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親娘(仮)物語  作者: まさか逆様
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テンペスト➁

   下拵えと、下着設え


 翌朝、目覚めると、見慣れているはずの天井なのに、見慣れない角度と高さであることに気づく。そういえば、昨日はクッションなどを敷布団代わりにして、フローリングの床に直接、眠ったのだった。

 起き上がってベッドを見ると、すやすやとミランダが眠っている。本当にお嬢様なのだろうか……? ボクのTシャツは大きめにも関わらず、お腹をだしているため、おへそが丸出しだ。しかもボクのトランクス、ボクサータイプのそれを穿いているのだけれど、それなのに足をカエルのように開いているため、またしても太ももとの間にすき間が……。見ないようにタオルケットをかけて、ボクは彼女に声をかけず、部屋をでた。

 まだ夜が白々と明けるころで、自転車にまたがって颯爽と走りだす。

 しばらく走って辿りついたのは、仕出し……いわゆるお弁当屋である。チェーン店ではなく、個人がやっているお店で、ボクはここで下準備、下ごしらえをするアルバイトをしているのだ。

 紙に書いてある量に従って、野菜の皮を剥いて、所定の大きさに所定の分だけ切っていく。お肉も下味をつけるようなものは、ここで準備しておく。ご主人たちは夜まで営業しているので、朝早く仕込みの準備をするのは大変、ということでボクが雇われている。

 料理は得意だし、何より手が速いことが評価された。学校に通う前の二、三時間の作業であるけれど、お昼のお弁当の下ごしらえをほとんどボクが行っている。

「おはよう、未来」

 そういって声をかけてきたのは、この家の娘である羽二重(はぶたえ) 慧汀(けいてぃ)――。

 高校生であり、今も高校の制服を着て、厨房に下りてきた。両親が忙しい分、自分が学校で食べるお弁当をつくるために、こうして早起きをする。制服が汚れないようピンクの可愛らしいエプロンをつけ、食材はボクが準備していたものから、いくつかをとって、調理をはじめた。

「未来はもう夏休みじゃないの?」

「大学の夏休みなんて、始まるのは高校と一緒だよ。終わりが遅いだけさ」

「休みが長いなんていいなぁ」

「お金がないと、結局はバイト三昧だし、休み明けには試験が待っているし、そう楽しいものじゃないよ。むしろお金がある人は海外留学したり、海外旅行をしたり、そうであれば羨ましいけれどね」

「未来は旅行とか、行かないの?」

「学費も自分で働いて払っているから、旅行に行くお金なんてないよ。行く相手もいないし」

 これは、ボクが旅行に行こう、と言っても杏に拒否されて終わり、だから。彼女も旅行はあまり好きでないらしく、行こうと言いださないので、旅行という話すらでたことがない。

「そう……なんだ」

 慧汀は背中をみせつつ、そうつぶやく。今日のお弁当は野菜と肉を絡める肉みそ炒めのようだ。妹と二人分でもあり、豪快に鍋をふるう。

「じゃ、じゃあ今度の夏休み……」

「お姉ちゃん、おはよう……。あ、未来さんもおはよう」

 そこに入ってきたのは、慧汀の中学生の妹、美行火(びあんか)である。彼女たちは間違いなくDQNネームであり、本人たちに罪はないので、つっこまないでおく。

「美行火ちゃん、今日は早いね」

「今日は朝練だって、お姉ちゃんには言っておいたよね?」

「あ、あぁ、そうだったわね。すぐにつくるから」

「そろそろ大会?」

「今年はダメ。足首を怪我しちゃって、試合にはでるけど、練習不足なの」

「ケガしていたの?」

「激しく動かすと痛いって感じ? 先生は私のことを試合にだしたいみたいだけど、本調子でないのに出ても……ねぇ」

「エースだからじゃない? 期待されているんだよ」

「三年生だからね。でも、別に新体操に賭けてきたってわけでもないし、思い出づくりもいらなんだけど……」

 美行火はそういうけれど、先生の意図も分かる気がした。何しろ、この辺りでは美少女として広く知られる美行火であり、美を競う新体操において、その優雅な舞いは認知されているのだ。中学生の部活動レベルなので、実力を云々するレベルにないけれど、やはり見映えという点では抜群である。

 ただ、お弁当づくりで忙しい慧汀がイライラしはじめているのが分かる。こっちで楽しそうにしゃべっているのが、気に食わないのだ。

「はい、できたよ!」

 少しぷりぷりと怒りながら、慧汀は美行火にむかってお弁当をさしだす。

「お姉ちゃん、怖~いッ。また皺が増えるよ」

「皺なんてないわよ! まだピッチピチなんだから! JKだから!」

「JKも、卒業したらただの人、だよ」

「うっさいッ! 早く朝練に行きなさい!」

「行ってきま~す」

 美行火はそういって出ていく。仲が悪いわけではないけれど、姉にとっては奔放な妹にいら立つ、そんな関係が見え隠れてしていた。


 朝のバイトが終わり、アパートに帰ってきた。まだ朝早いけれど、ポストにA4サイズの封筒が入っている。宛名がないので、誰かが直接投函したものだ。大家さんかな……と考えつつ、二階に上がる。

 玄関のドアを開けると、いきなり右のカウンターパンチが、頬を襲ってきた。

「どこ行ってたッ!」

 いきなりパンチを喰らって、頭がくらくらしながら「バイトだよ。ボクは朝のバイトをしているんだ」

 そこにはミランダが仁王立ちしている。相変わらず、ハーフパンツを穿いていないので、ボクのトランクスのままだ。

「君はぐっすり眠っていたし、起こしちゃ悪いと思って……」

「書置きぐらい、していけッ!」

 なるほど、それは考えていなかった……。「悪かったよ。ご飯にしよう」

 食材を少しもらってくることもあって、朝から野菜たっぷりの豪華な食事になる。手早く調理を済ませ、朝食を準備すると、お腹がすいて短気になっていたミランダもやっと落ち着いてくれる。

「とにかく、着るものがないとどこにも行けないよね。ファストファッションのお店に行こうか……」

「この世界の、オシャレなお店がいい」

「いや、まずそのオシャレな店に行くための服を買わないと……その格好でオシャレな店に入ろうとしても、つまみだされるから」

 男物のTシャツとトランクスでは、外に出たとたん、捕まるかもしれない。

 それに、ボクの懐具合ではオシャレな店で、洋服を買うのはちょっと厳しい……というのもあった。

「今日は絶対に出たい講義は午後からだから、午前中のうちにお店に行こう」

「講義?」

「ボクは大学生なんだよ。まだ十八だからね」

「……おじさん」

「君と五つしか違わないから! ちなみに、夕方もバイトに行くからね。洋品店に行くとしたら、午前しかないんだよ」

 その方があまり人と会わなくとも済む、というのもあった。一応、ハーフパンツを穿かせて、Tシャツの上からも、ボクのシャツを上着のように着せて、ポチ問題も解決し、自転車の後ろに乗せて向かった。

 ただ、店に入るなり「オシャレじゃないわね……」と失礼なことを言いだす。何だかボクの彼女、杏と同じような反応で不安になるけれど、女性ものの服をいくつか選ばせて、試着室に入れた。オシャレなお店だと、それこそ年上の男が中学生ぐらいの少女を連れてくると、何ごとかと思われてしまう。面倒見のよい兄、という体裁でごまかすしかなく、それもまたしんどい。こういうお店の方が、兄妹で来ている風を装っても、違和感がなくてよい。

 世間知らずといっても、いきなり裸で試着室から飛びだしてくるような、無鉄砲でなくてよかった……。それでも、出てくるのがあまりに遅いので、声をかけてみることにした。「ミランダ……、ミランダ……。もういいかな?」

 応答がないので「開けるよ」といって、中を覗くと、着替えの途中で崩れ落ちたように倒れている姿があった。

「どうした? 大丈夫?」

「……ちょっと、眩暈がして」

 それどころではなさそうだ。もしかしたら、意識を失っていたのかもしれない。とにかく必要なものを買って、すぐに帰ることにした。

 家に帰って、ベッドに寝かす。ずっと具合が悪そうで、自転車の後ろに乗っているときも、階段を上がるときもふらふらだったので、横にすると、すぐに眠ってしまった。体調の悪い少女を残して、大学にいくこともできず、とりあえず彼女の横に付き添っている。

 朝、ポストに入っていた封筒を開けてみる。それは杏からだった。

 そこには中学校の入学手続きやらの、書類一式が入っていた。相変わらず、動きだしたら根回しも何もかもが素早い、さすが杏だ……。

 ボクは未成年でもあり、彼女の親にはなれない。要するに養子縁組はできない。名前をみると『古槍 百合』とある。名字をつかった……でも、百合……? ミランダでは間違いなく浮くだろうけど……。

 中学一年生に編入させるのか? 彼女の学力は分からないけれど、あまり頭がよさそうな雰囲気はない。どちらかといえば、お父さんと幽閉されていた、というぐらいだから、学校にも通っていなかったはずで、基礎的な学力についても足りていない可能性がある。もしかして、それもボクに教えろ、というのか……?

 しかし、その前にまず病院をどうするか? だ。恐らく保険証なんてないし、この世界での治療が果たして効くのだろうか? 杏に相談してみたいけれど、メールしか連絡手段もないし、そのメールをこちらからすると怒るので、未だに連絡もできずにいる。

 少女を助けるため……だ。思い切ってメールをする。

〝少女が倒れた。思い当たる点はある?〟

〝あるわ〟

 珍しく応答が速い。ボクも勢い込んで〝何?〟

〝昨日、お腹をだして寝ていた〟

 …………あ。シャワーを浴びた後で暑がったので、クーラーを少し強めにしてから眠った。ただでなくとも体が冷えやすかったところに、今朝みたら、まさにお腹をだして眠っていた。風邪をひいたのか……。その前は、嵐に巻きこまれてビショビショだったこともあるだろう。風邪をひく原因が、てんこ盛りだ。

 魔法使いの娘だと聞いて、こちらも身構えすぎていたのかもしれない。眠る少女をみて、そんなことを考えていた。


 夕刻からのバイトは、レストランのホールと、キッチンの併用という形だ。飲食店のアルバイトに二つ入っているのも、食事の賄を期待してのこと。料理が得意だったこともあり、腕前を披露すると、即採用となった。ホールとの兼用で、使い勝手のよさをアピールしたのも奏功したようだ。

 ホールにはもう一人、女性が雇われている。彼女は大学一年生で、四月に入ったばかりの新人だ。

「稀否さん、3番テーブルに」

 ボクが料理を渡すと、黙ってテーブルに運ぶ。愛想は悪いけれど、美形でもあって採用された。平 稀否(まりな)――。

 まだ大学一年というのに、かわいいというより美しい、という感じだ。これで愛想がよければ、看板娘としてこの店も大繁盛だろう。ただ、この徹底的な無愛想がいいというお客もいて、お店は彼女がシフトで入る夕飯時には、かなり混雑する。

 店長の馬越が料理のほとんどをつくっているが、ボクはその手伝いをして、ここでも下拵えをするのがメインだ。

 ひと段落してきて、ボクがホールにもどると、稀否がボクに近づいてくる。

「何かあった?」

 こうして無駄口を叩くことも少ないので、ボクも驚いて「な、何でもないよ。何か変わったところでも、ある?」

「いえ、別に……」

 そういうと、すぐに視線を逸らしてしまった。娘ができました、なんて言えば、まず頭がおかしくなった、と疑られるだろう。ただ、あまり他人に関心をむけない稀否にも指摘されたことで、外見に変化でもあるのだろうか? 注意しないと……。

 バイトが終わって、アパートに戻って、ドアを開けると「とりゃぁぁぁぁッ!」という掛け声とともに、右のカウンターパンチが襲ってきた。

「な、何をするんだ⁈」片膝ついて、仁王立ちするミランダを見上げる。

「どこ行っていたのよ!」

「バイトに行くって言っておいたよね? それに、出がけにも声かけたよ。ちゃんと『うん』って返事もしたし」

「知らないわよ、そんなの!」

 眠くなりやすいタイプの風邪薬だったし、寝ぼけていたのかもしれないけれど、ちゃんと声をかけていったボクとしては、理不尽に殴られたのも同然だ。ただ、こういうときに口答えすると、さらに理不尽が増すことを杏で体験済み。反論は諦めることにした。

「風邪はどう?」

「風邪なんてひいてないわよ! 私は風邪なんてひかないんだから!」

「そういうと、何とかは風邪ひかないってなるからね。それより、腹が減って気が立っているんだろ? 夕飯は持って帰ってきたから」

 賄いをテイクアウトしてくるのが日課だ。お店はまだ開いているけれど、夜はお酒がメインとなるので、店長一人でも回せる。お店にいても未成年なのでお酒も飲めないし、いても仕方ないので、自分でタッパーをもっていって、賄いをそれに入れてお持ち帰りする。今日は二人分だ。

 お腹が空いていると不機嫌になるミランダも、食事をとると大人しくなる。

「学校に通いたい?」

「学校……何それ?」

 そういえば、講義という言葉にもピンと来ていなかったようだけれど、学校も知らないなんて、本当にどこの世界の子なのだろう?

「同い年ぐらいの子が集まって、色々なことを学ぶ場だよ。君は十三歳だっていうから、中学一年生だ」

「ふ~ん……。この世界では、そんな面倒なことをしなくちゃいけないんだ」

「小さい頃は勉強して、大人になって役立つようにって……。学校に行っていなかったのなら、勉強はしたことない?」

「本はいっぱい読んだけど、勉強ってしたことない!」

 自慢げにそう告げる。これは先が思いやられる……というか、その前に。

「胡坐をかくのはやめなさい! というか、ハーフパンツはどうした? 下着だって買っただろ?」

 相変わらずボクのトランクスを穿き、Tシャツのポチっ問題も解消されていない。

「別に、部屋にいるからいいじゃん。外出するわけでもないし。私これ、気に入っちゃった❤ 涼しいし」

 トランクスをつまみ上げるのだが、それは涼しいだろう。今だって、その奥が丸見えだ……。ボクは頭を抱えながら、色々と教えなければいけないことが多くて、大変であることを覚悟していた。

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