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親娘(仮)物語  作者: まさか逆様
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テンペスト①

   分からぬ動静と、分からない同棲


 ボクは、ふつうの大学二年生――。

 人とちょっと違うことと言えば、八歳上の彼女がいること。

 しかも彼女は、誰もが羨むほどの、超美形のお姉さま。さらに社会人ということもあって、デート代もすべてだしてくれる、貧乏学生には有りがたい特典つきだ。

 ただ、上手い話には必ず何かある。裏がある。素敵なお姉さまには欠点もある。

 こちらから連絡すると怒るくせに、ほとんど連絡も寄越さず、突然メールが来たと思ったら「○○時に○○に集合」と、余裕も、交通手段もない中、無謀なことを言いだす。少しでも遅れたら怒りだすので、自転車を死に物狂いで漕いだのは二度、三度のことではない。

 映画館に行けば、五分で「つまらん!」と言って席を立つ。

 レストランでは「まずい!」と言って、フォークを放りだす。

 周りの迷惑なんて厭わない。誰の目も気にしない。

 わがまま、気まま、ふり回し系の彼女なのだ。

 彼女みたいな女性は包容力のある年上の男性か、ボクのような年下で、従います系でないと、まずついていけないだろう。それでもボクたちは上手くやっている……つもりだった。

 そんな彼女からもう二ヶ月、連絡がない。

 自然消滅――。嫌でもそんな言葉が脳裏を過ぎる。

 SNSは「嫌い!」といって、やっていない。電話番号も知らない。唯一の連絡手段であるメールがないと、こちらからは連絡をとりようもない。怒られるのを覚悟して、連絡をしてみようと試みるも、それが最後の幕を引くかも……と恐れて、ボクは動けずにいる。


 そんなある日、短針がてっぺんを回ったころ、アパートの部屋の呼び鈴が、まるで道路工事のドドドドドッというブレーカーで地面を割るのと同じぐらいの勢いで、連打された。

 そのハチャメチャさに、ボクは若干の嬉しさすら醸しながら、ドアを開けた。まさにそこにはボクの彼女、羽佐道 杏が立っている。

 ただ、髪から服からずぶ濡れ、びちょびちょだ。

 雨なんて降ったか……?

 そんな問いをかける間もない。杏は右手をガッとボクの首に回してロックをかけると、自分の方に引き寄せ、そのまま激しく唇を重ねてきた。

 服が濡れる……。そんな感想すら吹っ飛ぶほど、久しぶりの、何度も重ねたはずの唇が愛おしく、ボクもむさぼるように彼女の唇を吸った。

 ただ、すぐに違和感に気づく。まるでそれは、別れを惜しむような、そんな激しさにも思えたからだ。

 杏は唇を放すと、すぐにじっとボクを見つめてくる。そのまま噛みついてきても、きっと覚悟を決めただろう……そんな真剣な表情で、まるで目に焼き付けておこうとでもするかのように……。

「子供をあずかって」

「…………え?」

 言葉の意味が分からず、またキスの余韻に浸る間もなく、彼女が左腕を引き寄せると、そこに引っ張りこまれるようにして、少女が現れた。

 少女もびちょびちょだ……。怯えたように、左手で顔の半分を覆い、掴まれている右の手首は、鬱血するほどでもある。

「彼女を守って。そして、父になって!」

 杏はその少女をつきとばしてきた。ボクがそれを受け止めたのを確認すると、ドアを激しく閉め、廊下を駆けていく音だけを残して去ってしまった。

 ボクも腕の中にいる少女のこともあって、追いかけることもできない。

 相変わらず、突拍子もない行動をとる……。ボクも苦笑いを浮かべるけれど、彼女の表情、言葉の意味が推し量れない。

 そして腕の中にいる、中学生ぐらいの、髪の長い少女――。

 誘拐……? いくら破天荒とはいえ、杏は法を犯すようなタイプ……まぁ時おりはぎりぎり、ということもあるけれど、重大犯罪に手を染めるようなことはない。何らかの事情がある……はずだ。

 頭からすっぽりとかぶるだけの、時代錯誤感すらただようドレス、梳られていない黒い髪も、今どきの女子中学生には見えない。ボクもそんな少女を見下ろし、途方に暮れるばかりだった。


「えっと……、名前を聞いていいかな? ボクは古槍 未来」

 少女はしばらく胡散臭そうに、ボクのことを見上げていたけれど、そのうち「アンタ……誰?」

 口が悪い……と思ったけれど、このぐらいの年頃の少女であれば、年上の異性に対して敵意に近いものも感じるのかもしれない、と諦めて「さっき君のことを連れてきた女の人の、彼氏だよ」

「彼……氏?」

 最近の中学生は、恋人をそう表現しないのか? 「恋人だよ」

「あぁ……」少女はやっと理解できた、と言わんばかりに「私、ミランダ」

 ミランダ……? 黒髪、東洋系の顔立ちなのに……? 中国人が西洋風の名乗りをすることもあるし、DQN、キラキラネームか……。後者の場合、本人に罪はなく、むしろ被害者ですらあり、ツッコむのは悪い気もする。むしろ受け取る側の立場としてはイライラネームでも、ここは大人な対応をしておくことにする。

「じゃ……じゃあ、ミランダさん、まずはお風呂に入ろうか。濡れた服のままだと、風邪をひく」

 見ず知らず、初対面の男の部屋で、いきなりのお風呂はハードルも高い……と思いきや、あっさりと頷く。

 ただここは単身者用のワンルームのアパート、ユニットバスには脱衣所すらない。玄関を入ってすぐ、左手にキッチンとして一口の電気コンロと、小さなシンクが並んでいて、右にユニットバスだ。

 六畳間との間にカーテンをひくと、仕切ることもできるけれど、キッチン側の電気をつけるとシースルー。部屋の中からは丸見えとなる。

 築六十年を超えた軽量鉄骨造りのアパートで、ユニットバスなどの設備もそれなりに古く、少女は明らかに戸惑っている。使い方を教え、タオルを準備しつつ、着替えを考えてみる。

 ゆったりめの白いTシャツと、運動用に買っておいたハーフパンツ、それと……。「女性用の下着はなくて、ボクサータイプのトランクスしかないんだけど……これは嫌だよね? 買ってすぐに洗濯しただけで、使用したことはないけど……」

 グレーの男性用トランクスをみせると、少女は黙って受けとった。杏は清潔感を重視するタイプであり、そのため部屋は掃除がいきとどいているし、新しいパンツも準備しておいてよかった……のかな?


 少女がシャワーを浴びている間、時間もできたので、状況を整理してみる。

 杏は無軌道、無計画なところはあっても、スジの通らないことはしない。自分が納得できないことには徹底的に噛みついてくるけれど……。

 何か理由があって、ミランダを連れてきたのは間違いない。問題は、どんな事情があって、いつまで「あずかって」なのか? それに六畳一間、むさ苦しい男との同居は、少女にとっても望ましいことではないはずだ。

 それに杏はその後で、何と言っていた? 「彼女を守って。そして、父になって」…………え?

 ミランダがシャワーから出てくる音がする。見てはいけないので、窓の方を向いていると、カーテンがシャッと開いて、ふり返ったボクはギョッとする。

 白いTシャツのそこには、まだ成長途上とみられる双曲部の、そのトップはここですよ、と言わんばかりに主張するものが二つ、浮き上がってみえる。しかもハーフパンツを穿くこともなく、Tシャツの下から覗くのはトランクスの下半分だ。

「もう少し小さいの、ない?」

 腰を指さして、そう尋ねてくる。お尻まわりの肉づきがふっくらとして、女性らしくなるのは、もう少し先のこと。新品でゴムが強く、今は落ちないけれど、男性用トランクスでは大きかったのだ。ショートパンツのようでいて、それとちがう点は、その奥には生の……。

「きょ、今日は我慢してくれよ。とにかく、早くハーフパンツを穿いて」

「嫌、暑い!」

 駄々をこねるミランダに、仕方なくクーラーの温度をさらに下げて「早く髪を乾かして。濡れたままだと、それこそ風邪をひく」

 ドライヤーと鏡を手渡して「深夜だから、ロウで」と告げるも、少女はしばらくそれを眺めて「使い方……分からない」

 ナゼ片言……? というか、ドライヤーの使い方も知らない……? 洗面所はあるけれど、ユニットバスの中にあるので、お風呂をつかった後は、湯気で曇ってつかえない。仕方なく六畳間にすわらせ、ボクがドライヤーで乾かすことにした。以前、杏からおねだりされて、何度かやったこともある。

 ミランダはどっかと胡坐をかいて、ボクがその背後に膝立ちをするのだが、困ったことが起こった。暑いらしく、Tシャツの襟首をつかむと、そこをグッと広げ、空気をおくるためにパタパタとし始めたのだ。

 丸見え……ならぬ、丸いものが見えてしまう……。ここで「見えているよ」などといえば、見たことを教えるようなものだし、かといってガン見していたら、鏡越しでもその怪しさはバレバレだ。

 しかも先ほど、杏とかわした濃厚なキスによって感情が昂っていることもあって、欲望にもまた逆らい難く……。

 ただここでもし、女子中学生に手をだすようなことがあれば、杏に殺される……と思うから、自制心も働き、目を逸らす。今はただ、ミランダの無防備さを逆に恨めしく思うところだ。

 髪を乾かし終わって、改めて正面から少女を観察する。

 ミランダは杏の娘……? 年齢からすると、杏が十代の前半で産んだ子……となるから、さすがに邪推に過ぎるだろう。何より似ていない。杏はきりっとした印象だけれど、彼女はくりっとした丸い瞳をもち、可愛らしい印象だ。

「食事は?」少女は首を横にふる。

「事情を聞いてもいいかな?」

 尋ねてもいいかどうか、悩んだけれど、ボクも巻きこまれた立場で、事情を知っておくべき、と判断した。何より「守って」はいいけれど「父になって」は、まったく理解できない。

「本当に……聞きたい?」

 ミランダは意味ありげな笑みを浮かべつつ、悪戯っぽくそう尋ねてくる。ボクが頷くと、彼女は小さな声で答えた。

「お父さんが、魔法使いなの」


 現実離れした告白に、ボクは現実逃避した。「お母さんは?」

「いない。私はお父さんと二人だけで、島に幽閉されていた」

 逃避したつもりだったのに、より迷宮にはまった。

「お父さんは魔物を使役していて、魔法がつかえるのは、その魔物。その魔物は私のメイドも務めていた」

 メイドがいるだけでもかなり驚くけれど、魔物でメイドと聞くと、さらに想像が逞しくなり……否、逞しいメイドを想像してしまう。

「お父さんは、その幽閉状態から逃れようと、通りがかったグループを嵐に巻きこんだ。私はその嵐に巻きこまれ、流された……」

 それでびちょびちょだったのか……? ただ、どこの街の話だろう? 局所的とはいえ、この付近で嵐がおきたら気づきそうだけれど……。

「なぜ、幽閉を解くためにそのグループを嵐で襲ったの?」

「昔、お父さんを嵌めて、幽閉した人たちだって……。だから、今度は仕返しするんだって……」

「それで、その幽閉は解けたの?」

「さぁ……? 私は流されたので……。漂流していたところを、あの女の人に助けられて……」

「それで杏と知り合ったのか……。杏にもその話を?」

「ええ。あの人は『面白い!』といって、私の手をとって、ここまで引っ張ってきたんだけど……」

 杏の言いだしそうなことだ……。自分の興味をもったことなら、どんな困難があろうと、とことんのめりこむ。魔法や魔物と聞いて、彼女が飛びつかないはずもなかった。でもそうなると、何でボクに少女をあずけた? 彼女の気質なら自分で解決してやろう、とするはずだ。

 今はちょっと手が離せないので、一先ずボクに預けた……ということ? だとすれば、また杏に会うこともできそうだけれど……。

 ただ、まだ「父になって」の意味が分からない。

「実は、私のお父さんは、私のことを結婚させようとしているのよ」

「……え? どういうこと?」

「その幽閉した人たちは、今偉くなった人たちだから、私を結婚させれば、自分が復権できる、と考えている。だから、そのエライ人の息子と私を結婚させようとして、私を嵐の中につれだした。私はそれが嫌で、そうしたものから逃げて、漂流したっていうか……」

「結婚は嫌なんだ……?」

 ミランダはバンッと片膝立てて、いきんで言った。

「当然! ここにはなんて多くの素敵な人たちがいるんでしょう! 人間ってなんて美しい。あぁ、すばらしき新世界! 私はこの世界で、もっといっぱい、色々な人と知り合って、相手を探すの!」

 やっぱりどこか別の世界から来た人、なのか……? ただの厨二病や、妄想少女というのだったら、どれだけ気が楽だったろう……。

「それに、まだ結婚なんてしたくない! あの女から『ここに来れば結婚を免れる』と聞いてやってきたのよ。アナタなんでしょ? 私の父親になって、理不尽な実の父親からの要求だって、はねつけてくれるって言うのは」

 杏の言っていた『守って』と『父になって』が、ようやくつながった……が!


 ボクは、ふつうの大学二年生――。

 人とちょっと違うことと言えば、五歳下の娘(仮)がいること。

 しかも彼女は、誰もが羨むほどの美貌をもちながら、超がつくほどのお嬢様にして常識知らず、世間知らず、かつどこの世界にいたのかも分からないけれど、人間にも慣れていないためか、超無防備で、裸をみられても平気なのは、まるで未成熟な子供のようでもあって……。

 今も、片膝立てて決意を語ったミランダだけれど、ボクのかなり大きめのトランクスを下着代わりに穿いて、座ったまま片膝なんて立てたら……。

「片膝を立てるなんて、行儀が悪いよ! ちゃんと座りなさい」といって窘めると、文句を言いたそうだったけれど、ミランダは直った。

 それは行儀を教える、躾……なんて類の話ではない。だぶだぶのトランクスでは太ももとの間にすき間ができ、そこから秘部がみえそうになっていたのだ。いや、もう何がどこまで見えていたかは、ご想像にお任せします……。

「とにかく話は分かった。もう、今日は寝ようか」

 事情は理解したけれど、納得はできていない。でも、今はこの不条理にして、不都合な事情について、斟酌することすら疎ましかった。

 この自称、魔法使いの娘であるミランダと親子になる、という展開に、ボクもまだ戸惑うばかりだ。彼女の「嵐に巻きこまれた」話を真剣に受け止めることができず、また彼女の親権を受けもつことにも、現実感すら抱けずにいる。この後、ボクを(テンペスト)に巻きこむものだとも気づけずに、最後になるかもしれない安眠を貪ろうとしていた……。


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