思い描いていたものはたくさんあるはず
アリアは掃除を頑張った。
広くて、家具も備わっている。その部屋の掃除を終えたのは、決意してから20日後だ。
色々考慮して、さりげなく、しかし目にすぐ入る位置に陶器の人形を置いた。
そしてダンテを呼ぶために笛を吹く。
呼ばれたダンテがやってきて、アリアが配置した陶器の人形にすぐに気づいた。
目を丸くして驚き、嬉しそうに笑う。
ダンテはそのまま近づいて、陶器の人形を手に取った。
「これを持って来ていたの、知っていた?」
とアリアは傍で、いたずらっ子の気分で笑いながら尋ねた。
「あぁ。知っていた。でもあなたが言わないから、秘密だろうと思ってた。忘れるようにと思っていた」
とダンテが陶器の人形を置いて、アリアを抱きしめ、少し振り回すようにする。
「嬉しい?」
「愛してる。俺の事を、きちんと覚えていてくれているんだと、分かる」
「あなただって、この陶器の人形より、私のお気に入りのカップをたくさん、買い戻してくれたわ」
「その方が大事だった」
「ありがとう」
「こちらこそ」
幸せだと互いにたくさん言い合う。言葉で伝えきれないのでキスをした。
その後仲良く一日過ごした。
***
10日が過ぎた頃だ。
「エレベーター!!」
とアリアは叫んだ。
ダンテはギョッとした。
その日、アリアはついにダンテに苦言を呈してしまった。
天井の穴の出入りの事だ。
いくらなんでも、動きが泥棒的過ぎると思うの!
ダンテがじっと黙った後に謝ってきたが、気に入らない。
「こういう時は詫びるものだと親が言ってた」みたいな感じが、表情と態度に出ていると思う。
プン、とそっぽを向いて怒ったアリアにダンテは困ってしまった。
「じゃあ改善する。どうすれば良い」
と下手に出てくる。
こういうところ、好き。
アリアの意見を確認してくれるところ。
自覚したアリアは、怒りを和らげ、落ち着こうと思う。
そもそも、今までさんざん、「なんだかなぁ」と思いつつも怒るまでにならなかったのは、上下の移動が不便、というダンテの気持ちも分かっていたから。
でも、メインで使う居間の真ん中に穴を空ける? お客様だってご案内できない。
脚立をつかって移動って何なの。
ここは立派な家で、屋根裏部屋でも小屋でもないのに。
行儀が悪いとかいうレベルじゃない。
ダンテが大人しくアリアの意見を待っている。
「・・・見栄えを良くしましょ。この部屋で上に移動したいという気持ちも、階段が遠くて不便という事も、そこは分かっているのよ」
「見栄えよく」
「えぇ。そう、例えば、螺旋階段をつけちゃうとか・・・あっ! エレベーター!!」
突然閃き叫んだアリアにダンテが驚いた。
「エレベーター?」
聞いたことがないらしい。
「あら? この国にも無いのかしら。あのね、垂直に移動する箱なの。人が何人も乗れる大きさ。それで、例えばこの部屋で、その箱の中に乗るのね」
説明を始めたアリアの言葉を、ダンテがじっと聞く。
「中にボタンをつけておくの。あ、上下に繋がっている部屋は、もっと、3階や4階とかまであるのよ。つまり、さらに上の部屋にも穴をあけるの」
「良いな」
穴をあけるところにダンテが同調した。
「人は箱に乗り込んで、行きたい階のボタンを押すの。するとそこまで垂直に移動できる。今ここは1階よ。3階に行きたい場合は、3階のボタンを押すのね。すると、3階まで、人を乗せたまま、箱が上昇するのよ。箱の中から人が降りたら、そこは3階なの。説明、大丈夫かしら?」
「あぁ。その案、文と絵で書き留めよう。使えそうだ」
「えぇ! ねぇ、でも、この国にすでにあるかも? 空飛ぶ船があるぐらいですもの」
「動く通路は見たが、建物内の上下移動はまだ見たことが無いな」
ダンテは貴族のおじいさまの案内で、アリアの見ていないものも見ている。
「じゃあ、新商品になるかも?」
「可能性はある。簡単に作れそうだから、作ってから有無を確認しよう。とにかく書こう」
前世のエレベーターの機能を思い出し、それほど時間をかけずに書くことができた。
ダンテもすぐ理解してくれた。
「うん。これなら、今すぐ取り掛かって作ってしまえる。便利そうだ」
「凄い。素敵。あっ、ねぇ、箱で無くても良いかも、とりあえず」
「ん?」
「こう、人が乗っても割れたり壊れたりしない平たい板を用意して、それに乗れば上に行ったり下に行ったり」
「ボタンは?」
「んー、じゃあ、声で『1階上に行け』とかで動く方がオシャレかも?」
「声か。ボタンの方が楽だが。・・・これは室内用の船だな」
しばらくエレベーターについて話し合う。
思いつきも話すので、脱線しつつ、まとめていく。
どちらにしても自分たちの家の中のことだ。初めから完璧に仕上げる必要はない。
「早速、材料を買いに行ってくる。アリアも来るか?」
「えぇ!」
「じゃあ、行こう」
空飛ぶ小型船でお買い物だ。
一緒に出掛けるのも、この国ならではのお店に行けるのも嬉しい。
ニコニコして手を繋ぐ。ダンテも嬉しそうだ。
あ、そういえばついさっきまでケンカしてたんだった。もう良いけど。
***
家にエレベーターをつけた。
小型船の操縦ですっかり仲良くなったルシー様が遊びに来てくれた時に、お披露目する。
ちなみに今までは、とても居間を見せられなかった。
この建物は6階まである。
ダンテが魔法で6階まで穴を空けた。「いっそ屋根まで」と言い出したのは、アリアが止めた。雨漏りとか別の事が心配になるから。
そして地下も3階まである。
この建物は貴族が使う規模なので、空飛ぶ船や、湖用の船など、各種の様々な乗り物を格納するためだ。
どうも乗り物はこの国ではコレクション対象みたい。
つまり、地下3階から地上6階まで。天井と床をダンテが魔法でぶち抜いた。
これでうっかり穴に転落すると死ぬので、全ての階を柵で囲み、中に一枚、分厚い円形の板を設置。
声よりもボタンが良いとのダンテの希望で、操作はボタン。各階、柵の方につけてある。
他の階に板がある場合も、柵についているボタンで呼べる。
しばらく自分たちで使ってみてから、ルシー様にお披露目だ。
一瞬で気に入って下さった。
「欲しいわ! この国の皆が気に入ります、新しい種類の乗り物だもの!」
なお会話は、アリアの希望を受けて、ダンテが翻訳の道具を作ってくれた。これで意思疎通がしやすくなった。
ブルドンとの連絡の道具によく似ている。ボタンを押すと、書き込んだ言葉を、違う言語の単語に変えてくれる。
商品として、すでにちょっと人気が出てきている。
「私の屋敷にも欲しいです! 頼んだら作ってくれるの?」
大喜びに、ダンテもアリアも嬉しくなる。
この先、事業の協力者の貴族のおじいさまとルシー様に相談して、値段をつけて宣伝していく事になるだろう。
***
この国は、使用人より、便利な道具を使う事が好きみたい。
だから、ダンテが作ってみた目新しい道具にも飛びつくのかも。
すでに、注文が絶え間なくある。でも今のところ、ダンテだけが作っている。
助手がいるのではと聞いてみたけど、2人で幸せに暮らしているから、当面そのつもりは無い、という返事。
ダンテ1人が作り手でも、そこそこの収入がある。金持ち価格なので。
それに、あまり早く広まりすぎても勿体ない、というのもダンテとブルドンの判断だ。
さて一方。
アリアについては、建物の掃除がまだ終わらない。
全ての部屋に手を入れたいんだけどなぁ。
疲れてきたので、このところ、ぬいぐるみづくりの方に時間を割いている。
とりあえず作っているのはダンテ人形。
売り物にはしない。ダンテの大事な陶器の人形の棚に飾る予定。
その後、アリア人形も作って並べるつもり。
あぁ。とアリアは思い出す。
自国、テスカットラ家に、自分の代わりにと、アリア人形を作って置いてきた事を。
皆、どうしているのだろう。
アリアは死んだことになっていると思うけれど。確認したことが無い。
生きながら死んだと偽って、アリアが置いてきた世界。
だから、知ることさえしない方が、正しい気がしてしまう。
でも。
確認はしないだけで、思うのだ。
両親は元気だろうか。アリアの人形を見て泣いていたりしないだろうか。
兄はきっと大丈夫。でもマーガレットさんとの事、どうするつもりだったのかな。
使用人の皆も、どうしているのだろう。時折思い出して泣いていたり・・・。
町の人たちも。
エドヴァルド様の事を考えるのは苦しい。すぐに思考を切り替えてしまう。
マーガレットさんがエドヴァルド様と両想いになっていれば。罪悪感からの、ズルイ思考だとも自覚している。
アリアは黙々と布を針で縫う。
あの時。
アリア人形には毛糸を髪に。
本物の長い髪を集めた。動く肉に着けてもらった。
毎日優しくお手入れしてもらっていた、余りにも長く美しい髪。懐かしい。そして少し寂しくなる。あの暮らし。
ダンテ人形が出来上がった。
アリアは出来栄えを確認し、陶器の人形が置いてある棚に歩みよる。傍には、やはりダンテのかつての持ち物であった小物入れも置いてある。
アリアは棚に作ったばかりの人形を置いてから、小物入れを取り上げた。
蓋を開ける。中には、月水晶。いつみても綺麗。アリアにとっても宝物だ。
この小物入れには、旅の間、湯気たち5つが入っていた。
だけど神殿に行った後で確認したら、空っぽになっていた。
湯気たちも、行ってしまった?
自国から一緒についてきてくれた。助けてくれた。今でも感謝している。
お肉に入って動いていた時、奇妙なのに、愛らしかった。
「ぬいぐるみの中に入って動いたら、可愛いなって、思ったのにな」
アリアは呟いた。
5体、ぬいぐるみが動いたりしたら、なんて。
ショーウィンドウに置いておく。
子どもが来たら、大人にはばれないようにこっそり動いてくれるのだ。
そのまま、子どもにも選ばれて、その子のお友達にと買ってもらうと良い。
きっと素敵だ。
そんなお店を営んじゃったりね。
魔法みたい。アリアは魔法が使えないけれど。
なんて。
「湯気の子たち、会いたいなぁ・・・」
感傷に浸るアリアのすぐ横、棚に置いたダンテ人形が床に落ちた。バランスが悪かったみたい。
アリアは小物入れを棚に戻し、ダンテ人形を拾おうとした。
むく。
ぱたぱた。
ダンテ人形が勝手におきあがって、ずんぐりむっくりの短い両手を動かした。
アリアはじっと見つめてしまった。
「・・・お肉に入ったことのある湯気の子なら、両手を上にー」
幻覚か確かめるような心地で呟いたら、ダンテ人形が両腕を上げて、ゆらゆら立ち上がる。
・・・。
アリアは無言で息を吸い込み。
正気を取り戻したように、叫んだ。
「ノアー!!」
悲鳴のような声に、ダンテが駆けつけ駆け寄り。
アリアの抱きしめているお手製の人形が。
腕が足が、まるで挨拶のようにパタパタと動く。
そう気づいて目を丸くするのは、数分後。




