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これもお忍びのはず

ケーテルがふと顔を上げた。視線を辿れば、ダンテがこちらに戻ってくるところだった。

ダンテは気づかれたことに気づいてニコリと笑み、すぐに目の前に到着した。


「アリア様。どれをお召し上がりになりますか。甘さが違うというので、5種類全て買いました」

「わぁ」

気が利く。さすがは名家の使用人だった。

ブルドンと一緒の時は態度が悪かったが、つい厳しくなるという影響かもしれない。

そういえば、ブルドンが倒れた時に後頭部強打を救ったのもダンテだし、ダンテは今もブルドンのために動いている。


ダンテは紙袋に並ぶエクレアを見せた。

「アリア様から見て左から、ビター、チョコレート、ミルク、ストロベリー、キャラメルです。キャラメルが最も甘く、ビターが最も甘さが控えめだということです」

「チョコレートが良いわ。ありがとう」

アリアが笑顔で選び取ると、ダンテもニコリと笑んでくれた。


次はケーテルに品物を見せている。ケーテルは少し首を傾げて、ストロベリーを選択した。

「ではお預かりしておきます」

とダンテが言って紙袋の口をたたむ。


「ダンテは食べないの? 嫌い?」

とアリアが尋ねると、

「いえ、嫌いというよりは、2つ目を召し上がるのではと思いましたから」


「・・・ダンテが食べたくないなら別だけど、食べるなら一緒に食べましょう」

アリアが問うように尋ねると、ダンテが少し驚いた。


「・・・お忍びの最中だからでしょうか?」

と言うので、

「そうよ」

と教えるためにも頷く。


ケーテルとも一緒に食べるのだ、買いに行ってくれたダンテも同じ方がこちらとしても嬉しい。

とはいえ、他人行儀にならざるを得ない、他家の使用人だから仕方がない。それを使い走りにしてしまったが。

「お嫌いでなければ、召し上がってはいかがですか、ダンテさん」

ケーテルが口を添えたので、ダンテは手を付けることにしたようだ。

「では、ビターをいただきます」


「えぇ。一緒に食べましょう。ダンテもどうぞ座って」

「は」

ダンテは非常に短い返事をし、少し躊躇ためらった後、アリアの左隣の位置に座った。

驚いたが、アリアの右隣に座るケーテルのさらに右隣は若干遠いからかもしれない。

向こうも少し困っているようなので、ダンテとしても、どの位置が正解か分からなかった様子だ。


まぁ気にしないことにした。


アリアとケーテルとダンテは、一緒に柔らかい日差しに当たりながら、一緒に噴水のフチに並んでお菓子を食べた。

美味しい。

この世界は、前世で女性が好むスイーツが豊富にそろっている。幸せだ。


「暗殺がなかったら最高だったのに」

呟きはうっかり口に出ていた。


「平和な暮らしですもの、大丈夫ですわ」

ケーテルがすかさずフォローしてくれた。口に出してしまったことに焦ってアリアは照れ笑いをケーテルに返す。気になってそっと左のダンテの様子を見れば、真顔でアリアを見ていた。


「ダンテさんも助けてくれますよ。ねぇ、ダンテさん」

「・・・え?」

ケーテルのそんなフォローの言葉に、ダンテが戸惑ったのは仕方がない。彼は他家に仕える上、ケーテルのようにアリアの抱えた恐れを知らない。


誤魔化すためにアリアは会釈をダンテに返し、あと一口のエクレアを片付けた。

幸せだ。


死にたくない。


***


食べ終わったアリアのために、ダンテがもう一つ食べるかを聞いてきた。

満足したことを伝えると、ではお土産に、とケーテルにその紙袋が渡される。ケーテルが嬉しそうだ。


皆が食べ終わってのんびり一息ついた頃、アリアは別れを告げた。

「それでは、そろそろここで。ブルドンお兄様に、どうぞよろしくお伝えくださいませ」

「・・・はい。今日はご一緒させていただき感謝申し上げます」

ダンテが気づいて、少し寂しそうに笑った。


あれ。

お別れを切り出したのは、早すぎた?

タイミングとして丁度良いと思ったのだけど。または、合図して、ケーテルから言ってもらった方が良かった?


庶民用の家に行くとしても、まだもう少し余裕はあったため、寂しそうな気配に少し罪悪感が湧いた。


「そういえば、ダンテは、ブルドンお兄様の付き人になったのは最近なのですわよね」

「はい」

突然の問いに、ダンテは少し真顔で答えた。


「お休みで町に出て来られるのはまだ慣れていないとか?」

「そう・・・ですね。今日で2度目です。前は生活のための品を揃えましたね」


そうかー。町にまだ慣れていなくて、ひょっとしてやっと溶け込めたと思ったらまた一人で寂しいとか?

うーん。


アリアが悩んでいるのを察したのか、ダンテが礼儀的な笑顔を見せた。

「ブルドン様には、今日、町でお会いしてお菓子を御馳走になった事、健やかにお過ごしである事など・・・お伝えいたします」

向こうからの重ねての別れの挨拶だ。


アリアも会釈した。

「えぇ。ブルドンお兄様に、またお茶をいたしましょうともお伝えください」

「はい。今日は楽しい時間を有難うございました」

立ち上がり酷く丁寧な礼をして、ダンテはゆっくり歩いて去っていった。


「・・・ケーテル。私、言い出すのが早すぎたかしら?」

「いいえ、充分良いタイミングでしたわ、アリアお嬢様」

真顔で確認したアリアに、ケーテルも真顔でそう答えた。


そっか。少し寂しそうに見えたけど、他家の使用人だし、このあたりで良かったはず・・・。

少しダンテが行ってしまった方向を見つめて、アリアとケーテルも立ち上がった。


***


アリアはケーテルを、自分の庶民用の家に案内した。


立派ですわね、とケーテルは驚きつつ、ホコリが気になったようだ。

とはいえ仕方ない。頻繁に来れないし、住み始めた時に掃除すれば良いと思っている。


なお、両親はこの家の場所も知っている。ただし、兄には場所は秘密である。

優しくて仲も良好だが、兄も攻略対象者で、数年後にはアリアの敵になるかもしれない。


台所に向かったアリアは、お茶を入れる準備を始めた。

来た時に楽しみたいからと以前に買った茶葉は残っている。

道具も全て一度洗い直して、お湯を沸かす。


「慣れていらっしゃいますね」

ケーテルが驚いた。


「ずっと、庶民になって生きようって思ってたから」

加えて、前世の記憶があるからだ。


「私もお手伝いさせていただいても?」

「えぇ」


ケーテルは茶葉を確認して容器に入れ、アリアに尋ねた。

「エクレアがあと2つ残っておりますが、どうされますか?」


先ほど食べたばかりだ。


「半分ずつして食べるという手段がございますわよ」

ケーテルがイタズラのように笑うので、アリアは笑った。


「じゃあ、食べましょう」

違う味を半分ずつという提案はとても魅力的だ。甘いものは別腹だし。


ケーテルも嬉しそうに、ふふ、と笑った。


***


居間のテーブルに運んで、お茶とエクレアで小さなお茶会をする。音楽も鳴らす。

その後は、3階まであるこの家の部屋を全て見せた。

衣装や小物も見せた。全て、自分で少しずつ買いそろえたものだ。


再び居間に戻ってきた時、

「ケーテル、あの」

緊張を覚えたアリアはつばを飲み込む。けれど言おう。

「怒らないで、聞いてくれる?」

「・・・何でしょうか」


「もし、私が死んだら、この家、使ってくれる?」

「・・・」


「私の、楽しい夢を一杯集めた家なの。暮らす事を楽しみにしたかったの。ケーテルもきっと助けてくれる。でも、無理だったら、この家を使ってくれる? その方が良い」

「お嬢様」


ケーテルが立ち上がり、俯いてしまったアリアの手を両手で握った。

「いいえ」

断りの言葉にショックを受けた。アリアは震えた。


「私は、お嬢様が庶民になれるよう尽力いたします。ですから、そんなことはおっしゃらないでください」

「ごめんなさい。でも。・・・誰に殺されるのかも分からないから」


「味方をたくさん作るのです」

「でも、お父様もお母様も、きっとお兄様もエドヴァルド様も私の味方なのに、私は殺されてしまうの」


「では殺される前に逃げるのです」

声も眼差しも強く真剣だった。


「宜しいですか。逃げる先の候補は、この家1軒のみというのは心もとないですわ。それから、間違いなくブルドン様は味方なのではありませんか」

「・・・えぇ」


「でしたら、協力もして、暗殺の危険が高いなら、逃げる準備を整えるべきです。この家はすぐに場所が割り出されてしまうでしょう。どこかに落ち着くとして、それまでは身分を隠しての旅になります。その旅が円滑に済み、安心できる場所に落ち着くことができるように手配をしてはいかがでしょう。私も味方です。お使いくださいませ」

「・・・ありがとう、ケーテル。・・・信じてくれている事も」

どこか茫然と見つめるアリアに、ケーテルは言い聞かせるように真剣だった。


「嫌なら、受け入れてはいけません」


こくり、とアリアは頷いた。


そうか。

逃げる。現実的で、手配できる対策だ。

16歳のその日の前に。


アリアは解決策が1つ見つかって、少しホッとした。


***


さて夕食には帰るとして、お腹を空かせるためにも町を歩こうという話になった。お土産も見たい。


そうして気ままに店を廻っているうちに、もう夕暮れだ。

帰ろう。道を仲良く歩いていく。楽しかった、と話をする。


「お待ちを!」

左から、控えめだけれど呼びかけるどこか必死の声がした。


聞き覚えがある。

揃って左の路地を見れば、ダンテがこちらに駆けて来るところだった。


***


ダンテは胸ポケットからコインを取り出し、

「釣りのコインを、お返しするのを忘れていて」

と驚いているケーテルに渡した。エクレアの買い出しの時のだ。


信じられない。


「ダンテは、まさかずっと私たちを探していたの?」

アリアが確認せずにはいられなくて尋ねると、少し困った笑みが返事だった。

確定だ。


「私が忘れたのが悪いのです。お気になさらず」

「いえ、申し訳ありません・・・お手数をおかけしてしまいました」

ケーテルも頭を下げている。


他家の使用人を使ったせいだ。

ダンテにしてみれば、まさかブルドン経由で当家に返すわけにもいかない。休暇日とはいえ他家の者を使った事が問題になるかもしれない。

勿論少額だからと着服できない。仕えている家の名誉にも関わる。


アリアたちが町に残っている可能性にかけて、ずっと探していた。最もスムーズな返却方法だから。


アリアは申し訳なさ過ぎて落ち込んだ。

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