつかなかった。そしてふり返った刹那、あっという間もなく、首の辺りを冷たいものが通り過ぎていくのを感じた。それは通り過ぎるはずのないものが、首の辺りを通り抜けていった感じであり、その瞬間、視界がふわっと宙に浮いたようになり、そのまま自由落下して地面に落ちた。

 そう、ボクの首は切断されてしまったのだった。

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